VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action20 −美意識−
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騒ぎが大きくなる前に、二人はカフェテリアから退出した。
空砲であったとしても、銃声騒ぎが起きてしまったのは事実である。
下手に巻き込まれて事情聴取でもされれば、犯人に仕立てられるのはカイである。
理不尽だとは思うが、現状のカイの立場を見れば無理もなかった。
上陸時間までそろそろなので、アイを先頭にカイはブリッジへと戻っていた。
「専属エンジニアについては聞いていたけど、まさかお前みたいなのとは思わなかったな……」
「何か不満でもあるのか、お主」
「不満というか、むしろ不安」
連れ添って隣を歩くエンジニアを、カイはまじまじと見つめる。
桔梗色の見事な刺繍の入った着物。
艶やかな長い黒髪を結った赤いリボン。
何より自分の半分ほどしかない身長差。
どこからどう見ても子供で、しかもエンジニアには到底見えない。
「安心せい。こう見えても10歳でスクールは卒業しておる。
機械工学から情報学、経済学から帝王学と・・・・・・一通りは学んだつもりじゃ」
「……ほんとかよ、お前」
多岐に渡る分野を持つのは確かに凄いが、一つの勉学を習得するだけでも大変である。
だからこそ、マグノ海賊団が職務毎にクルーを選り分けている。
得意分野を一つ学ばせて、仕事に生かすだけで精一杯なのが大半だ。
逆にもしもそれが出来るのなら―――この少女はまぎれもなく天才であろう。
「言うは易し、行うは難し。
成果で儂を認めてさせてやろう」
「ほう……言ってくれるじゃないか。自信家なんだな」
「英雄を目指すお主ほどではない。
―――何か聞きたい事があるのであろう?言ってみよ」
舌を巻いた。
先読みされた上に、内心を見透かされている。
ラバットに似た卓越さを感じさせる少女だった。
大人めいた物言いではない。
身体はともかくとして―――精神や知識面では立派な大人だった。
「分かった、じゃあ遠慮なく。
―――何で俺の専属を引き受けてくれたんだ?」
「ふむ?」
「艦内の俺の悪評を知らない訳じゃねえだろ?それに俺は男だ。
俺に味方したら、お前の立場も悪くなるんじゃないか」
マグノ海賊団は仲間意識が強い。
如何な困難も団結して対処し、チームの固い絆でこれまでを切り抜けてきた。
その分、はみ出し者への対処もキツい。
個々で迫害するのではなく、組織全体で軋轢が生じるのだ。
少しずつ関係は変化しているが、良好だけではないのはバーネットで思い知らされた。
自分が悪く言われるのは別にいい。
ただ、この少女まで悪く言われるのは気分が悪かった。
カイの心配にきょとんとした顔を見せ、不意にアイは快活に笑った。
「ふふふ、儂の心配をしてくれておるのか。
なるほどなるほど、ガスコーニュが信頼を寄せるだけある。
優しき男じゃな」
「あ、あのなあ……別に俺は」
「気にするでない、儂が決めた事じゃ。
周りが何を言おうと関係ない。
己の狭い領域でしかモノを見れぬ人間なぞ知らぬわ」
ばっさりと切り捨てるアイ。
それが嫌味に聞こえないのは、己が言い分を正しいと信じる彼女の姿勢だろう。
この小さな女の子の何処に、これほどの凛々しさが備わっているのだろうか?
「そっか……野暮な事聞いて悪かった。蛮型についての知識は?
