とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 四十六話
エリス・マクガーレンとの初対面を終えて、俺達はクリステラ議員に勧められるままに椅子に座って向き直った。
本人が自己紹介した通り、エリスはクリステラ議員の背後に直立している。護衛の立場を弁えており、同じ席に並べる真似はしない。
そういう意味ではフィアッセの護衛役を務めている俺は平然と座っていてどうかと思うが、肝心のエリスを含めて咎める者はいなかった。
当然というべきか、素人だと思われているのだろう。俺自身プロを自覚してはいないので、別段腹を立てたりはしなかった。
「改めてリョウスケ君、フィアッセの傍にいてくれてありがとう。
脅迫状で脅かされて心を痛めている娘に君が寄り添ってくれたおかげで、こうして元気に過ごせている」
「彼女や議員にはお世話になっているので、お力になれたのであれば良かったです」
そんなつもりはないと謙遜するのは簡単だったが、自分の仕事を否定することになるので本心を飲み込んで語る。
フィアッセや親父さんがお礼を述べているのだから、自分の仕事に胸を張るべきだろう。謙遜も過ぎれば嫌味になる。
しかしながら親父さん、どれほどの事情を知っているのだろうか。この様子からすると、フィアッセから話は伝わっていそうではある。
まあ考えてみれば自分の娘を異国に放置したままにはしないだろう。議員という立場上母国を離れられない分、ヤキモキしたに違いない。
「フィアッセから出自も含めて、事情を聞かされているようだね」
「ええ、脅迫状の件や――」
「――彼女は大丈夫だ。今は私の護衛だが、今回の一件ではクリステラソングスクールの警備を担当してくれている。
フィアッセの事情についても精通しているので、この場は口を噤む必要はない」
一瞬エリスに視線を向けて言葉を飲み込む俺を見て、親父さんは朗らかに話してくれる。エリスの姿勢は不動だった。
話は分かったが、首を捻った。護衛の立場は分かるが、警備という役割が気になったのだ。
護衛と警備は同じに見えるが、意味は全く違う。例えば俺の護衛は妹さんだが、警備は御剣 いづみという忍者が率いる警備チームがいる。
両方を兼任するのは個人では不可能なはずだ。俺の疑問は声に出さずとも伝わったのだろう、エリスが口添えをしてくれた。
「私はマクガーレンセキュリティ会社の人間だ。うちの会社がクリステラソングスクールの警備を担当している」
「"マクガーレン"セキュリティ?」
「エリス・マクガーレンは、若くしてマクガーレンセキュリティ会社を継いだ立派な人間だよ。私も安心して任せている」
「恐縮です」
マジかよ、警備会社をこんな若い女性が継いでいるのか。流石は海外、終身雇用なんぞより実力や才能を優先している。
俺も一応異世界では部隊を率いているけど、俺には超優秀な女副隊長のオルティア・イーグレットに全部任せているからあまり自慢にならない。
そういえばオルティアも確かイーグレット警備会社の人間だったな。副官のあいつはたまに連絡を取っているけど、自分が全て切り盛りするので隊長は目の前の事件に集中してくださいと言ってくれている。
青い髪の麗人が頭に浮かんで、心の中で苦笑する。才能ある女性の進出は、男の俺にはやや肩身が狭い。
「脅迫状はフィアッセ本人にも届いたそうだね。本当ならこの時点で迎えに行くつもりだったんだけど」
「リョウスケが帰ってきてくれて、私を守ってくれていたの。だから大丈夫だったんだよ」
「お前が止めていたのかよ!?」
娘に脅迫状が届いているのに、ご両親からリアクションがないので妙だと思っていたのだが、被害者本人が止めていてひっくり返りそうになった。
俺を無条件で信頼し過ぎだろう、こいつ。実際マフィア達からすれば俺本人ではなく、俺の背後にいる夜の一族に脅威を感じていたんだろうしな。
フィアッセもどんな風に伝えて両親を説得していたのかどうか知らないが、フィアッセ本人の意志を尊重してくれていたようだ。
結果論でしかないのだが、本人が無事だったからこその今なのだろう。
「脅迫状の文面は拝見いたしました。
『チャリティーコンサートを中止しろ。さもなくば、フィアッセ・クリステラの命を奪う』
立ち入ったことをきく形で申し訳ないのですが、お聞かせください。
娘さんの命で脅迫されていますが、実際のところチャリティーコンサートはどうするつもりなのですか」
