とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 四十一話
負傷したシルバーレイを連れて乱入してきたのは、ツリ目の男だった。
目尻が少しつり上がっており、鼻が低い。欧米人種の知人達に比べて彫りが浅く、丸い顔立ちをした印象がある。
口角が少し広く、下唇がぽってり、上唇が薄めというアジア人独特の特徴。
チャイニーズマフィアの一員だからと決めつけるつもりはないが――大陸系の人種であることに違いはない。
「こいつを誑かせたのはてめえの仕業だな」
「むしろ俺が騙されたと言いたい。俺が人質になるから、こいつらを解放しろ」
血が滲んだナイフをぶら下げてぶっきらぼうに述べる男に対して、俺は強気に要求する。
立場的に見れば圧倒的に不利だが、俺が騙されているという事実を知らない態度でいくのならこういう姿勢が望ましいだろう。
シルバーレイが血を流していながら致命傷ではないところを見る限り、まだ疑われているくらいで疑惑が確信にまで変わっていない。
疑っているというだけで女をナイフで殴打するなんてどうかと思うが、マフィアにそんな道徳を期待するのは酷だろう。
「へえ、つまりこいつがどうなってもいいと言うんだな。あくまで知らねえと」
「仲間割れなら他所でやってくれ」
結構際どい返答である。シルバーレイの裏切りに自分達は関与していないのだと、すっとぼける。
マフィアが自分の非を認めて謝罪する展開なんて、映画の中でも起こらないだろう。子供のおとぎ話ではないのだ。
疑わしきは罰せずという、安易なやり方も望めない。シルバーレイが害する危険性があることを承知の上で、俺は素知らぬ顔をする。
俺が認めてシルバーレイの解放を訴えても、こいつは聞く耳を持たないだろう。
”良介さん、聞こえます? テレパシーで貴方の精神に干渉して話しかけています"
もしかしたらと思っていたが、シルバーレイが超能力を駆使して俺に話しかけてきた。
一般人の俺なら大いに驚く展開なのだが、あいにくと今の俺は驚きよりも困惑があった。
俺は念話という魔法による対話を何度かしたことがあるのだが、超能力は似て非なるものである為伝わり方が異なっていて困惑してしまう。
世の中、本当に色んな対話のやり方があるらしい。
”良介さんが心で思念を発してくれたら、アタシが拾い上げるんで伝わります。
それでまず第一に聞きたいんですけど――
この後の展開をちゃんと考えてくれているんですよね?”
”ごくろうだったな、お前は立派に役立った”
”速攻で切り捨てるの、どうかと思うんですけど!?”
慌てる素振りも見せず、傷を負ったシルバーレイが呆れた眼差しを向けてくる。
裏切り者だと糾弾せずに、不謹慎だぞと不満を訴えるのみ。つまり、シルバーレイは事ここに至っても俺が裏切るとは微塵も思っていない。
フィリスとセルフィの無事を確認し、救出部隊に突入してきたので、後は助けが来るのを待てばいい。今危機的状況ではあるが、この場にはオットーも姿を消して待機してくれている。
シルバーレイを切り捨てるには絶好の機会ではあるのだ。だが、肝心の本人は裏切られるとは思っていないようだ。
”ここまで献身的に尽くした女を切り捨てるなんて極悪非道ですね。
オリジナルの記憶だと婚約者とか愛人とか子供とかいるって話ですけど、こんな調子で女をだまくらかしているんじゃないですか!”
