−惑星 タラーク−
広大な宇宙において、銀河系の中心部に位置する恒星系の衛星。
霧のように薄い大気に覆われて、焼け付いたように荒々しい赤土の大地が根づいている惑星である。
そんな惑星の地表には息とし生ける者が存在できるように、人工的に開発された渓谷が見えていた。
そしてその渓谷に沿う様に、外的からの侵入に対する防衛用の砲座がずらりと並べられている。
砲座の下の谷底には不自然な惑星の景色に従うかのように、無秩序な鉄鋼材や太いパイプ、そして歯車に覆われた都市が広がっていた。
惑星・中心都市――
まるで暖かみが感じられない寥しい建物が並んでいるその都市は、国家創立者『グラン・パ』を核とした軍事国家の象徴ともいえた。
そして何よりも特筆すべき事は――
この惑星には男性しか存在せず、女性は一人もいないという事実である。
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 1 −First encounter−
Action1 −ある酒場にて−
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「おーい、カイ!!早くきやがれ!!」
薄暗い光が点されている店の中で、怒鳴り声が響き合う。
陰気というよりも渋いという表現が似合うインテリアに、無骨な壁に沿えつけられたメニュー類。
広いカウンターに棚に並べられた銘柄のボトルの数々。
タラークの都市部でも外れに位置する酒場『ミッショネル』
お客を迎えるというより、主人の趣味で経営されているような佇まいだった。
「聞こえてるか、こらーー!! とっととこねえと、飯ぬきにするぞ!!」
頭に巻かれた大きな白のタオル、無造作に覆われた口髭に咥えた煙草が妙にその男に似合っている。
だがその表情は苛々した感情が芽吹いており、気の弱い者なら後ずさりしてしまいそうだ。
この男こそがこの酒場の主である。
そして主の怒鳴り声に応えるかのように、奥からドタバタと足音が近づいていく。
様子からすると、どうやらかなり慌てているようだ。
「あーーーー、もう!! そんなに怒鳴り散らさなくても聞こえてるよ、馬鹿親父!!」
店内と奥の厨房を隔てる扉が乱暴に開き、中から一人の少年が出てくる。
まだ青年と呼ぶには些か幼さが残っている顔に、不満気な感情をありありと浮かべている。
どうやら感情を表に出しやすい性格のようだ。
「あんだあ〜、このはなたれ小僧め! とっととエプロンつけて、テーブルを拭いてこい!」
「たく、こき使いやがって。ちっとは休憩させろっていうんだよ」
威勢のいい啖呵を切る親父に、ぶつくさと荒々しい言葉で文句を言う少年。
カイと呼ばれたその少年は手入れが行き届いていない短髪を掻いて、カウンター内からエプロンを取り出して身につける。
「大体こんな辛気くさい酒場に客なんぞ来るわけがないだろう。
掃除なんぞしても、今さら無駄なんじゃねーか」
「うるせえ! ここは俺が好きでやってる酒場だ。
それが気にいらねえ奴は客じゃねーって事だよ」
口元からふーと煙を噴かせて、親父は厳つい笑みを浮かべる。
年齢的にもう四十代近い年頃ではあるが、今だ精力的な姿勢は崩れていない。
逆にカイは呆れた顔をする。
「んな事ばっかり言ってるから、客が寄りつけねえんだよ。
その内ペレットも満足に食えなくなっておっ死ぬのがオチなんじゃねーの」
カイの言葉の悪さも主には負けていない。
憎まれ口を叩くカイに、親父は鬱陶しげにシッシと手を振る
「口のへらねえガキだぜ。大体食わせてもらっている居候が叩ける台詞じゃねーだろうが。
とっとと掃除をしねーとつまみ出すぞ」
「ち、分かったよ。やればいいんだろう、やれば」
頭をぼりぼりと掻いて、カイはうす汚れた雑きんを片手にテーブルを吹き始める。
元々店の規模は小さい上に、テーブルは2,3個しか並んでいない。
それ程時間もかかる事もなく、カイは全てのテーブルを拭き終えた。
慣れた手付きを見るところ、どうやら毎日のようにやらされているようだ。
「終わったか、じゃあ次は・・・」
カラン、カラン
主の言葉を遮るように店の扉が開き、一人の男が無造作に入ってくる。
「よう、マーカス。景気はどうだい?」
