VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 9 -A beautiful female pirate-






Action15 −天使−




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 無機質な機械音が淡々と響き渡る・・・・

鳴り響く医療機器を傍に、スイッチが切り替わるようにカイは意識を取り戻した。

ぼんやりとした浅い目覚めに目を開けると、眩しい光が差し込んでくる。

白光に目を細め、顔をしかめて瞬きをする。


「・・・う・・・」


 少し固い敷布団が背中に当たっており、手足が妙に重い。

視界も半分閉ざされており、目先が暗くて仕方がない。

変な違和感に顔を触ってみると、ごわごわした感触が手に伝わってきた。


「・・・あー!」

「・・・ん・・?」


 甲高い声に眉を潜めて、顔を横向ける。

水が溢れる洗面器を持ったパイウェイが、驚愕の眼差しで見つめている。

久しぶりに見た小さな看護婦を、カイはぼんやりと見つめる。


「ぉぁ・・・・げほ、がほっ!」


 声を出そうとして遮られているのに気付く。

呼吸器が口を覆っており、思わずむせてしまった。 


「ドクター、ドクター!目を覚ましたよ、こいつ!!
皆に伝えてこなきゃケロー!!」

「・・・人の話を聞いとけよ、まず」


 洗面器を置いてバタバタと走り去っていくパイウェイに、カイは嘆息して顔を落とす。

口元が落ち着かないので呼吸をはずすが、大丈夫そうだ。

ぽすっと頭を乗せた枕が気持ちいい。

ふうっと息を吐き、見下ろす。

服は流石に着替えさせられたのか、白の上下の衣服になっている。

身体は手足に至るまで包帯が巻かれており、右目にもカーゼと包帯がされている。

口内も手当てをしてくれたのか、舌がパサついている。


「はは・・・ものの見事に重傷だな」


 ドゥエロとパイウェイが頑張ってくれたのだろう。

完璧な治療が施されており、包帯の下に覗く肌は健康そのものだった。

少しでも動けば激痛は走る。

身体中に熱っぽさも残っており、復帰するには時間はかかりそうだった。


「気がついたようだな・・・水を持ってきた。
飲んでおくといい」

「・・・・サンキュ」


 差し出されたコップを手に取り、がぶ飲みする。

冷ややかで新鮮な水に、内側から洗浄されるようだった。

一息つくと水差しを差し出され、カイは遠慮なくお代わりする。

そのまま飲み干して、カイはコップを傍にある戸棚に置き―――


「何だ、この山!?」


 寝かされているベットの傍に、物が積み重ねられている。

衣料品に始まって、何故か食料品の数々も無造作に置かれている。

何処から持ってきたのか、綺麗な花も生けられていた。

よく見れば着替え類の中に女物も混じっており、カイは痛みが増した気がした。


「女達からだ。様子を見に来ていた。
なかなか目を覚まさなかった君を心配したのだろう」

「なかなかって・・・俺、どれくらい寝てたんだ?」


 惑星に落下するユリ型を止めるべく、大気圏に突入したのは覚えている。

ホフヌングを起動させてブースターと混合したエネルギーで吹き飛ばし、その後気絶してしまった。

戦闘はまだ途中で、その後の経過はどうなったのかも気になる。

短時間ではないのは確かだろう。

全身に巻かれた包帯と訴え続ける内部の不調が物語っている。

生きているのが不思議なほどの重傷だった。

機体を回収し、治療を行い・・・・この山を見て考えると、数十時間と言ったところだろうか?

