VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action19 −右腕−
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<to be continues>
カフェテリア・トラペザ。
マグノ海賊団の憩いの場でいつも賑わいの絶えない場所だが、現在静まり返っていた。
周囲の喧騒を遮断したのは、冷酷な銃声に悲鳴。
現場は―――テーブル席だった。
「……ふう、びっくりした……
大丈夫だったか?悪いな、咄嗟だったから」
「……う、ううん」
バーネットに覆い被さる形でカイはぎこちなく笑って、床に転がった物を拾う。
装弾数は六発―――発射数は0。
警戒心を解かずに、テーブルの影へバーネットを隠して潜り込む。
バーネットが何か言いたそうだったが、カイはあえて目にしなかった。
どうしてこうなったかは分からない。
バーネットに拳銃を突きつけられて膠着状態に陥っていた時、突然ソラが警告を発した。
危機感を覚えてバーネットを抱き伏せ―――直後、銃声。
大きなテーブルが幸いして保全は出来ているが、どこまで死守できるか……?
むしろいきなり銃を突きつけられたり、撃たれたりする理由はない。
バーネットは別にしても、不意打ちした第三者は許せない。
「どこの馬鹿だ、いきなり……? 」
標的は恐らく自分だ、それは分かる。
マグノ海賊団に唯一入団していないはみ出し者。
自分勝手な行為の連続と男だという理由で、敬遠されているのも知っている。
しかし、まさかいきなり撃たれるとは思わなかった。
いくらなんでも直情的すぎる。
対面にいたバーネットに当たったらどうする気だったんだ。
犯人を確かめようと銃声の方へ視線を向けて―――
「……ねえ、カイ。ちょっと」
「何だ?今、俺は犯人探しで忙しいんだが」
銃を向けられた後とあって、どうにも気まずい。
顔を向けられず声だけで反応すると、バーネットは少し声を低くして尋ねてきた。
「さっき……なんか声が聞こえなかった? 」
「声?お前の悲鳴ならさっき―――」
「そうじゃなくて! 」
銃声が響いて押し倒した時、可愛らしい悲鳴を上げたバーネット。
反射的にとはいえ、本人としては恥かしいのだろう。
狼狽した様子で、バーネットは勧進の疑問を口にする。
「こう……あんたか、あんたの後ろから聞こえて来たんだけど―――」
(・・・・げっ)
心当たりは思いっきりある。
カイの危機を事前に悟ってソラが叫んだのだ。
ソラ本人に実体はないが、音声はデジタルで伝わる。
近くにいたバーネットが聞こえていても不思議じゃない。
「さ、さあ……俺は聞こえなかったけど」
「おかしいわね……私の勘違いだったかな、ごめん」
「い、いや、いいけどよ―――」
ソラについては誰にも話していない。
別に紹介してもいいとは思っているが、肝心のソラが嫌がっている。
あれだけ嫌っているのだ。
万が一女達に存在がばれたら、騒動の一つや二つ起きても不思議ではない。
巻き込まれるのも、巻き込むのもごめんだった。
少し納得がいかない顔をしているバーネットを横に、カイは冷や汗を流す。
「そ、それよりまず犯人をだな―――」
『儂の声が聞こえておるか! 』
「あん……?」
聞き覚えのない声だった。
古風な言葉遣いにそぐわない、幼く甲高い声。
テーブルの脇から覗いてみると―――
『捕らえた女を放すのじゃ! 』
「・・・・・・・・・・・・」
一旦、退避する。
まず現実を認識しよう。
例えそれがどんなにありえない事実だとしても、起こりえてしまった以上は現実。
カイは深呼吸をして、恐る恐る先程の光景を振り返る。
『何をこそこそとしておるか!
徹底抗戦を目論むなら、然るべき処置をお主に与えるぞ』
「・・・・・・・・・・・・」
一度、目を擦って見る。
幻覚だと必死で思い込もうとしたが、一向に消える気配はない。
カイはもう一度テーブルの影に潜り、対処に困った顔でバーネットを見つめる。
「えーと・・・・・・・・・一つ聞きたいんだが」
「聞かないで」
「アレは誰だ? 」
「聞かないでってば!」
「聞きたくもなるわ!」
カフェテラスの入り口に―――少女が一人。
パイウェイと同じ年頃だろうか、彼女に似た背丈だった。
あどけなく微笑めば虜になりそうな顔立ちだが、その黒い瞳は凛とした輝きを放っている。
腰まで届く黒髪を赤いリボンで結い、堂々と胸を張っている姿は幼いながらに威厳があった。
子供の清純と大人の威厳を重ね合わせた、移ろいやすい美しさを持つ少女。
「・・・・・何だ、あの変な服は」
「・・・・・・着物って言うのよ。
あの娘、ああいうのが好きだから」
少女の華奢なその身を大仰に纏っている、趣のある着物。
メジェールでは洋服を好まない一部の庶民か、位の高い者達しか着用しない独特の服装だった。
どう見ても少女では引き摺る気がするが・・・・・・・・少女の放つ雰囲気に似合っていた。
『ふむ・・・・・・・・・儂の寛容なる忠告に耳を貸さぬと申すか。
仕方あるまい。一発お見舞いしてやらねば―――』
「こらこらこら!! 」
聞き捨てならない発言に、カイは堪らずテーブルから抜け出る。
ぎゅっと丁寧に織られた帯に手を伸ばす少女に、カイは詰め寄った。
「突然出てきて、物騒発言を連発するんじゃねえ」
「ようやく出てきおったか・・・・・・
事を穏便に取り収めようとした儂の心遣いが分からんのか、お主は」
「お前の穏便ってのはいきなり銃をぶっ放す事を言うのか、おい」
改めて見ると、少女は本当に小さい。
こうして正面で立ち合わせていると、見下ろす感覚がある。
それでも子供だからと侮れないのは・・・・・・・・何故だろう。
「これは異な事を。いつ、誰が、銃を撃ったと? 」
「さっき、お前が、撃ったんだろうが!
