VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 7 -Confidential relation-






Action18 −自立−




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 今朝まで平穏だったブリッジが、現在緊張感に満ちていた。

敵の襲撃、ではない。

むしろ敵よりもクルー達に別の意味で恐れられている者達が、互いに対立しあっていた。


「お答えください、お頭」

「・・・・・・・・・・」


 起床時間から数時間後。

昼夜交代で任務に就いたブリッジクルー総員が、事の成り行きを固唾を飲んで見守っている。

誰もが皆、入っていける雰囲気ではなかった。


「このままでは問題は肥大する可能性もあります」

「・・・・・・・・・・」


 波乱を呼び寄せんばかりの声を張り上げているのは一人。

もう一人は自分に激しく詰め寄っている者を見つめつつも、ただ口を閉ざして黙っていた。

ドレッドチームリーダー・メイア=ギズホーン。

マグノ海賊団お頭・マグノ=ビバン。

二人がこうしたぶつかり合いをする事は滅多にない。

少なくとも融合戦艦ニル・ヴァーナに上員するクルーの誰もが見た事がない。

メイアはマグノを自分を助けてくれた命の恩人であり、所属する海賊のトップとして尊敬の念を抱いている。

マグノはメイアを自分の大切なクルーの一人として、そしてそれ以上の愛情の念を持って目をかけている。

二人の意見が食い違う事は皆無であり、メイアはマグノの命令に、マグノはメイアの信念を尊重していた。

なのに、今ブリッジ中央の艦長席を中心に二人は睨み合っている。

いやむしろ、マグノに激しく異論を唱えているのはメイアだった。

メイアがこの場に訪れたのはほんの数十分前。

マグノに毎日の業務報告をブリッジクルー達が行っていた矢先である。

勢い込んでブリッジへと乗り込んできたメイアを、マグノを初めとする皆が目を丸くしたのは言うまでもない。

普通ブリッジの誰かに用があるのなら、通信回線を利用してメイアはモニター越しにいつも報告している。

パイロット業務による定時報告でも、緊急の報告でも、わざわざ足を運ぶより通信した方が何倍も早い。

メイアにもその事実は判っている筈なのに、メイアは只ならぬ様子でブリッジへと直接やって来ている。

何か重大な問題でも起きたのかとマグノが問い質した時、メイアによるこの一言で事態は引き起こされた。


『何故カイにのみ、あのような処遇を行っているのですか!』


 今朝方カフェテラスで知ったカイの差別的境遇。

一枚のゴザの上で力なく体を横たえていたカイの姿は、今もメイアの瞳に焼きついている。

時間交代で多くの同僚達が集まる中、まるで罪人の様に無様な姿を衆目に晒しているカイ。

驚愕して問い質して見ると、マグノによる指示だと言う。

事情を聞いたメイアは驚愕した。

当然だ、自分は何も知らなかったのだから。

カイがマグノ海賊団クルーの一員として認められたものの、セキュリティ認証が0レベルしか与えられなかった事までは無論知っている。

何しろ、そのお陰で今もカイはパイロット訓練が出来ないのだから。

自分が新しく組み入れたフォーメーションにはカイも入れている。

カイが訓練できなければ、必然的に新しいフォーメーションの訓練も出来ない。

シミュレーションルームで事実を聞かされた時は驚いたものの、心のどこかでは納得はしていた。

カイ一人が認証レベルを与えられないのは普段の素行が原因であり、いつぞやの夜での騒ぎも拍車をかけたのだろうと。

男であるカイがでかい顔をして歩かれては、他のクルーも迷惑する。

だからこそのレベル0であり、特別待遇一切なしの判断だろうと思っていた。

だが、カイへの処置は自分の想像を越えていた――


「・・・失礼を承知で言わせていただきます・・・」


 マグノからの返答はない。

ここへ来て初めて詰問した時表情を引き締め、後は延々と沈黙を保っている。

自分の質問には答えられないのか、それとも答える気はないのか。

メイアには分からなかったが、何故かその沈黙がメイアの胸に奇妙な揺れを生む。

久しく忘れていた何かが、胸の奥より生まれようとしていた。

自分自身でそれが何なのか把握出来ないまま、メイアはその衝動に身を任せる。


「今回お頭が提案された制度は明らかに一個人に・・・いえ、はっきり言います。
カイに対する一方的な処罰にしか思えません」

「・・・・・・」


 瞑目して口を閉ざしたままのマグノに、メイアは艦長席に手を置いて詰め寄る。

かつてのメイアなら、数日前のメイアではありえないマグノへの憤り。

この行為はお頭に対する非礼に値する態度だが、メイアは気がついていなかった。

「私は男三人に認証レベルを与えたのは、我々海賊の一員として正式に認めたゆえとお聞きしています。
確かに、ドクターや操舵手にはそれ相応のクルーとしての特権を与えたのでしょう。
ではカイに対しては一体どのような特権を与えたのですか?」


 ブリッジ内一同は一言も口を出せずにいた。

常にブリッジにてマグノの傍らで補佐をしているブザムも、メイアに口出し出来ないでいる。

普段にはないメイアの剣幕に驚いているのもあるが、メイアの言葉はそのままブザムの今回の処置に対する疑問そのままでもあった。

ブザムもクルー達のカイに対して行われている処遇への噂話やカイ本人の苦情も耳にしている。

いつもはマグノ自身が積極的に行う事柄には何の疑いもなく、副長として力添えをしていた。

マグノ自身の行動には深い思慮があり、クルーを一番に考えての何よりの情がそこにあったからだ。

そうしたマグノの懐の深さには、ブザム自身尊敬している。

が、今回のカイに与えられた最低レベル0には少なからず疑念はあった。

メイアの主張は続く。


「カイがこれまで数多くの問題を起こし、我々が迷惑を被った事実は否定しません。
私如きでは詳細は知り得ていませんが、カイを嫌う者は少なからずこの船にいるでしょう。
ですが、カイはカイなりに功績を残しています」


 ふうっと一呼吸置いて、メイアはマグノから離れる。

心に溜まっていたモノを吐き出して少しは冷静さを取り戻したのか、メイアの表情は普段の冷静さが宿っている。

目は変わらず真剣そのものだが。


「お頭の決定に頭から反発している訳ではありません。
クル−達の多くは決定を受け入れて、現状に賛成しています。
私がお頭にお聞きしたいのは、納得のいく理由です」


 今まで積み上げたカイの功績はマグノが一番よく知っている筈。

そのマグノが何故カイという初めての新しき男のクルーにセキュリティ0と位置付けたのか?