カイが顔を上げて尋ねると、ドゥエロは冷静に言い放った。



「十日だ」



「ふーん、やっぱそれぐらいは寝て――――?
・・・・・・・・。
い・・・今、何て言った?」

「手術が終了して十日。実質、十一日だな。
一度も目を覚まさなかった」

「と・・・・十日ぁぁぁぁぁぁぁっ!?
って、のぐおおおおお!!」

「無理に身体を動かさない方がいい」


 反射的に上半身を無理矢理起こし、全身を駆け抜ける衝撃に痙攣して倒れる。

ドゥエロの懸命な医療技術とパイウェイの献身的な看護。

お陰で無事に目覚めたが、休養期間はカイの予想を遥かに越えていた。

引き攣る火傷に突き刺さる痛みを覚えつつ、カイはぐっと眼差しを上げる。


「・・・そんなに寝てたのか、俺」
「私としては良く持ち直したと感心している。
普通はショック死しておかしくはない」

「いや、そんなリアルに言われても」


 240時間もよく寝ていられたものだと感心する。

起きている人間には長い時間だが、寝ている人間には一瞬だ。

時間の経過の早さに、感慨に耽るしかない。

掛け布団をかけ直して、カイは身体を休める。


「・・・ドゥエロ」

「どうした」

「その・・・惑星の連中は―――」


 面と向かって聞くのは恥ずかしい。

カイらしからぬ言い辛そうな質問に、ドゥエロは鉄面皮を緩める。


「無事だ。君が撃墜した敵の落下地点には、都市部が存在していたらしい。
君の努力は報われた」

「――うん。ならよし」


 自分の戦いは無駄ではなかった。

ドゥエロの優しい指摘に、カイは表情を綻ばせる。

別に慈善活動をやりたかった訳ではないが、あの奮戦は実を結んだらしい。

それで充分だった。


「でも十日経ったのか・・・・
くっそー、上陸したかったのに」


 十日も経っているなら、惑星へのコンタクトは既に取っているだろう。

長居をしていられる旅ではない。

上陸前の戦いにしても、意識を失う前にはもう殆ど倒してしまっていた。

主力のユリ型を殲滅した以上、後は雑魚ばかりだ。

キューブ型に遅れを取るマグノ海賊団ではない。

合体がなくとも、メイア達はあっさりと倒してしまったに違いない。

その後上陸し、その都市部とやらを訪問し―――― 

物資補給や話し合いなんて、一日や二日あれば事足りる。

考えてみれば、立場的には馬鹿みたいな感じがした。

自分が寝ている間に全てが終わり、旅は再び始まったのだ。

遊んでいられる状況ではないのは知っているが、船の中ばかりでは退屈だ。

それに、タラーク・メジェール人以外の人間にも興味はあった。

初対面の外来人であるラバットでも引っ掻き回されたが、良い教訓にはなった。

あんな蒼く美しい星にはどんな人間が住んでいるのだろう?

想像すればするほど、わくわくする。

―――そんな期待も無残に壊れて、全ては白紙となった。

自分のしでかした行動に後悔はない。

何度同じ局面に立たされても、何回でも繰り返してユリ型を破壊する。

こうしてベットの上で強制入院になると分かっても、戦いに挑むだろう。

でもそれでも―――とは思ってしまう。

カイの諦めの悪さは良い意味でも悪い意味でも、なかなかに影響は大きい。

ドゥエロは苦悶するカイを眺めて、


「それについてだが・・・副長とお頭に話を聞くといい。
詳しい経緯を聞かせてくれるだろう」

「へいへい。あいつらの土産話なんぞ面白くもねえけどよ」


 完全に不貞腐れて、カイはちっと舌打ちして言う。


「そう、落ち込む事はない。
・・・なかなか面白い話だ」

「?何か知ってるのか」

「昏睡していた君よりは」


 含みを持たせ、ドゥエロは笑みを深める。

相変わらずの奇妙な笑顔に、カイは訝しげな顔をする。

惑星で何かあっただろうか?

