とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 百二話



正直空港から海鳴への道中に何かあるのではないかと身構えていたのだが、結局何もなかった。いや、無事に済んだのは全然いいだけどね。

事件が起きる度に予想外の事態に襲われる事ばかりだったので、警戒してしまっていた。そんな俺に届いたのは海鳴への到着連絡だった。

まあ今回は俺一人が行動しているのではなく、警備会社や英国議員まで動く事態だ。超エリートの強者達が警戒を行っているのだから、事件が起こる方が問題ではある。


到着連絡を受けてマンションの地下駐車場へ向かうと、高級車が停車していて一人の婦人が待っていた。


「久しぶりね、フィアッセ。元気そうで良かったわ」

「ママ、会いたかった!」


ティオレ・クリステラ。フィアッセの母親で60歳を超えているが、今もなお魅力的な雰囲気を持った御婦人である。

現在は英国にある歌手の養成学校、クリステラ・ソングスクールの校長をしている人物。世界的にも有名な女性だ。

フィアっせと同居するアイリーンの話では『世紀の歌姫』と呼ばれていた伝説のシンガーであり、ソングスクールの歌姫達が憧れている人物らしい。


温かき再会を終えたティオレ御婦人は俺の下へ歩み寄る。


「貴方も久しぶりね。あの頃大変な時期に巡り会った関係だけれど、こうして縁を結べて嬉しいわ」

「当時はお世話になりました。おかげさまでこうして無事に日本の地へ帰れました」


 ドイツの地で開催された夜の一族の世界会議。一族の新しき長を決める会議は要人達を襲う事件にまで発展し、色々な人達を巻き込み騒動となった。

その過程で当時訪れていたクリステラ夫妻とフィアッセの縁を通じて協力を得られ、何とか事無きを得ることが出来た経緯がある。

仲間達には既に事情を話しているが、振り返ってみるとあの事件からまだ半年くらいしか経過していない。そんな実感がわかないほどに濃い時間を過ごした気がする。


自然と敬語になってしまったのが、少し恥ずかしい。思えばドイツの地では無礼を働いてしまった気がする。


「こちらの可愛らしいお嬢さんが、話に聞いていた貴方の娘さんかしら」

「ロード・ディアーチェです。先日、父がお世話になりました」


 ディアーチェのことは一応養女として話してある。本来であれば任務に自分の子供なんて連れていけないが、思いの外ティオレ婦人に歓迎された。

養女として説明したことに思うところがあったのか、ディアーチェに優しい眼差しを向けて頭を撫でている。

本来であれば王を称するディアーチェは子供扱いを嫌がるのだが、黙って受け入れた上できちんと応対している。これも任務であると、襟を正しているようだ。


一方、そんな礼儀は知らぬとばかりにもう一人の同行者は無礼千万だった。


「初めまして、貴方がシルバーレイさんね。お会いできて嬉しいわ、娘がお世話になっています」

「どういたしまして。別に仲良くしてはいませんけど」

「こういう事を照れなく言える人なんだよ、ママ」

「なるほど、素敵な個性ね」

「……善意的な解釈すぎて痒くなってくるのでやめてもらえませんかね」


 ティオレご婦人とフィアッセに称賛されて、シルバーレイは心底嫌そうな顔で皮肉を言っている。

優しいタイプの人間が嫌いと言うよりも、苦手なのだろう。すごくよく分かるので、共感させられてしまう。

今となっては人の善意を別に否定していないが、それはそれとして真正面から受け止められないのだ。


生き方を変えるのも難しいし、改善できるかどうかは分からない。こればかりは年月が解決してくれるのを期待するしかない。


「旧交を温めている中申し訳ございませんが、そろそろ参りましょう」

「今日はよろしくお願いね。改めて、貴方のことは名前で呼んでもいいかしら」

「どうぞ。人目もあるかもしれませんので、自分は御婦人とお呼びしますね」


「お母さんでもかまわないわよ、私は」

「もう、ママ。それは少し気が早いよ!」

「あはは、ご冗談を」

「……リョウスケはリョウスケで笑って流しているし」


 やかましいわ。俺も要人じゃなかったら容赦なくツッコんでいたぞ、お前の母ちゃんには。

筆頭護衛として付き従っているエリスに促されて、御婦人は穏やかに微笑みながらも俺達の関係を茶化してくる。

世界的に有名な人物であれど、その性質はいたずら好きであるらしい。俺はそういう女にはもう慣れっこなので、いちいち取り乱したりしない。


そもそもフォアっせの母親というだけでお察しである。本人には言わないけれど。


「お疲れ様です。本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ道中頼みます」

「勿論です。こちらも頼りにしていますよ」


 エリス警備主任はそう言って少し微笑んだ。あれ、そんな事を言うタイプだったかな、この女性は。

別に嫌われていたり、冷たくされていたわけではないが、仕事上の関係である以上、常に事務的な感じだった気がする。

爆破テロ事件以後から仕事を通じてお互いの考え方などを話すようになり、そのうち仕事仲間のような関係になった気がする。


年齢差もさほどないし、前線で活躍している女傑だ。対等とは口が避けても言えないが、関係が進展して悪い気はしない。


「では参りましょう。フィアッセの職場にご案内しますよ」

「私の職場へ案内するのって、考えてみたらちょっと緊張するかも」

「そもそも最初の案内先が職場ってどうなんです?」

「い、依頼人の希望でもあるから……」


 フィアッセの戸惑いに乗せて、シルバーレイがジト目で指摘してくる。プランを立てた俺としては事実を言うしかないが、ちょっと声が震えていた。

ティオレ御婦人は車内で俺達の様子を見て、クスクス笑うだけ。あんたの依頼なのに何故フォローしてくれないんだ……

そうした車内の様子はいたって平和で、フィアっせとティオレ婦人が離れていた距離と時間を埋めるようによく話している。


俺達はあくまで仕事として同行しているので無駄口は叩かない、が――


(やれやれ。恋愛脳なあの女の母親らしい、朗らかな人ですね)

(ああ、海外から来日したばかりなのに元気な人だよな)


(元気、ねえ……)

(? 何だ、変な顔して)

(まあ確信はある訳じゃないんで、別にいいです。気にしないで下さい)


 なんだ、こいつ。

フィアッセの母親の様子を見て、シルバーレイは目を細めている。

俺も一緒に見やるが、ティオレゴ婦人の様子に別に何かおかしな点があるわけじゃない。


俺は首を傾げつつも、自分の任務に集中した。














<続く>








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