VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 7 -Confidential relation-






Action17 −平穏−




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 二日が過ぎた――



日夜ブリッジクルー達が目を光らせていた艦外に不穏の影は見えず、敵からの襲撃はまるでなかった。

故郷を不本意な形で送り出されて以来、休まる暇もなく次から次へと敵襲の連続だった二ヶ月。
艦外は未知なる世界と正体不明の敵の領域。

艦内は故郷が敵と断定する者が味方という不本意な立場に存在し、我が物顔で居座っている。

カイ達タラークの男三人とマグノ海賊団メジェールの女百五十名という相反する者同士の旅は、常に不信と不安が付き纏っていたと言えた。

精神的・肉体的苦痛の連続だったその二ヶ月も過ぎた今、旅は平穏な日々を迎えている。

空前の規模だった大艦隊との戦闘後、艦外・艦内共に平和であった。

艦外は敵さえ襲撃しなければ旅を妨害する存在は皆無で、順調に船は全速前進で故郷へと一路向かえられている。

艦内を平和たらしめている最たる要素は、セキュリティシステムの全般的配置だった。

マグノの提唱の元行われたクルーの行動範囲を明確に定めるこのシステムは、男と女の垣根をデジタル化する役割を持っている。

男達一人一人の全てを正当に評価され、権限を与えられる事により、行動出来る範囲を決定される。

対象はカイ・バート・ドゥエロの三人だった。

このシステムはカイ達三人にとっては行動抑制を促される事となり、海賊団女性クルー達に概ね安心をもたらした。

捕虜とはいえ男である事に違いはなく、敵である事に何の変わりもない。

当初マグノやブザムがクルーとして迎え入れたとしても、心穏やかではないクルーはほぼ全員だったであろう。

そんなクルー達にとって、男を完全に抑制出来るセキュリティの導入は大歓迎だった。

この警備システムさえあれば男は自分達の領域に近づく事も出来ず、我が物顔をされる事もない。

マグノはカイ・ドゥエロ・バートの三人を正式にクルーとして仲間入りさせるためだと言っていたが、本意は違う。

むしろその逆だ。

カイ達に権限を与えた本当の目的は、近頃増徴し始めてきた男達を完全に捕虜にする事にあるのだと――

目の前にクルーとしての特権という餌をぶら下げておき、何も文句を言えない様にして完全に男を切り捨てるのだと―――

セキィリティクが導入されてから丸一日で、クルー達の誰もがそう思っていた。

字際、マグノの遠回しだが確実な男への対策は功を奏している。

ドゥエロやバートは決められた範囲内で行動し、それ以上自分達に関わろうとはしない。

もしも関われば、より深く踏み込もうとすれば、セキュリティが遮断する。

認証レベルは二人共に一般的な施設を利用出来るようになっているが、言い換えればそれ以外は全く足を踏み入れる事すら出来ない。

ドゥエロはレベル5という高レベルだが、それでもクルー達のプライベートに関わる領域には一切立ち入れられない。

これでもう、男達とは二度と艦内で関わる事はない。

カイは最早問題外だ。

もしかするとこのセキュリティはカイを陥れ、自分の立場を理解させる為にあったのではないだろうか。

そう思わせるほどに、カイには徹底的に捕虜としての最低の境遇を強かれている。

一番の問題児が一番遠のいてしまった事が、クルー達にとって一番の嬉しい結果となった。

これでもう、二度と男が自分達に関わる事はない。

仲間意識を持つ事はおろか、緊急時以外で接する事は永遠にない。

セキュリティがある限り――

クルー達は、誰もが、そう思っていた―――















「う〜〜〜〜〜〜」


