とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第百八話
平和に終わったかと思ったのに、依頼主から残業をお願いされてしまった。
俺個人と話があるとのことで嫌な予感しかしなかったが、依頼人の頼みとあっては仕方がない。承諾することにした。
楽しいディナーを終えて一旦仕事は終了という体で、解散となった。ティオレ御婦人はホテルへ戻り、フィアッセやシルバーレイ達は帰した。
一瞬悩んだが一緒に住んでいる以上誤魔化すのは不可能なので、うちの家族には事情を話しておく。
「悪いがフィアッセに何か聞かれたら、適当に誤魔化しておいてくれ」
「承知した、父よ。ただ我は嘘が苦手でな、なにか理由を見繕って貰えると助かる」
「丸一日付き合ったんだから、今日はこれ以上お前と話したくないと言っておいてくれ」
「何とも酷すぎるが……それはそれで大いにフィアッセさんが納得しそうではある」
ディアーチェは困った顔をしていたが、それでも苦笑しつつ受け入れてくれた。まあアリサとかもいるので、この場は大丈夫だろう。
一人での面談を望まれたが、だからといって本当に単独行動するわけには行かない。俺も余裕で狙われているからな。
妹さんは直接同行こそ出来ないが、女忍者率いる警護チームに加わってくれる事になった。何かあれば影から支援してくれる体制となった。
そうして真夜中、俺は誰にも知られずにエリスが運転する車に乗り込んだ。
「ご足労おかけします。依頼人たっての希望なのでご容赦を」
「そうまで言われたら断れないからな。説教じゃないことを祈るよ」
場を和ませるべく冗談めかしていったが、エリスは特に何も返さずに車を走らせる。よほど緊迫した話になるのか。
今日一日を振り返ってみたが、ティオレ御婦人の過去からチャリティーコンサートの経緯まで聞けたので、これ以上深い話にはなり得ない気がする。
まだ何か隠し事があるのだとすると、愛娘のフィアッセにさえ聞かせられない話だということか。それを何故赤の他人の俺に話すのか、よく分からないが。
そうこうして到着したホテルの地下駐車場から誰にも知られず行動し、ティオレ御婦人のいるフロアへと到着した。
「私は外で警護しておりますので、お手数ですがこの先はお一人でお願いします」
「一対一で話すのか。なんか緊張するな……」
フィアッセとの関係はきっぱりハッキリ断ったので、流石に一人呼び出してまで勘繰られることはないはずだ。
あれこれ悩んでも仕方がないので入室したその瞬間――
全てを、理解した。
「……どういう事だ、これ」
ティオレ御婦人の部屋には、白衣を着た集団が行き来している。
誰がどう見たって医療関係者、しかも日本人ではない人間までいる。明らかに光度な技術と知識を持った医療軍団が集結している。
怪我でもしたのかと一瞬思ったが、この部屋に血の匂いは一切ない。それも怪我しているならそれこそ病院につれていくべきだろう。
ホテルの部屋には大きなベット――そして。
「良介さん、お待ちしていました」
「フィリス……? お前が何故ここにいる」
「私のことは後でお話します――ティオレさん、良介さんがいらっしゃいましたよ」
手厚く看護されているベットには、ティオレ・クリステラが横たわっていた。
点滴を打たれて、弱々しく息を吐いている御婦人。昼間の姿はまるで嘘であったかのように、衰えている。
今日一日の溌剌とした在り方はもう面影もなかった。キリエやアミティエのご両親と同じく、死の淵に立たされているご老人が横たわっていた。
彼女は呆然としている俺を見上げて、微笑んだ。
「ごめんなさい。今日一日貴方と一緒に行動して、全てを打ち明けることにしたの」
「病気だったんですか……どうしてこんな無茶を」
「何故命を狙われているのにチャリティコンサートを強行するのか、理由は察してくれたかしら」
「!?」
