とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 六十三話



スライサーと称される凄腕の剣士が立ち去ったのを確認して、御剣いづみが大きく息を吐いた。

夜の一族が直々に雇い入れた護衛チームの長がそれほどまでに警戒するほど、スライサーが強敵かつ凶悪であったという事だ。

国際指名手配犯であれば警察にでも通報すればいいのだが、ディアーチェが近隣住民に配慮してくれた結界の事まで追求されるかもしれないので出来なかった。


一旦場が落ち着いたのを見計らって、俺はオットーの元へ駆け寄った。


「ディードの怪我の具合はどうだ」

「大丈夫、応急処置は終わった。命には別状ないし、致命的な怪我はないよ。
ただ出血が酷いし、身体に負担もかけているから、しばらく安静にしておかないといけないね」

「隔離施設にフィリスがいるし、医療設備も揃っているから休ませよう。
必要であればジェイルを呼び出すか、聖地に搬送させるから言ってくれ」

「父さんが傍にいて声をかけてくれるのが、一番の薬だよ」


 ディードが負傷してオットーも動揺していたが、処置を終えてこの子も落ち着いたようだ。家族を傷つけられたら動揺もするし、子供なら不安にもなる。

ディードは戦闘機人なので、クローン培養とはいえ肉体の構成が常人とは異なる。兵器として生み出された肉体は頑丈で、自然治癒能力も高い。

だからこそ子供ながらに国際指名手配犯相手に戦えたのだが、実戦経験や蓄積データが少ないだけあって、戦闘のプロ相手には苦戦を強いられてしまった。


まあ親の目線で語っているが、俺が戦っても余裕で苦戦するだろうし、あまり威張れたものではない。



と、そこへ。



「ハァ、ハァ……え、良介?」

「リスティか」


 スライサーが撤退した理由の一つであり、さざなみ寮襲撃の目的の一つだった人物。リスティ・槙原が殺気を振りまいてやって来た。

余程全力で飛ばしてきたのか、息が上がっている。多分超能力を酷使したのだろう、恐ろしい勢いで現場に飛び込んできた。

どれほどの美人であっても、鬼の形相でやって来られたら男だって縮み上がる。切羽詰まっているのが顔に出ており、睨み殺す勢いだった。


――が、俺の顔を見た瞬間甘く溶けてしまった。


「そうか……良介、君が来てくれていたのか。どうりで周辺一帯が不自然なほど落ち着いていると思ったよ」

「お前こそ大丈夫だったのか、そんなに血相を変えて」

「連中が性懲りもなく攻めてきたんだ、気くらい張るさ。君に助けられたとはいえ、フィリスやシェリーだって誘拐されたんだしね。
相手が子供であろうとも、平気で巻き込む連中だし――えっ、ちょっと。その子、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫。スライサーとかいう頭のおかしい剣士に襲われたが、撃退した」


 取り乱すリスティを何とか宥めて、俺から事情を説明した。

魔法や戦闘機人のことを話すと時間がいくらあっても足りないが、幸いにもリスティは俺の事情について神咲那美からある程度は聞かされている。

ディアーチェがさざなみ寮の防衛を務め、近隣住民を守った事。ディードやオットーがマフィアの襲撃を撃退した事を説明する。



被害が出なかった背景を知って、リスティは安堵したように微笑んだ。


「フィリスやシェリーだけではなく、ボクの事も助けてくれて本当にありがとう。
今回の件で良介には返しても返しきれない恩が出来てしまったね……」

「いいさ、国家権力に貸しを作れたからな」

「生憎だがこっちは民間協力だ、そんなに大したことは出来ないぞ。万引きしたら引き取りくらいはしてやる」

「一生の恩の割にはしょぼいぞ!?」


 クレームを入れてやると、リスティは笑ってポケットからタバコを取り出す仕草を見せる。実際に出たのは子供達に気を使ったのか、シガーレットチョコだったけど。

話を聞くとさざなみ寮の屋根の上から、俺の娘を名乗るディアーチェが堂々と指示を出していたらしい。

最初は面食らっていたが、的確な指示と冷静な判断、そして何よりも――実に俺によく似た遠慮のない態度から、信頼に値すると判断したそうだ。


連携を取ってさざなみ寮の防衛には成功したが、襲撃はまだ続いていると分かって、リスティは堪忍袋の緒が切れたらしい。


「寮を襲うことでさえ万死に値するが、ご近所さんまで巻き込まれたんじゃたまったものじゃない。
ディアーチェという子に寮を任せて打って出たら、戦っていたのは良介達だったという事さ。

安心して力が抜けたよ」

「昔とは違って、事件に首を突っ込むなとは言わないんだな」

「あまり褒められたことではないかもしれないけど……今の君のことは頼りにさせてもらってる。
信頼しているし、フィリスやシェリーも助けてくれた。フィアッセだって守ってくれている。

ここだけの話だけど……組織の連中が本格的に行動に出たと知って正直不安だったし、守りきれるのか心配で仕方なかった。

でも君が町に帰ってきて僕の大切な人達を守ってくれている。それだけでも本当に救われてる」


 珍しく照れたように、赤くなった鼻の頭を掻いてる。俺を見つめるその視線は感謝以上の熱量があった。

水を差すようで申し訳ないが、俺自身あまり大したことはしていない。謙遜ではなく、実際に独力で出来たことは少ない。

フィリス達を救出できたのはシルバーレイの協力があってこそだし、フィアッセを守っているのはディアーチェ達。


大切だという海鳴を防衛してくれているのは、夜の一族だ。スポンサーがなければ、この世の中ではヒーローごっこは出来ない。


「ここはもう大丈夫。後始末は引き受けるよ。正式な礼は後日必ずさせてもらう」

「そんなのはいいと言いたいが、性格的に引かないだろうな。うちの子達にラーメンでも食わせてやってくれ」

「ははは、分かった。後日顔を出すよ」


 苦笑しつつも若干心苦しい顔をして、別れを切り出す。恩人をこのまま返すのは心苦しいのだろう。

一方でさざなみ寮へ寄っていってくれといえないのは、リスティ以外のHGS患者の存在があるからに違いない。

俺のことは信頼しつつも、その存在については出来る限り表沙汰にしたくないようだ。多分その人間も平穏を望んでいるのだろう。


俺も博愛主義者ではないので、HSG患者だからといって誰も彼も守りつもりはない。敢えて探り出さなくても、リスティが守るしな。


「ディードも怪我をしているし、俺達も撤収しよう」

「分かりました。貴方の帰還を確認次第、雇い主に今晩の事を報告致します」

「げっ、カレン達になにか言われそうだな……」


 こうしてマフィア達の暗躍を阻止したが、肝心の実行犯は逃してしまった。

戦力を削れているのは事実だし、企みも阻止出来てはいるが、急所は抑えられているとは言い難い。


攻勢に出れないのがなんとも悩ましかった。














<続く>








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