VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 1 −First encounter−
Action2 −出立−
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「おせえな、アレイクのおっさん。
もうそろそろ待ち合わせの時間なのによ・・・・・・」
何度も時間を確認しながら、カイは口を尖らせてぶつくさ文句を言っていた。
タラーク帝都・中央広場入り口にて―――
アレイクとの約束の場所であった。
「いよいよ俺も宇宙に出る日が来たんだな・・・・・」
こみ上げてくる熱い感情を抑えきれず、握り拳を作ってはバシバシと己の手の平に叩き込む。
思いっきり叩いていないので本人は痛くはないであろうが、広場に集まっている人達のカイへの視線は別の意味で痛いものがあった。
見られている事に気がついた彼は、頬を掻きつつその場に座り込む。
「たく、人をじろじろと見やがって。昼間から荷物担いだ三等民がそんなに珍しいかっての」
広場の軍勢を横目で見ながら、カイは愚痴をこぼす。
労働階級にして貧民に属する三等民は、昼間は重労働に徹しなければいけない。
しかしながら今日この日に関してのみ、三等民は行動の自由を許されていた。
何しろ、今日は宇宙戦艦『イカヅチ』の完成と処女航海を記念した式典の日。
都市の各所に設置された大小様々なモニターやスピーカー、式典を祝うチラシ等が乱舞し、全国民が盛り上がりを見せていた。
カイのいる中央広場にも都市部でも最大のマルチモニターが設置されている。
これは数刻後より始まる首相の演説を拝聴する為であり、もう既にかなりの人数が集まっていた。
日頃は階級差別の為に大小問わずイベントに参加する事は許されない下級市民達も、首相の演説を拝聴する権利が与えられている。
最も各所に添えつけられたモニターとスピーカーによって、何処でも必ず首相の姿と声が聞こえるようになっているのだが―――
「こうしてみると、結構人が集まっているよな・・・・・
まあそれだけ今回の出港が期待されている証拠って事だろうけど。
おっさんも自信満々に語ってたからな」
酒場で自信ありげに今回の出港についてを話していたアレイクの姿を思い出して、カイは少し面白そうに口元を緩める。
そんな彼の元へやや小走りに、一人の男性が走り寄って来た―――
「やあ、カイ君。遅れて悪かったね」
並ぶ勲章と輝く階級腕章をつけた軍服を身にこなして、アレイクは汗を拭いてカイに駆け寄る。
「遅いぜ、おっさん。俺はもう準備万端だっていうのに」
背中に背負った黒のリュックをバンバン叩いてカイは言った。
本来なら彼のこの発言は処罰ものだが、アレイクは特に気にはしない。
「ごめん、ごめん。今日の式典に備えての準備や調節に手間取ってね。
閣下の期待に応えられるように、万全の体勢を整えて来たんだ」
軍部に所属する中で、中佐という立場になると管轄への責任は大きい。
ましてや今日は失敗の許されない『イカヅチ』出港ともなると、その仕事量と責任は計り知れない。
本来ならば三等民のカイに時間を割く余裕はないはずなのだ。
「おっさんもいろいろと大変なんだな。
そんな忙しい中で、俺の配属まで手をまわしてもらってすまねえな」
「調節には苦労したよ、本当に・・・・
君の方こそ、マーカスはきちんと説得できたのかい?
先日も私が帰るまでは大反対していたじゃないか」
「・・・・うーん・・・・・・・」
カイはアレイクに、今日の朝の事をぽつりぽつりと話しはじめた。
『てめえはまだそんな事を言ってやがるのか、駄目なものは駄目だ!!!』
『何でだよ!おっさんだって口利きしてくれるって言ってたじゃねーか!!』
早朝―――
朝靄代わりに工場から流れる蒸気と都市を支える歯車の乾いた音に満ちた空間を破り、酒場内で怒鳴りあう二人の声があった。
『お前が行ってどうなるっていうんだ、ああ?
たかだか三等民に過ぎないお前がよ・・・・』
式典で出港する『イカヅチ』に同乗したい―――
このカイの申し出にアレイクは困惑したものの、カイの意志の固さを読み取り、何とかやりくりはしてみると約束してくれたのだ。
親代わりのマーカスの許可をもらう事を条件として、だが―――
『このままじゃ嫌だから行くんだろうが!