――シルバーレイは今日ティオレ御婦人を見ては溜息を吐いたり、面白くなさそうな顔をしていた。まさかあいつ、気づいていたのか。
何故危険な真似をしてまで強行するのか、理由は単純だ。後回しには、出来ないからだ。
自分の娘が危険な目にあっているのは、彼女は十分わかっている。きっと悩んだし、苦しんだのだろう。
けれどこの機会を逃せば、恐らく次はない。だからこそ、あらゆる対抗策を講じて強行するしかなかった。
「フィリス先生にも依頼させて頂いたところ、快く承諾してくださってこうしてお力添え頂いているの」
「今回の件は私自身無関係ではありませんし、何より事件にも巻き込まれました。
良介さんが助けに来てくださらなかったら危なかった。
そんな良介さんとフィアッセ、そしてティオレさんの事とあれば、私も力になりたかったんです」
HGS患者だったフィリスはシルバーレイの事もあり、チャイニーズマフィアの組織である龍に脅されて誘拐されてしまった。
シルバーレイが組織を余裕で裏切ってくれた事もあってなんとか助け出すことは出来たが、その後海鳴大学病院には復帰した。
ただ、彼女は自分なりにずっと今後のことを考えていたのだろう。ティオレ御婦人、そしてアルバート議員からの依頼もあり、今回決意したということか。
確かにティオレ御婦人の治療を行っている分には、彼女の身の安全も保証される。
「これが私の本当の姿。フィアッセやアイリーン、他の子供達には見せられない姿ね」
「フィアッセにも話していないのですね」
「あの子のことは、貴方も知っているでしょう」
――フィアッセは特別なHGS、精神に乱れが生じれば暴走する危険性を秘めている。
最近失恋してようやく立ち直ったのに、今度は母親が死に瀕する病を抱えているとあっては、今度こそ破綻するかもしれない。
ただでさえ今は大舞台に立つ緊張と、チャイニーズマフィアに命を狙われている不安を抱えているのだ。
これ以上は、とても背負えない。
「分かりました、大丈夫です。あいつには言いませんし、あいつに嘘をつくのにだって全然抵抗もありません。堂々と大嘘言ってやりますよ」
「ふふ、それはそれでどうなのかしら……」
憔悴していた顔に、少しだけ赤みが戻った。俺が空元気出して励ましているのではなく、本心から言っているのだと分かったのが可笑しかったのだろう。
正直、フローリアン夫妻の件がなければ動揺していたかもしれない。荒廃した星で体を壊した彼らの悲劇を目の当たりにしていなければ、頭が真っ白になっていたかもしれない。
ティオレ御婦人の事を憐れむ気持ちもなかった。いや多少はあるけれど、彼女だって高齢だ。死ぬことを回避することは誰にも出ない。
ならばせめて、出来ることをしようと思う。
「リョウスケ君、改めて聞くわね」
「はい」
「あの子の事を、どう思っているのかしら」
「恩人ではあるけど、異性としての関心は全然ないです」
死の病を盾にされても、俺の返答は変わらなかった。病に苦しむ母親より問われても、自分の答えは変わらない。
嘘でも言うべき場面かもしれないが、そういうのを思い遣りというのは違うと思う。さりとて表面上優しい言い方をしたって、ティオレ御婦人は見破っていただろう。
彼女は今日俺と一緒に行動し、その結果で俺をここへ呼んで打ち明けたと言っていた。
だったら自分に嘘つかず、きちんと言ったほうがいい。
「すいません、こういう人なんです」
「分かっているわ、先生。こういう人なんだって今日分かったのが、嬉しかったの」
フィリスが恐縮して謝るのを見て、ティオレ御婦人は穏やかに首をふる。
フィアッセのことを拒絶するような言い方をされても、彼女はむしろ安堵したように息を吐いた。
俺から何を感じたのか分からないが、彼女は自分の決断を後悔していなかった。
<続く>
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