俺の相棒は結構特殊なんだけど―――」
「蛮型と二十徳ナイフ、ホフヌングの開発仕様書と設計図は頭に入れておる。
全パーツチェックと起動調査を行い、幾つか改善点が見受けられた。
わしがついておる限り、お主の相棒は安泰じゃ」
「ホフヌングについても分かったのかよ!?」
本気で驚いた。
ホフヌングはカイが開発したが、ペークシスが絡んでいるデリケートな兵器である。
実戦での有効性はまだまだ分かっておらず、不安定でもある。
ウータンの人型兵器やユリ型を撃破出来たのは間違いないが、見直しはまだまだ必要でもある。
応用性は無限大だが、使用法や発想は搭乗者のカイ独特のものだ。
事実、製作や図面設計に関わってくれたガスコーニュやパルフェと連日連夜で話し合った。
「基本概念はな。あの兵器に関してはまだまだお主との相談が必要じゃ。
いつか詳しい話を聞かせてくれ」
「……分かった。
こっちもお前に―――いや、アイになら見せられる物がある。
それについての意見も聞かせてくれ」
ミッションで手に入れた一枚のディスク。
『時空螺旋転移理論』、そして『フォトン』。
パルフェ以外の誰にも見せた事はなかった。
このディスクを他の誰かに見せても、鼻で笑われるのがオチだと分かっていたからだ。
それだけ荒唐無稽な内容だった。
でもこのエンジニアになら―――理解してもらえる気がした。
カイの真剣な眼差しを受け止めて、アイは重々しく頷いた。
「上陸を終えてからで良い。折りを見て話そうではないか。
まだ怪我も治ってはおらぬ。きちんと養生するべきじゃ。
―――他人の心配をするのも良いがな」
「え・・・・・・?」
「ほれ、着いたぞ」
「着いたって―――あっ!?」
アイの指し示す先に目をやって、ようやくカイは今の現在地点に気付いた。
半月以上前に騒ぎを起こし、セキュリティ問題の切っ掛けとなった場所。
此処―――プライベート・エリア。
「この通路を真っ直ぐ行って、右角手前がエルデン―――この名では分からぬか。
ジュラの部屋じゃ」
「なっなっな・・・・・・・・・!!」
ブリッジへと戻ろうとしていた筈だ。
何処をどう誘導すればここへ辿り着けるというのだ。
疑問が山のように溢れ出るが、動揺が口を押し込められて言葉が出ない。
「儂のパスカードをお主に貸してやろう。
声紋・指紋のチェックは突破出来んが、部屋の前で話をするくらいは可能な筈じゃ」
「お、お前な―――!!」
余計なお節介もここまで来るとやりすぎだ。
詰め寄ろうとするカイに、アイはぐっと顔を寄せた。
「お主には―――強き男でいて欲しい」
「なっ―――!?」
濡れたように艶やかな黒い瞳に、カイの顔が写る。
「しょぼくれた顔はお主には似合わん。
儂はお主の明るい笑顔に惚れておる」
帯の下より一枚のカードを取り出してカイに渡す。
そのままカイを励ますようにアイはにこっと笑って、長い袖を翻して歩いて行った。
カイは手渡されたカードを見つめたまま、半ば呆然とした顔をしてアイを見送る。
「・・・・・・あいつ」
結局、何もかもお見通しだったのだろう。
バーネットの急変に、ジュラの異変。
気にしていないと言えば嘘になる。
もしも放っておいて上陸していれば、きっと延々と気にしてばかりだったに違いない。
同行せずに去っていったのは気を使ってくれたから。
身分を証明する大事なカードを渡し、ジュラへの干渉を許してくれたのは―――信頼してくれているから。
「なるほど、ありゃ問題児だわ」
年相応に不釣合いな思慮深さ。
歯に衣着せぬ物言いと、見る人が見れば尊大な態度。
周囲から可愛げがないと陰口を叩かれる典型だろう。
「でも―――いい女だな、あいつは。
・・・・・・ありがとよ」
ガスコーニュがアイを自分の専属に認めた理由が、ようやく分かった気がした。
はみ出し者同士、仲良くやれそうだ―――
気遣いに素直に感謝して、カイはセキュリティシステムにカードを通した。
