VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 7 -Confidential relation-
Action16 −水−
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艦内は静寂に包まれていた。
各フロアには人の影すら見えず、昼間クルー達が行き来している通路にも人の気配すら感じられない。
故郷への航海を続ける戦艦ニル・ヴァ−ナに今、夜が訪れていた。
元イカヅチ旧艦区・元海賊母船両エリアは現在は照明も落とされて、まさに夜の世界に相応しい演出を醸し出している。
各施設そのものはその大半が機能停止をしており、最低限のシステムと空調のみが休まずに稼動し続けるのみだった。
一日無事に海賊団クルーとしての役割を終えたクルー達は、疲労と明日への英気を養う為に殆どのクルーが自室へと戻って休眠している。
船外の宇宙も平穏そのものであり、彼方まで続く広大な世界はただじっと見る者の目に映るのみであった。
時刻にして、夜半過ぎ。
日付が変わった時刻――
殆どの人間がその身を横たえて休んでいる時に、自らの職場で労働を開始する者達がいる。
夜間時間担当のクルー達である。
融合戦艦ニル・ヴァーナは当然ながら、夜の時間帯になれば停止する訳ではない。
船のそのものの機能を停止させてしまうと、目的地への道程は遠ざかっていくばかりだからだ。
帰参への道が遠ざかれば遠ざかるほど、故郷を救うという自分達の目的まで達成出来なくなってしまう。
こうしている間にも正体不明の敵、「刈り取り」という暗号作戦を展開している脅威の者達が刻一刻と迫っている。
敵とて足を進めてばかりとは限らないにせよ、楽観視出来る状況ではない。
加えて、マグノ率いる海賊団は船ごと遥か彼方まで強引に転送させられてしまっているのだ。
故郷への距離はブザムの計算によると、残り約二百日の距離。
この日数は決して縮まる事はなく、より一層長引く可能性のある概算だった。
従って、マグノ海賊団に立ち止まる余裕は全くと言っていい程ない。
その為に船は常に動かし続けなければならず、昼夜問わず航海は続けられていた。
もっとも、船をフル稼動状態にしなければいけないのは旅を急ぐ事だけが理由ではない。
「刈り取り」作戦を進行し続ける敵、彼らの存在が日夜マグノ海賊団を悩めているのもある。
この正体不明の敵は大規模な無人艦隊を有しており、時間を問わず計画を阻もうとするマグノ海賊団に襲撃を加えてくる。
戦力的に小規模ならば何の問題もないのだが、敵の戦力は膨大で際限というものがない。
プラス、敵兵器はマグノ海賊団を上回る科学技術を保有している為か、常に最新鋭の兵器を差し向けてくる。
お陰で迎え撃つには常に全兵力で戦わなければならず、臨機応変な対応を要求される。
例え夜の時間でも容赦を知らない敵に備える為に、夜のクルー達もまた必要とされるのだ。
勿論、夜間クルーは常日頃夜ばかり働いているのではない。
職場内に交代制を採用して、それぞれのチーフがクルー達のスケジュールを管理して昼夜労働時間を決定しているのである。
夜間での職場で特に必要とされるのが、保安クルーとメインブリッジクルーである。
保安クルーは艦内の安全を最優先とする仕事をこなしているので、昼夜艦内を見回りしている。
何の警備体制も敷かずに安らかに眠れるほど、クルー達は平和ボケはしていない。
それだけ保安クルーを他クルーが信頼している証拠であり、保安クルーに課せられた責任は重大である。
メインブリッジクルーもまた同様である。
艦内全域及び船外の現在状況を常にモニターする事で、不審なシグナルをキャッチする事が可能となる。
特に今日を持って正式に採用されたセキュリティシステムは艦内全域に設置された事により、ブリッジから完全に船内を網羅出来た。
人員を使って警備するのが保安の仕事なら、システムから安全管理をするのがブリッジクルーの仕事である。
他にも操舵手バートの手により自動操縦モードとされている船の進路を把握し、その上で外の状況を監視、とハードな仕事内容だ。
海賊団お頭のマグノや副長ブザムは毎日ブリッジに腰を落ち着けているのも、決して伊達ではない。
何か異変が起きれば、直ぐに対応できるのがメインブリッジなのだ。
そんな船の要であり、司令塔でもあるメインブリッジにて――
空席が並ぶシートの中、後方左方に位置するシートに一人腰掛けて作業をしている者がいた。