入ってきた人間は、主に親しげに話しかけた。
男の着ている身なりはカイや主とは違って統一感のある軍服であり、発せられる威厳には男の階級の高さが浮き出ていた。
どうやらマーカスという名が、この酒場の主の名のようだ。
「見りゃあ分かるだろう。大繁盛だよ、アレイク」
男の言葉にそう答えると、アレイクと呼ばれた男は苦笑した。
タラークでは生命が生まれる時の優性遺伝子と劣勢遺伝子の組み合わせにより、階級を区別している。
徹底されたプロバカンダは、惑星の住む人間に階級差の徹底を生み出した。
よって下の者は上の者を敬うのは当然とされているが、どうやらこの二人にはその垣根を越えた特別な友情が生まれているらしい。
「久しぶりにここの酒を飲みたくなってな。いつものやつ、作ってくれるか?」
「へいへい、中佐殿のご注文だ。特別な酒を御馳走してやるよ」
マーカスの皮肉にも平然とアレイクは苦笑で流して、カウンター前の席に座る。
座る仕草に淀みがないところを見ると、どうやらアレイクの指定席のようだ。
「アレイクのおっさん、随分久しぶりじゃねーの」
拭き終わった雑巾を片付けて、カイはアレイクのカウンター越しに立った。
「カイ君も元気そうじゃないか。もう怪我は完治したようだね」
「俺があれぐらいの怪我でどうこうなる訳がないだろう。もう、ばっちり怪我は治ってるぜ」
腕まくりをして、びしっとカイは自分の親指を立てる。
「それはよかったよ。中央部の路地裏で倒れていた時はどうしようかと思ったが・・・」
「け、そのままくたばりゃあ面倒見ずにすんだのによ」
「何だと、このあほ親父!!」
親父の憎まれ口にカイが応戦する様子を見ながら、アレイクは当時の事を思い出す。
その日――アレイクがカイを見つけたのは、仕事帰りだった。
激務に追われてくたくたになっていた彼は足早に家路についていた所に、路地裏付近で怪我をして倒れていたカイを発見したのだ。
怪我の具合から生命にかかわると判断したアレイクは、近くのこの酒場に彼を運んで医者をよんだ。
幸い治療も早く命は取り留めたのだが、思いもよらぬ副作用がカイに襲い掛かったのである・・・
「たく、てめえも厄介なガキを運んできやがって。
記憶喪失の癖に、一人前に悪口だけはぽんぽん言葉にしやがる」
そう――カイは過去の一切の記憶を失っていた。
結局身元も判明せずに現在、彼はこの酒場に居候をしている。
「うるせえな! 口の悪さは親父譲りだよ」
記憶を失うと悲観的になる傾向にあるが、彼は特に失われた記憶には固執していなかった。
元来の前向きさもあるだろうが、何よりもマーカスとの生活に不満もなかったからだ。
マーカスにしてもカイは息子同然であり、こうした遠慮のないやり取りもできる。
「それにしても身元も分からないとは厄介だね。
何か手がかりになるような物でもあるといいんだけど」
「着ていた服を調べても、何にも出てこなかったからな。
まあ唯一の手がかりとしちゃあ、こいつが腰にぶらさげてる十手だろうよ」
アレイクが目をむけると、カイの腰元に銀色に輝く十手が提げられているのが見えた。
「へへ、俺の宝物なんだぜ。こいつを掲げて、いつか俺はでっかい事をするんだ」
不敵な笑みをうかべて、カイは腰の十手を手に掲げる。
そんなカイに、親父は露骨に呆れた顔をする。
「記憶もない三等民のてめえが、か? やめとけ、やめとけ。
お前みたいな小僧はどうせ小さくまとまって終わるタイプだよ」
「なんだと、馬鹿親父!! 俺はな、こんな小汚い酒場で終わる男じゃねーんだ。
いつか宇宙に出て、すんげえ活躍をしてビックになるんだよ。
ま、さしずめこの国の・・・・・・いや!宇宙一のヒーロって奴にな」
堂々と胸を張って、カイはえへんと咳払いをする。
「夢見てるんじゃねーよ、まったく・・・・・・
アレイク、てめえも何か言ってやれよ。この馬鹿に現実って奴をよ」
煙草の煙を吐き出して、主はアレイクの前に手作りの酒を置く。
アレイクは美味しそうにゴクゴクと飲んで、グラスをカウンターに置いた。
「いや、カイ君もなかなか立派じゃないか。
階級さえなければ、私がスカウトしたいところだよ」
「おお、さすがはおっさん! この駄目親父と違って話が分かるぜ」