もう全ては過去の産物だが、少しだけ興味は持てた。

もっと聞いてみたいが、本人が答えてくれないだろう。

二ヶ月以上の付き合いで、目の前の医者の嗜好がちょっとだけ分かった気がする。

なんにせよ、もう終わった出来事だ。

十日も寝ていたと聞かされたせいか、身体が急にだるくなった気がする。


「敵はもういないんだな?」

「現状はな。君と女達で倒して以降、彼らはやって来ない」


 ひとまずは安心である。

そう何度も襲撃されてはたまらないが、しばらくはゆっくり出来るだろう。

そう考えて、カイは自分の不調を改めて見直す。


「なあ、俺の怪我は結局どんな感じなんだ?すぐに治りそうか」


 今更聞くのもどうかとは思うが、それだけドゥエロを信頼している証である。

少なくとも絶望的にはなっていない―――と信じたい。

ドゥエロの難しい顔を見ると、その自信も揺らいでくるが。


「正直に話せば・・・君は既に死んでいた」

「は―――?」

「正確に言えば、死を迎える前だった。
蘇生処置は行ったが、助かる可能性は極めて低かった。
持ち直したのは奇跡だろう」

「いや、あの・・・・もしもし?」


 洒落にならない事を言われている気がして、カイは額に汗を流す。


「いや―――死に物狂いで踏み止まった君の精神力を誉めるべきか
タラークの精神論も捨てたものではないな。
大したものだ。あれだけの手術に耐えたのだから」

「何をしたんだ、何を!?」


 不安ばかり高まってくる。


「火傷の跡も残らない。安静にしていれば、二週間で完治する筈だ。
勿論―――絶対安静が最低条件だ」

「えーと・・・・もしかして、出撃も?」

「医者として認められん。控えてもらう。
君の今の身体は非常に危うい。ツギハギだらけの人形に等しい」

「・・・うわー、意味不明な例えがちょっと怖いぞ」


 想像するだけで身体がバラバラになりそうだった。

巻かれた包帯が繋ぎ目のように見えてくる。

右目を覆うガーゼに手を当てて、


「・・・つくづくかっこ悪いな。
こんなんじゃあの娘に笑われ―――」





 ―――思い出す。

広大な青空、切ない旋律、涼しげな草原。

誓いを交わした少女―――





 ばっと身体を起こし、苦痛に身を震わせながらカイは左右に視線を向ける。

繋がれた点滴、脈拍・血圧測定器、心電図。

少し狭い個室の中に―――あの少女はいない。


「・・・ドゥエロ。俺が寝ている間に女の子がこなかったか?」

「始終入れ替わりで来たが」

「そうじゃなく!いや、ひょっとしたら紛れ込んでた可能性もあるか。
・・・・えーと。こう、ちっこい奴で12・3歳くらいの―――」


 何とか必死で記憶を手繰り寄せて、ドゥエロに特徴を伝える。

熱意が伝わったのか、ドゥエロも少し思い出すように考え込んで、


「・・・君の言う少女を私はこの船で一度も見てはいない」

「・・・・そっか・・・・・」


 自分でも何を必死になっているのかは分からない。

ただ、夢だと断定したくはなかった。

あの少女の無機質な表情は、幻のように儚くて綺麗だった。


「・・・・そうか・・・・」


 言葉を反復し、カイは疲れたように俯く。

夢の中の想像―――そう考えてしまえば納得してしまう。

カイはそれ以上何も言わない。

だからこそ、ドゥエロも追及はしない。


「話を戻そう。
完治していない状態で無理をすれば、重大な後遺症を残す。
出撃しても、身体がろくに耐えられん」


 静かな―――とても静かな目で、ドゥエロは一言でカイの未来を話す。


「―――死ぬぞ」

「・・・・・」


 ドゥエロの正鵠な医療的見解に、カイは息を飲むしかない。

自分の性格を熟知しての警告だった。

今回にしても、誰にも何も相談せずに死地に飛び込んだ。

結果として勝利して生き延びたが、結果だけを見えばの話だ。

特にカイが自分の行動を振り返って、何も後悔していないのを問題視している。

今後同じ危機的状況が訪れば、同じ行動を繰り返すと判断してドゥエロは忠告する。

怪我をした今の状態でやれば死ぬ、と。

端的で飾りも何もない言葉だからこそ、心の奥に刺として突き刺さる。

でも―――カイは思う。

心配してくれている。

身を案じてくれているからこそ、ドゥエロは真剣に話してくれるのだ。

言葉少なく固い表情の多い毅然とした男だが、何かあれば親身になってくれる。

ドゥエロのこういう所がカイは好きだった。


「・・・・心に留めとくよ。
別に寝たきりでなくてもいいんだろ?」

「ああ、しばらくは動くのも困難だがじきに慣れる。
一日一回包帯を取り替えるので、ここへ来てくれ。
人工皮膚の定着を確かめる」

「皮膚の定着って―――」

「聞きたいか?」

「・・・聞くのが怖いのでやめとく」


 互いに笑い合う。

冗談が言える関係でもなかったのだが、最近のドゥエロは特に話しやすい。

その後二・三容態についてを質問し、ドゥエロはカイから離れた。

白衣を翻して部屋から立ち去る際に―――


「点滴が終わる頃、また来る。
念の為、パイウェイにも聞いておこう」


 それがカイの尋ねた少女の事だと分かり、カイは小さく礼を言う。

そのまま何も言わずドゥエロは去り、小さな個室にカイは一人になった。

私情を交えず、医者としての立場を貫き―――それでいて友人としての気遣いを寄せる。

大人だと思う。

ラバットとは違うが、ドゥエロも立派な意志をもつ一人の男だ。

こうして話をする度に、自分とは違う側面を見せてくれる。

理性的で頭も良く、最近は少し口数も多くなってきた。

人間らしい魅力が出来てきたと言うべきだろうか?