全身を覆うクマの着ぐるみ。
昼間見れば可愛らしいと評されるであろう姿だが、照明を落とされてモニターの光のみで照らされていては不気味の一言だった。
コンソールで懸命に作業をしているが、モニターより反射して青白く着ぐるみが反光しているので気の弱い者が見たら逃げ出すだろう。
ブリッジクルーの正式ユニフォームを着用していないその者は誰より怪しい人間に該当するが、不審者では決してない。
姿こそ珍妙だが、この者は後方支援の役割に適任としてブリッジクルーの一員として許されている立派なクルーだった。
名はセルティック。
セルティック=ミドリという――
「・・・・・・・・・」
ブリッジ内は彼女の他に誰もおらず、自身も無言で一人作業に没頭していた。
鳥型筆頭の大規模艦隊襲撃以来敵は襲っては来ず、船は順調に最速で進んでいる。
見張りは当然欠かさずに続けてはいるものの、異常なしの反応ばかりでセルティックの仕事もさほどなかった。
毎日の事務仕事を問題なくこなして、船内・船外の見張りを終えたセルティックは息をつく。
元来セルティックは気弱な性格であり、着ぐるみで身を包んでいるのも同じ船に乗る男が怖いからであった。
クルーの大半が男を嫌悪しているのならば、セルティックは男に恐怖しているといえる。
同僚のアマローネやベルヴェデールがいれば少しは強気な態度も取れるのだが、一人では自分から文句も言えない怖がりな性質だった。
他のクルーと話す時も無邪気に話に参加はできるのだが、自分から話題性を保つ事は出来ない。
無口ではないが、控えめな女の子。
セルティック=ミドリとは、そういう性格のクルーであった。
一人で物静かに作業をしているこの時でも、もしも何か異常が出てしまえばと思うと気が気でならない。
(どうしてわたし一人夜勤なのかな・・・・)
クマの頭を被さったまま、セルティックは呟く。
そもそも昨晩夜勤をこなしたばかりなので、今日はセルティックの担当ではない・・・筈だった。
事の起こりは数時間前。
消灯時間直前―――
「きょ、今日もわたしが夜勤するの!?」
「ごめんね、セル。大変なのはわかってるけど、お願い!」
「そ、そんな急に言われても・・・・・」
寝耳に水の話で、セルティックは困惑顔で言葉を濁した。
昨晩徹夜で仕事を終えて自室に帰り、ようやく疲れが取れたところであった。
今晩担当のアマローネにこうして会いに来たのも残された仕事の継続をするつもりで、今夜仕事をする気は一切なかったのだ。
困り果てた様子のセルティックに、同じく困り果てた顔でアマローネは両手を合わせる。
「セルにしか頼めないのよ。
他の交代要員は皆嫌がっているし、あたしはどうしても今晩は無理になっちゃったから」
「わたしだっていやだよ〜」
「そ、そう言われるとあたしも心苦しいけど・・・そこを何とかお願い!」
半ば頭を下げて、アマローネはセルティックに懇願し続ける。
了承してくれるまでは意地でも頼み続けるという気迫が、アマローネの全身から漂っていた。
生来の性格のせいか、正面切って断れないセルティックは必死で断る理由を考える。
セルティックはメイアやブザムのように生真面目でもなければ、仕事に多大な責任感を持ってもいない。
大切な仕事だとは思うが、プレイベートを犠牲にまではしたくはない。
これは別にセルティックが不真面目なのではなく、大半のクルーの仕事への心情でもあった。
働く時は働く、休む時は休む。
クルーとしても当然の権利だ。
「どうしてアマロは今日は駄目なの?何か予定がある訳じゃないんでしょう」
今日の仕事である夜勤は何も昨日今日突然決まったのではない。
前々から定められた事であり、容易に変更出来る程ブリッジクルーの仕事は甘くはない。
セルティックの疑問に、アマローネはやや視線を逸らしながら理由を口にする。
「じ、実は・・・・」
「実は?」
口ごもるアマローネに疑問を感じながら、セルティックは続きを促す。
アマローネは追求されて何やら必死な顔をしながら、何とか口から声を出した。
「パルフェが今別件で取り掛かっている仕事があって忙しいっていうからシステムのメンテナンスを頼まれたのよ」
パルフェが確かに別の仕事で忙しいのは、セルティックも知っている。
何でもあのいつもうるさい男がヴァンガードの新しい兵器開発をパルフェに頼んだらしいとの事だ。
艦内のポイントの流れを把握すれば、すぐに分かる情報だった。
セルティックは納得しかけたが、アマローネのやけに棒読みな言い方が気になった。
「どうしてアマロがやらないといけないの?