メイアは言いたい事を言い切って、マグノに視線をぶつける。

その瞳には納得がいくまで動かないという強い気持ちがこもっていた。

現時間勤務であるブリッジクルーベルヴェデール・アマローネ、オペレーターのエズラも現状を静観している。

視線と手先は自分の職務に集中しているが、心ここに在らずだった。

メイアの一言一言が耳に届けば、意識は自然と艦長席に集中している状態である。

興味本位でもあるが、メイアの意見には賛同の意思も少なからずあった。

今まで何度もぶつかり合い、時には仲良く話し、アマローネやベルヴェデールはカイに興味を示している。

エズラは何度となく自分達の危機を救ったカイには最早何の気負いもなく、カイを心から好いていた。

我が子を身に宿すエズラの感情は恋とは違うにしても、カイに親愛以上の情を感じている事はもう本人が疑いようもなかった。

それゆえに今回のクルー入りを心から歓迎し、心から落胆したのである。

以前カイが怒鳴り込んで来た時に話を横から聞き、エズラは何気なくカイの身辺に注意をして見ていた。

その結果エズラが考えている以上にカイの境遇は芳しくなかったと知り、これまでいない歯痒さを感じている。

メイアのマグノへの抗議。

その光景は衆目一人一人が心の何処かで望んでいた姿の現われなのかも知れない。

ブリッジ全体の空間が硬質化し、空気すら息苦しく感じる程に切迫している。

誰もが沈黙する中、これまで口を閉ざしていたマグノが顔をあげた。


「メイア、お前さん随分男に毒されているようだね」

「ちっ!?違います!
私はただ客観的に・・・・」


 メイアの言葉を最後まで聞かず、マグノは呆れたように言い募る。


「なら、どうして男の身辺をお前さんが気遣う必要があるんだい?
男がどうなろうと、お前さんには関係はないだろう」

「そ、そんな・・・・」


 信じられなかった。

マグノが男を、カイを自分達以下のような言い方をしている。

まるでカイなど知った事ではないと投げ捨てているような感じを、今のマグノから見受けられた。

初対面で、マグノはカイには好印象を持っているような素振りがあった。

実際カイが何か行動を起こしてもマグノは特に注意せず、それどころか事態を楽しんですらいたようにも思える。

メイアは自分の耳を疑う。

困惑を隠せないメイアに対し、マグノは平然と話を続ける。


「今回の決定がアタシの一存である事は認めるさね。
ただ、誤った判断をしたつもりはないよ」

「・・・不自然な点は何もないと仰るのですか?」


 声が不自然に硬くなるのが分かるが、メイアは平静さを保つ事が出来そうにない。

メイアの質問にマグノは返答せず、そのまま話を続ける。


「ああ、全くないね。
カイはセキュリティ0、これはもう決定事項だよ」

「私は理由をお聞きしているんです!」


 話を反らされてはたまらないと、メイアは身を乗り出す。

メイアの部下達なら震えるであろう迫力のこもった声も、マグノには通じない。


「お前さん、忘れちゃいないかい?
あの子は男であり、とっ捕まえたタラークの捕虜だよ」


 男女共同生活を中心軸に長旅を続けているが、相反する者達である事には変わりはない。

旅が終わり、敵の目論みを阻止すれば、自然と両者の因果関係は元に戻る。

その後に待つのは恐らく永遠の離別か、どちらかの破滅だろう。

メイアも男女共同には今も抵抗はあり、男への敵愾心も消えてはいない。

そう簡単に気持ちが変化するほど、メイアはお人好しでもなければ単純でもない。

エズラは別にしても、アマローネ達にだって同じメジェール人として男には割り切れない気持ちはある。

しかし―――


「それはドクターや操舵手も同じです!
なのにカイだけが以前と同じ、いや以前以下の環境に落とされています!」


 メイアの指摘する矛盾に、マグノは表情も顔色も変えずに言い放つ。


「あの二人はこの船に必要な人材だからね」

「カイは必要ではないと言うのですか!?」


 これにはメイアだけではなく、傍らにいるブザムも目を丸くする。

エズラに至っては席から立ち上がっており、顔色を青くしてマグノを見ていた。

マグノのカイに対する評価が目に見えて高いのだと、確信されていた今までが嘘のように思える。

呆然とする一同に聞かすかのように、マグノは響き渡る声で言う。


「あの子は今まで自分が捕虜である自覚がなかったようだからね。
皆も良い気持ちはしていなかった。
そうだったね、メイア?」

「そ、それは、その・・・・・」


 そう、誰よりもそう思っていたのがメイアである。

カイと始終口論をし、関係が徐々に悪化し冷え切って、最後には完全に存在そのものを無視した。

心から嫌い、カイを疎み憎んでさえいた。

同僚であるジュラやバーネットも同じ気持ちだった。

思えばクルー総員含めてカイを慕っていたのはディータだけではなかっただろうか?

