とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 五十二話
夜の一族の中で今連絡が取れるのは、フランスの貴公子カミーユ一人。カミーユは主導するタイプではないので、マフィア殲滅は支援のみに留めている。
言い方は悪いがこいつと話していても仕方がないので、情報交換だけして通信を終える。とりあえず現状は報告しておいたので、カレン達にも伝わるだろう。
ちなみにイギリスの妖精、ヴァイオラも留守だった。以前話していた通り、あいつは今クリステラソングスクールに通っていて、コンサートに向けて練習に励んでいる。
そういう意味ではフィアッセの事件に関わっていると言えるが、立ち位置としては微妙だった。少なくとも、マフィア殲滅の話には加わらないだろう。
「結局どうするのだ、父よ」
「しばらく静観だな。情報収集は頼む」
「ならばオットーが適任だな。我は街のパトロールをしながら、マンションも見張っておこう」
聖地の王様であるディアーチェは自信ありげに自分の胸を叩いて、行動に出る。うちの子は行動派が多いな。
俺も考えるより足を動かすタイプなのだが、あいにくと俺も余裕で狙われている身の上である。囮作戦を実行した後で、呑気に出歩けるほど油断していない。
議員さんのホテルから出た直後に、尾行までされている。万が一にでもこの隔離施設がバレれば大事になってしまう。余計な真似はしない方がいい。
皆忙しそうなので、俺も――
「飯食って寝るか」
――働かざる者食うべからずという言葉もあるが、俺は潜入作戦という壮大な任務を終えたのだ。
少しくらい休んでもバチは当たらないのではないだろうか。いやむしろ、俺という人間こそ今は休むべきではないか。
この場にいない脳内のアリサが睨んでいるが、メイドに恐れる俺ではない。護衛任務に従事する妹さんと一緒に食事を取って、私室のベットで横になる。
この事件が始まって俺自身あまり戦っていないが、なんだか疲れている。
「護衛ってのはあんまり慣れないな……」
剣士だからというわけではないが、基本的に俺は攻めるタイプなので専守防衛は向いていない。焦らされている感覚がもどかしい。
リーダーであればむしろそういう資質も重要なのだが、聖地での戦争やイリスの事件、エルトリアでの開拓でも自ら率先して動いていたので我慢勝負は苦手だった。
マフィアに怯えて震えているのではない、むしろ追い詰められているのは奴らだ。ただ主導しているのは夜の一族なので、俺はあくまで被害者に近い関係者に過ぎない。
上手く行っているのは事実なので下手に動かないほうがいいのだが――それでも疲労を感じている時点で、やはり俺は素人なのだろう。
「……エリス・マクガーレンか」
考えていると眠くなってきたので、目を閉じる。
若くしてマクガーレンセキュリティ会社を継いだ、護衛のプロ。警護チームを率いる若き才女は、専守防衛こそ望むべきことなのだろう。
護衛対象を護ることが肝心なのであって、敵を倒すことを目的としていない。剣士とはまるで違う考え方を持って、人生を送っている。
剣士――御神美沙都師匠、あの人ならどうなんだろうか。
――耳が、鳴った。
目を開ける。どうやら思っていたより熟睡していたのか、私室の窓から外を見ると日が暮れていた。
起き上がって頭を振る。気のせいか、揺れた気がした。周りを見るが静かなものだった、別に隔離施設に何かあったわけではない。
地震か何かあったのか、俺が立ち上がると妹さんが飛び込んできた。
「剣士さん、大変です」
「どうした、妹さん」
「こちらをどうぞ、フィアッセさんから至急のお電話です」
「フィアッセから……?」
あいつは今、親父さんと一緒にホテルで安全に滞在しているはずである。嫌な予感がしたが、同時にどっちの予感なのか判断に迷った。
何か起きて電話してきたのか、俺と話したくて電話したのか。本来であれば当然前者だが、あいつは今能天気なのでどっちなのかわからん。
後者ならばシカトしたいが、前者だと早く応答しなければならない。仕方なので、渋々電話に出ることにした。
いちいち迷うことでもないんだが、あいつは色んな意味で曲者だからな。
「どうした、フィアッセ。くだらん用事なら切るぞ」
『大変なの、リョウスケ!? ホテルが、ホテルが!』
「ホテルがなんだって?」
『ホテルの地下駐車場で爆破騒ぎがあったの』
即座に電話を持ち直して、妹さんに目配せする――ディアーチェ達を全員連れてきてくれ、妹さんは頷いて部屋から飛び出した。
マジかよ、あいつら。考えとかないのか。狙いが見え透いていて、逆に戸惑うわ。この状況で動くとか頭がおかしいだろう。
フィリスとシェリーを奪還されて、アジトを潰されたんだから、せめて日本から撤退しろよ。勝てる見込みがあると、真剣に思っているのだろうか。
マフィア達が全くめげていなくてゲンナリする。本当にクリステラを狙っていやがるんだな。
「とりあえず落ち着け。お前達は無事なんだな」
『う、うん、パパと私はホテルの部屋にいたから大丈夫。ただ――』
「ただ?」
『パパの車――あ、いや、パパが日本で乗っていた車が爆破されたみたいなの』
――アジトを潰されて、脅迫をエスカレートさせたのか?