 元海賊母船側フードエリア・カフェテラス「トラペザ」にて――

セキュリティ導入から三日目を迎えた朝、新しい一日が始まり女性達も賑わっているトラペザ内。

そんな明るい喧騒に、力無き暗いうめき声は全域に響いた。


「宇宙人さん、大丈夫?」


 前屈みでちんまりと座り込み、ディータは心配そうな顔で目の前に声をかける。

カフェテラス・中央。

多くのテーブル席が設けられ、全てのテーブル席から目視出来るど真ん中に、「それ」はあった。

近代的でいて女性らしいインテリアで内装されたトラペザに相応しくない一枚のゴザ。

ゴミ捨て場から拾ってきたと言っても疑われない汚らしいゴザの上に、カイが一人寝そべっていた。

テーブル席に座る事は禁止であり、一番人目のつく中央で床にゴザをひいて座る事のみカイがこの場にいる事を許されている。


「てめえは・・・・これが大丈夫に・・・見えるのか・・・」


 カイが発する声が弱々しく、張りもない。

顔に生気はなく、まるで老人のような疲れ切った顔色だった。

少なくとも、これから一日を始めようとする表情ではない。

ディータはますます心配そうに表情を曇らせて、男を上から覗き込んだ。


「お腹でも痛いの?気分でも悪いとか?」


 ディータが本当に、心からカイを思いやって尋ねているのだろう。

彼女の心遣いはカイもよく分かり、自分を心配してくれる事に嬉しくない訳ではない。

ただ、あまりにも的外れな質問をされると腹が立つのも仕方がなかった。


「それは冗談で・・・聞いているのか?
それとも・・・俺をおちょくっとん・・・の・・・・か!
・・・はあ・・・ふう・・・・」


 大声を出そうとしたが腹に力が入らずに、男はうっと声を漏らして突っ伏した。

そのままゴザで寝ている姿は、まるで浮浪者を思わせる人生の落伍者のように見える。

ディータはカイの無惨な様子におろおろとし、カイの身体を揺する。


「宇宙人さん、しっかりして!死んじゃだめ!」

「誰が死ぬか、ボケ!
・・・と言いたいが、流石の俺もそろそろ死ぬかもしれない・・・・」


 カイは揺さぶられるままに、弱りきった声と態度で呟いた。

普段明るく強気で物事に対処しているカイだが、今の様子はまるで別人のようにへたりこんでいる。

ディータはますます不安になり、倒れこんでいるカイをさらに強く揺さぶった。


「しっかりして、宇宙人さん!
そ、そうだ!すぐにパイかお医者さんを連れてくるから!」


 自分では手におえないと判断したディータは勢いよくそう言い切り、その場から立ち上がった。


「だからな、お前・・・」


 事態がディータの中で大袈裟になっている事に気づいたカイは、呆れ顔で制止しようとする。

張り切るディータに、だるそうな様子のカイ。

両極端な二人がそれぞれに行動を起こそうとした時、第三者が訪れた。


「何やっているのよ、あんた達」

「きゃっ!?」


 突然ひょっこりとかけられた声に驚いて、ディータは短い悲鳴を上げて足を止めてしまう。

カイを助けようとする心の勢いと、突如現れた声に反応する身体のブレーキ。

プラスとマイナスがぶつかり合い、ディータは足が止まったまま上半身が前へ進んでしまう。

結果―


「ちょっ・・・・!?」


 ディータの前にいた声の主はものの見事に転んだディータと衝突し、もつれ合って倒れてしまった。

硬質の床に折り重なって倒れ、ディータが相手を覆い被さるような形になる。

痛そうに顔をしかめてディータは顔を起き上がらせようとして、自分の首元にぶつかる柔らかい感触に気づいて下を見た。


「あ、ジュラ。おはよう」

「挨拶はいいから、どきなさいよ!」


 呑気な笑顔で朝の挨拶を口にするディータに、ジュラは表情を険しくして大声を上げる。

ジュラにしてみれば、何気なく声をかけただけなのに痛い思いをさせられた事になる。