この話、フィアッセに聞いても俺が守ってくれるので大丈夫とか何とか言って埒が明かないので、両親に聞いてみたかった。
夜の一族の見解ではこのチャリティーコンサートは重大な意味と価値を持ち、マフィアたちにとっては不都合な状況になるとの事だった。
"クリステラ"の冠を掲げたチャリティー活動。クリステラソングスクール校長と英国の有力議員による活動であれば、開発途上国の教育機関そのものに鋭いメスが入れられる。
途上国を取り込んでいたマフィアの研究機関にも表立った活動はできなくなり、政治的な追求がされる危険性すらあり得るのだと。
「……込み入った事情もあるのであまり話せないのだが、相手が君となれば話は別だろう」
「よろしいのですか、議員。彼がご家族と親しいのであれば、尚の事巻き込むのは得策ではありません」
「あくまでも彼次第だ。
少なくとも個人的な事情を興味本位で突きこむ人間ではないよ。
リョウスケ君――私は妻の意思を尊重するつもりだ」
――つまり、少なくとも今は開催する意志があるということか。
開催しないのであれば、この場で理由を告げずにただ中止だと言えばいい。公式の場でも発表すればマフィア達にも伝わるだろう。
脅迫に屈した形にはなるが、家族の命には変えられないのも確かだ。テロに屈するべきではないというのは国際的常識だが、個人的感情となれば話は違ってくる。
しかし親父さんの返答は、お袋さんの意思を尊重するとのことだった。遠回しな言い方なのは深い事情があってこそ、他人に話せないのだろう。
「まだ確定ではないにしろ、脅迫者を刺激するのは間違いない。フィアッセ、無理強いはしたくはないが私達にとって君は宝だ。
何物にも代えがたいからこそ、失いたくないという気持ちが大きいのだと理解してほしい」
「……私にも大切な人がいるから、パパやママの気持ちは分かるつもりだよ。でも」
「こういう言い方はしたくないが、このままではリョウスケ君も危険に晒すことになるのだよ。それでもいいのかい?」
「……っ、それは、そうだけど……」
フィアッセは父親本人の意見は尊重しながらも、若干納得いっていない様子だった。
護衛の俺が危険に晒されるのは不本意なのは重々承知しつつも、同時に俺ならなんとかなるのだという信頼もあるのだろう。
そういう気持ちそのものは嬉しいのだが、そもそも俺が無事なのは夜の一族が守ってくれているからであって、独力とは言い難い。
ディアーチェ達もいるので安心ではあるのだが、あいにくと地球人にあいつらの戦力を正しく伝えるのは難しかった。
「リョウスケ君はどう思うかね」
「ご両親の元へ帰ったほうがいいと思います」
「誤解しないでね、パパ。良介って天邪鬼だからこういう言い方しかできないの」
「別にこじらせた言い方ではなかったように思えるのだけれど……」
フィアッセのあんまりないい草に、護衛のエリスが困った顔で首を傾げている。いいぞ、もっとこの恋愛バカに言ってやれ。
確かに俺はひねくれものだが、今のは直球ズバリストレートな言い方だったはずだ。どういう曲解をしろというのか。
エリスは比較的俺には厳しい立ち位置なのだが、フィアッセの方が酷いので逆説的に俺に同情的になっている。
なんだか今までにないくらい、面白い立ち位置になってしまったエリスだった。
「そもそも何故今になって君を迎えに来たのか理由はわかるはずだよ、フィアッセ」
「理由……?」
「セルフィ・アルバレット。ニューヨークにて消防特殊救助の業務についている彼女が行方不明になった」
俺とフィアッセが顔を見合わせた。
「フィアッセ、マクガーレンセキュリティはこの件でチャイニーズ・マフィアの動きを独自で追っている。
日本での活動も把握しているんだ。フィリス・矢沢医師も行方不明になったようだね」
「エリス、あのね……」
「こうなってしまった以上、到底君をこのままには出来ない。勿論彼女達の行方は全力で捜索している。
心配する君の気持は痛いほど分かるが、この件は私達に任せて君は――」
「二人はリョウスケが救出してくれたよ」
「「……は?」」
こら、俺が救出した訳じゃないだろう!? 俺も一緒に救出されたんだぞ!
深刻な表情をして説明するエリスと親父さんに、フィアッセは我が意を得たりと言わんばかりに胸を張って伝える。
俺は心の底から頭を抱えた。
<続く>
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