とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 六十二話
                              
                                
	 
  才能がない分知識が補えと、御神美沙都師匠はドイツの地で俺を徹底的に教育してくれた。 
 
師弟なんて俺の柄ではないが、あの人は違う。命ではなく、人生そのものの恩人だった。あの人が居なければ異国で果てていただろう。 
 
そんな彼女が教えてくれた、剣に関する知識。その中で大剣に関する知識は意外と少なかった。 
 
 
映画などではよく見かける大剣は実のところ、史実では明確な定義というものがないらしい。 
 
 
両手持ちの大剣そのものは博物館でも展示されているが、史実上でも何に使われたのかすら定かではないような大剣が多いらしい。 
 
存在や技術そのものが否定されているのではなく、大剣もしくはグレートソードを定義するのが難しいのだろう。 
 
見た者が大きな剣と思ったらそれは全て大剣となり、定義はきわめて主観的となる。西洋と東洋でも扱いは異なるし、捉え方は難しいと言える。 
 
 
御神美沙都よりそう教わって、俺の大剣への幻想は失われた。 
 
 
『大剣という武器は、ある意味で技術が足りない者への苦肉の策といえる』 
 
『元も子もないですね……じゃあ大剣は結局フィクションだと?』 
 
『いや、大剣が活躍した時代は確かに存在した。 
長さと重さで壁を叩き斬り、兵隊が突撃出来る空間を作り出す。こうした勝利を引き寄せる一手であった。 
質量と体積によりまともに扱えた者はかなり限られたというだけだ』 
 
『なるほど現代でわざわざ使用する人間はいないので、知識として取り扱う程でもないという事ですね』 
 
 
 フェイトやシグナムといった両手剣を使う人間が頭に浮かぶが、少なくとも異世界の人間ばかりだった。 
 
異世界の概念を知らない御神美沙都の結論は、こうだった。 
 
 
『今の時代に大剣を持つ人間を見たら、相手にするな』 
 
「なかなか速いじゃないか。その体躯でよく捌けるものだ」 
 
「くっ……!」 
 
 
 ディードの持つ先天固有技能はツインブレイズ、戦闘機人達の中では近接空戦に属する技能である。 
 
瞬間加速により敵の死角を奪取し、死角から急襲をかけ叩き落すという一撃必殺スタイルが基本となる。 
 
瞬間的な加速に加えて、資格からの奇襲。相手はディードを視認することも出来ず斬られる―― 
 
 
筈だった。 
 
 
「ただの子供ではないな。御神に連なる者――でもなさそうだが、お前もクローンか」 
 
「私はお父様の子供です」 
 
 
 ただの子供ではないのだと断じられて、ディードはむしろ胸を張って名乗りあげる。 
 
クローンであることさえも否定せず、それが絶対的な価値であるかの如く俺の子供であることを告げる。 
 
俺の子だからこそ強いのだと、あの子は自負している。その思いが切っ先に力を宿し、駆ける足に力強い踏み込みを生んでいる。 
 
 
双剣が相手を叩き落し、大剣が相手を叩き上げる。 
 
 
「なかなか面白い。が、曲芸の粋を出ていないな」 
 
 
 双剣の刃部分は自身のエネルギーを使用して実体化して固定している。そうしたエネルギーの刃を、あろうことかあの男は刃で叩きのめしている。 
 
物理的に不可能に見えるが、ディードの刃を男は正確に視認して圧倒している。戦闘機人のエネルギーを、人間の力が勝っているのだ。 
 
斬れば弾かれ、振り下ろせば飛ばされ、切り払えば振るい上げられる。双剣をもってしても、大剣を突破することは叶わなかった。 
 
 
男は大剣を掲げた。 
 
 
「身の丈を超える剣で、敵を斬り伏せるんだ!」 
 
「IS発――っ!」 
 
 
 ディードは能力でエネルギーを高めようとしたが、男は機先を制した。 
 
あの子は稀なる剣士ではあるが、それでも子供だった。子供が機転を利かせようとしても、大抵大人に見破られる。 
 
男の宣言は先読みであり、ディードへの敗因を告げた。妙に飾った大剣は無慈悲に振るわれ、高まりつつあった双剣は宙に舞う。 
 
 
ディードは深く切り裂かれて、地面へと落ちる―― 
 
 
 