とんだとばっちりを受けて、腹が立たない人間はそうはいない。

ましてや自分の胸元に全体重をかけられては、苦しくてしょうがなかった。

ジュラの剣幕に今の自分達の状態に気づいてか、ディータは慌てて身体を起こした。


「ご、ごめんね、ジュラ・・・・・」


 一転してしょぼんとした顔をするディータに、ジュラは何か言いたそうにしながらも口を閉ざした。

ディータが心から反省して謝罪しているのだと察したのだろう。

ジュラは不機嫌そうな顔でそれ以上何も言わず、立ち上がって埃を払う。


「気をつけなさいよ、まったく・・・・
あんたはただでさえ鈍くさいんだから」

「ごめんね、ジュラ。ディータ、宇宙人さんの事が心配だったから・・・」

「宇宙人?カイがどうしたのよ」


 日常よりディータが宇宙人とカイを呼んでいるので、二ヶ月も立った今ではすっかりジュラも慣れている。

きょとんとした顔で、ジュラはひょっこりディータの背後を見る。

ディータの身体越しに視線を下に落とすと、ゴザの上に身体を投げ出して寝ているカイの姿が目に入った。


「な,何やっているのあんた・・・・
なんで床で寝ているのよ、汚いわね」


汚物でも見るような目で、ジュラはやや驚いた表情でそう吐き捨てた。

カイは視線だけをジュラに移して、小声で毒づく。


「俺だってな・・・・・寝たくて寝てる訳じゃねえ・・・・」

「じゃあ何なのよ?」


 腕を組んで疑惑を目に映しながら問うジュラに、カイは若干上半身を起こして叫んだ。


「腹減って動けないんだよ!」


 ディータの心配は半分当たりで、半分がハズレだった。

カイが体調を崩しているのは本当だが、病気が原因ではない。

ここまでカイが苦しんでいるのは、限界を迎えつつある空腹が原因だった。

カイのセキュリティの現実をクルーの一員として知っているジュラは、憐憫の眼差しを向ける。


「まさかとは思うけど・・・何も食べてないの?」

「食べてないんじゃねえ。食べられないの、俺は」


 セキュリティシステムが正式稼動して、今日で三日目。

認証が与えられたのは早朝で、カイが食事を口にしたのは前日の夕御飯が最後。

それからカイは水しか口にしておらず、丸二日何も食べていなかった。

食料そのものは船には山ほどあり、トラペザ内にも料理の数々を注文は出来る。

しかしカイには注文する権限もなければ、注文をする為のポイントもない。

カイが口に出来るのは艦内では水しかなく、カイは泣く泣く水を飲んでこの二日飢えをしのいでいたのである。

周りでは女達達が美味そうに食事を取っている環境で、水だけ飲む。

今だったらカイはこのカフェテリアを地獄と名づけられそうだった。


「認証レベルもそうなら、ポイントもゼロなのよね。
本当に中身すっからかんね、今のあんた」

「うっさいわ!お前はとっとと飯でも何でも食いに行きやがれ」


 カイは寝そべったまま、邪険にしっしと手を振る。

自分をおなざりにするカイの態度に、ジュラは貴婦人のように整った眉をしかめた。


「そんな所で寝られたら、こっちだって通行の邪魔なのよ!
大体ね、どうしてあんたここにいるのよ」

「んだよ?
カフェの真ん中で寝そべられるのが嫌なら、お前らの親分に文句言えよ。
俺だって床でなんぞ寝たくないわい」

「そ・う・じゃ・な・く・て!」


 ジュラは引き締まった腰元に手を当てながら、ずいっとカイに顔を寄せる。

カイはジュラの顔が間近に来たのと、彼女より伝わる香水の鼻をくすぐる香りに戸惑いを覚えた。

当の本人はそんなカイの様子に全く気づかずに、そのまま言いたい事を口にする。


「どうして何一つ口に出来ないのに、ここにいるのかって聞いているの!
ここは食事を取る場所よ。
人が食べている横で飢え死にしそうな顔をされたら、ジュラだってご飯だってまずくなんだからね!」


