VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action14 −手術−
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<to be continues> ---------------------------
『ペークシスに新たな反応がありました』
一仕事が終わって、職場から引き上げたパルフェ。
職務時間に残業を重ねて、彼女は疲れきっていた。
自分の好きな仕事で何の不問も無いのだが、如何せん肉体的な疲労はぬぐえない。
今夜の予定を考えながら歩いていたその矢先、部下から報告が入った。
(新しい反応・・・?)
ペークシス・プラグマはここ最近問題を抱えている。
出力は全体の七割以下に陥っており、エネルギー循環率は低下を辿る一方。
放出される光は弱々しくなり、影がさしたように衰えを見せている。
ペークシスはニル・ヴァーナの心臓とも呼べる重大な結晶体である。
万が一停止すれば、船全体に行き渡っているエネルギーは消失。
文字通り船は死んでしまい、乗員全員の生命の危機に繋がる。
パルフェも何とか対策を考えてはいるが、ペークシスは解明されていない部分が多すぎる。
植民船時代から使用されている鉱物だが、現代科学の粋を駆使しても完全な利用は出来ない。
無限とも言えるエネルギーを保有しているが、自由自在に調整する事は出来ない。
下手な操作や干渉はペークシスからの反発を招き、不具合が発生してしまう。
その為人類発祥からの歴史上、ペークシスを完全に扱えた人間は誰一人としていない。
機械工学では秀才のパルフェも、手を持て余しているのが現状である。
(・・・全然、言う事聞いてくれないんだよね。うーん)
ニル・ヴァーナ誕生からヴァンドレッドと、ペークシスはあらゆる面で力をかしてくれている。
こうして刈り取りの脅威の中旅を出来ているのも。ペークシスの力による貢献が多い。
ただ、こっちからのアクセスには何も応えてくれないのは困りものだった。
何しろ、今現状で困っているのだ。
ペークシスの調子が悪いのは分かるのだが、何が原因なのか不明。
人間で言えば体調が悪いのに、犯されている病気が何か分からないのと同じである。
(不調ね・・・・)
幼い頃から機械類に接してきたパルフェにとって、ペークシスは一種の友人だった。
親身になって接すれば、必ず機械類は役割を果たしてくれた。
人間のように意思疎通は出来なくても、協同でありたい。
大切にしていきたいと思うし、何かあれば力になりたいとも考えている。
(・・・・機嫌でも悪いのかな)
何か不安や悩み、もしくは内々に抱えている不安定な要素が不調を生み出している。
だから、あんなに顔色が悪いのだろうか?
自分らしい考え方に、パルフェ本人が苦笑した。
ペークシス・プラグマを人間のように考えているメカニックは、この宇宙でも自分一人だろう。
小さい頃は大人・子供問わず気味悪がられたが、パルフェは一向に気にしない。
生命体ではないにせよ、ペークシスとは共に過ごしている仲なのだから―――
自分なりに満足しながら、パルフェは自分の職場へと辿り着いた。
「ごめんね、遅くなって。ペークシス君はどう?」
「あ、主任!こっちです。
ついさっきからなんですけど・・・突然その・・」
要領の得ないスタッフの説明を耳に、パルフェは足を速める。
主任であるパルフェでも修復出来るかどうかは不明だが、調べる必要はある。
疲れはとうに消え去っている。
やる気に満ちた表情を眼鏡で隠して、パルフェは強化ガラスの前に立った。
ペークシスは通常厳重に保管されているので、管理を担っているパルフェでも滅多に近づかない。
ガラス越しに見えるペーウクスを一瞥し―――
「・・・・うわあ・・・・」
なるほど、パルフェは納得する。
舌足らずで理解が難しかったスタッフだったが、これを見れば決して理性的に説明出来ないのは分かる。
言葉では到底表現出来ない―――