メイアはマグノの言葉で完全に心が冷え切って、内側から沸いていた何かが消えていくのを感じた。

自分はなぜマグノに抗議しに来たのかすら疑問に思えてくる。

「セキュリティシステムはクルー達を守り、安全で円満な環境を維持する為にある。
ちゃんと説明はした筈だよ。
アタシはドクターや操舵手の兄ちゃん、それにあの子。
三人の素行や働きぶり、皆への貢献を評価してクルーの一員として迎え入れたんだ。
本来なら捕虜として、このままずっと利用して働かせたままでもよかったんだよ」


 マグノの述べている発言は決して個人の感情からの言葉ではない。

悪意でも、善意でもない、唯の事実。

カイ・バート・ドゥエロの三人が敵対するタラーク側の者達であり、船内で捕まえた当初は捕虜として扱っていた。

そんな彼らがクルー入り出来たのは働きを認められたからであり、皆と分かり合えたからではない。

合意的に判断しての決断であり、私情は一切挟んでいない。

カイ本人の待遇が余りに酷だと思うのは、本人に対して個人が何らかの感情を動いているからだ。

本人に何の感情もなければ、本人の冷遇も気にならないのが普通だ。

男は敵。

この認識はメジェールで生まれた者の当たり前の常識であり、根本である。

クルー入りを認めたのは三人の能力であり、マグノ海賊団への貢献であり、三人の内面を考慮してではない。

マグノの言う事は、何の私的感情もないお頭としての冷静な判断によるもの。

海賊という組織の枠にいるのであれば、むしろ不当なのはメイアの主張だった。

感情論で訴えているのはメイアの方なのだから――

メインブリッジが静まり返っている。

誰もが皆言葉を失いつつも、反論出来る材料が無い事に気づいていた。

メイアも自分が感情的になっていた事に今更ながら気づき、口を閉ざしている。

自分を恥じる気持ちはない。

だが、どうしてここまでしてカイへの不当な待遇に反発したのかが曖昧になっていた。

どうしてだろう?

不本意だが何度も助けられて、少しは情が移ったのだろうか?