 カイには自分専用の自室を与えられている。

元監房の長きに渡って放置されていた部屋だが普通に使用する事ができ、カイは毎日その部屋で過ごしている。

言ってみれば、元旧区監房は男三人のプライベート・エリアなのだ。

何も食べられずに空腹を抱えているのなら、無駄な労力を消費するのは避けるべきだろう。

カイがここトラベザに来るには艦内を端から端まで往復しなければならず、来た所で差別扱いされる上に何も食べられない。

水のみ飲むとは出来るが、水を飲みたいのならカイの住むエリアにも水飲み場くらいはある。

カイがここに来る事は、ジュラにしてみれば理解不能の一言でしかなかった。

ジュラの物言いに、カイはめんどくさそうに答える。


「俺だって目的があって来ている訳じゃねえよ。
部屋で一人ぼけっとしているのも退屈だからな・・・」


 ドゥエロには医者の、バートには操舵手の仕事があるように、カイにも仕事はある。

蛮型を乗りこなして敵を戦うパイロット――

しかしパイロットの仕事は戦闘こそが本分である。

戦うべき敵もいない平和な現況において、パイロットは必要とはされないのだ。

同じパイロットとして、カイの言いたい事を理解できるジュラは面白くなさそうに黙り込んだ。

暇なのはカイだけではなく、自分だって同じだからだ。

そしてもう一人、カイと同じパイロットが天真爛漫な笑顔を浮かべてカイを上から見下ろす。


「宇宙人さん、宇宙人さん!」

「あーもう、やかましい。一回呼べば分かる」


 カイの投げやりな言葉にも気を悪くしないで、ディータは目を輝かせて話す。


「ディータと一緒にご飯食べよ!ディータの、宇宙人さんに分けてあげる」

「はあ?」


 ひょいと顔を上に向けて視線を合わすカイに、ディータはご機嫌で続きを述べた。


「宇宙人さん、おなかすいているでしょう?
ディータ、いつもあんまり食べないから宇宙人さんが食べて」


 自分の分には余裕があるからと、ディータは申し出る。

カイは驚き混じりの眼差しでディータを見上げた。

もしも他の誰かが言ったら嫌味に取られかねない善意も、ディータが言うとただ純粋に自分を案じての申し出に聞こえる。

カイはくすっと口元を緩め、やんわりと言った。


「ありがたい申し出だけど、遠慮しとく。お前はお前で食べな」

「え、遠慮しないでいいよ!
もしここのご飯が美味しくなんだったら、ディータが作ってあげるから!」


 カイを心配して言っているのにその本人に拒絶され、ディータは焦って言葉を重ねる。

否定されたのがショックだったのか、表情にも悲しみがあった。

カイもカイで、本人なりの必死な様子にどう言えばいいのか悩んだ。

別にディータが嫌だからとか、哀れみを受けるのがご免だからという理由ではない。

ただディータから食事をもらう事は、自分にとって負けのように思えたのだ。

負け――

根本の問題であるセキュリティを仕掛けたマグノ。

タラークの食料源ペレットを口にしないと約束してしまったバート。

差別的な待遇に自分を仕向ける女達。

何に対して、誰に対してなのか、カイにもそれは分からなかった。

ただ女達に意地を、見栄を張っているだけなのかもしれない。

言葉に詰まるカイを傍目から見て、ジュラは溜息をついてディータを引っ張った。



「本人がいいって言っているんだから、ほっとけばいいのよ。
さ、こんな奴置いておいて行くわよ」

「えっ!?ちょ、ジュラ、待って!
宇宙人さんとまだ・・・・・・・」

「早く行かないと混むじゃない。あんな所でじっと立っているのだって迷惑になるのよ」

「え〜ん、宇宙人さ〜〜〜〜〜ん・・・・・・」


 身長の差か性格の差か、ディータは泣き声をあげながらもジュラに連行されていった。

自分の心情の全てを理解したとは思えないが、それでも困っている事を察しての行動なのだろう。

カイは仰向けの体勢のままで二人を見送り、ジュラにそっと手を振る。

ジュラもカイの手に気づいてか苦笑して、小さく舌を出した。

