VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action8 −手掛かり−
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走る――
ただ真っ直ぐと、何の曇りもない眼差しで前を見つめて。
広い通りを颯爽と走るその姿は、俊足とは言えないが足取りの良いリズムを刻んでいた。
「急ぐぞ。連中に遅れを取ったら意味がない」
「ウキ!キッキッキ!!」
息を切らせて走るカイの横を、オランウータンのウータンが続く。
二足歩行のカイとは違って、ウータンは四足歩行である。
全身をバネに、全力前進で走るカイ以上に加速を強めて、ウータンはカイの声に鳴いて答えた。
「くそ、落ち着いて休めもしねえ。
次から次へと攻め込んで来やがって・・・」
ミッションに突入を仕掛けてきている者達。
カイが敵だと想定している侵入者達は、『刈り取り』作戦を実行に移している者達である。
人員・戦力・体勢など等詳細が掴めていない正体不明の敵。
一切がベールに包まれているが、一つだけ判っている事がある。
『刈り取り』を行使する者達はカイにとって―――いや、人類にとって敵であるという事だ。
カイやマグノ海賊団に徹底した兵力を差し向けているが、敵領域を侵しているからと言う理由だけではない。
タラーク・メジェールに限らず襲われている事実は、以前カイ達が立ち寄った惑星が物語っていた。
人類を残らず刈り取り、惑星に至るまで残らず飲み込んでしまう。
残されたのは荒廃した死の大地のみ。
敵が降伏も命乞いも許さない非情な集団なのは、実際今まで戦ってきたカイが一番よく知っている。
このまま何もせず呑気に事を構えていたら死ぬだけだ。
「お前もしっかりな。敵は完全にイカれてる。
お前だって例外じゃないかも知れねえ」
「ウキッ」
敵が人間のみを刈り取るとは断定出来ない。
むしろ物珍しい生物だからと、標的にされる可能性も少なからずある。
注意させるに越した事はない。
カイの心配を受け止めたのか、ウータンはきちんとした動作で肯定の意を示す。
「・・・・お前って頭いいな。人間の言葉、分かるのかよ」
「キッキ」
苦笑気味に話すカイに、ウータンは分かっているのかいないのか曖昧な鳴き声を漏らす。
二人(一人と一匹)はそのまま走り、通路を突っ走り続ける。
宇宙中継基地ミッション、その広さは都市一つ分に相当する。
膨大な規模を誇る内部を延々と走り続けるのは体力と気力を消耗させる。
ウータンは衰えを見せないまま元気に走っているが、カイは次第に呼吸が乱れていく。
心臓の動機が高まり、手足が疲労を訴える。
肺が酸素を求めて悲鳴を上げて、加速もどんどん鈍っていく。
「く・・・・ふ、船にいる・・・間・・・ふうはあ・・・・鍛えておけば・・よ、よかったな・・・・」
思えば、常に蛮型に乗っての戦いだった。
数度に渡っての修羅場も何とか潜り抜けてはいるものの、SP蛮型の貢献が大きい。
他の機体だったり、共に戦っていたマグノ海賊団の助力がなければ死んでいただろう。
自力で、生身一つで戦った経験はイカヅチでの交戦しかない。
自分一人で何かを成し遂げられた功績は、はっきりいって全くなかった。
マグノ海賊団、蛮型、ドゥエロ・バート、ピョロ。
そして―――ペークシス。
