とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十七話
誘拐された事を知った時は心配したけど、本人は元気そうだった。
セルフィ・アルバレット、ニューヨーク市消防局で災害救助に従事する女。自ら進んで危険な任務につき、人助けに勤しむ変わった人間である。
彼女が災害現場ドキュメンタリー番組に出演していた事がきっかけで、当時入院していた俺がフィリスに何故か勧められてファンレターを書かされて繋がりが出来た。
テレビに出演する海外の有名人が日本人の俺を相手にするはずがないと高を括っていたが、蓋を開けてみればフィリスの身内だったというオチだった。
「じゃあ意味も分からず、問答無用で攫われたのか」
「現場で活動していたら爆発が起きて、そのまま……次に目が覚めたら、怪我の治療を簡単にされた上で拘束されていたんだよ。
目隠しに猿轡までされて、私は攫われたんだと気付いたんだけど、状況も分からないからどうしようもなくて」
「力は使わないように、脅されたと」
「抵抗すれば自分だけではなく大切な人達の保証は出来ないとか言われたら、何にも出来なかった――って、え!?
その顔に容姿、もしかして君……」
「貴女と同じLCシリーズですが、アタシにはシルバーレイという立派な名前があるのでお間違えないように」
今更気づいたかのようにフィリスのクローン体に驚くセルフィに、何故か胸を張ってシルバーレイが自分の名前を名乗っている。お前、それほんの数時間前に俺がつけただろうが。
俺達が閉じ込められている部屋は薄暗くて妙に広い部屋、湾岸区にあるアジトと聞いているので恐らく倉庫の類だろう。
見張りはない(正確に言えばシルバーレイが見張っている体裁)が、監視カメラはつけられているらしい。ちなみにそっちはシルバーレイの超能力で、カメラの向こう側に声は聞き取りづらくしてくれている。
問答無用で連れ去られたセルフィは事情が飲み込めていない様子だったが、シルバーレイの存在で顔を険しくする。
「そうではないかと思ってたけど、やはり組織が私を連れ去ったんだね。まさかフィリスやリスティ達も!?」
「そうですねー、少なくともLC-23は組織が確保していますよ」
「フィリスをそんな風に呼ぶのはやめて!」
「はいはーい、これでもきちんと区別はしてあげているんですよ」
話の流れから察するに、セルフィ・アルバレットもフィリスやリスティと似た境遇らしい。HGS患者なのは知っていたし、想像くらいは余裕でできるけれど。
組織の存在が明るみになった瞬間、セルフィは苦々しく美貌を歪めてシルバーレイを睨む。シルバーレイ本人はどこ吹く風で肩をすくめていた。
こいつ、フィリスというオリジナルの仮面を脱いだら、個性豊かな小悪魔女になりやがったな。
元来の性格なのか、シルバーレイという名前を与えられて明確な自我が生まれたのか定かではないが。
「私達は絶対貴方達の言うことになんか従わない。すぐに解放して!」
「そんな封に脅されてハイそうですか、と組織が解放するとでも思うんですか」
「君だって利用されているだけなんだ! 君も一緒に逃げて、人間らしい生活を始めようよ。
私達の味方になってくれたら、君の今後の生活は保証できるし、高機能性遺伝子障害だって研究が進んで日常を過ごせるようになっているんだ!」
「残念ですけど、アタシはもうお誘い頂いているんでノーサンキューですね」
「組織に重用されたって、君に未来なんてない! あいつらは私達を兵器としてしか見ていないよ!」
「そんなの分かっていますよ、アタシのことを馬鹿だと思っていんですか」
「じゃあなんで組織に協力なんか……!」
「何かさっきから熱くなってますけどアタシ、この人と契約してるんで」
「へっ……?」
組織の事情を知ってヒートアップしていたセルフィだが、ようやく思い当たったようにこちらを向いた。今更かよ。
「そういえばリョウスケ、君も捕まったと言ってたけど何で?」
「フッ、何を隠そう世間を賑わせている"サムライ"は俺だ」
「えっ、あれリョウスケなの!?」
「なんでお前まで知っているんだ!?」
冗談でサムライの名前を言ってみたら、思いっきり食いついてきた。何で災害救助隊員が、テロ組織を斬りまくっている存在を知っているんだよ。
しかも俺がやったことではないのに、夜の一族共のせいで無用に祭り上げられている。
おかげで世界にはびこる悪の組織を成敗するサムライとして、まことしやかに噂されている始末だ。俺がやりたくてやった訳じゃないのに。
セルフィに話を聞いたら、ニューヨークで特殊救助任務についていてその名が取り沙汰されたらしい。ドイツで国際的なテロ事件が起きて主要各国にも波及しているようだ。迷惑な話である。
「じゃあもしかして、組織の恨みをかって連れ攫われたのかな」
「いえ、貴女やオリジナルが攫われたことを知った彼が人質交換を申し出たんですよ。どうしても貴方達を助けたいと、テロ組織に無茶な交渉までして」
「えっ――」
セルフィが絶句する。おい、何故わざわざ美談にしようとするのか。作戦の一環だとお前には説明しただろうが!