俺はこんな所で終わる男じゃないんだよ!!』
『何言ってやがる!
記憶もろくにねえお前が、こうして貧しいながらも生活できているのは誰のお陰だ!おい!』
二人のこうしたやり取りは、アレイクとの一件から式典当日までずっと続いていた。
強硬に反対するマーカスにカイが必死で自己主張し、やがては売り言葉に買い言葉でケンカに発展する―――
ある意味、本当に似たもの親子だった。
『育ててもらった事には感謝してるよ、俺だって。
あんたにこうして養われなければ、今頃俺は死んでいた』
『だったら、このまま酒場の手伝いを続けていけばいい事じゃねーか。
ペレットはちゃんと支給されるし、一生食っていくには何も困りはしないぞ。
大体、てめえは高望みし過ぎなんだよ。
他の何千人っていう俺らの同類はな・・・・工場で休む暇もなく働いているんだ。
夢を見る事もなく、ただ目の前の現実に埋没していく。
それに比べれば、俺やお前はまだ自由にやれてる方なんだぜ』
マーカスの言葉は本当で、下級労働民はそのほとんどが一生を工場や他の労働区域で過ごす。
それが機械のパーツ作りであったり、軍事施設の建築作業であったりと分野は様々だが、一生重労働なのは間違いない。
そして、それがこの星の現実でもある―――
『・・・・・分かってるよ、そんな事は・・・・・・
俺がどれだけ甘い事言ってるかって事もな。
でもよ・・・例えそれがどんなに贅沢でも、俺はこのままで終わりたくねえ・・・・
俺は―――
俺は自分にしか出来ない事をやりたいんだ!!』
『・・・・それが英雄って訳か?』
日頃よりカイが口にしている事をマーカスが尋ねると、カイは頷いた。
『ああ・・・・・
こんなチャンス・・・・・もう二度とねえよ』
『確かに今回の出港は大規模な作戦になるらしいな、あいつの話によると。
新型のバンだか何だかの機械も投入されるそうだしよ』
『ちゃんと聞いておけよ、あいつの話!
蛮型の量産型タイプで、今回の航海には新型が投入されるらしいんだ。
「九十九式蛮型僕撃機』って奴。
そうとうのポテンシャルを秘めているらしいぜ』
機密事項ゆえに、二人には詳しい情報は伝えられることは無い。
ただ聞いた話によると記念式典には『イカヅチ』出港に加えて、新型戦闘機『九十九式蛮型僕撃機』の初出撃日となるらしい。
帝国の士官学校第一期の卒業生達の演習がスケジュールにも組み込まれているようだ。
今回の出港に軍部が色めきだっている一因に、この新型投入への厚い期待が込められていた―――
『あー、分かった分かった。
だがよ、結局お前には関係のない話だよな?』
『う、そ、そりゃあ・・・・・』
マーカスのいう事はもっともだった。
例え乗船できたとしても、結局は階級が上の者へのサポートや下働きにまわされるのが落ちである。
口で何を言っても、カイは所詮三等民でしかない―――
『新型だかなんだか知らねえが、お前に戦う許可が与えられると思ってやがるのか?
いくら宇宙に出たところで、そこにてめえの居場所はねえ。
所詮お前は一市民以下よ。
そんな奴が宇宙に出たところで何ができるんだ、おい。
下手をすれば、女どもの襲撃や攻防戦に巻き込まれて船ごとおっ死ぬのがオチだな。
お前は・・・・・英雄にはならねえ』
マーカスは激昂せずに、今はただ淡々とカイに語りかけていた。
無謀に宇宙へ出ようとするカイを嘲笑っているのか?
それとも・・・・・・・
『・・・・・俺はよ・・・』
『あん?』
『昔の記憶もねえから、ガキの頃の思い出とかがねえ。
俺の中にあるのはただあんたとのここでの暮らしだけだ。
・・・・毎日喧嘩したり、ど付き合いばかりしたっけか・・・・?
客さんともめた事もあったし、お偉いさん相手にドンパチ起こしてやばい事にもなったよな・・・・・』
懐かしそうに話をするカイを、マーカスはただ黙って見つめていた。
『ドタバタばっかりやっていたような月日だったけど、俺は楽しかった。
記憶のねえ、それに身寄りのない俺をずっと面倒見てくれたし、邪険にもしなかった。
ここでの暮らしも悪くはねえ、そう思った事だってあるよ』
『ほう・・・・・』
『でもよ、俺は・・・・その・・・・・・・
うまくはいえないけど、ここは親父がいれば、幾らでも何とかなる。
他の仕事場に行っても、階級が下の俺はただの下働きにしかならない。
結局、下の階級の者は上の者にしてみれば『国という機械を維持する部品』だろう?
