VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action60 −永別−
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<to be continues>
格納庫―――
ここのみならず、恐らくはこの船の全てが静まり返っているだろう。
人質の身に甘んじているディータですら、顔色を真っ青にしている。
ラバットの言葉に傷付いた―――のではない。
その言葉に傷付いたカイを見て傷付いたのだ。
嘘だと言って欲しい―――
いつものように明るく笑って、正々堂々と否定して欲しい。
だってカイは自分にとって、本当に―――
英雄なのだから。
そして――――ラバットに銃を向けられた。
目を瞑るディータ。
不思議と、恨む気持ちは無かった。
銃を構えたラバットにも驚かなかった。
自分を最後の最後まで選ばなかったカイに、むしろ心のどこかで当たり前だと思っていた。
嫌われても仕方はない。
この船で出会い、一緒になって、役に立った事は一度も無かった。
いつもいつも迷惑ばかりかけていて、文句ばかり言われた。
何かあればすぐに頼り、その優しさに甘えていた。
だから―――
(・・・今までありがとう・・・宇宙人さん・・・・・)
素直に―――
(・・・・ディータ・・・・・宇宙人さんが大好きだったよ)
そして銃声――――
(・・・・・・)
ただ静かに自分の運命を受け入れて――――
――――ポタ、ポタ・・・・
頬を伝う温かい雫。
「・・・え・・・・・?」
小さな手の平にこびり付いているのは、紅い水玉。
ぷっくり膨れた小粒は弾け、ドロリと生温い感触を与えてくる。
それが何なのか知った時――――ディータは自分を覆う影に気付いた。
ラバットの声が苦々しさをこめて、ディ−タの耳に届いた。
「・・・何の真似だ、おい。今更取り繕うつもりか。
嬢ちゃんの盾にまでなってよ――」
「・・・あ、ぐ・・・・・」
そのまま影は、床に膝をつく。
ディータは顔色を変えて、必死で縛り付けられた身体を動かす。
「むーっ!!むぐうーっ!!」
今ほど自分が情けないと思った事は無い。
きつく結ばれた口元の轡をもものともせず、ディータは必死の声を上げる。
小さな唇からは細く血が滲むが、そんなのは何の意味も無い。
目の前にいる人はもっと、もっと――――
「・・・うぐ・・・・・あぐ・・・・」
放たれた一瞬の光はディータを目掛け――――
―――彼女を庇ったカイに着弾した。
ラバット愛用のビームガンはカイの肩を貫いて、軌道を逸らして床にぶつかり消滅した。
そのまま連続して発射されたら、命は無かっただろう。
寸分狂いも無いビームは、カイの肩を削って終わったのだ。
着用している黒いシャツには穴があき、肉を焼いた匂いが辺りに流れる。
貫いた光は血管を破ったのか、右肩の出血がひどい。
肩を削り取られた激痛は隈なくカイに襲い掛かり、留め止めの無い汗が流れる。
肩を抑えて苦しむカイを見て、ディータは信じられないといった顔をする。
(・・・どうして・・・・どうして―――!)
何故、また自分を助けたのだろう?
この命に、自分に価値はない。
カイの足枷になんてなりたくなかったのに―――
「・・・いづっ!?ぐ・・・・
け、怪我は・・・・?」
「むー?」
「け・が!大丈夫なのかって聞いてるんだよ!!」
「むぐーむぐーっ!!」
慌てて頷くディータ。
怪我一つ無い様子に、カイはふうっと息をつく。
心から安心したように――――
(・・・ど、どうして・・・・・宇宙人さん・・・・
宇宙人さん――――!)
「・・・・何泣いてんだよお前は。
別にこれくらい何ともねえよ」
半袖口から腕にまでドクドクと血が流れ、手を染めていく。
見るだけで痛みが伝染しそうな怪我なのに、カイは笑っていた。
その表情も我慢の限界なのか、晴れない。
ディータはそんなカイの顔を見るだけで、感情が入り混じる。
身体の縛りとは別次元の苦しさと、それを圧倒する切なさが胸を痛める。
何でもない訳が無い。
仮にも撃たれた傷で、命には別状なくとも消耗は激しい。
必死で何でもないように取り繕っているが、呼吸も少し荒い。
そこまで庇って貰う理由が、ディータには分からなかった。
そして、それは―――
「・・・何故嬢ちゃんを庇った?」
ラバットもまた同じなのかもしれない。
先程まで決断出来なかった自分に嘆いてた者とは思えない。
ラバットは躊躇わずに撃った。
咄嗟とはいえ、ビームガンの速さに追いつくには一瞬の迷いも許されなかった筈だ。
「・・・・知らねえよ。
ただ・・・・」
ディータの前に立ち、その身で彼女を庇う体勢をとる。
「俺は・・・・宇宙一の英雄になる。
その為にタラークを――――自分の居場所から離れた」
育ての親マーカスに拾われて、数年を過ごしたあの日々。
記憶もなく、常識も教養も何も無いあの頃は―――ただ生きていただけだった。
食べて、寝て、働いて――――ただ、流されていた。
「・・・・自分には夢がある。大きな夢、偉大なる未来――――
そんな自分が、好きだった」
英雄になりたいと思ったのは何時だっただろう?
何故、そんな夢を抱くようになったのだろう?
それはきっと――――今でも分かってはいない。
「そして―――今も好きだ」
思い出も、住む場所も、親しい人も誰もいない。
何もかも失って――――どん底に落とされて――――
そして、そんな自分にも何も感じない。
あの頃の自分はただ――――生きていただけだった。
「・・・・なのに、俺は俺を選べなかった」
唯一覚えているのは、たった一つの幻想。
淀んだ空気に染まった―――汚れた天井。
灰色の空――――
汚くて、歪んでいて――――とても広かった。
「・・・お前のいうとおり、俺は空っぽなのかもしれん。
常識も何も持ってはいない。
何が正しくて、何が間違えているのかも――――結局分かってなかった」
中身の無いニンギョウ。
世界に認識されない幻―――
「でも――――」
でも―――――
「俺は俺だ」
ソラに憧れたその気持ちは―――
「俺は男だ」
宇宙に目指したその志は―――
「俺は――――俺を捨てない」
決して――――捨てたりはしない。
それは決して――――答えではない。
カイは選べなかった。
守る選択も、戦う選択も、逃げる選択すらしなかった。
今もまだ、立ち止まり続けている―――
だからこそ・・・・そう、だからこそ――――
捨てる事なんて出来はしない。
「・・・・・で、庇って死ぬのか?」
ラバットはビームガンを突きつける。
向けられた銃口は、ピッタリとカイの額に向けられている。
ほんの少し引き金に力を込めれば、ビームはカイを貫くだろう。
それがラバットの意思。
選ぶ事の出来なかったカイに――――反発する権利は無い。
守れなかった以上、交渉の余地もありはしない。
カイは血に染まった腕をそのままに――――退こうとしない。
それどころか、カイは―――
「・・・・男は一度言った事は守る―――」
「大丈夫―――こいつに言った」
「安心しろ――――どっかのクマに言った」
「幸せにする―――――パートナーに言った」
そして――――
「宇宙一の英雄になる――――全員に言った」
立ち上がり―――――
「その約束を覆せば――――俺は本当に何も選べなくなってしまう」
「俺は決して――――」
「裏切らない」
両者は睨み合い―――
「そこまでだ」
女性の声が全てを遮った。
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