―――美しさが其処に在る。
「・・・・・」
まるで数日間の不調が幻かと思える程、ペークシスは耀きを放っている。
それどころか、今までと比較しても比べ物にならなかった。
ニル・ヴァーナを誕生させたペークシス・プラグマ。
強い光を放ち、船を根底から支えてきた。
最近は弱々しく曇っていた青緑色の光だったが、今は進化している。
いや―――新化と言っていいだろう。
巨大な結晶体は曇りを晴らし―――完全に色が無くなっていた。
気高い純白のエネルギーとでも言うべきか。
むしろ―――
「・・・何か・・・すごく暖かい感じだね」
「はい。こう・・・包まれているような・・・・」
祖国が船団国家だった彼女達は、人生の大半を船の中で過ごしている。
擬似的な自然の中でしか生きておらず、環境に恵まれない。
そんな二人でも、自然の温かさと偉大さは知っている。
口に出さずとも、パルフェもスタッフも同じ感慨を抱いていた。
まるで――――陽の光のようだと。
全身は重度の火傷、第二度・第三度に及ぶ火傷も多数。
操縦桿を握っていた手は焼け爛れており、皮膚は青白く変色。
水膨れ・破傷も酷く、皮膚移植が早急に必要。
舌を噛んでおり、口内は運が悪ければ化膿。
赤み・腫れも顕著で、戦闘による爪痕が悪化の一途を後押ししている。
『・・・・事実だけを言う』
蛮型を即時回収し、ニル・ヴァーナへ搬送。
救命員と立会い人・ドゥエロの手によって、蛮型は格納庫に安全に回収された。
噴煙を上げる蛮型のコックピットは、留め金が高熱加工されていて強制排出。
その場にいた全ての目撃者は目を覆う。
コックピットが沸騰している―――
搭乗者は―――死に体だった。
『君達が彼をどう思い、どのような感情を持っているかは知らない。
知る由もない』
患者は早急に医療室へ運ばれ、診察。
蘇生処置を行い、急ピッチで手術の準備が行われた。
その際、数あるパイロット達が患者の傍に駆け寄る。
『事実を君達に話すのは無意味かもしれん。だが、あえて言わせてもらおう。
彼は恐らく―――助からない』
生ある者の身体を救うのではない。
死者に残された亡骸を修繕する処置。
ほんの僅かな可能性をただ求めるだけの―――悪足掻き。
『私とて、諦めるつもりはない。
彼をこのまま死なせるのは忍びない』
艦内放送―――
戦い抜いた者への礼儀を尽くし、残された者に礼節を向ける。
個人的な感情を削ぎ落とし、ドゥエロは言葉を投げかけた。
『考えてほしい。彼がやり遂げた行為の意味を。
そして振り返って欲しい。これまでの、君達の行動を』
医務室は閉ざされた。
愚かしくも、精一杯の抵抗を行うが為に―――
消灯時間が訪れた。
手術は継続されて昼から夜、夜から深夜に移行している。
医療室の扉は今も固く閉ざされて、今も治療は続く。
ドゥエロとパイウェイが休みも取らずに懸命になっているのだ。
扉の向こうに広がる通路は照明が落ちて、暗闇に満ちている。
静かな夜の世界に灯るのは、医療室より漏れる光のみ。
真っ暗な空間の中で―――バーネットはただ真っ直ぐに見上げていた。
『手術中』、無機質なそのプレートを。
「・・・・・」
数分、数十分、数時間、数十時間・・・・
後少し、もうちょっと―――心の中に響くのは言い訳ばかり。
理由だけが先走って、バーネットの足は止まったままだった。
去る事もなく、案じる様子もない。
冷めた心と身体に、確かな感触を与えているのは握られた拳銃だけ―――
安全装置を解除した状態のまま、ただ手に持っているだけだった。
(――――)
ここに来た時、感情は煮え滾っていた。
急いでドレッドから降りて顔を合わせた時、思わず息を飲んでしまった。
青褪めて、窶れ果てた顔。
死人のように蒼白な肌。
くぼんだ眼差し―――
親友は戦闘終了後―――何も言わずに自室へ引き上げた。
ただ、一言こう残して・・・・
『―――ごめんなさい』
何に対して謝ったのだろう。
私に?それとも自分自身に?
それとも―――カイに?
カイをあそこまで追いやったのは自分のせいだと、責め立てているのだろうか?
