とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 八十八話



『剣の家に女はいらないから捨てた』


 ――非常に残念だが、一人で旅していた頃なら大いに同意していたと思う。

男尊女卑を自ら率先して行うほどではないにしろ、女が剣を振っても大したことはないと高を括っていた。そもそも自分以外の他人を見下していたからな。

そんな俺が今では自分の遺伝子を継いだディードを育てているのだから、人の変化とは分からないものだ。俺より強くなるだろうと、身内贔屓を抜きにしても確信している。


そんな俺だからこそ言えることがある。


「こう言っては何だがお前の親父、いくら頼まれたとはいえもっと言い方があったと思うぞ」

「ああ、残念ながら息子の俺でもそう思う。実際おしどり夫婦だった母さんが怒り狂い、大喧嘩になったらしい」

「あの桃子が怒るなんてよほどだな」


 高町桃子は決して子供に甘いだけの女ではないが、俺が知る限り理想の母親像に思える。高町の子供達はそれを証明するかのように、立派に育っている。

彼女が愛する夫に怒りを抱いたのも恐らく、美由希を気遣っての感情だろう。復讐に走った御神美沙都は、残された我が子をせめて悲しませないようにした嘘であったとしても。 

恭也の親父さんからすれば、妹の約束を守った結果でしかないのかもしれない。しかし取り残された美由希は、母親に捨てられたのだという絶望と怒りしか待っていないのだ。


悪いのはマフィアであったとしても、やりきれない話だった。


「母さんは父さんに、何故それをまだ当時小さかった美由希に伝えたのだと強く言及した。
小さい時分には理解できなかったとしても、やがて成長すれば捨てられたという事実が美由希を苦しめると怒っていたな」

「そりゃそうだろう。俺は別に気にしてないけど、人によっては下手すれば一生苦しむぞ」

「そうか……確かお前は孤児だったな。すまない、配慮が足りなかった」

「親父さん似だな」


 恐縮する恭也に気にするな、と言いかけて別の言葉に切り替えた。不躾な俺の発言に、恭也はむしろ笑っていた。気遣いのある冗談だとでも思ったのだろう。

美由希とは違って、俺は本当に親に捨てられた子供である。しかも生ゴミが溢れる処理場に、赤ん坊の俺を捨てるような親だった。

その後孤児院で育ち、やがて飛び出して浮浪者同然でフラフラしていた。アリサ達と出会って実りある生活を送れているが、これは単純に運が良かっただけだ。


生活が豊かだから気にしていないのか、優しさなんぞないから気にならないのか、自分でも分からない。理由はどちらでも当てはまる。


「ただ結果論でしかないが、悪いことばかりではなかった」

「というと?」

「美由希は当時子供だったが、父さんと母さんの夫婦喧嘩を目撃している。
どうして二人が喧嘩しているのか理解できなかったらしいが、それでも――

母さんが自分を大切にしてくれていると伝わって、『かーさん』と呼ぶようになったんだ」


 怒りが本物で真剣だったからこそ、美由希に伝わったということか。桃子の溢れる思い遣りが、形となったのだ。

親に捨てられたと思っている子供が今こうして立派に成長し、ディードに清く正しく剣の指導をしてくれている。

ただ同時に、今でも自分を捨てた本当の親である御神美沙都は恨んでいるという。美由希の気持はよく分かるので、この点を否定する気はない。


今まで親への恨みは態度に見せたことはないが、結構思い込むタイプではあるからな。変に真面目で意固地だから、以前喧嘩になったことだってある。


「つまり残された美由希が後継者となるのか」

「ああ、高町美由希こそが御神宗家の正統後継者だ。美由希は俺にとって大事な家族であるのと同時に、御神を継ぐ剣士として見ている。
美由希は大器晩成型だが、本物の天才だ。いずれ俺を超えて、御神の剣士として大成するだろう。

その日が来たら俺の役目は終わりとなる」


 自分の弟子を語る恭也の顔は誇らしげではあるが、同時に少しばかりの寂しさもあった。未来を見据えているからこその表情だろう。

目の前で稽古しているディードを見ている。汗水流して剣を振る少女は、俺の剣を継ぐのだと公言してはばからない。

そう考えれば立場は恭也と似たようなものだ。今は一緒にいるが、ディードもいずれ巣立っていくだろう。その時はどんな感情が生まれるだろうか。


高町恭也は表情を引き締める。


「だからこそ、いずれくるその日まで美由希には禍根を残してほしくはないと思っている」

「……母親の件か」

「それだけじゃない。高町美由希という御神の剣士が生き残っていると知られれば、奴らが動く可能性もある。
爆破事件は過去のものだが、解決したとは言えない。組織だって今でも残っているはずだ。

学生の身分でしかない俺個人にできることは限られているが――それでも、なんとかしてやりたいと考えている」


 考えてみればそうだ。高町美由希が生きている以上、御神はまだ残っているということになる。

勿論俺やフィアッセほど、明白に狙われている訳ではない。御神を名乗っていないし、日本の片田舎で剣を振る少女なんてマフィアが気にするはずがない。

それに正確に言えば、美由希だけが生き残っているのではない。御神美沙都という明らかな実存が、裏社会で剣を振るいまくっているのだ。


マフィア達だってそちらを注視するだろう。


「案外、それも狙いなのかもな」

「何のことだ」

「美由希の母親が復讐に走った理由だよ。
無念を晴らすことが第一だろうけど、自分が自ら剣を振るうことで美由希に辿り着かせないようにする。
高町の家に預け、子供を捨てたという禍根を残してまでも、平和な日本で育つように執心した。

自分の人生をかけて復習するような母親が、生き残った我が子を可愛く思わないはずがない」

「……そう、だな……そうだとすれば余計に、どうにかしたいと思う」


 ――なるほど、不器用な男だ。恭也が言いたいことがようやく分かった。

自分にも事件に関わらせろと言っている。ただ直接的に頼める話ではないから、こんな事情を明かしたのだ。

そこまで考えるということは、この街でおきた爆破テロ事件も過去の因縁と結びついていると推察しているようだ。


直接頼めばいいものを……家族を思えば、危険なテロ事件に関わるべきではないという歯痒さもあるんだろうな。


「分かったよ、恭也」

「宮本……?」

「ディードが世話になっているからな。話せる範囲で教えてやる。
その代わり、うちの子の事は深く聞かないで育ててやってくれ。

どうせお前らのことだから、ディードがただの人間じゃないのは分かっているんだろう」

「ありがとう、宮本。この音は絶対忘れないし、協力は惜しまない。
なのはのこともお前なら任せられる、頼んだぞ」

「なのはの事ってなんだよ!?」


 フィアッセのことばかりかと思っていたが、今回の事件はどうも高町家全体に関わっているようだ。

もしかして脅迫状がフィアッセ本人ではなく、高町家に届いたのも目をつけられているかもしれない。


一応この家も夜の一族の監視対象ではあるのだが、気を付けたほうがいいかもしれない。














<続く>








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