VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action17 −ムーニャ−
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ニル・ヴァーナのシステムには自在にアクセス出来る。
ブリッジへと来たカイにソラはそう言って、姿を消した。
どういう原理でどういう存在なのか分からないが、何時でも見守っていると彼女は言う事だろう。
「・・・純真なんだな」
正義と悪を区別する。
純潔な理論と徹底した現実を持ち、冷然たる視線で世の中を見ている。
子供が大人に抱き続ける疑問と同じだ。
大人は子供に期待する。
より健康に、より明晰に、より善人に――――
されど、大人は完璧ではない。
現実を生きていく為に他人を傷つけて、押し退ける。
誰も傷つけずに生きていくのは不可能だ。
人は生きる上で矛盾を持ち、何かを破壊しなければ生きてはいけない。
生き物である以上競争は生じ、勝ち負けが発生してしまう。
現実を生きていくとはそういう事だ。
何一つ諦めず、何一つ捨てず、全てを得る人間なんていない。
子供に理想を押し付けて、大人は現実しか見ない。
ソラはそんな人間に疑念を抱いている。
マグノ海賊団は彼女にとってある意味で分かり易い人間像だ。
自分の為に、他人を犠牲にする。
仲間を守る為に、余所者を排除する。
大勢を助ける為に、一部を切り捨てる。
男の存在を最低だと断じておきながら、自分達は略奪行為を繰り返す。
表面的な綺麗さのみで、内面の醜さに目を向けない者達―――
ソラにはマグノ海賊団がそう見えているのだろう。
かつでの自分のように―――
「難しいな、その辺・・・」
この旅に出て二ヵ月半。
世界を知れば知るほどに、その広さと深さを実感する。
折り合いをつければいいのだが、そんな器用な人間ではない。
目をそらさずに向き合っていくしかないのだ。
「・・・さーて、十日ぶりに面合わせるか」
でも、知る事は決して悪い事じゃない。
カイは何の気負いもなく、ブリッジへと顔を出した。
「上陸してない!?」
素っ頓狂な声が上がる。
疑問符が幾つも飛び交いそうなカイを一瞥し、ブザムは肯定する。
「コンタクトは取れたが、正式な訪問はまだ行っていない」
「何でだよ。十日間も立ち往生してたのか?」
「それは・・・」
ブリッジに参上したカイは、此処でも手厚い歓待を受けた。
カイの死闘はブリッジの面々が誰よりも一番把握している。
大気圏内で戦い続けるカイの様子を必死でモニタリングし、その壮絶さに心を痛めていたのだ。
消える機体反応に、薄くなっていく生命反応。
熾烈な戦いを何度も見て来たベテランとはいえ、肝が冷えていく感覚は慣れない。
無事に退院しても、目と身体中の包帯が痛々しい姿のカイ。
アマローネ達やエズラに心配され、セルティックには無謀な行動への辛辣なコメントをいただいた。
マグノやブザムに厳しい叱責と説教を浴びせられたが、心配の裏返しだと分かった。
身体を休めるべく、すっかり定位置となった艦長席の下に腰掛けて、カイは快活に話して皆を安心させる。
その後ようやく本題に入り、これまでの経緯を聞かされた。
「連絡は取れたのに上陸しないってのは・・・・
ははーん、そっか」
中央モニターに映る蒼い星を指差して、カイは納得顔をする。
「嫌われたんだろ、お前ら。海賊だと印象悪そうだし」
「余計なお世話!それに見当はずれ。
どうして初対面で海賊だなんて名乗らないといけないのよ」
子供のように口を尖らせて、アマローネはバッサリ意見を否定した。
邪推もいいところだと言いたげな口調に、カイは肩をすくめる。
「なんだ、違うのか・・・じゃあ、その反対。
お前らが星の連中を嫌って、会うのを取り止めたんだな。
どうせあれだ、向こうさんがむさ苦しい男か何かだったんだろ?
お前らね、いちいちそんな事にこだわって―――」
「違うわよ!私たちだって状況は弁えるわ。
それにあの星の代表者は女の人!」
「女ぁ?」
むっとした顔でベルヴェデールが指摘し、カイは余計に困惑する。
男ならともかく、女が出たのなら話は通り易そうなものだ。
自分の知らない複雑な理由があると分かり、カイはますます興味が湧いてくる。
「だとすると・・・・警戒されたとか!?
俺達の戦いを見て怖がられてしまって――――ん?
そうなると、貴方が原因になりますね。傷だらけの英雄さん?
