VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action16 −待ち人−
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<to be continues>
不幸中の幸いか、神経系統には損傷はなかった。
痛み止めの注射をし、薬を塗ってもらって、カイは無事に退院した。
噂は広まるのが早い。
カイが医務室を出た直後、馴染みの面々が顔を揃える。
集まった人達のどの顔にも安堵と喜びがあり、口を揃えてこう言った。
『おかえりなさい』
ただそれだけの一言で、傷の痛みは嘘のように消えていく。
クリーニングスタッフ達が真心をこめて縫い合わせてくれた服を、カイはありがたく受け取った。
「ボロボロになったってのによく修繕出来たな」
「むー、プロですよわたしは」
黒のTシャツに袖を通し、ズボンを履き替えて着こなす。
腕と顔の包帯が見た目痛々しいが、何とか格好はついた。
カイは改めて集まってくれた皆に礼を言って、医務室を後にする。
「荷物は後で取りに来るよ」
「私が運んでおこう。くれぐれも無理はするな」
念押しされて、カイは苦笑いを浮かべるしかない。
何しろ日頃が日頃だ。
もっとも、眼前に敵はいない。
今後平穏が続く事はまずありえないだろうが、しばらくは来ないだろう。
少なくとも包帯が取れるまでは、きちんと休養しようとはカイも考えていた。
何しろ今回ばかりは、ただの怪我ではすまされない。
「・・・目は大丈夫か?」
「二・三日すればガーゼは取れるって。瞼までやられたらしい」
眼帯代わりのガーゼと包帯。
痛みは少ないが、視力の回復には至っていない。
視界が半分なので、時折ふら付いては周囲に緊張感を生み出していた。
「お腹すいたでしょう、宇宙人さん。
ディータ、沢山ご飯を作るね!」
「おう、そりゃあ助かる―――と言いたいが、飯は後にするよ。
先にブリッジに行く」
わしゃわしゃと髪を撫で、ディータの好意だけをカイは受け取った。
十日も点滴と薬の栄養補充だけだったので、胃は空っぽ。
ともすればへこたれそうな空腹を覚えているが、先に用事だけを済ませておく事にした。
空白の十日間―――
昏睡状態に陥っていた当時の状況を、ディータ達に聞いてみた。
話によると、ユリ型は自分が無事に殲滅出来たらしい。
残りのキューブは統率を失って、撃破するのに時間はかからなかった。
その後、宙域に漂っているカイ機をガスコーニュが収容した。
「整備班が怒ってたよ。蛮型がボロボロだって」
胴体切断寸前・神経接続ライン損失。
両腕は限度を越えた加速による反動で、関節部が焼き付いている。
ホフヌングは完全停止に二十徳ナイフ欠損、ブースターは大破。
手に負えないと、整備班はガスコーニュに泣きついた。
「で、アタシもお手上げ。
仕方ないから、新人に任せる事にしたよ」
「新人って・・・大丈夫なのかよ?
プロの連中がさじを投げたんだろ」
「天才だよ、あの娘は。成績はダンドツでトップ。
研究分野は幅広く、腕も超一流。頭のデキが常人の1000倍は違うね。
一軍入り出来ないのは、ちと扱い辛い娘でね・・・・
でもまあ、お前さんなら意外と仲良くやれるかもしれないからさ」
そのまま笑って誤魔化し、何も語らない。
追及しても埒があかないので、要点だけを聞いてみる。
「そいつなら直せるのか、相棒は」
「前から興味はあったんだってさ。
一週間寝ないで作業してたよ」
「一週間!?死ぬだろ、普通!?」
「十日寝たあんたといい勝負かもね」
つくづく、マグノ海賊団が分からなくなってくる。
考えてみれば、マグノ海賊団はニル・ヴァーナに搭乗しているだけでも150名いるのだ。
全員はおろか、半分程度しか人員を把握出来ていない。
以前に全部署を見習いで回ったが、主にチーフクラスの人間としか話していない。
夜間働く人達や、現場を任されていない見習いレベルの女性陣は殆ど知らない。
自分の専属メカニックになる女―――
どんな奴かは知らないが、仲良くなれる女性である事を願いたい。
今後も戦場に出る以上、長い付き合いになるのは間違いない。
特にホフヌングは自分専用に開発した兵器で、開発段階から携わっている。
通常の武装概念を飛び抜けている兵器を任せる以上、信頼の置ける人間でないと無理である。
大気圏戦闘でダメージが大きい自分の相棒を直してくれるのは嬉しいが、破損状況を聞くだけでも復帰は難しい。
どのようにして直すのだろうか・・・?
(原型だけはとどめておいてくれよ・・・・)
不安はあるが、ブリッジへは先に行きたい。
機体は収納されて、自分は医務室へ運ばれてからの十日間―――
ディータや他の人間にも聞いたのだが、要領を得ない。
よく知らないからお頭か副長に聞け、の一点張りである。
何が起きたのか?
あの惑星でどんな人間と出会えたのか?
話し合いは無事に済んだのか?
気になる点は多い。
それに―――
(・・・・金髪か)
『ジュラの事で話があるの』
医務室から出て、笑顔で迎えてくれた人達の中にあった暗い表情。
バーネット=オランジェロはカイの顔を見るなり、小声で耳打ちする。
(金髪?あいつがどうかしたのか)
(・・・・とぼけてる顔じゃないわね。
いいわ、ブリッジに行くんでしょ?