中佐という地位にいる人間に誉められた事が嬉しいのか、カイは顔を輝かせた。
逆に、親父はしかめっ面をする。
「おいおい、あんまり言うとこの小僧は調子に乗るからやめろよ」
「はは、まあ実際にエリートと言っても、いざと言う時に使えない者が多い事は事実だ。
特に近頃は女達の侵略も目立って来ているから、余計に人材は必要だという時期なのに」
この国の民は、女性のみが住むタラークと同一の星系の惑星『メジェール』を敵対視している。
その思想は国中を統一しており、徹底的な女性蔑視・敵愾心を国家に植え付けてられていた。
「聞いた話によると、海賊達の動きも活発化しているようだな」
「ああ、ここ最近でも護衛艦が襲われて頭が痛いよ。
だから、こうして愚痴りに来ているのだけどな」
酒をぐいっと呷って、ニヒルな笑いを見せるアレイク。
マーカスも心得ているのか、何も言わずに煙草を灰皿にねじり込む。
「ふーん、おっさんもいろいろと大変なんだな」
同情するように、カイはこくこくと頷く。
「まあね。だけど、それも明後日までだ」
「明後日?」
カイが首をひねると、親父は心底馬鹿を見るようにカイを睨む。
「てめえも夢ばかり見ている暇があるんなら、もうちょっと世間様を見るんだな。
明後日は帝国全土をあげた記念式典の日だろうが」
「あ、確かそんな事を放送していたような気がするな。
確か首相の演説もあるんだっけ?」
日頃より階級差別を良しとしていないカイにとって、上の階級達のやる事には興味を示さなかった。
「そう、恐れ多くも第二世代首相である白波玄宰閣下が演説して下さるのだ。
エリートである1等民の士官学校卒業生達へのお祝いと激励――
そして完成された宇宙戦艦『イカヅチ』の処女航海にむけてな」
「えええ、まじで!? 宇宙へ旅立つのか!!」
勢い込んで、カイはアレイクに詰め寄る。
アレイクはカイの勢いに押されるようにたじたじになりながらも頷いた。
「ああ、海賊達をこのままにはしておけないからな。
掃討すべく、いよいよ軍部も立ち上がったという訳だ」
「そうか・・・そうなのか〜〜〜〜」
ふっふっふと笑って、カイは何やら考え付いたのか目を輝かせる。
その様子に、親父は何か感じとったのか眉をひそめる。
「おい、こら。何を考えてやがる?」
主の声も聞こえないように、カイはアレイクに詰め寄った。
「なあなあ、アレイクのおっさん。
おっさんを男と見込んで頼みたい事があるんだけど・・・」
「な、何だい?」
どもったようなアレイクの声に合わせるように、カイはぱんと両手を合わせた。
「頼む! 俺もそのイカヅチに乗せてくれよ!!」
「な、何だって!?」
思いもよらないカイの発言に、アレイクはおろか主まで素っ頓狂な声を上げた。
この時、カイはまだ知らない。
自分が願った事は、自分のこれからの大きな分岐点だったという事に・・・・・・
「・・・以上です。そこで周辺のパトロールを主にし、新入りを入れたいと思っています」
「なるほど・・・・・・
実践を兼ねた訓練を行いたいという事だね」
とある一室で――
二人は顔を揃えて話し合っていた。
一人はこれまでの人生を達観した、一種解脱した尼僧の雰囲気をもつ女性、
そしてもう一人は鋭さと強さを兼ね備えた美しさを持つ蒼い髪の女性だった。
二人の話は続く・・・
「はい。いい機会ですので、私の班とバーネット班に振り分けるつもりです」
「いいだろう、私も同乗して様子を見る事にするよ。細かい人員の振り分けは任せたよ」
「ありがとうございます。では、明日の会議で正式に提案します」
蒼い髪の女性はそう言って、すっと頭を下げる。
そんな女性のきっちりとした仕草に、尼層の女性は苦笑する。
「お前さん、もうちょっと力を抜いたらどうだい・・・?」
「なにぶん性分ですので。では、失礼します」
はきはきと答えると、そのまま蒼い髪の女性は部屋を出ていった。
残されたもう一人の女性はため息を吐いて、呟く。
「いつまで背負い続ける気だい、メイア・・・」
その問に答える者はいなかった・・・・・・
<First encounter その2に続く>
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