スラリとした眩しい大人のスタイルにそぐわない子供のような仕草に、カイはギャップを感じる。

だがそのギャップは決して不釣合いではなく、むしろ凶悪なまでの魅力があった。

今までに見た事のないジュラの意外な一面。

カイは驚きと同時に、心臓が詰まり身体中がむずがゆい感覚に襲われる。

この感覚を味わったのは、確か以前コックピットで――


「お、お前!?こんな所で何故寝そべっている!」

「うおわっ!?」


 頭の中で思い返していた人物と今声をかけた人物が重なり、カイは思わず叫び声をあげる。

カイの反応が予想外だったのか、カイが目を向けたその時相手側も目を見開いていた。


「急に大声を出すな!」

「そ、それはお前もだろう、青髪。驚かせやがって・・・・」


 バクバク暴れ回る心臓を押さえながら、カイは自分を冷たく見下ろしているメイアを見返す。

朝早くからパイロットスーツでの活動しやすいメイアの姿。

初めこそ着続ける事にカイは違和感を感じたが、今ではそれがメイアの普段着なのだと受け入れていた。

二ヶ月という歳月とメイアとの度重なるぶつかり合いが、見た目の違和感を感じなくさせたのだろう。


「驚いたのは私も同じだ。ここで何をしている?
お前が奇行に走るのはいつもの事だが、今の自分の姿を客観視して恥ずかしいとは思わないのか」

「何だよ、いつもの事って!人を変態みたいに言うな!」

「異端という意味では同じだろう」


「うるせえ!たく、どいつもこいつも・・・・
文句をいいたいのなら、お前の敬愛する上司に言いやがれ」

「・・・お頭がお前をその・・・このような扱いに?」


 ゴザで寝転がしていると口では言い難いのか、控えめな言葉でメイアは尋ねる。

カイは頷きかけて、おやっと内心首を傾げる。

いつもならマグノを馬鹿にするような言い方をすれば、メイアは自分を叱責していた筈だ。

お頭に何という口の聞き方だ、とか、お前の素行こそ問題だからだ、とか何かフォローをするだろう。

なのに、メイアは自分の言葉を疑わずに真面目に聞いている。

不思議に思いつつも、カイはちゃんと答えた。


「らしいぜ、ここのチーフが直々に俺にそう言ったんだ。
お陰で俺はすきっ腹抱えて寝そべっている身だ」

「・・・・・・」


 途端に難しい顔をして黙り込むメイアに、カイはふと思い当たった。


「お前、知らなかったっけ?」

「ん?あ、ああ、初耳だ」

「そっか・・・・
まあお前はお前で毎日忙しいみたいだからな」


 一昨日の話し合いから丸一日以上過ぎているが、カイはメイアと一度も顔を合わしていない。

お互いに、特別な用事もないので会いに行こうともしなかった。

何よりメイアにはリーダーとしての職務があり、カイはカイでセキュリティにより行動が妨げられている。


「・・・・・・・」

「?どうしたんだよ、青髪。急に黙り込みやがって」


 何やら思案げに顔を伏せるメイアに、カイは疑問符を浮かべてメイアの顔を見る。

カイの声にようやく我に帰ったのか、少し慌てたように声を出す。


「わ、私は急用が出来た」

「・・・は?」


 何を突然と眉を潜めるカイをそのままに、メイアはそのまま回れ右をしてそのまま出て行こうとする。

いきなりな行動にカイはぽかんとしていると、出入り口付近でメイアは振り返り告げる。


「ひ、暇な時間を持て余しているなら、少しでも訓練を積んでいろ。
寝そべってばかりでは、頭も体も鈍るぞ」

「お、おう・・・・」


 言ってそのまま出て行ったメイアに目で追うようにカイは見続け、本当に出て行ったのを確認して目線を戻す。


「・・・何しに来たんだ、あいつ」


 結局何も食べずに出て行ったメイアに、カイが呆れたようにそう言って結局そのまま寝そべる。

他のクルー達が横を通っては自分を見るのが分かるが、カイは知らん顔して瞼を閉じた。

自分がどう見られているかを、確認しなくても分かったからだ。

変に確認してしまうと羞恥心も沸いてくるので、カイは不干渉を決め込む。


(はあ、今日はどうしようかな・・・・)