やばい、フォローを入れないと俺に感謝するよりも、まずテロ組織に無謀な交渉をした俺に腹を立てるだろう。
こういう連中は他人には犠牲を強いることを望まない分際で、自己犠牲には長けた奴らだ。
自分達のために命をかけたことを喜ぶよりも、自分のために命をかけたことを怒ってくれる優しい女達なのだ。
「見張られた状況で大っぴらに話せないけど、無謀な賭けに出たわけじゃない。それは信じてくれ」
「つまり考えこそあれど、私達を助けるためにこんな事をしたんだね」
「何かそう言われると、否定したくなる」
「何で!? もう、本当に……やっぱり、リョウスケはフィリスの言う通り優しい人なんだね」
「あいつにかかれば、この世に悪人なんかいなくなるだろう」
「あはは、言えてる」
セルフィは馬鹿話に笑いながらも、俺に向けるその眼差しに涙を滲ませる。その目には安心と、確かな信頼があった。
うーん、別に立派な動機があってこんな真似をした訳じゃないんだけど、理由を口にするのは難しかった。
助けたいという気持ちは確かに立派だとは思うが、俺がそう思ったのは先に優しさを向けられたからだ。
フィリスやセルフィが優しい女性だから助けようと思ったのであって、自分から率先して優しく出来たのではない。助けるだけの価値があるのだ、この二人には。
「シルバーレイもリョウスケのおかげで、組織から足を洗う気になったんだね」
「ふふふ、良介さんは女を誑かせる悪い人ですから」
「お前がちょろすぎるだけだろ」
「チョロいとか言わないでくれます!?」
とりあえず口にこそ出せないが、セルフィは状況を飲み込んでくれた様子だった。無駄に抵抗せずに、大人しく助けを待っていてくれるらしい。
変に馴れ合っていると不審がるので、シルバーレイは見張りという体裁は保ってくれていた。時折部屋を出て、組織の連中に状況を伝えている。
拘束は解かれていないので不自由ではあるが、不便というほどでもない。とっ捕まったまましばらく大人しくしていると――
シルバーレイがやや焦った様子で、飛び込んできた。
「雲行きが怪しくなってきました」
「どうしたんだ」
「第一目標だった良介さんを捕まえたことで、組織が浮足立っています。
大胆な作戦行動が提案されているようで、もしかすると今晩にでもあの町で作戦行動が行われるかもしれません」
「なんだと!?」
そうか、しまった。そういう考え方もできるのか。
連中にとって最大の難所だった俺の存在を確保し、HGS患者も捕まえることが出来た。
十分な成果が出たと判断した組織は慎重に行動する必要もなくなり、思い切った作戦行動にも出れる。
成果が出ればめっけもん、駄目だったとしても俺達を捕まえられただけでも良しとする――そういう心理だ。
ぐっ……救援が間に合うのか。
<続く>
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