機関部は他にもクルーがいっぱいいるでしょう」
もっともな話である。
機関部はパルフェ一人が優秀なエンジニアなのではない。
所属するスタッフ達もパルフェには及ばないにしても、一人前以上の腕を持っているのは間違いはない。
だからこそ、マグノが乗る海賊母船の乗船を許されているのだ。
セルティックの指摘に、アマローネは頬に一筋汗を流しながらも必死な様子で話す。
「向こうも今人手が足りないし夜間での仕事は疲れるだろうからあたしなら力になれるかなって思って」
余計な口を挟ませないとばかりに、一呼吸で言い切るアマローネ。
「私もシステム管理が出来るのは知っているでしょうセル」
「う、うん。それは知っているけど・・・・」
セルティックが今まで生きてきた中で、一番長い関係を続けられているのがアマローネとベルヴェデールの二人だった。
二人はセルティックにとって共に頑張る同僚であり、大好きな親友達だ。
アマローネやベルヴェデールがどんなスキルを持っているのかも、一緒に仕事をしてきたセルティックにはよく分かっている。
立派に機関部クルーの代行を果たせる事も――
「で、でもわたし今日は・・・・」
「じゃあ後はお願いね!」
小さな声で断ろうとするセルティックに被さるように、アマローネは大声をあげて踵を返した。
呆然とするセルティックだが、そのままブリッジから出て行こうとするアマローネに気づき声を張り上げる。
「ま、待ってよ!あたしまだやるって言ってな・・・・・」
「本当にごめんね。また今度夜勤代わるから!」
静止の声すら強引に振り切って、アマローネはそのままブリッジから出て行く。
あまりの切り替えの早さに、セルティックは弱々しくアマローネの去っていった方向へ手を差し伸べたまま固まっていた・・・・
押し付けられたんだとセルティックが気づいたのは、それから十分後だった―――
考えれば考えるほど憂鬱になる。
あの時もうちょっとしっかりと断っておけば良かったとか、そのまま追いかければ良かったとか。
セルティックは思い悩み、結局どうしようもないのだと溜息をついた。
それにしても――
(アマロ、どうしたんだろう・・・)
アマローネは確かにベルヴェデール程気が強くはないが、はっきりとした性分の女の子である。
はきはきとした態度は皆に好感を持たれており、セルティックもそれがいいところだと思っている。
だが、先程のアマローネはどこか様子が変だった。
理由もよく考えてみればアマローネでなければいけない事でもなく、他に適任者はいるだろう。
それに機関部の仕事が忙しいからとはいえ、自分の職務を割く程の義理はないのではないだろうか?か。
落ち着いて考えてみると、その場限りの嘘のようにも聞こえてきた。
そう考えると、今度は別の疑問がわいてくる。
アマローネは自分達三人の中では最年長であり、面倒見もいい。
そんなアマローネが仕事が嫌になったとか、面倒だからという怠惰的な理由では休まないだろう。
自分に仕事の後釜を頼んでまで、今日やすまなければいけない理由は何なのだろうか?
考えると、やはり機関部に呼ばれて仕方がなく休んだのかも知れない。
今はもう仕事に就いているので確かめようがない疑問に悩んでいると、モニターに反応が出た。
はっとして見ると、コンソール画面のある一点に赤のランプが点滅している。
セキュリティが設置しているフロアに、誰かが無断で侵入したのだ。
(ど、どうしよう・・・どうしよう・・・・)
急な異常事態発生にセルティックは冷静さを失い、あたふたする。
問題が発生すれば、今夜一人でいるセルティックが処理しなければ行けない。
もし不備が起きれば、責任問題にまで発展するだろう。
そうなってしまえば、今夜信頼して任せてくれたアマローネにも処罰が下ってしまう。
セルティックは深呼吸をしようと息を吸おうとして、着ぐるみに呼吸を圧迫されてしまった。
「ゲホッ!ゲホッ!
は、早く調べないと・・・・・・」
まだ喉が苦しいが、セルティックはなけなしの勇気をかき集めて恐る恐るモニターを見る。
レッドランプが光っているのは、元旧艦区内前方ブロック。
セキュリティが反応しているのは・・・・
セルティックは凍りつく。
反応があるのは男が住んでいるエリアの最前方区域。
すなわち―――
パシュッ!
「おーい、クマちゃん!いる・・・・・・」
「きゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
「どわあああああああああああああああああああああああああっ!?」
静まり返ったブリッジに突如発生する絶叫。
同時にドタンバタンと物音が派手に鳴り響き、深夜のブリッジは一時ではあるが大騒ぎになった。
そして、再び訪れる静寂。
その場にいるだけで居たたまれなくなる気詰まりな雰囲気は、次なる声で破られた。
「ヒクッ、ヒック・・・・・・えぐ、えぐ・・・・」
固定シートが回転し、傍で豪快に倒れたままのクマの着ぐるみより泣き声が響く。
反応点が特定されたと同時に声をかけられてびっくりしたせいか、怖がって思わず転んでしまって痛かったのか。
セルティックの泣き声は小さく、それでいてブリッジ内にしんみりと広がっていく。
その声を聞きつけたのか、自動ドア付近から慌てたような声が上がる。
「お、おい!あの・・・・・・」
声が誰なのか判断できないまま、セルティックは涙交じりの声をあげる。
「ひっく、ひっく・・・・ち、近づかないでください!
