とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 七十九話



『チャリティーコンサートを中止しろ。さもなくば、フィアッセ・クリステラの命を奪う』


 フィアッセに送られてきた脅迫文。高町家に投函されるという無造作ぶりだが、同時に身内の居所を知られている強迫観念。

この文面はチャリティーコンサートに目を行きがちだが、主犯の目的はむしろ後者にあるのだと親父さん達は見解を述べている。

正直なところ前半の文面にばかり考察を働かせていたのは否定できないのが、素人の悲しい所以だった。探偵ごっこで事件解決なんてフィクションの中でしかないのかもしれない。


感心しつつ頷いたが、エリス達は俺からの情報提供によって新しく成り立った推測であるのだと気を使ってくれた。


「スナッチ・アーティストのこれまでの犯罪経歴や行為、それに基づく傾向に沿って推測を立てたまでです。
それにクレイジー・ボマーが動いているとはいえ、単独犯ではないのは明確。雇われているのであれば、あくまで脅威はチャイニーズマフィアにあると考えるべきです。

今年一年で行われている大規模な国際的粛清により勢力や影響力は衰えていますが、それでも脅威ではあります」

「悠々と日本に入国してきてテロ行為を行っている訳だしな」


 発生した事件は解決しているので優勢に立っているように見えるが、基本的に事後防衛でしかないので思い切った手段に出れていないのが実情である。

夜の一族の多大な支援があって対抗できているし、アルバート議員達の尽力もあって表裏問わず追い詰めていっている。だが主犯達は今も逃走して、暗躍を続けている。

状況が少しじれったいだけであって、進展が確実にできている。その点が少し歯がゆいところではある。映画のように華やかに解決できればいいのだが、脚本がないと難しい。


何より大人達に任せてばかりで、自分が思い切った行動に出れないのが何とも悩ましい。現実社会では所詮俺は学歴も職歴もない、一人の子供に過ぎないのだから。


「貴方のことも知られていると考えるべきでしょう、ご用心下さい」

「フィアッセが狙いであろうとも、組織のターゲットが俺にあるという事だな」

「エリス、パパ。良介にも護衛を付けたほうがいいんじゃないかな」


 俺なら事件は解決できるとヒーローめいた願望を持っているフィアッセでも、流石に明確な事件が起きた後では危機感も生じているようだ。

フィアッセにはある程度俺達の事情は話しているので、こちらの護衛態勢も承知済みではあるが、実績があるエリスの警護会社などと比較するとやはり実感は少ない。

ディアーチェ一人でも都市を吹っ飛ばせる火力があると語っても、信じてくれないだろうからな。ユーリに至っては世界を破壊できるほど火力がありそうなんだけど、実は父親の俺でも実感できていない。


フィアッセのある種現実的な心配は、やはり国際社会で明確な信頼と実績を持つ人達が緩和してくれた。


「安心して、フィアッセ。然るべき対処を行い、各所で話し合いを進めて体制を整えている」

「特に彼には蔡雅御剣流の使い手が警護についており、総合諜報も含めて万全な対応が行われている。
彼の私生活についても支障をきたさないように、私からも働きかけは行っているよ」


 ……あの、肝心の本人である私には一切合切話が回ってきてないんですけど。

自分の人生が自分以外の何かに全て保証されているというのは、自由というべきなのかどうか悩ましいところだった。

蔡雅御剣流の使い手というのは御剣 いづみの事だろうけど、国家認定資格を有する人社の存在は日本を超えて伝わっているようだ。


肝心の日本人があんまり認識されていないように思えるが、忍者というのは忍ぶものだと考えれば認知されていない方が正常か。


「続いて貴方がたより情報提供とご助力頂いた襲撃の件、裏が取れました。
主犯の言動や思想、そして何より外見的特徴。あらゆる捜査と検証がなされたところ、"スライサー"と称される人間である可能性が高いです」