本人に危害を加えるのなら、乗車している時に爆破していたはずだ。わざわざ駐車している車を爆破させても器物損壊になるだけだ。
いや、マクガーレンセキュリティ会社が優秀だからこそ乗車時は狙えなかったのかもしれない。車だって、親父さんが乗る際は当然チェックするはずだからな。
いずれにしてもホテルの駐車場で爆破なんてどうかしている。
「まだテレビとか見てないんだが、けが人とかは出ているのか」
『ううん、駐車場にはその時誰もいなかったみたいだよ。今は警察とかで大騒ぎに鳴っているけど』
「とりあえず護衛のエリスの指示に従え。不安なのは分かるが、迂闊に動くなよ」
『分かった。リョウスケは何時頃来れそう?』
「は……?」
『ごめんね、こんな夜遅くに。でもリョウスケが来てくれるなら安心だね』
何いってんだ、このアマ。犯人は事件現場に戻るという鉄の掟を知らんのか、こいつ。
不安になる気持ちは大いに分かるが、マフィアの目が光っているかもしれないのに、第一ターゲットの俺が飛び込んだから網に引っかかってしまう。
あ、むしろそれが狙いなのか。騒ぎを起こして俺を呼び寄せる罠だったりするのか。フィアッセの家族ではなく俺をターゲットにした作戦の可能性がある。
「民間人の俺がホテルに行ったとして、この状況で議員の親父さんがいる部屋に行けるはずがないだろう」
『大丈夫だよ、私が話を通すから!』
「お前のところの護衛がシャットアウトするぞ、きっと」
『うっ……』
子供が友達の家に遊びに行く感覚ではない。平時でも気軽に会えないのに、今は有事なのだ。ノコノコ顔を出したら門前払いされるに決まっている。
エリスの判断は冷たく見えるが、実際は温情である。爆破騒ぎが起きているのだ、民間人を巻き込んではいけないという正義感がある。
俺だってそのくらい分かるから、フィアッセが不安であることを考慮してもそう言うしかない。さぞ心配だろうが、俺が出向いて事件が解決するわけではないのだ。
それこそプロに任せるべきだろう。
「心配なのはよく分かる。ホテルの状況が一旦落ち着いたら連絡を――というか今、話していて大丈夫なのか」
『う、うん、今エリスが現場に行って警察に協力を――きゃっ!』
「どうした、フィアッセ!?」
『――』
電話が切れた。おい、意味深に電話が切れるなよ、不安になるだろうが!
電話を置いて考える、ホテルに行くべきか。いや、こうして場を荒らして俺を誘き出すことが狙いかもしれない。
現場は警察がいて、エリス達セキュリティサービスも協力している。民間人が出向いても、現場への立会いも許されないだろう。
だったらディアーチェ達に偵察を――
「父よ、緊急事態だ!」
「うおっ、何だいきなり」
「父の懸念通りとなったぞ。悪党共の狙いとしていたさざなみ寮、父の知人がいる場所が襲われている。
ディードとオットーが先行して現場へ急行しており、戦闘を行っている」
「なんだと!?」
二面作戦!? そんな余力がまだあるのか!
いきなり目まぐるしい展開となり、目覚めたばかりの頭が大パニックだった。
俺という人間は一人なんだぞ、どっちに向かえばいいんだ!?
<続く>
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