とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 九十二話
「――ということで、剣の事で師匠に相談したいようですよ」
『剣ならお前に相談――するのもまずいか。しかしどうしたものか』
「自分の弟子を否定しないで!?」
高町美由希の現状を説明すると、御神美沙斗は電話越しでも分かるほどに困っていた。
悩むのではなくあくまで困っているあたりに、本人なりに少しは心の整理がついているのだと思われる。実の子供を相手にするのに苦悩しないだけ進歩はしている。
我が子を捨てたという罪悪感と、我が子に会いたいという愛情。相反する思いであるはずなのだが、両立できるのは人間であるゆえか。
いずれにしてもこのままでは人間関係は進展しないので、仲介が必要となる。
「剣に関する相談なんですから、聞いてやってもいいのでは?」
『それはそうだが……私の事をあまり探られたくない』
「深入りはしないでしょう。個人の事を詮索する奴じゃないですよ」
口ではこう言っているが、実のところあまり自信はなかった。
高町美由希が自分の興味優先で、他人に干渉しない女であるのは事実だ。何しろあいつはこの一年間、俺のことを全くといっていいほど詮索しなかった。
肝心の俺に興味がないという可能性も0ではないが、学校にも行かずに一人旅していた俺の事情を気遣ってくれたのだと思う。そういう気遣いができる優しい奴ではある。
ただし、血の繋がった家族であればどうか――知らずとも感じ取ってしまえば、確認したいと無意識でも思わないだろうか。
『ふむ、それにしてもお前』
「はい、何でしょう」
『詮索しないので大丈夫だという気遣いは、私とあの子の関係を知らないと出来ないぞ』
「げっ、しまった!?」
我が子の事で困っている割には、きちんと分析できている。血塗られた戦場を復讐心一つで生き延びた剣士の観察眼は伊達ではない。
ドイツの地で剣に関する知識を叩き込まれていた時、高町家との関係性はそれとなく本人からも伝わっていた。軽くではあれど、話も聞いていた。
ただ断言はされなかったし、本人も絶対知られたくないといった壁はあった。俺も世話になっていた恩があり、何より他人事に関わらない性格なので探らなかった。
師匠からハッキリと指摘されて戸惑ったが、残念ながら否定する隙を与えられなかった。
『お前から連絡があったタイミングからすると、今回の事件を受けて高町家との因縁に結びつけたか。
お前が今護衛しているという娘は高町の家に世話になっていると聞く。その繋がりから察するに――
あの家にいる美由希の兄、高町恭也から打ち明けられたのだな』
「電話一つでそこまで察しますか……」
『政治の世界にも立ち入っている割に、お前は言葉や態度に出てしまうからな。
注意しろといっても難しいだろうが、せめて言葉には気を付けたほうがいい』
自分に向けられると嫌なものだが、師匠のこの察しの良さが彼女自身の命を救ってきたと言っていい。
チャイニーズマフィアである龍は御神や不破家を追い詰める程の組織であり、裏社会の顔役と言っていいほどの規模がある。
個人で追い詰めるには不可能に近く、マフィアに敵対すれば命はない。
それでもこうして今も復讐を続けられているのは夜の一族の支援もあるが、この鋭い感性によるものだろう。そうでなければ、生き残れなかったはずだ。
『話を聞いたのなら分かるだろう。私はあの子に会う資格はない』
「別に会えと言っているのではなく、電話で話すくらいで」
『いや、そうして妥協してしまえば歯止めが利かなくなる。そもそも今更あの子と接するなんて許されないことなんだ』
しまった、俺が勘繰られてしまったせいで態度が硬化してしまった。
変に思い詰めず自然体で接すればいいのに、仲立ちしようとしてしまったせいで思惑を見抜かれてしまったのだ。
師匠の勘の鋭さを甘く見るべきではなかった。もう少し慎重に立ち回るべきだったか。
とはいえここで焦って無理にせっついてしまうと、態度を硬化させるだけだろう。下手をすると関係を切られる危険もある。
「分かりました。今すぐ結論を出す必要もないですし、頭の片隅にでも入れておいてください」
『お前の気持ちはありがたいが、やはり私が立ち入るべきではない』
「直接被害にあったわけじゃないので、師匠ほどの人でもピンとこないのかもしれませんが」
『? どういう意味だ』
「日本で今爆破テロ事件が起きていて、自分の家族とも言える人が被害に遭っているんですよ。
剣のことだけではなく、美由希が不安に感じているのだとは思えませんか」
『! そ、それは……』
そもそも高町恭也が俺に自分の事情を打ち明けたのは、今海鳴で起きている事件が過去の因縁と関係がありそうだからだ。
爆破テロ事件が高町家に何の関係もなければ、恭也だって進んで俺に告白しようとは思わなかったはずだ。
あいつなりに思い悩んで、俺に打ち明けてくれたのだろう。自分たちだって無関係ではないと、覚悟を決めて。
俺の指摘に師匠はようやく思い当たったのか、言葉を濁している。
「会ってくれと言っている訳じゃないし、素性を明かしてほしいと願っているのでもない。
地元で事件が起きて、自分の家族が不安に脅かされている。そんな人間の話に少しでもいいので、耳を傾けてほしいんです」
『……』
「美由希は俺のともだ――別に友達でもないか。同じ屋根の下で住んでいた者だ、なるべく力になってやりたい。
けれど結局は他人である以上、出来ることにも限界はあるんです。
俺は貴方になら美由希にしてやれる事があると、思っている。せめて話は聞いてやってほしいんです」
『ふう、分かった。確かに焦って返答するようなことではないな。少し考えさせてくれ』
一時はどうなることかと思ったが、とりあえず少しは前進したか。
何で美由希のためにここまでしてやらなければならないのかと思ってしまうが、まあどちらも悪い奴じゃないからな。
急に母娘となるのは無理だろうけど、せめて電話で話すくらいはバチが当たらないだろう。
師匠はまだ少し悩んでいたが、気持ちは落ち着いたようだ。
『いずれにしてもまだチャイニーズマフィアは健在で、日本国内で主犯達も活動している。
海鳴を拠点とした活動をいずれ再開する可能性もある。用心して当たることだな』
「了解です。俺から提供した情報が少しでも事件解決の近道になることを願いますよ」
『いや、その点は大いに参考になった。貴重な情報を得て、活動範囲も広げられるだろう。
今後次第となるが――
私も日本へ渡ることも十分考えられる。その際はまた会おう――というか、そうなればお前は私の指揮下に入れ』
「えっ、日本に来るんですか」
『奴らはお前も狙っているんだ、当然だろう。
……いや、本当にそうしたほうがいいかもしれない。打診してみるか――電話を切るぞ』
「いや、待っ――と、速攻で切ってる!?」
御神美沙斗は個人的に、世界有数の剣士だと思っている。
それほどの剣士が日本に来て力になってくれれば大変ありがたいし、事件解決の早道になるだろう。
ただ事情もややこしい人ではあるからな……不安だ。
<続く>
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