とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 九十八話



――その日、フィアッセ・クリステラは頭を抱えていた。

今のフィアッセはチャイニーズマフィアに脅迫されている身ではあるが、本人にとっての悩みの種はそれではない。それもどうかと思うのだが。

今彼女が悩んでいるのは、親からの課題である作曲。次のコンサートまでに一曲、自分の歌を作る事を命じられている。


今のフィアッセにとって必要な課題であるらしいが、肝心の本人はこの壁を超えられる気配はない。


「どうかな、アイリーン」

「悩んでいるフィーにこういう事を言うのは気が引けるけど、正直に言うね。コンサートで披露できるレベルじゃない」

「昨晩一生懸命作ったのに……何処が悪いかな」

「フォローすると歌そのものの出来は悪くないよ。ただ、この歌をフィーがコンサートで披露しても響かないと思う。
フィーだって私に見せる時から不安そうにしていたしさ」

「うう、心にグサグサ突き刺さる……」


 同居人のアイリーンに直球でレビューされて、フィアッセはテーブルに突っ伏した。

自分の曲を見せるという表現をしているが、一応きちんとデモテープを作成してアイリーンに聞かせている。

デモテープと聞いて俺がてっきりカセットテープのことかと思ったが、歌姫である二人に笑われてしまった。ガッデム。


俺の疑問がいい気分直しになったようで、フィアッセは少し笑って説明してくれる。


「確かにリョウスケの言う通り、昔は録音媒体にカセットテープ等のテープ類が使われたからデモテープと呼ばれていたよ」

「今はあくまで制作途上の音源を収録したメディアとしてデモテープと言われているだけよ。
そうね、今だったらメモリーカードやUSBメモリーなどが使われることも多いかな。

作曲だってハードやソフトが有れば自宅でも出来るし、便利な世の中になったわよね」


 デモテープは今フィアッセが取り組んでいるコンテスト等への出品の為に、生演奏をそのまま録音したものから自主制作音源まで幅広く定義されている。

本の少し前は音楽CDなどのプレス直前の素材まで使われていたそうで、デモテープと呼ばれる範囲は広い。

フィアッセは今回世界的なコンサートに出演するため、クリステラソングスクールに自分の音楽能力を知ってもらうべく、作曲が必要となってくる。


出演の正式な契約を結ぶためには、デモテープを持ち込む必要がある訳だ。


「フィーはさ、課題を出されたから作曲しているんでしょう。そこからまず考え直した方がいいよ」

「どういうこと?」

「コンサートに出たいから、両親に認められたいから作るんじゃなくて、歌を歌いたいから作るの。
作曲ってそもそもそういうものでしょう。自分が歌いたいものを作ればいい」

「うーん、自分なりに歌いたいものを作っているつもりなんだけど……」


 この課題の難しい点は、フィアッセの問題点が少なくとも本人に見えていない点にある。

フィアッセの親はきっと今のフィアッセに足りないものが見えていて、作曲することで克服できると確信しているのだろう。

本人はそれを自覚できていないから、手探りのままで歌を作ってしまう。出来が悪ければいざ知らず。そこそこ良い曲が出来ているから性質が悪い。


加えて本人は歌が好きだから、余計に悩んでしまう。せめて嫌いであれば諦めもつくのだが。


「ここはやっぱりラブソングを作るしかないか」

「男に逃げるのって良くないと思うよ」

「うわーん、アイリーンが大人ぶってるー!」

「ちょっ、見栄を張ってるみたいに言わないで!?」


 ……護衛としては平和であるのに越したことはないが、不毛なやり取りである。マンションの一室で俺はぼんやりと二人を眺めていた。

アリサ達が徹底的に新編を洗い出してくれたが、このマンションは今も突き止められていない。襲撃の気配もなかった。

フィアッセは作曲に悩んでいてあまり出歩こうとはせず、必要なものはアイリーンやディアーチェ達が買いに行って揃えてくれている。


高級マンションにはコンシャルジュサービスやフィットネスジム等も出るので、不健康な空間にはなっていない。


「リョウはどう思う?」

「プロが素人に聞かないでくれ」

「一般論をお願いしまーす」

「ぐっ、こいつ……そうだな、俺だったら分からないことは素直に聞くかな」

「聞くって、誰に?」

「そりゃあお前の親に決まってるだろ」

「えっ、でもこれはママからの宿題だから……」


「宿題で分からないことは普通先生に聞くものだぞ」


 ものすごい一般論だけど、こいつが一般論を言えというから言ってやった。

心情としては理解できる。俺も剣の課題を例えば師匠に出されたら、自分でなんとか答えを出そうとするだろう。

だがその結果分からないまま、いざ実戦となって相手に殺されたら意味がない。分かりませんでしたで済む世界ではないのだ。


俺はその点を指摘する。


「今のまま何も出来ずコンサートの日程が正式に決まったら、余計に焦ると思うぞ」

「おお、これはなかなかの一般論ですよ……」

「お前が言えと言ったんだろう!?」

「あはは、でもリョウの言うことも分かるよ。思い切って聞いてみるのもいいんじゃないかな」

「で、でもママは日本にいないし……」

「世の中には国際電話という手段があってだな」

「うう、でもでも……」


 俺に女の好みとかはないけど、でもでもだってちゃんは嫌いなタイプなので容赦なくチョップする。

暴力にならない程度にはしたが、フィアッセは涙目でうずくまってしまった。アイリーンは容赦ないね、と苦笑している。


――そこへフィアッセの携帯電話が鳴った。


「えっ、ママ!?」

「おお、凄いタイミングだな……これはチャンスだぞ」

「そうそう、聞いちゃえ聞いちゃえ」


「告白しろ―!」

「愛してるって言え―!」

「なんなの、二人してこのノリ!? えーと、もしもし……」


 恐る恐るといった感じで、フィアッセは携帯電話片手に席を外した。さすがにここから赤の他人が立ち入れる領域ではない。

それにしても母親からの電話か、自分の娘が異国で狙われているのだから心配でもあるのだろうが、安否確認だけだろうか。

コンサートの件でなにか進展があったのかもしれない。そうなればいよいよ事態が動き出すだろう。


その後フィアッセからの話で――母親ティオレ・クリステラの来日が決まったとの事だった。














<続く>








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