さっきのてめえの発言、聞き逃してねえぞ」
内心ちょっと疑ってはいるが、追及はする。
犯人が見知らぬ人間だったのは少し意外だが、元よりこの船で実質上の女の味方はいない。
協力してくれる人間は何人かいるが、彼女達にしてもマグノ海賊団としての立場がある。
それより驚きなのは、こんな小さな女の子に撃たれたという事実だった。
少女は意地悪そうな笑みで、
「ほう―――では聞くが、その銃弾とやらは何処にあるのじゃ? 」
「何処ってお前・・・・・・・あれ? 」
背後を振り返ってみるが、何処にも当たった形跡はない。
壁はもとより、テーブルや椅子・床に至るまで弾痕はなかった。
ソラの警告と銃声に回避行動を取ったが――――着弾音も聞いてなかった気がする。
目を丸くして少女を見つめるカイ。
「そそっかしい男じゃの。
こんな男に儂らは何度も救われたのか」
「や・か・ま・し・い!
第一、お前らなんか助けた覚えはねえよ。
おれはやりたいようにやっただけだ」
「よい。男の戯言なぞ聞く耳持たぬ」
「うぐぐぐぐ・・・・・・・」
思いっきり言い返してやりたいが、相手は子供。
無茶苦茶な文句を吐けば、大袈裟に騒がれるかもしれない。
男のプライドと理性の狭間で苦しむカイに、バーネットは嘆息して前に出る。
「またやったわね、アイ。
・・・・・・使ったんでしょ?
人前でやっちゃ駄目ってレベッカに注意されたの、もう忘れたの?」
「ふん、レベッカは頭が固くていかん。柔軟な思考がより良い発想を生むのじゃ。
音だけなのだから、安全性は抜群だと言っておろうに」
「銃声だけでも充分迷惑なの!これは没収」
「ああっ!?
待て、待つのじゃ!バーネット」
少女の腰帯より取り出したのは、一丁の拳銃。
銀色の銃は光沢を放っているが、手に持つバーネットに危なっかしさはない。
一同のやり取りを唖然とした様子で見つめていたカイは、はっと気付いてその銃を覗き込む。
「これってもしかして―――!? 」
「そ、引き金を引いても音しか出ないわ。
メジェールで昔流行ってた子供の玩具なんだけど、この娘が改造したのよ」
先程の騒動の原因が・・・・・・・玩具?
今まで何度も起きた事件の中で一番くだらない結末だった。
思わずジト目で見つめると、少女は気まずげに視線をそらした。
「ふ、ふん・・・・・・・・
何やら一悶着ありそうな雰囲気だったので、場を濁してやったというのに」
(・・・・・・・え・・・・・・)
小さな人差し指で頬を掻く少女。
よく見れば、カフェテリアにいつのまにか人がいなくなっている。
こんな小さな女の子に心配されるほど、自分達は雰囲気を悪くしていたのだろうか――――
カイが目を向けると・・・・・・・・バーネットもこちらを見ている。
彼女の手にあるのは偽りの銃。
自分の手にあるのは本物の銃。
これでは――――どっちが大人でどっちが子供か、分かったものではない。
「・・・・・・本気、だったわ。私は」
バーネットは所在なさげに、視線を落とす。
「黒髪・・・・・・・その、本当に俺が・・・・・・?」
あんたが壊した―――
言葉は今でも耳に響いている。
「・・・・・・・・・ジュラの部屋に行ってあげて。話はそれだけ」
否定もなく、肯定もなく―――
バーネットはそのまま背を向けて、去っていった。
結局―――カイに謝る事もなく。
彼女なりに、銃を向けた事への誠実さを持っている。
それが正しいか間違えているかは―――カイも分からない。
ただ言えるのは・・・・・・・ジュラも・・・・バーネットも苦しんでいる。
そしてその苦しみは間違いなく――――自分が引き起こした。
少しは話せる間柄になれたと思っていた。
でも、それは・・・・・・・・・・独り善がりだけだったのかもしれない。
一人立ち去った彼女の背中は、本当に・・・・・・・・
・・・・・・・遠く感じられた。
「―――落ち込む事はあるまい」
「・・・・・お前・・・・・・・」
いつのまにか、少女は隣に立っている。
同じ視点で、同じ位置にいるかのように、少女は立派に立っている。
「お主と儂らの関係は変わってきている。それは事実じゃ。
簡単に分かり合えぬ我らじゃが・・・・・・変化の訪れない関係に未来などありえん」
「・・・・・・・・」
「アレもなかなか純情での。お主がしっかり支えてやってくれ」
ぽんぽんと、少女はカイの背中を叩いた。
ひ弱な感触だが――――受け取った気持ちは心から励まされる。
小さく頷いたカイを満足そうに見つめ、少女はこほんと咳払いした。
「紹介が遅れたの。儂の名はアイ。
アイ=ファイサリア=メジェール」
そのままカイの正面に立ち、
「お主専属のエンジニアじゃ」
誇り高き微笑みを浮かべた。
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