その全てが手元から離れ、残されたのは我が身一つ。
危機的な状況に陥っても、頼れるのは自分一人だけ。
何が起きても誰も助けてはくれない。
「・・ハァ・・・・情けねえ・・・・・」
たった何十メートル、何百メートル全力疾走しただけで身体が苦しくなる。
少し休め、敵はまだ攻めて来ない、のんびりいけばいいじゃないか――
全身の肉体的疲労に、心の奥底から数々の誘惑が押し寄せてくる。
甘美で優しい提案――
そのまま声に身を委ねて、そのまま座り込みたい衝動に襲われる。
分かっている。
こんなのは弱さをすり替えた逃避に過ぎない。
現実が辛いから、例え少しでも目を逸らして逃げたいのだ。
心の弱さ――
休みたいという気持ちこそ、目的遂行を妨げる一番の壁だった。
カイは葛藤に苛まれながらも、自身の弱さを恥じていた。
一人になった途端に押し寄せてくる弱気。
旅に出て二ヶ月以上過ぎたのに、まだカイはタラークにいたそのままでしかない気がした。
空を、深遠なる宇宙を見上げるしか出来ない自分――
誰よりも素晴らしい夢を持っているのだと誇りにしながらも、心のみしか旅立ってはいない。
日常という安息に包まれて、酒場で養われていたあの時の自分と少しも変わっていない気がしてならなかった。
走っただけで疲れ果てているだらしない自分を振り返ると、何よりもそう思える。
たった一人―――
個でしかない。
「・・・・・・・・・」
『例えば、舞台一番で一番輝いているのは主人公だ。
でも主人公を引き立てているのは脇役であり、見ている観客であり、黒子達だ。
皆それぞれに役割をちゃんと持っているんだよ』
ふと脳裏に蘇る言葉――
『戦いでも、物事においても同じ。
正しい事も、間違っている事も、決して一つじゃない。
個に囚われていては、全を見失うよ』
自分は今一人。
マグノ達もおらず、ペークシスも相棒もないまま戦わなければいけない。
自分の命がかかっている。
誰かを守るのではなく、あくまで自分の為に。
我が身の為に戦う――
責任も何もない、負ければ死ぬのは自分一人なのだ。
自分の為に行動し、自分の為に頑張る。
「・・・舞台の主人公になるにゃあ、弱音吐いてる場合じゃねえな・・・・」
自分一人だから―――今こそ戦わなければいけない。
自分の命運がかかっている。
戦わなければ死ぬ。
純粋で、何よりも分かり易い理由ではないか――
見失うな。
命がけで対するのは、刈り取りの連中ではない。
自分の命は大切。
そう、大切なのだ――
孤独で臆病になっている自分、誰もいない現実に弱気になる自分。
強敵は―――この場にいる。
本当に自分の生命全てを賭けて、全力で倒さなければいけない敵は――――
「俺だ」
カイ=ピュアウインド。
いつも―――立ち塞がる敵。
一人だからこそ手強い、最強の相手。
この足を止めようとする、得がたい誘惑で自分を呪う、命を危ぶもうとする存在。
そして―――自分にしか倒せないモノ。
カイは、ようやく分かった。
「・・・・・そっか・・・・・」
今、カイは理解した。
今訪れているこの逆境を乗り越える為には―――
宇宙一のヒーローになる為には――
やらなければいけない事は、一つだったのだ。
それは・・・・
「・・・鈍いったらありゃしねえな、俺も・・・・」
「ウキ?」
平走するウータンが不思議そうに見ているのに気がつき、カイは笑って首を振る。
「何でもねえよ。さ、行こうぜ!