大声上げますよ。泣き叫びますよ!」
「い、いや、ちょっと待・・・・・」
「ブ、ブリッジは立ち入り禁止です・・・スンスン・・・
貴方には・・・ヒック・・・セキュリティ権限がない・・・えぐ・・・すん・・・
ほ、保安クルーを呼びますよ!不法侵入者!」
「待った!待った!
俺は別に危害を加えるつもりで来た訳じゃ・・・!?」
「あ、怪しい人は皆そう言うんです・・・すんすん・・・・・
それでいたいけな・・・ヒック・・・子を・・・えぐ・・・騙すんです・・・」
「いや、人聞き悪いし!?本当に驚かせるつもりはなかったんだって!
俺はただクマちゃんに会いに来たんだよ」
「誰がクマ・・・・・え?」
セルティックは声を詰まらせて、顔をあげる。
クマちゃん。
そう自分を呼ぶのは、この船の中でもたった一人だった。
セルティックは知らず知らずの内にクマの頭部を脱ぎ、まじまじと声のする方を見る。
視線の先――
そこにいるのは、確かに侵入者だった。
そう、自分の最もよく知っている馴染みの不審人物――
「やっほ、クマちゃん。ほらほら、危害を加えるつもりはないよ。
手に持っているのはこのコップだけだろう?」
暗闇の中でも色褪せない明るい笑み。
自分が男と認識している生き物の中で、特に一番嫌いな奴。
自分をこれほど驚かせたのに憎たらしい程爽やかに、カイ=ピュアウインドは自分に笑いかけていた。
「へえ、クマちゃんってそんな顔してたんだ。
なんだ、着ぐるみない方がずっと可愛いじゃねえか」
「・・・・・・・」
「今日、夜勤だろう?
ほれ、仕事大変だろうと思って差し入れ持ってきたんだよ」
「・・・・・・・・・・・」
「本当なら飯の一つでも持ってくるつもりだったんだけどな。
今ちょっとでっかい買い物しているから、今ろくに飯も食えない身なんだ。
だからほら、水だけ入れて来たんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「さっきカフェで入れてきたばかりだから、冷たくて喉の渇きも潤うぜ。
良かったら二人で飲まな・・・・え、あ?」
「うう・・・・・・」
「ク、クマ・・・ちゃん・・・?」
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
カイを呆然と見つめていたかと思いきや、途端に嵐のように泣き叫ぶセルティック。
恥も外聞もない、周りも一向に気にしない子供のように、セルティックはしゃくりながら泣いた。
目元を抑えても、指の間からこぼれる涙の雫は床をぽたぽた濡らしていく。
「ええっ!?な、何もそんなに泣かなくてもいいだろう!?」
周りには誰もいないと分かっているのだが、それでも周囲を気にして見回すカイ。
カイもまた、意味も分からずにみっともなく動揺していた。
そもそも何故急に泣き出したのかさっぱり分からなかった。
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「ああもう!俺が悪かった。俺が悪かったから!
な、な?だから、泣き止めって」
「うう・・・うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「ごめん、ごめん!驚かせるつもりはなかったんだって!!」
必死で声を張り上げて宥めようとするカイ。
カイの声が聞こえていないのか、泣き続けるセルティック。
二人は互いに困り果てていた。
カイはセルティックがここまで泣いている理由が掴めないがゆえに―
そして、
セルティックは自分がここまで泣いている理由が掴めないがゆえに――
不審者がいると知った時の戸惑い。
不審者が自分のいる区域にいると知った時の戦慄。
不審者が自動ドアを開けた時の恐怖。
不審者がカイだと知った時の―――
「・・・ほれ」
「?」
止まらない涙をそのままに恐る恐る顔を上げると、いつの間に近づいたのかカイの顔があった。
自分を気遣うような表情を浮かべて、何かを差し出している。
頬を濡らす涙を拭って受け取って見ると、それは小さなコップに入った水だった。
「落ち着くぜ」
「・・・・・・・・・」
それはただの液体。
カフェテリアに行けばすぐにでも汲める、誰にでも飲める普通の飲料水。
でも――
とても、冷たかった。
<続く>
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