・・・・・嫌なんだよ、そういうのは。
俺は俺にしか出来ない何かをしたいんだ!
分かるだろう、あんただって!』
興奮しているのか、バン!とテーブルを叩いてカイはマーカスを水平に見つめる。
『わからねえな・・・・夢見る坊やの考える事なんざ』
『だったら何で一人で酒場なんてしてるんだ、てめえは!!』
『・・・・・・・・!?』
カイの言葉に眉を動かすマーカス。
さらに、彼の言葉は続く。
『・・・・・・あんたのいう通り、俺は軍人じゃない。
上の階級でもない。記憶もない、ただの庶民だ。
だけど俺は・・・・・』
それは感情の暴走であったかもしれない。
だが、カイはそれでも心からの力を込めてこう叫んだ。
『俺は・・・・男なんだよ!
自分の生きたいやり方で、俺は自分のやりたい事を貫きたい。
自分にしか出来ない、自分らしいヒーローって奴になるためにな!!』
『お前が言っている事はな、ただの幻想に過ぎねえ。
もし叶わなければてめえは何も残らない、虚しいだけの道化になるだけだぞ!
てめえにはその覚悟があるのか、ええ!?』
マーカスの言葉にカイは口をつぐんでいたが、やがてキッと視線を合わせる。
『・・・・覚悟があるかどうか、そして自分が何をやりたいのか、何が出来るのか・・・・?
それを確かめに行くんだよ、親父!
俺が自分自身でな!』
カイはにっかり笑って、親指を立てる。
すると、マーカスはやれやれとばかりにため息混じりに苦笑する。
『たくよ・・・記憶もねえくせにいっちょ前の事ばかり口にしやがる・・・・・
ち、分かった分かった、勝手に行ってこい。
ほんで軍部の連中にこき使われて、現実って奴をしっかりと味わってこい。
こっちも気軽な一人暮らしを満喫できるからな、せいせいするぜ』
マーカスはカイにそう投げやり気味に言って、奥の厨房へ消えていった。
しばらく誰も居なくなった酒場で佇んでいたが、やがて覚悟を決めたように顔を引き締める。
カイはそのまま荷物を背負って、厨房に背を向けて―――
『・・・・行ってくるぜ、馬鹿親父』
リュックを背負って店を出ようとする。
そんなカイの背中に―――
『行ってこい・・・・・馬鹿息子』
そして、カイは袂を別つ・・・・・・・・
「そんな事があったのか・・・・・・・
マーカスも寂しいだろうね。君が居なくなると」
「けっ、俺はあいつから離れられてせいせいするぜ。
あの馬鹿親父、いつもごちゃごちゃうるさかったからな」
憎まれ口を叩くものの、カイの顔は少し寂しそうだった。
その表情に気がついたのか、アレイクも微笑ましそうに口元を緩める。
「何だよ、その顔は!それより、これからいよいよ式典の始まりだろう。
俺はどういう仕事をやればいいんだ?
ここまで来たからには、どんな仕事でもこなしてみせるぜ」
やる気満まんとばかりに、カイはガッツポーズをとる。
アレイクはカイのポーズに苦笑し、やがて顔を引き締める。
「今日の式典の内容は既に聞いているね。
今回の『イカヅチ』の出港は軍部はおろか、国の首脳陣までもが多大な期待をして下さっている。
我々もミスは許されない。
そのために、内部の人達は皆緊張感と期待でぴりぴりしている。
くれぐれも自分勝手な行動は慎むように、いいね?」
真剣な顔で話すアレイクは、中佐にふさわしい威厳と貫禄を要していた。
カイはごくっと喉を鳴らして、静かに頷いた。
「よろしい。では、君の仕事についてを持ち場に直接行って説明しよう。来たまえ」
「おうよ!」
二人が歩く先、そこには市街を流れる機械の蒸気に身を包まれた鉄と力の塊、
全長1000メートルを越える戦艦『イカヅチ』が不気味な変音を発していた。
<First encounter その3に続く>
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