 朝が訪れて今日も一日がスタートしたが、カイの予定は真っ白だった。

敵が襲ってこない限り、カイには何もする事はない。

どこかへ遊びに行こうにも、セキュリティに阻まれて何も出来ない。

特に空腹を抱えた身では体力が消耗するだけだった。

不意に、メイアの言葉が思い出される。



『ひ、暇な時間を持て余しているなら、少しでも訓練を積んでいろ。
寝そべってばかりでは、頭も体も鈍るぞ』  
 


(その訓練も出来ないじゃねえか、俺は・・・・)


 訓練を行うにはシュミレーション装置を使う必要があり、当然その権限がない。

きちんと訓練をしたいのなら、許可が必要となる。

わざわざマグノに頭を下げてまで、訓練を行いたいともカイは思わなかった。


(にしても、全然何も出来ねえな・・・・
どうしよう・・・・)


 敵が来ない限り、自分には出番はない。

出番がなければ仕事はなく、仕事がなければ何も出来ず、何もしなければ女達から評価されず、評価されなければポイントは支給されない。

支給されなければ、食事も満足に取れない。

そこまで考えて、カイは今後について嫌な予感が走った。


(ひょっとして、もしかすると・・・・・
このまま敵が来なかったら,俺飢え死にするんじゃねえか?
・・・・そうだよ!何も食えねえじゃねえか!!)


 決して被害妄想ではない。

このまま待遇も変わらずに支給もされなければ、カイはこのままのたれ死ぬ可能性もある。

瀕死に陥った自分をマグノや他の面々が助けてくれるとは、とてもカイには思えなかった。


(やべえ・・・敵が来る事を祈るか?いや、敵を待ち望んでどうするよ。
う〜ん・・・・こうなったらバートに謝って、ペレットを食べるか?
くそう、あいつに大見得切った以上謝りたくねえし・・・・・
いや、それよりも事の原因であるあのくそばばあに文句言いに行ってやるか)


 そもそもこうなったのは、マグノが自分を劣悪な環境に引きずり落とした事にある。

確かに自分は連中にとっては男であり、敵同然の立場である事に変わりはない。

蔑視されるのは当然であり、思い通りにやって来た自分が気に入らなかったのかもしれない。

だからといって、こんなやり方は陰湿ではないだろうか?

まるで刈り取りを行う連中と同様にされているような、悪意すら含んだ待遇だ。

しかも自分一人だけ。

このまま腹を空かせて死んでいくよりも、たとえ無理でも待遇改善を断固要求した方が前向きだろう。

カイはそう考え、そして――


(・・・・・・・・・おいおい、ちょっと待て)


 立ち上がりかけたその時、カイの思考がある疑問を投げかける。

小さな疑問は大きな疑惑となり、輝かしい閃きとなった。

そうだ、自分は何を思い違いをしていたのだろう。

自分はそもそも・・・・・・


「・・・・・・・・・ふふふふ・・・・」


 その笑い声は小さいながらも暗く、周りの明るい喧騒にドス黒い波紋を巻き起こす。


「ははは・・・・・あははははははははははははははっ!!!!!!!!」



『!?』



 突如沸き起こった大笑いに、カフェテラスにいた女性全員が何事かと視線を向ける。

彼女達の視線の先には、立ち上がり大笑いをしているカイの姿があった。


「へへへへへへへ・・・・・あはははははははは!!!!」


 気が狂ったように笑い続けるカイに、全員が気持ち悪そうに見つめる。

見ていて、気が狂ったとしか思えない程の笑い声だった。

一同が得体の知れないモノを見つめる目で見守る中、カイはピタっと笑い声を止める。

いきなりのカイの豹変に皆が言葉を失う中、カイは周りをぐるりと見て口を開く。


「皆、聞いてくれ!」


 びしっと言い放った姿勢はむしろ堂々としており、どこか爽やかさがあった。

まるで山頂まで登りきったような達成感あふれる笑顔で、カイは言う。















誰もが望んでいた―















そして、誰もが予想し得なかった言葉を―――















「俺はマグノ海賊団を辞める」 















『えっ!?』


 皆は嬉しさも悲しみもなく――

ただ、驚愕した。


























<続く>

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