友として誇り高く、気恥ずかしい嬉しさが沸いてくる。


「・・・あいつにも・・・紹介してやりたかったんだが・・・・」


 人が嫌いだといったあの少女。

人間が善人ばかりではないのはカイも知ってる。

何しろ、自分本人が善人でも何でもない。

夢を叶える為に誰の迷惑もかまわず邁進する。

そんな自分に反省もなく、ラバットの一件で再認識してより好きになった。

もっと世界を見せてやりたかった。

この空を、この宇宙を――――

何もかも夢でしかなかったのだろうか?

女に嫌われているのは自覚している。

そんな自分に哀れを感じて、都合のいい女を作り出しただけ?

でも、あの存在感は?

あの涙は――――?

全て、ただの空想でしかないのか・・・・?





「・・・・・ソラ・・・・・・」















『イエス、マスター。ご用件をどうぞ』















「なにぃっ!?」


 あっさり返って来た声に、カイは今度こそ起き上がる。

半ば諦めていただけに、期待は一気に膨れ上がった。


「ソラ、いるのか!?何処にいるんだ、おい!?」


 天井から床下まで彼方此方を見て回るが、影も形もない。

そもそもこの部屋はベットと戸棚以外に、隠れる場所は何処にもない。

必死で探すカイに、


『こちらです、マスター』

「え、何処だよ・・・・って、どおおおおおお!?」


 心電図が表示されているモニター。

接続された医療機器の小さな画面に、ちょこんと銀髪の少女が映っていた。

モニターに見合う為か、身体のサイズが非常に小さい。

まるでマスコットか人形のように、少女は愛らしくミニサイズにデフォルメされていた。


「な、な、な・・・・」

『落ち着いてください、マスター。
お身体に悪影響を及ぼします』

「誰だってびっくりするわ!!」


 激昂するカイを尻目に、ソラは冷静である。

無表情は変わらずで、夢の終わりに見せた笑顔が嘘のようだった。

とりあえずカイは周りに誰もいないのを確認し、ベットに座った。


「・・・・何やってるの?というか何処にいるんだ、お前は」

『私とマスターは心の世界で繋がっています。
貴方のお傍に、私はいつまでもいます』

「そ、それはどうも・・・」


 ストレートなソラの気持ちが、カイには照れ恥ずかしい。

前半の台詞の意味がよく分からなかったが。

こほん、と咳払いをして改める。


「・・・夢じゃなかったんだな、やっぱり」

『いえ、ユメです』

「いきなり否定かよ!?」


 寝起きの頭に、ソラはなかなか難物だった。


『ユメの中で貴方と私は出会いました』

「ま、まあそれはそうだけど・・・・・こういう対面をするとは思わなかったよ。
何でこんなとこいるんだ?普通に顔を見せればいいのに」

『―――失礼しました、マスター』

「別に責めてる訳じゃないから!」


 少ししょんぼりするソラに、慌ててカイは取り繕った。

意外に傷付きやすいのかもしれない。


『この姿は仮初めです。本体は別に在ります。
しかしネットワークを通じて、いかなる場所でも立体的に映像を見せるのは可能です』

「ほ、ほお・・・・・」


 曖昧な相槌だったのだが気を良くしてか、ソラは言葉を重ねる。


『呼びかけて下されば、私はいつでも貴方の為に参ります』


 とりあえず分かったのは――――


カイは心の中で諦めに似た思いで確信する。

この少女は自分の理解を超えた存在であるということ。

そして―――


『マスターの為に、私はこの身を捧げる覚悟です』


 この少女は決して―――幻ではない。

何やらやる気を見せる小さな助手に、カイは笑い声を上げた。















































































<to be continues>

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