もしそうなら―――それは筋違いだ。
カイは自分で決めて、自分で行動した。
ジュラに非はない。
部屋に何度か呼びかけたが、返答はなかった。
バーネットは部屋の前で身を震わせ―――後にするしかなかった。
自分の無力さが歯痒かった。
何を話しても、何も訴えても、決して心に届く事はないだろう。
何に対して悩んでいるか、それすらも分からない自分に。
そして今―――此処にいる。
ジュラを追い込ん張本人、その憎き相手が眠る医療室の前に。
(・・・私・・・・)
どうしたいんだ、自分は。
医療室の向こうの宿敵は間もなく死のうとしている。
自分は確認しなかったが、ドゥエロの話ではカイの身体は手遅れだと言っていた。
外傷はタラークの外科手腕・メジェールの高度な医療技術で、回復は出来るらしい。
問題は炭化し掛けている今の状態に、復元そのものが間に合わないのだ。
ドゥエロの医療の腕が天才的でも、死んでいる肉体を治すのは無理だ。
頑張ってはいるようだが―――もう無理なのだろう。
カイは死ぬ。
今更こんな銃に頼らなくても――――
(・・・違う。そんな事したいんじゃない)
撃つ気はなかった。
怒っていたのは認める。
追求したい気持ちはあり、感情に任せて発砲していたかもしれないのも確かだ。
怪我をさせていたかもしれない。
カイの自分勝手な行動が許さなかったのもある。
しかし私は―――
「・・・バーネット?」
「ディータ?それにメイアも・・・」
ひっそりとした声に振り返れば、馴染みの二人が立っていた。
共に戦い、今まで関係を築いてきた古巣の仲間。
「バーネットも心配なんだね・・・・
あれれ?手に何か―――」
「・・別に、何でもないわよ」
そのまま腰のホルスターに銃をしまう。
新入りで夢見がちなディータにいい感情は持っていないが、今はディータの何気ない疑問に少しほっとする。
―――銃をしまう理由が出来た。
「・・・まだ続いているようだな。
絶望的だとは聞いているが―――」
顔は暗くてよく見えないが、声は少し沈んでいる。
「心配してるんだ、メイアは。
―――その、あいつの事」
「・・・・・どうだろうな。随分仲違いを繰り返してきた関係だ。
奴は私に良い感情は持っていないかもしれん。
ただ――」
伝わる湿った感情に、バーネットは少し意外に思った。
茶化す真似はせず、耳を傾ける。
「私は―――生きて欲しいと思っている。
死んでいい人間ではない。
他人の為に命をかける―――私には持てない強さだ」
「・・・・・」
人の為に命を使う人―――
バーネットの心に染み入る。
もし、それが女にも向けられるのなら・・・・・
ジュラを、自分の親友を―――助けて欲しい。
自分にはもう・・・・出来そうにないから。
「・・・・あ・・・・」
「バーネット、泣かないで」
頭の上に乗せられる小さな手の平。
呆然と顔をあげると、薄い暗がりの中でディータは微笑んでいた。
とても、とても・・・優しく。
「宇宙人さんは、きっと死なないよ。
ディータ、信じてる。
信じる事が・・・・・今の宇宙人さんにしてあげられる事だと思う」
カイを信頼する―――今まで出来なかった。
してあげられなかった・・・・・
だからこそ、今信じる。
どんなに脆弱な願い事でも、ありえない可能性だとしても。
待ち人に出来るのは、ただそれだけ―――
「・・・アマロやベルは予想できたが―――セルティックも眠れないらしい。
知っているか?この奥の通路で、座り込んでしまっているんだ。
素直にこちらへ来ればいいものを」
横からメイアが口添えをする。
冷静で―――少し弾んだ声で。
「クリーニングスタッフは、カイの衣服と部屋を片付けている。
イベントクルー達は回復後のインタビューをすると、徹夜覚悟だ。
階下のカフェテラスには・・・大勢のクルー達も集まって陣取っている」
メイアはただ、事実だけを伝えた。
バーネットは半ば呆然として聞いている。
ディータはえへへと笑って、バーネットの手を握る。
バーネットはじっとその手を見つめ―――
「・・・全く・・・皆どうかしてるわ。
メイアもそうだけど、ディータも・・・いつの間にそんなに変わったのよ」
とても静かな夜。
静寂で、冷たく、暗く・・・・・
(・・・私も、変わったかな・・・・
どう思う、カイ?)
されど―――昨日と同じではない。
訪れた変化の兆しに、バーネットはくすっと笑って受け入れていた。