分からぬままに、メイアはただ静かに頭を垂れた。

最早言える事は何もない・・・・・


「ばあさん、ばあさん!いるかー?」


 居心地の悪い空気をぶち破るかのように、能天気な声がブリッジ内に木霊する。

同時に一同はブリッジで入り口付近を見、声の主を見つめた。


「少しは静かに入ってこれないのか。今、大切な話の途中だ」


 ブザムはこの時ばかりはカイが訪れた事を心から感謝したい気持ちで安堵した。

このまま話を閉めてしまえば、メイアとマグノの信頼関係にヒビが生じる可能性がある。

ここはカイ本人ときちんと話をした方がいい。

ブザムは諸注意をしながらも、カイに向ける表情は心なしか緩んでいた。


「あれ、青髪じゃねえか。
お前どこ行ったのかと思ったら、こんな所にいたのかよ。
たく、相変わらず仕事熱心だねぇ〜」


 呆れた様な言い草だが、カイの表情に嘲りはない。

メイアはキッとカイを睨む。


「仕事熱心とはどういう意味だ。また私をからかって・・・」

「ん?だって、ばあさんと話してたんだろう。
仕事以外に何があるんだ?」


 ストレートに聞かれて、メイアは返答に詰まる。

まさかお前の為だとも言えないが、仕事だと嘘をつくのもどうかと思う。

生真面目な性格が、メイア自身を困らせる原因になってしまった。

言いよどむメイアを見てカイは首を傾げつつ、


「?変な奴だな・・・・ま、いいや。
ばあさん、大事な話があるんだ。今、いいか?」

「大事な話?そうだね・・・・」


 言葉を濁して、マグノはメイアを見る。

マグノの視線の意図を察して、メイアは小さく頷いた。


「いいよ。話とやらを聞こうじゃないか」


 自分の話は後で、とメイアへの返答を受け取ったマグノは表情を和らげて、腰を落ち着ける。

カイはそのままズカズカ歩き、マグノの正面に立った。

マグノはそのままの姿勢でカイを見上げる。


「それで?また何か問題でも起きたのかい?」

「またって何だ、またって。俺の話はいつもトラブルばかりかよ!」

「おや、違ったのかい?」

「不思議そうに聞き返すんじゃねえ!
たく、このばばあにしてあの馬鹿どもありか・・・・」


 カイは悪態をつきながら、そのま自分の懐を漁る。

突然の行動にマグノはおろか、周りの皆が不思議そうな視線で一挙一動を見守る。

そのまま待つ事数分。

カイは焦った様にあちこちポケット類を漁って、ようやく下ズボンの後ろポケットより何かを取り出した。

「あった、あった。
びびった、無くすかと思ったぜ・・・」


 ポケットから取り出した物を、マグノは正面から覗き込む。

物が何かを目で捉えたその瞬間、カイはそのままそれをマグノに突き出した。


「これは・・・・・」

「この前あんたにもらったヤツだ」


 カイがマグノに差し出しているのは、一枚のカードだった。

マグノ海賊団が保有する艦内施設を利用できるIDカード。

このカードこそマグノ海賊団のクル−と認められる証でもある。

マグノはまじまじとそのカードを見つめ、訝しげな顔をしてカイに問い掛ける。


「このカードがどうしたんだい?
壊れたんなら、パルフェかBCに見てもらえば・・・」


 マグノの忠告も耳をかさず、カイは端的に言った。


「返す」


