とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 七十六話
英国議員であるフィアッセの親父さんより招待を受けたのは、日本ならではの一流ホテルだった。
滞在先とは明言されていないので、来賓用のホテルなのかもしれない。アリサが国賓クラスと言っていた気がするが、あいつは大袈裟だからな。
明治期の創業以来、迎賓館と同様に海外からの要人を迎えつづけている、格式あるホテルであるらしい。
来日した要人を迎えるために建造されたといっても過言ではないとされる程で、信頼と安全に満たされた空間であった。
「大恩を受けたのにもかかわらず、時間を空けてしまってすまなかったね。
本当ならすぐにでも礼をしたかったのだが、安全を確立させるのに思いの外時間がかかってしまった」
「お立場を考えられれば当然でしょう。私への礼など、後回しにして下さってかまいませんでしたが」
「そういう訳にはいかないよ。私だけではなく、フィアッセまで何度も助けてくれたんだ。ずっと君にお礼を言いたいと申し出ていたんだよ」
国際の場では百戦錬磨の議員が、英国紳士らしい振る舞いで握手を差し出してくる。剣士ではないその手は厚く、年季を感じさせた。
お礼だと言う議員のプリンセスは、頬を染めて手を振ってくる。公私混同という表現は違うかもしれないが、明らかに恩人としてだけの眼差しではなかった。
初対面では厳しい目を向けていた警備チーム長のエリスも、襟を正しているが少し穏やかな雰囲気を見せていた。信頼してくれたというよりも、護衛対象を立ててくれているのだろう。
御用達ホテルの来賓室で改めて顔合わせを行った。
「紹介します。事情ありまして私が養っている娘のディアーチェです」
「お初にお目にかかります。海外で父が世話になったとお聞きして、お目にかかれる日を楽しみにしておりました。
以後、よろしくお願いいたします」
日本人の俺でもあまり言ったことがない丁寧な自己紹介で、ディアーチェが頭を下げる。十代の男が娘を養っているという事実にも、親父さんは奇異な目を向けなかった。
むしろ何度か会っているくせに、フィアッセが好機な視線を向けている。失礼な様子ではなく、俺の娘という事実が色眼鏡をかけているようだ。どういう心理が働いているんだ、こいつ。
警備のエリスは警戒するよりも、養女という言葉を聞いて複雑な表情を浮かべた。一瞬訝しげに感じたが、すぐに思い立った。
フィアッセの居候先である高町家も、血筋だけでは成り立っていない家庭だ。人間関係を考慮すれば、確かに複雑に感じているかもしれない。
「利発そうなお嬢さんだね。さぞ自慢なのだろう、会えて嬉しいよ」
「もう少し年相応に我儘であってもいいと思うのですが、胸を張りつつも悩ましいところではあります」
「ははは、フィアッセも同様だよ。聞き分けの良い子ではあるのだが、難しい年頃だね」
えっ、そうか。おたくの娘さん、俺の前では余裕で我儘ぶっこいているぞ。もうちょっと自重してもいいのではないかとさえ思うほどだ。
俺個人としては大いに不満な批評ではあるが、考えてみればフィアッセの悪評は聞いたことがない。
実は護衛を行うにあたって、アリサ達に護衛対象のフィアッセに関する身辺調査をさせていた。結果は全く面白くない白であった。
悪評なんぞどこ吹く風で、ご近所でも評判の良い喫茶翠屋の女性チーフであった。不倫疑惑とか出れば面白かったが。
「後で詳しいお話があるかと思いますが、こちらがシルバーレイ。此度の事件で協力して貰った私の……まあそんな感じです」
「わざわざ言葉を濁す必要あります!? 知り合いとかでもいいじゃないですか!」
「よかった、恋人とかじゃないんだよね」
「貴方は貴方で、ぶっ飛びすぎでしょう!? この場で恋人を連れてくる訳ないじゃないですか!」
俺の紹介に神経を尖らせ、フィアッセの安堵に仰け反った様子で猛抗議するシルバーレイ。元気な奴である。
オリジナルのフィリスに似た容姿ではあるが、個性が生まれて見た目も変わっている。とはいえクローンである事実は、HGSという情報を通じて伝わっているかもしれない。
秘匿となる情報は自分だけで所有していると自惚れていない。英国の有力議員である彼が何も有していないとは考えにくい。警備会社を代表するエリスもやり手みたいだしな。
だからこそ警戒されないように敢えて、こういった紹介をさせてもらった。俺の意図が伝わっているのか、議員さんも穏やかな顔で頷いている。
「立ち話も何だから、歓待の場を用意させてもらっている。大袈裟に出来なくて申し訳ないが、せめて私達の気持ちを受け取ってほしい」
「ありがたく頂戴いたします」
お気遣いなくという日本人の謙虚さは、海外では萎縮させるらしい。特にフィアッセの親父さんは政治家、上辺だけの応酬なんてやり尽くしているだろう。
何より大袈裟に出来ないと言った時、親父さんが申し訳無さそうな顔をしたのが本心だろう。アリサや夜の一族も言っていた、本来であれば国際的価値のある行動であると。
事件を解決した立役者とか持て囃されても俺が困るだけだが、それは向こうも理解している。そして爆破事件こそ解決した雰囲気を世間的に見せているが、実際は主犯に逃げられている事も。
俺を持ち上げれば、壇上でマフィアに撃たれてしまう。安全を考慮するためにも、表舞台には出せない苦慮が見え隠れしていた。
「紹介に上がっていませんでしたが、同席なさらずともよいのですか」
「私は剣士さんの護衛を務める者です。よろしくお願いいたします」
ご同輩ですという顔をしている月村すずかと、明らかに気品ある顔立ちをした少女と並ばれて困った顔をするエリス。ちょっと面白い組み合わせだった。
親父さんは予めフィアッセから話は聞いているのだろうが、変に指摘しないあたり流石である。妹さんって、場によっては扱いに悩む女の子だからな。
実力は申し分ないし、日ぞれキレないほど命を助けられているんだが、あいにくと人間というのはまず外見から判断する生き物である。
フィアッセとアルバート議員、ディアーチェと俺とシルバーレイで向かい合って、テーブルを囲む。
「フィアッセと君の馴れ初めを聞かせてもらえるかな」
「運命の出会いだったの」
「嘘つけ」
とりあえず歓待の場で、和やかに宴席が始まった。
<続く>
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