誤解だぁぁぁ!?」
ひょうきんな顔をしたクマの着ぐるみを前に、カイは苦悶する。
身体を仰け反らせて絶叫する彼に、セルティックは肩を落とした。
その様子を見て、エズラはくすくすと笑う。
今日、今の今までセルティックは着ぐるみの頭は取っていた。
どういう心境の変化があったのか知らないが、最近は素顔だけは見せるようになっている。
なのにカイがブリッジに来た途端、かぶり直してしまった。
操舵席に常駐するバートがいた時には素顔だったのを考えて、男嫌いからではないだろう。
(セルティックちゃんったら、恥かしがっちゃって・・・・)
あたふたするカイに、すました様子のセルティック。
仲違いしている雰囲気はまるでなく、どこか温かさがあった。
結局、きちんと事情を話したのはブザムだった。
「相手はお前との対談を希望している。
負傷した事情を話したのだが、それでも待っていると聞かなかった。
我々では応対すら拒まれる」
十日間進展が無かったのは相手側に原因があったようだ。
説明するブザムもこの足止めは痛かったのか、不本意さが表情に見え隠れしている。
「俺と話?何で俺個人を指名するんだ」
「星を救ってくれた恩人だと、相手さんは言ってるんだ。
あんたに直接お礼を言いたかったんじゃないかい?」
補足するマグノに、カイは若干の範囲で事情を理解する。
マグノ達が教えたのかどうかは分からないが、相手は自分が星を救った事を知っている。
ゆえに、感謝の意を直接本人に伝えたいのだろう。
「義理堅い連中なんだな・・・・
気持ちは分からんでもないけど、別にお礼なんていいのに」
「そう言わないで会ってあげて、カイちゃん。
皆、カイちゃんに感謝してるんだから」
エズラに柔らかに御願いされて、カイも頬を掻くしかない。
拒む権利はあるが、その場合向こうからの情報が得られない。
むしろ、折角相手側が好意を持ってくれているのだ。
きちんとした態度で対応にさえ望めば、有益な情報を手に入れられる。
話し合いもスムーズに進むだろう。
カイは面倒そうに立ち上がって、艦長席の横で身体を支える。
「了解、話してみるよ。
ばあさんとブザムはフォローを任せた」
「分かった。繋いでくれ」
マグノもブザムも異存はない。
年齢的にはカイより上だが、上司・部下ではない。
情報交換を有益に行う関係上、対等な立場で互いに交渉を進めるべきだ。
オペレーターのエズラは早速惑星への通信を行い、相手を呼び出す。
しばらくして――――
中央モニターに一人の女性が映し出された。
「ようこそ、お待ちしておりました」
少し幼さの残る表情に、従順な微笑みを浮かべた女性。
ウェーブのかかった金髪が目に眩しく、コーティングされたローブがよく似合っている。
容貌は繊細で、触れば壊れそうな雰囲気がある。
ニル・ヴァーナで何人も綺麗な女性を見たカイも目を惹かれる。
しかし、ある一点で強烈な違和感を生じてしまう。
(・・・・仮面?)
胸元に張り付いている白い仮面。
無貌が薄ら寒く、のっぺりとした表情が不気味だった。
女性にはひどく不釣合いに見えて―――その直後改める。
似合っていないようで・・・・似合っている。
つり合っていると言うべきだろうか?
在るべき場所に仮面は収まっている、そんな印象を受けた。
「改めて、わたくしはファニータと申します。
失礼ですが、そちらの方が―――?」
女性はカイを一瞥する。
カイ本人が何かを言う前に、一同の代表者であるマグノが肯定した。
「あんた達を助けたのはこの男だよ。
まだ起き上がれるようになったばかりで、怪我は治っていないけどね」
負傷の痕の説明と相手側への牽制。
二つの意味をこめて、マグノはファニータと名乗った女性に簡単に話した。
互いに上っ面だけの話は控えようと指し示しているのだ。
自分達の為にも、負傷の激しいカイの為にも。
マグノの言葉の裏に気付いてかいないでか、ファニータはカイ本人に話し掛けた。
「御礼が遅れまして申し訳ありません。
本当にわたくし達を―――この美しい星アンパトスを助けて頂き、有難う御座いました。」
深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べるファニータ。
上辺だけではない心からの気持ちが、彼女の優雅な一礼に表れている。
そこまで気持ちを向けられては、助けた本人としては嬉しいが恥ずかしい。
「あ、頭を上げてくれ。はっきりいって、咄嗟にやった事だ。
気持ちだけ受け取っておくよ。
そっちは怪我人とか出なかった?」
無事だとはドゥエロから聞いているが、詳細は知らない。
惑星単位で無事だったか、人一人一人全員無事だったかは別だ。
たった一人でも死人が出れば、決して助けられたとは言えない。
そんな半端さはカイも求めていない。
「はい、全員の無事を確認しております。
貴方様こそお身体は大丈夫ですか・・・・?」
心配そうな顔をするファニータに、カイは力強く頷いた。
「大丈夫、大丈夫。この程度でヒーローは死なないさ」
「十日間死に掛けてたけどね」
「うっさい、黙れ」