 呆気ない一言。

何の感情もない、一秒にも満たない台詞。

場が止まった――


「か、返すって・・・」

「だから返す」


 カイの顔と手元のカードを交互に見ながら、マグノが困惑する。

突然すぎて、さしものマグノも何が何だか分からなかった。

その意味が理解できたのは、次のカイの言葉からである。


「俺にはもう必要ないから」

 必要がない――

それはすなわち・・・・・・・


「まさかお前さん・・・・・」

「マグノ海賊団、今日で辞めさせてもらう」

カイのあっさりとした言葉が徐々に全員に浸透していき、体に心に染み渡った。

 凍り付いていた場が一気に動き出す。

何よりも反応が早かったのは彼女だった。


「ど、どういう事だ!?何かの冗談のつもりか!」


 激しい勢いでカイに詰め寄るメイアだが、当のカイは平然としたままだった。


「本気だ。俺は今日で海賊を辞める」

「何故だ!折角クルー入りを果たせたんだぞ!
お前は我々海賊の一員として・・・」

「そう、そうなんだよ」


 カイはメイアを指差して、マグノの顔を見る。

その表情は真剣そのものだった。


「そもそも、だ。
何で俺は海賊の仲間入りなんかしなくちゃいけないんだ」


 一同が呆気に取られる中、カイはしみじみと頷きながら腕を組む。


「今日になって気づくなんて我ながら恥ずかしい話だけどな・・・
俺はそもそもお前らのやっている事をまだ認めたつもりはねえんだ」


 その場にいる全員を見渡す。


「お前らが悪い奴じゃないってのは分かったけど、それでもお前らが海賊としてやって来た事は立派な犯罪だからな。
海賊家業が、生きる為にお前らがやっていた事はいいのか悪いのか、俺にはまだ分かってない。
そんな中途半端な気持ちで、俺には仲間入りはできないよ」


 二つの船が融合して初めて敵が訪れた時、カイはマグノの出撃要請を突っぱねて、戦う事を自ら拒否した。

女である、海賊である者達のために戦えない――

その後海賊になった経緯やマグノ達の不遇を聞いてはいるものの、カイ自身はっきりとした答えは出せていない。

マグノたちがやって来た事は正しいか否か――

正しいのなら、何故正しいのか?

間違えているのなら、なぜ間違えているのか?

海賊をしなければ、マグノ達は生きていけなかった。

海賊をしていたから、何の関係もない大勢の被害者が出た。

正しいのか間違えているのか、どちらの選択も正しいようで間違えている気もする。

白か黒か、自分は心の内に問いかけ続けているが答えは出せていない。

だからこそ―――

カイはほろ苦い笑みを浮かべてそう言い、最後にマグノを正面から見る。

そのまま手に持っていたカードを手放して、そっと握らせた。

やや強引ではあったが、マグノも返さなかった。

いや、返せなかった。

ただ、カイの突然の行動や言動に何も言えずにいた。


「ま・・・・待て、カイ!それでいいのか、お前は。
また以前に逆戻りに・・・・・あ・・・・」


 以前の捕虜としての身の上に戻る。

メイアはその言葉の意味に気づき、口篭ってしまう。

カイはクルー入りしてからも、一度として仲間としての待遇は与えられていない。

ならば、以前も今も何の変わりがあるというのだろう?