何せ俺達は―――」
気力充分に、カイは通路の奥へと向かいながら呟く。
「連中相手に時間稼がないといけないんだからよ」
―二手に分かれる―
『何だと?』
ラバットの疑問の声に、カイはぴんっと人差し指を立てる。
『役割分担って事さ。
とりあえず、一から説明するから聞いてくれ』
その場に座り込むカイに合わせて、ラバットも腰を下ろした。
カイはそのまま咳払いをして、改めて話し掛ける。
『敵の戦力は強大だ。
正直、正面から挑んでも勝ち目はないと思う』
『・・・みたいだな』
腕に巻かれた装置からのデータ確認をしながら、ラバットは相槌をうった。
船から伝わる外部状況を確認すると、戦艦クラスの船が駐留しているとの情報が入っている。
保有する戦力と照らし合わせても、正直勝算は薄かった。
ラバットはカイを見る。
『だったら逃げるか?逃がしてくれるかは分からんが』
『いや・・・』
カイは静かに首を振る。
『このままここを出てトンズラしても、敵は俺達を見逃さない。
容赦なく襲い掛かって、攻撃されて終わりだ。
外の様子はわからんが、団体さんなんだろう?』
『ああ、うようよ出てきやがる。
相当の戦力を有しているみたいだな』
戦艦から出てくる小型の船を、ラバットはそう分析する。
カイはその説明を受けて、確信したように言った。
『ピロシキとキューブだな。
雑魚とはいえ、数が多いと厄介だ。
俺は戦えないし、おっさんの乗ってきた船もそんなに戦力はないんだろう?』
『一匹狼が性に合ってるんでね。
こいつ以外乗せていないからちいせえもんよ。
一応戦える機体もあるがな・・・』
『ふむ・・・・逃げ切れるかは怪しいか』
『逃げ切れたとしても、被害は大きいな。
俺は儲けにもならねえ事はしたくねえ。
ここは一つ、おめえの考えってのを聞かせてもらおうじゃねえか』
ラバットはそう言って、男臭い笑みを浮かべる。
考えのありそうなカイに興味を向けているのが表情から分かる。
カイは同じくへっと笑って、説明に入る。
『戦うのも逃げるのも無理。
となると、残された有効打は連中をはめる事』
『・・・・罠、か?』
ラバットの指摘に、カイは頷く。
『相手の意表をつき、行動不能にして、お宝を手に入れて逃げる。
それが一番だと思う』
カイの言いたい事は、ラバットもすぐ分かった。
正面から立ち向かえない以上、策を持って相手を陥れるしかない。
しかし――
『お前の言いたい事が分かるが、現実問題として厳しいんじゃねえか?』
ラバットは厳しい顔で指摘する。
『相手だって馬鹿じゃねえ。
ここに来る以上警戒はするだろうし、時間もない以上細かい罠を張り巡らせるのは不可能だ。
第一、俺達の存在を知られるほうがやばいと俺は思うぜ』
敵の動きを察知出来ているとはいえ、相手側がラバットとカイを補足しているとは限らない。
もしもミッションに別の目的ないしは探索で来たのなら、下手に手を出せば薮蛇になる可能性がある。
ラバットの言う事はもっともだった。
が、カイは否定的に言葉を述べる。
『普通に逃げるのが不可能な以上、何もしないのはやばいと思う。
多かれ少なかれ、いつかは追い詰められる。
奴等のねちっこさは俺が一番知っている』
隠れるという選択肢も確かにある。
ミッションの規模を視野に入れれば、隠れる場所の一つや二つ簡単に見つかるだろう。
敵が立ち去るまで身を潜め、危険を冒さない。
目前にまで敵が迫っているこの状況では、相応な判断であるかもしれない。
考えなくもなかったが、カイはどうしても正しい決断には思えなかった。
隠れてどうにかなる敵だとは思えないのだ。
徹底したやり方を貫いている敵が、ここをこのまま放置するとも限らない。
最悪、爆破なりしてミッションそのものを消滅させる事も考えられるのだ。
『俺は戦うべきだと思う。
第一・・・・』
カイはラバットを見つめ、不敵に口元を緩めて言った。
『お宝をみすみす敵にくれてやる義理はない。
だろ?おっさん』
ラバットは驚いたようにカイを見、途端に豪快に笑った。
『はっはっはっはっは、こいつは一本取られた。
なかなか見所あるじゃねえか、お前。
よーし、いっちょかましてやるか』
協力に乗り出してくれたラバットに、カイは明るい顔で拳を握る。
『うし!じゃあ具体的に戦略を説明する。
まず・・・俺が敵をひきつける』
『敵を?それってまさか・・・・・』
カイは頷く。
『文字通りだ。敵さんと正面対決する』
『敵との対決!?お前、何考え・・・・!?』
険しい顔で詰め寄るラバットを、カイは手で抑えた。
『何とか・・・・そうだな、一時間は時間を稼ぐ。
その間に、あんたに罠を仕掛けてもらいたい』
『俺に?どこに何の罠を仕掛けるんだ?
一時間じゃどうしようも・・・・・』
困惑するラバットに、カイは静かに口を開いて――
「・・・・ここか。あの野郎、厄介な事させやがる」
ラバットは毒つきながらも楽しそうに笑う。
堅固に閉ざされた大きな扉を目にして――
<to be continues>
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