幸いと言うべきか、通路に人影はなかった。
もしも誰かに見咎められていては、アイの折角の心遣いが無駄になる。
昼に該当する勤務時間中なのがよかったのかもしれない。
カイは早足で通路を駆け抜けて、言われた通り右角の部屋に辿り着く。
ジュラ=ベーシル=エルデン。
部屋の横脇に記されている名前を見、そしてドアの傍の床を見つめる。
「―――これは・・・・・・?」
お盆に載せられた乾いたパンと水―――
触ってみるとコップの水は冷たく、置かれたばかりなのが分かった。
カイはしばしそれらを見つめ、バーネットの深刻な表情を思い出す。
『……あんたが全部壊したの』
深い翳りがある顔が痛々しかった・・・・・・
バーネットはこうして毎日ジュラの面倒を見ていたのだろう。
親友の為にと、食事を自分で用意する日々。
でも―――受け入れられなかった。
置きっぱなしのお盆を見れば分かる。
拒まれ、励まし、それでも拒まれて・・・・・・・・・
傷付き、疲れ果てて―――バーネットは疲れ果ててしまった。
その全ての原因が自分にあると言うのなら―――
「・・・・・・金髪、中にいるんだろ?俺だ、カイだ」
『・・・・・・』
部屋の中からの反応はない。
予想はついていた。
親友の声も届かないなのに、自分の声なんて届く筈もない。
「黒髪、心配してたぜ。飯も食ってないのか?」
『・・・・・・』
ドアに話し掛けているような無反応さ。
これを毎日続ければ、励ます側の本人も神経が参ってしまう。
カイは息を吐き、
「お前がそうなったのは・・・・・・俺のせいなのか?」
『・・・・・・』
「俺がお前を―――追い込んでしまったのか?」
理由は本当にわからない。
合体して敵殲滅に乗り出した時は、二人は協力してやれていたと思う。
一緒に戦っていた時の言動や態度を振り返ってみても、心当たりは全く無い。
あえて言うなら、合体を解いて自分勝手な行動をした事だ。
それにしたって、ジュラの迷惑になるような行為ではなかったと思う。
分からない、本当に分からない・・・・・・
でも―――バーネットが嘘を吐いている様には思えなかった。
「―――何か、悩みがあるのか?」
『・・・・・・』
「俺には話せないか。ま、そうだよな」
お手上げだった。
事情も分からず、原因も不明なら対処しようが無い。
せめて何かリアクションがあればいいのだが、無視されてばかりだ。
めげそうになる――――が。
「・・・・・・俺さ」
『・・・・・・』
「"未来"って言葉が、実は嫌いなんだ」
アイの励ましとバーネットの苦痛。
対称的な二人の表情が、カイの心に活を入れた。
「よく言うだろ?幸せな未来とか、俺達の未来とか―――
すんげえ明るく聞こえるけどさ・・・・・・何か狭っ苦しく感じねえ?」
そのまま扉に背を預けて座る。
「何かまるで・・・・・・限定されてるみたいじゃねえか」
『・・・・・・』
コトッ
小さな音を立てて、扉の向こうより軽い衝撃が伝わる。
「そんなものに浸ってさ、当たり前のように受け入れるなんて―――つまんねえだろ」
『・・・・・・』
まるで―――誰かが同じく扉にもたれかかったかのように。
「先が分からないねえから、人生ってのは楽しい。
こんな未来とか、自分だけの未来とか―――決め付ける必要はねえだろ」
『・・・・・・』
「言葉で未来を吐くなんざ、うそ臭いじゃん。
ちょっと前の俺がそうだったけどさ、ははは」
カイは壁越しに手を這わせる。
「明日が決まってないから―――人は今日を夢見るんだ」
こつんと、カイは後頭部を扉に当てる。
「お前の今の悩みは・・・・・・俺には分からないけど―――」
静かに言った。
「お前の夢は―――美しく在って欲しいと俺は思ってる」
『・・・・・・っ・・・・・・』
言える事はただ・・・・・・それだけだった。
<to be continues>
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