「ばーか、変な事気にしてんじゃねえよ。お前らしくもない」


 メイアが気遣ってくれているのだと察したカイは、笑ってメイアの肩に手を置いた。


「言っておくけどな、ああいう扱いをされたから辞めるんじゃねえぞ。
俺があの程度の事で根を上げる男に見えるか?
なあ、アマローネ」


 突然同意を求められて戸惑うものの、アマローネは肩を竦めて答えた。


「文句ばっかり言ってたけどね」

「それは昨日までの俺だ。忘れろ」

「遠い目をして誤魔化すんじゃないの」


 口ではそう言いながらも、アマローネの表情はすっかり笑顔になっていた。

カイも同じく笑って、再びマグノに顔を向ける。


「でもまあ、ほんと正直な気持ちを言えば・・・」


 照れくさそうに、鼻の下をコリコリ掻く。

「お前らと一緒になるってのは悪い気分じゃなかった。
毎日仲良く生活しているお前らを見ていると、俺も何だか楽しくなっていたからな。
こんな気分、タラークにいた時は味わえなかったよ」


 そう言って浮かべるカイの微笑みは、まるで思い出を反芻するかのような邪気のない純真さがあった。

見ている者を惹き込んでしまうような笑み。

ほんの一瞬で消えたが、それはカイが見せる初めての表情だった。


「でもこのままじゃいけないんだ。
俺がこの宇宙に飛び出したのは自分がどこまでやれるかを試す為。
そして、自分の夢を叶える為だからな。
お前らに寄りかかってちゃ、いつまでも俺はタラーク三等民の酒場の小僧だ」


 カイはマグノの前に立ち、真摯な瞳で言い切った。


「誘ってくれてありがとう、ばあさん。
俺は自分でやって行く事にするよ」


 それは、本当の意味でのマグノ海賊団との縁切りの宣言だった。

最後まで淀みなく言い切るカイに、呆然としていたマグノは肩を落とす。


「本当に辞めるんだね?取り消すなら今の内だよ」


「誰が取り消すか。元々俺は家から出ていく時、自分一人でやっていこうって決めてたからな。
てめえ一人面倒見れないでどうするよ」

 カイの言葉に躊躇いや迷いはない。

意思の決意を感じ取ったマグノは、法衣越しにカイに微笑みを向ける。

それは今日初めての、そして今まで何度もカイに向けていたいつもの笑顔だった。


「分かった、このカードは破棄しておくよ。
これでもうあんたはうちのクル−でも何でもない。
クル−じゃない以上、面倒見る気はないからね」


 マグノの毒舌にも、カイは笑って答えた。

「俺だってあんたをお頭〜なんて呼ばなくて住むかと思うと清々するよ。

ま、今回の茶目っ気はなかなか面白かったぜ、ばあさん」


 目を見開くマグノに、カイはへっと笑って背を向けた。

そのまま出て行こうとする背中に、マグノはぽつりと呟いた。


「そういえばあの監房は元々空き部屋だったね・・・・
使用する機会もなさそうだし、放置しておくかね」

誰に話し掛ける風もない言葉。

カイはピタリと足を止め、そのまま手を上げて左右に振ってブリッジを出て行った。


「ふふ・・・・」


 誰かに伝える訳でもない行動。

マグノはそれを見つめ、嬉しげに笑ってそのままカイを見送った。















 そして―――















「んで・・・ちゃんと準備は出来たんだろな、家来」

「言われた物は揃えたぴょろ。
でも、こんなのどうするんだぴょろ?」

「へっへっへ・・・それは見てのお楽しみだ」


 ある区画内の隅で、一人と一体は活動を開始した。

























<続く>

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