「……スナッチ・アーティストと同じ国際指名手配なのか」

「爆破テロ犯人と並ぶほどの人物ではないにしろ、危険度の高い犯人ではある。裏社会でも危険視されている存在だ」

「よほど凶悪な人間なのですか。まあ確かに、事件現場でも危なさそうな言動を繰り返していましたが」


 ディードを苦しめた剣士。あの人間は剣に狂い、剣に興じる人間であるように見えた。俺でもあれほど剣で遊べる酔狂さはない。

何より人を斬ることに何のためらいもないばかりか、明らかに楽しんでいた。かつて通り魔と戦ったことはあるが、あの犯人はあくまで剣の行く末に悩んで狂ったように見えた。

俺自身学校にも行かず、日本中を当てもなく旅して、木の棒を振り回す迷惑な人間だった。他人を傷つけることにもさほど抵抗はなく、人の迷惑を考えなかった事は否定しない。


ただ今でこそ思うが、実際人を斬る場面になれば衝動的にでもならない限り、俺は躊躇したように思える。心が弱く、躊躇ってしまうからだ。


「危険度にも部類はありますが、スライサーの場合はあくまで暴力面ですね」

「? 危険視されているのは事実なんだろう」

「ドラマや映画の世界ではないので、裏社会であろうとも秩序や規則は存在します。
無法者で成り立っているように見えるでしょうが、無秩序ではそもそも組織は成り立ちません。暴力であろうとも然りです。
スライサーは恐ろしく好戦的な人間で、病的なまでに戦いを求めています。以来こそ請け負いますが趣味に走りすぎて、必要以上の犠牲を出すケースがあるのです。

こういう言い方は誤解を招くかもしれませんが、プロである以上殺しであろうとも徹底しなければいけません。依頼が成り立ちませんから」


 なるほど、裏社会で恐れられていると聞くと戦闘狂をイメージしてしまうが、実情は異なるということか。エリスの話は分かりやすく伝わってきた。

暴力を望んだ依頼であればともかく、例えば暗殺であれば場合によっては標的以外の犠牲を望まないケースだってある。騒ぎになるのは困る等、依頼側の事情だってあるからだ。

そんな依頼で趣味に走りすぎて大暴れされたら目も当てられない。そんな奴に依頼だってしたくないだろう。だからこそ裏社会でも恐れられているという訳だ。


エリスの話とディードの戦いを照らし合わせて、補足しておく。


「あの男。戦いに興じていたのは事実だけど、剣に拘っているように見えた」

「なるほど、剣士であれば考えられる話です。逸話もありますし、整合性は取れますね。ふむ……」

「何か気になる点でもあるか」

「"サムライ"で知られる貴方の前でこのような事をいうのはなんですが、剣士という生業は大小あれど剣に拘るものなのですね」

「まあ、それは……そうかな」

「個人的な考えを述べさせてもらえれば、近代兵器が発達した今の世の中で剣に嗜好するというのはいかがなものかと思います。
時には命に関わる現場で剣に拘る余り、犠牲を生み出してしまう。戦術面で寄与する面はあれど、戦略での影響は低いと見るべきかと」


 ……剣は時代遅れといいたいのだろうか、こいつ。多少の抵抗と憤り、そして諦観に似た理解が生まれた。

一年前であれば憤慨してそれこそ刃傷沙汰にでもしていただろうが、この一年銃だの魔法だのでボコボコにされてきたので反論しづらかった。

海外で活動している御神美沙都師匠くらいの剣士であればともかくとして、素人に毛が生えた程度の俺が言っても説得力があんまりない。段位とかさえ持っていないしな。


言葉に迷っていると、ディアーチェが立ち上がった。


「この場はフィアッセさんの父君がご用意した宴席、荒らすつもりは毛頭ない。
されど剣士である我が父に対して、剣への無礼はやめて頂きたい」

「……ごめんなさい、貴方のご家族を悪くいうつもりはなかった。けれど考えて欲しい。
実際貴方の父である彼は現場で剣をふるい、チャイニーズマフィアに命を狙われている。

貴方は武勇を誇りたいのだろうけど剣で人を斬るよりも、剣を置いて平和に過ごす事を望むべきではないの」

「エリス殿の言葉は、家族を持つ今の我には理解できる。けれど我々子供達は剣士である父を尊敬しているのだ」


 お互いに主張した後エリスは小さく頭を下げ、ディアーチェは席に座った。緊張感こそあるが、この場に不快な空気はない。

歓待の場で護衛が客人に指摘するのはマナー違反にもなるが、彼女の言葉は悪口ではなく立場ある人間の指摘であった。

剣士という存在に疑問を持った上で、爆破テロ事件などに巻き込まれている俺本人への意見としていってくれたのだろう。少なくとも悪意は感じなかった。


だがフィアッセや親父さんが顔を見合わせて、複雑そうな表情を浮かべているのが気になった。














<続く>








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