ベルヴェデールのちゃちゃをシッシと手で払って、カイはファニータに向き直る。
「アンパトスって言ったっけ?それがこの星の名前か」
海洋惑星、アンパトス。
カイは心の中で星の名を反芻しながら尋ねると、
「そうです。わたくしたちはこの星をそう呼んでいます。
この宇宙でもっとも美しい星アンパトスで―――」
ファニータは艶然とした笑みを浮かべる。
「貴方が来るのを、お待ちしておりました」
「・・・俺が来るのを?」
妙な話である。
ファニータの言い方だと、アンパトスを救ったカイの存在を事前に知っていた事になる。
当たり前だが、カイはこの星に来るのは初めてだ。
名前にも心当たりは全くない。
「どういう意味だ。あんた・・・・俺を知ってるのか?」
知る筈がない。
タラークで生まれ、タラークで育ってきた。
――――そうだと思っている自分。
胸の奥から湧き上がる衝動が、僅かな好奇心を期待に変える。
相手の反応を心待ちにしながら、カイは聞いてみる。
すると、
「勿論です。
貴方は――――ムーニャです」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「何故そこで全員無言で俺を見る!?」
疑惑と興味に満ち溢れた女達の視線に、カイは堪らず吼えた。
そのまま考えあぐねたカイは、助けを求める視線でファニータを見つめる。
「ええと・・・・まず聞きたいんだけど。
その―――むーにゃ?ムーニャって何?」
「え?あの・・・・」
「いや、何でそんな当たり前の事を聞くのかって顔をされても!?
全然知らないぞ、そんなの。
俺の名前もカイ、カイ=ピュアウインドって言うんだ」
名前の意味かと思って、念の為自己紹介するカイ。
焦ったように言葉を詰まらせるカイに、ファニータもようやく少しは事情が分かったのだろう。
落ち着いた眼差しが動揺で揺れる。
「ムーニャは、わたくし達の祖先をこの星へ導いてくれた方です。
今わたくし達がこうして命を命を永らえているのも、ムーニャがお救い下さったから。
わたくし達は感謝しております」
「祖先って・・・・あんた、俺が何歳に見えるんだ」
どう見てもファニータは二十歳前後で、カイより年上に見える。
この星の歴史は分からないが、それでも年月は過ぎているだろう。
仮に彼女の祖母がそうであったとしても、カイが生まれている筈がない。
「ムーニャは我々にとって救いの主。
アンパトスの礎となって下さる救世主なのです。
我々の祖先は言い伝えております。
いずれ来るムーニャの為に、わたくし達は存在するのだと」
胸に収められた仮面をそっと握り、彼女は朗々と語った。
その言葉に、その姿勢に虚偽はない。
心の底からムーニャという名の存在を信じ、崇めているのだ。
そんなファニータに皆は困惑を隠せず、互いを見合うだけ。
ブザムは難しい顔をして黙り込み、マグノは険しい顔付きで彼女を見つめる。
ただ、
「なるほど・・・・つまり、こういう事か」
カイだけは違う。
「あんたらの祖先は、今日のような敵が来るのを事前に分かってた。
そしてそいつらを倒し、アンパトスを救う存在―――すなわち、ムーニャの到来も。
それがこの俺だって事か!
なるほど、なるほど・・・・あっはっは」
何やら得心がいったのか、嬉しそうな顔をして笑う。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「だから無言で見るなっつーの、お前らは!」
激昂するカイに、全員はただ嘆息する。
様子を見かねたマグノは、疲れた顔でファニータに言った。
「一度そっちへ降りていってもいいかい?
今の話を含めて、色々聞いてみたい事があるんだ」
「しかし・・・・・」
ファニータはそこでカイを見る。
彼がいなければ了承はしづらいといった所だろう。
当たり前である。
彼女が、この星の人々が求めている人間はあくまで――――カイなのだから。
マグノは横目でちらりとカイを見、カイも頷いた。
「俺もそっちへ行くよ。興味はある」
こうして、惑星アンパトスヘ正式に招待される事となった。
それは十日前―――
『作戦、失敗。行動不能』
『修復機能、破損。起動不全』
『状況、未確認。機能不良』
宇宙の真空で尽き果てるだけの、残骸。
『兵装・・無・・・・』
『通・・・信・・・・ふ・・・・・・』
無機質に命令を刻み、役割を終えていく。
『・・・・おぁじょぱmじょぱmぽあp・・』
『dにあんこにんごhそのあpk――――』
電気系統も途切れ――――停止。
『―――――――』
消滅の一途。
『―――――――』
存在の消滅。
『――――――了解』
突如、反応。
『データ、送信』
『所在・E―277』
『惑星名・アンパトス』
『ペークシス、確認』
『機体反応、一致』
そして―――
『搭乗者"ますたぁー"、確率99,9%』
かつてユリ型と呼ばれたその物体は――――
『増援を要請』
――――燃え尽きた。
<to be continues>
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