とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十九話
案の定フィリスがパニックになったので、シルバーレイが面倒臭そうな顔で説明してくれた。
日本に建てた急拵えのアジトの割には、フィリスのいる医務室は海鳴大学病院の研究棟のように立派な資材が揃っていた。
HGSやクローン研究と聞いて怪しげな研究施設を想像していたが、どちらかといえば医務室のような内装だった。
クローンを研究する上で、人体の診断や分析は必要不可欠であるらしい。研究員のフィリスが狙われる理由も分かる気がした。
「つまり良介さんは、私やシェリーを救出する為に人質交換を申し出たと言うんですか!?」
「わざわざ自分から一人、単独でマフィアに交渉を申し出たんです。良かったですねー、オリジナル」
「……っ」
「良かった筈なのにすげえ睨んでいるんですけど、この人」
何で私なんかのためにそんな無茶をしたのか、と安堵よりも悲しみを込めた目で俺を見つめるフィリス。
立派な研究員の割に、子供のように素直な感情をフィリスは見せてくれる。それほど純真で優しい女性なのだ。
別に恩に着せるつもりはないし、感謝されたくてこんな事をした訳ではないのだが、だったら何でこんな事をしたのか動機を問われると悩む。
恩返ししたくてやったと言っても、納得しないだろうからなこいつ。
「どのみち俺も狙われていたんだ、安全圏ではいられなかったよ」
「だからといってわざわざ危険な真似をして乗り込んでくるなんて!」
「お前だってどうせ、こいつの事が心配で降伏したんだろう」
「うっ、それは……」
痴話喧嘩してやがるぜ、と高みの見物決め込んでいたシルバーレイを指差すと、フィリスは露骨に黙り込む。
事情は既に察しているので今更でしかなかったのだが、やはりこいつ無条件降伏しやがったらしい。何考えてんだ。
助かる見込みもないのに人助けしようとするなんて、自殺行為だ。それでも、組織の言いなりになっていた自分のクローンを見捨てられなかったのだろう。
お互いに言い分があるだけに気まずい空気になっていたが、
「まあ、いいじゃないか。フィリスだってリョウスケが来てくれてすごく嬉しかったでしょう」
「それはそうですし、感謝だってしていますけど、リョウスケさんだから不安でもあるんです」
「それはすごく分かる。助けに来てくれたと思ったら、捕まっているし」
「ハリウッド映画みたいな救出アクションができるか!」
セルフィが若干揶揄するような感じで言うと、フィリスも涙を滲ませて笑って頷いた。こいつ、そういうところは素直なんだよな。
救助される見込みも立たずにマフィアの言いなりになるのは、フィリス本人だってとても不安だったはずだ。
セルフィのように捕まった訳では無いにしろ、望んで誘拐された筈がない。どうすればいいのか悩み苦しんで、シルバーレイを助けることに集中していた。
俺が無茶したことには怒りつつも、助けに来てくれたのは嬉しいのだと二人は安堵した様子で微笑み合っている。
「外の状況はどうなっているんですか。シェリーが捕まったのなら、フィアッセやリスティも――」
「今のところ、そっちは無事だ。フィアッセは俺達が護衛しているし、リスティはお前の件で最大限の警戒をしている。
警察も動いているし、さざなみ寮も防衛しているから心配するな」
――マフィア達が襲撃を仕掛けようとしている件は黙っておいた。
ここで話していても埒が明かないし、どうしようもない。余計な心配をかけるだけなので、平気な顔をしておく。
シルバーレイが余計なことを言い出さないか心配だったが、本人はリスティ達のことはどうでもいいのかケロッとした顔をしている。
ものすごい他人事だけど、逆の立場なら同じ顔をしていると思うので文句は言わないでおいた。
「それと後でごちゃごちゃ言われるのは嫌なので今のうちに言っておきますけど、アタシはもうシルバーレイとして生きるんで」
「シルバーレイ――その名前はもしかして」
「貴女がフィリスと呼ばれているのと同じです。この人がお節介焼いたんで観念しました」
組織の目があるかもしれないので、シルバーレイは自分の名前を名乗るに留める。それだけでフィリスには伝わったようだ。
フィリスにとって最大の懸念だった、自分のクローン体の出生。マフィアの言いなりになっている人間兵士を説得するべく、彼女は乗り込んだ。
その前提があるからこそ成り立っている、会話。シルバーレイという個人で生きていると暗に告げて、
チャイニーズマフィアを裏切って俺の味方になっているのだと、シルバーレイは自分の名前一つで理解させた。
「それを聞いて心から安心しました。さすが良介さんですね!」
「そうかな、結構チョロいやつだったけど」
「本人を目の前にして言わないでくれます!? せめて健気な女と言ってください!」
心の底から安堵した顔で、頬を朱に染めて俺を称賛するフィリス。俺は何でもないことのように言うと、シルバーレイは露骨に怒った。
シルバーレイに梯子を外されると相当やばいのだが、裏切る様子は微塵もないのでこういう軽口も叩ける。
信頼していると言うより、ここまで来たら信じるしかないと言ったほうがいいか。
裏切られたら終わりなのだ、せめてシルバーレイには本音で話した方がいい。
"お父さん、ごめん。遅くなった"
"待っていたぞ、状況はどうだ"
今話題となっているクローン、俺の遺伝子で作られた子供であるオットーが連絡を取ってきた。
固有武装のジャケットで姿を隠している我が子は、父親の俺でも気配も何も全く感じない。これならマフィア側にもバレないだろう。
それにしても異世界の技術というのはすごいものだ。透明人間になれる服があるなんて、まさに未来的とでも言うべきか。
待ち望んでいた一報に、俺は悟られないように唇だけで話しかける。
"準備は全て出来てる。逃走経路は確保、殲滅部隊も準備完了。根回しも万全だから、ここで何が起きても治外法権だよ"
"待て、ツッコミどころが結構あるぞ。『殲滅』部隊ってどういうことだ"
"お父さんを危険な目にあわせたんだから当然だよね"
"何がだ!? 後根回しってどこまでやったんだ!"
"大人の世界って汚いんだね、僕驚いたよ"
"我が子になんてものを見せるんだ、アイツラ!"
マフィアに同情なんぞしないし、滅んでほしいとは思っているが、ここは日本である。万引きでも警察が呼ばれる平和な国である。
そんな国で殲滅なんぞやったら大変なことになるはずなのだが、こちらは平然とした顔で部隊まで揃えている。
助かったという安堵よりも、これから始まるカーニバルでむしろ戦慄している。
俺まで激しく巻き込まれそうな気がするんだが、大丈夫だろうか。
"唯一の懸念は人質だったけど、さすがお父さんだね。全員救い出せるなんてなかなか出来ることじゃないよ"
"シルバーレイのおかげなんだけど、なんだかあまり苦労した気がしない"
"では全員揃ってるし、作戦を開始するね"
「作戦を開始する!? えっ、今から!?」
「えっ、作戦ってどうことですか良介さん!?」
あ、しまった。うっかり声に出してしまった。
だが流石に俺を責められないだろう。俺の味方であるはずのカレン達は、俺に何の告知もなく殲滅作戦を結構するつもりなのだから。
シルバーレイが目を見開いて俺を問い質してくるが、
"3,2、1"
"おい、カウントはもっと秒を刻んで――"
俺が文句をいうよりも早く。
アジトに、凄まじい轟音が響き渡った。
<続く>
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