勝敗は、決した。 
 
 
 
「――はつ、どう。ツイン、ブレイズ!」 
 
「グハッ!」 
 
 
 剣術においては、ディードの敗北だった。しかし、あの子は俺の遺伝子を受け継いだ子供である。 
 
勝負は敗北であろうとも、戦い続ける。勝利にはならずとも、戦うことを諦めたりはしない。どれほど惨めであろうとも、抗い続ける。 
 
ディードのツインブレイズは、刃の弾性を自在に変化させることが出来る。敢えて言うなら、戦闘機人であることが強みだった。 
 
 
宙に舞う剣は刀身を伸展させて――男の肩を貫いた。 
 
 
 
「何なんだこの剣は……SFじゃあるまいし、ビームサーベルだとでも言うのか」 
 
「……」 
 
「ふふ、なるほど。子供の遊びに付き合うのもなかなか楽しいものだ。 
このまま殺してもいいが、この小娘はまだまだ強くなる。 
 
どうしたものか」 
 
 
 ツインブレイズは地面に転がり、ディードは血溜まりに沈んでいる。戦闘不能だった。 
 
オットーが激高して前に出ようとするのを制止。ディードを指差すと、オットーはハッとした顔をして自分の家族に駆け寄った。 
 
男はオットーの救助を舌なめずりするように見つめている。殺すのもよし、殺さぬもよし。男の気分一つであった。 
 
 
俺は一歩前に出る。 
 
 
「次はお前か、サムライ。父と呼ばれていたが、小娘の仇を取るつもりか。 
いいぞ、復讐という動機も斬り合いには映える。思う存分戦おうじゃないか」 
 
「やだね」 
 
「何……?」 
 
「何度も言わせるな。俺の娘がこの程度で倒れるはずがない」 
 
 
 男は一瞥する。倒れ伏したディード――ではなく、地面に転がっている刃を。 
 
ツインブレイズは今も光り輝いている。主が倒れても、剣は決して死んでいない。 
 
先程油断して怪我をさせられたばかりだ。俺が何を言いたいのか、男はよく分かっている。 
 
 
だからこそ俺も敢えて説明を省いた。昔の自分が何を考えるか、手に取るように分かった。 
 
 
「なるほどな、楽しめると言ったのは他でもない自分だ。 
満足出来ていないからと言って、手当たり次第というのも品がない。 
 
作戦もどうやら失敗したようだしね、今日のところは可愛い子供との遊びで引き上げよう」 
 
「――お前の目的は、剣士か」 
 
「そうとも、日本はサムライの国だろう。是非とも来たいと思っていた。 
そんな折にお誘いを受けてね、こうしてはるばる島国へ遊びに来たというわけだ」 
 
 
 男が作戦の失敗を告げたその時、遠くから強烈な殺気が急速にこちらへ向かってくる。 
 
昔敵対した際に浴びたのと同じで、よく覚えている。リスティ・矢沢、強力な超能力者の殺気。 
 
殺意に照らされたかのように、男の全貌が浮かび上がる。儀礼的な大剣を手にした男、スライサーと呼ばれる剣士。 
 
 
妙に着こなした白い服に、ディードの血がこびりついている。 
 
 
「日本へ来てよかった。君たちとは楽しく遊べそうだよ」 
 
 
 標的であるはずのリスティの到着を待たず、男は立ち去っていった。 
 
本来であれば追いかけたいところではあるが、御剣いずみから止められている。妹さんも緊張を解かなかった。 
 
肩を怪我しているはずだが、それでも護衛達は油断していない。それほどの剣士であるということだろう。 
 
 
俺としては待ち望んだ強敵。命をかけて斬り合える相手であるはずなのだが―― 
 
 
「きわめて真っ当で、正しい感情です。あのような男を追う必要はありません。 
子供達に慕われる剣士であってください」 
 
「そんなもんかね……」 
 
  
 あの男が正しいとは全く思わない。 
 
だからといって我が子の意志を尊重して戦わせるというのも、真っ当とは言い難い。 
 
 
剣士にとっての正しさとは何なのか、分からなかった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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