トラベザで待ってるから、後で来て)
そのままなにも言わず、バーネットは厳しい表情のまま背を向けた。
丁寧に応対して、カイはその後皆と別れてブリッジへと向かう。
ディータは一緒にとついていこうとしたが、話の邪魔になるとメイアが丁寧に引っ張っていった。
全員がいなくなり、ようやく静けさが戻った所で、カイは嘆息する。
「・・・何で出てこないんだ、お前は。
紹介しようと思ったのに」
瞬間―――通路の真ん中に光が灯る。
プラネタリアムな映像が投影されて、一人の女の子を形作った。
ニル・ヴァーナの妖精にふさわしい幻想の存在・ソラである。
『必要ありません』
「必要ないって、また愛想のない・・・・」
『私はマスターの為にいます』
本当は医務室を出てから、すぐに紹介しようと思った。
マグノ海賊団一員ではないのは分かる。
他人の過去を詮索しないカイは、ソラに出生や身分に関しても聞いていない。
ただ今後も一緒に行動する以上、他の面々とも顔を合わせておいた方がいいだろう。
そう考えての事だったのだが―――
『あの者達は何度もマスターを侮辱しました』
「だーかーら、俺は別に気にしていないって」
『寛大な御心をお持ちなのですね、マスター。
貴方に御逢い出来た事を嬉しく思います』
「そ、そう?はっはっは、照れるなーって、そうじゃねえだろ!!」
・・・こんな調子である。
ソラはカイ中心で、他の人間には見向きもしない。
理由を尋ねると、
「周りの環境・他の動植物との異なりを知覚し、その上で差別する。
海賊は自由な存在であるとの弁ですが、矛盾しています。
思考転換もろくに出来ず、道徳的保守性のみに思考性が―――」
・・・脳味噌が沸騰する前に、カイは止めさせた。
話を噛み砕いて言えば、メジェールやタラークの男女差別が気に入らないのだろう。
選民思想的な男女蔑視概念は、ソラに悪影響を及ぼしているようだ。
「じゃあ何でお前は、俺を・・・?」
自慢では全然ないが、自分だって我が侭に生きている。
男女差別はもともと嫌いだが、女との垣根は前は作っていたと思う。
泣かせた事もあれば、迷惑をかけた事だってある。
女だからと馬鹿にしていないかと聞かれれば、はっきりそうだと言える自信がない。
優しいと言うのであれば、マグノを選ぶべきだろう。
少なくとも故郷を追い出された浮浪民の為に、自分の人生を賭けてまで海賊にはなれない。
他人の為に、自分の主張は曲げられない。
この人間嫌いの少女は自分の何処が好きになったのだろう?
カイの問いに、ソラは一片の躊躇いもなく答えた。
『マスターだからです』
それが彼女の誇りだった―――
大気の構造は、大きく4層に分ける事が出来る。
地上から約10キロまでの高さにあるのが対流圏、その上約50キロまでを成層圏。
その上約80キロまでを中間圏、その上を熱圏、この中間圏と熱圏の領域を超高層大気とも呼ばれる。
熱圏大気の一部は原子や分子がイオンと電子に分かれているので、その領域を電離圏とも称される。
そこから先の大気は徐々に薄くなり、広大な宇宙空間へと繋がる。
植民船時代に開拓された惑星は、大気圏の外側に磁場による磁力線が取り巻いている。
この磁場の勢力が及ぶ範囲を磁気圏と呼び、惑星の半径の約10〜30倍もの広さを誇る。
少年が繰り広げた戦い―――
その戦場を覆う外枠はプラズマシートと呼ばれる領域だった。
プラズマシートは周りの空間に比べて、大量の熱い電子や陽子が溜まっている。
熾烈な戦いの余波は電子や陽子を磁力線に沿って惑星に降り注ぎ、酸素原子や窒素分子と衝突する。
ホフヌングとプラズマにより発生したエネルギー。
ペークシス粒子と電子が衝突して生まれた光は酸素原子・窒素元素との間で反射して、惑星を美しく照らし出す。
人は太古よりその光をこう呼ぶ――――
"オーロラ"
「ああ・・・」
艶やかに、恍惚の響きを帯びて女性は声を漏らす。
天空より舞い降りた光のカーテン。
神秘的な天幕の中心より羽ばたく金色の翼―――
女性はふら付く足取りをそのままに、空を見上げる。
「・・・なんて・・・」
なんという奇跡。
人知が到底及ばない幻想的な美しさ。
女性は白いドレスが汚れるのもかまわずに、その場に跪いた。
「とうとう・・・・・・」
一日千秋の思いで待ち焦がれた想い人。
永きに渡って望み続けた悲願が漸く果たされる時が来た。
切れ長の瞳がうっとりと潤む。
「・・・参られます。支度を」
傍に控える者達に、静かに声を投げかける。
女性は願いが成就する瞬間に心を馳せ、空に向かって祈りを捧げる。
訪れるその瞬間を夢見るかのように―――
「・・・来て下さったのですね、ムーニャ」
宇宙へと羽ばたく蛮型に、女性はそう語りかけた。
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