”結構痛そうな怪我の割に元気だな、お前”
”これでも頭がくらくらしているんです。
まさかこいつが残っていたなんて油断しました……超能力でぶっ飛ばしてやりたいけど、頭が猛烈に痛くて集中できないんですよ”
ああ、なるほどな。だからこいつは大人しく捕まっていて、この男もそれが狙いでシルバーレイの頭をどつきやがったのか。
どうやら超能力を発動するには、強い集中力が必要となるらしい。HGSに関する研究は道半ばであり、超能力に関する研究はまだまだ未知の領域。
シルバーレイは自由自在に使いこなしているように見えるが、フィリスというオリジナルがなければ成立しないし、その力も集中しなければ使用できない。
実践で使いこなすには、まだまだ研究と練習が必要なのだろう。
「そうかい、だったら――死ねよ!」
「キャッ!?」
男はニヤリと笑ってシルバーレイを突き飛ばす――俺に向かって。
咄嗟に蹴飛ばそうとするが、次の瞬間気づいて反射的な行動を抑制する。それがよくなかった。
庇うか、見捨てるか。どちらかにするべきだったのに、どっちも取らずの行動。結局俺達はぶつかってしまい、お互いに倒れ込んでしまった。
マフィアでなくても、その隙を見逃す事はないだろう。男は真上からナイフを振り上げる――
「――」
「ぐっ、なんだ!?」
振り上げた手が途中で止まり、男がその場で一回転して倒れる。
予期もしない行動に肝心の男が混乱しまくった声を上げるが、それもまた隙であった。
何が起きているのか察した俺は倒れたまま男を蹴り飛ばし、その勢いを利用して一緒に倒れ込んだシルバーレイを丁重にどかした。
本人も足で纏いだと自覚しているのか、慌てて起き上がって後方へ移動する。
「貴女、えーと……シルバーレイ、傷を見せてください」
「……言い慣れていない感じが微妙にムカつきますが、今は目眩が酷いので文句言うのはやめておきます」
フィリスに保護されたシルバーレイは、改めてオリジナルであるフィリスにどう接すればいいのか分からず困惑している。
家族みたいな関係性に見える光景だが、今はそんな微笑ましい場面は後回しにする。
俺に蹴られた男はその痛みで覚醒したのか、即座に立ち上がる。無駄に反撃したのは良くなかったかもしれない、余計な刺激を与えてしまった。
俺もまた立ち上がるが、手の拘束が解けていないので辛い。
「何だ、誰かいやがるのか!? それともこれも超能力ってやつか!」
敵が混乱しているこの状況、決断を迫られる――押すか、引くか。
通常なら問答無用で斬るのだが、夜の一族の連中から絶対手を出すなと言及されている。
自分なりに強くなれたとは思うが、マフィアと戦えるようになったかどうかは未知数。というか、少なくとも一般人なら手を出さない。
この境界線をどう捉えるのか。今までは一人だったので道場破りでも何でもやれた。でも今は――
「良介さん、下がって」
「馬鹿なことをしちゃ駄目だよ、逃げるんだ」
プロのドクターと、プロのレスキューが止めに入る。命の大切さをよく知る、二人が。
ハッと我に返った俺はフィリス達を連れて下がらせる。シルバーレイは応急処置がされていて、本人もようやく気を取り直したようだ。
男もこっちの動きに気がついたのか、目を血走らせて突進するが――仰け反って、倒れた。
頭に応急処理をされたシルバーレイが、俺の傍に駆け寄る。
「姿は消えていますが、あそこに絶対誰かいますよね。何なんですアレ、透明になれるスーツとかあるんですか」
「妙に勘付くよな、お前」
「ちょっと誤魔化さないでくださいよ。まさかずっとあの透明人間が良介さんの傍に付いていたんですか。
だから平然としていたんですね、何でアタシに教えてくれなかったんですかー」
怪我している割に元気な女である。自己主張の激しいクローン人間を、フィリス達は微笑ましく見ている。
危機一髪だったが、どうにかなった。今更ネタバラシも何もなく、ステルスジャケットを着たオットーが助けてくれたのだ。
助かりそうだから、改めて思う――先程の心境について。
オットーがいてくれたから引いたのではない。あの時前に出るか一瞬悩んだ俺を、フィリスとセルフィが止めてくれた。
前に出るか悩んだこと、他人に注意されて後ろに下った事。どちらも正しいが、同時に剣士としてはどうなのだろうか。
判断としては正しいと思う。だが他人に一瞬でも気を取られてしまう心境は、剣が鈍っていることを意味している。
例えば神速を使う、手が拘束されていても足による剣技を使うなど、やり方はあった。
もしも同じ状況に立たされたら、今度は迷わずに戦えるだろうか……この気の迷いが、実戦に影響しないことを願うしかない。
<続く>
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