とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十六話
俺の潜入作戦で皆が最も危惧していたのは、俺に危害が加えられることだった。
チャイニーズマフィアは言うまでもなく俺を憎んでおり、この世の誰を差し置いても俺を八つ裂きにしたい筈だった。
そのほぼ全てが逆恨みなのだが、連中に道理や道徳を叫んでも無意味である。かつて裏社会に君臨していた組織を壊滅の危機に追いやった主原因に報復することが全てである。
だからこそ捕まえればどんな危害を加えられるのか分かったものではなかったのだが――結果として、杞憂に終わった。
「単独行動に出たと聞いたが、確かなのか。この男がわざわざ無防備に人質交換を申し出るとは到底思えんが」
「LC-23とLC-27がそれほど大切なんでしょう。こっちだって馬鹿じゃないです、ちゃーんと警戒しましたけど本当に一人でのこのこ接触してきましたよ」
「ふん、サムライを名乗る割に平和ボケした男だな。典型的な日本人だ」
チャイニーズマフィアの連中だから中国語でも話すのかと思いきや、思いっきり日本語でシルバーレイと何やら語っている。フィリスのクローンは外国語が苦手なのだろうか。
俺は今ボックスカーで運ばれているが、シルバーレイがガッチリ俺を囲んで連中の干渉を封じてくれている。手柄の証と言わんばかりに、手出し不要としてくれていた。
会話を聞く限り、俺の未来はこのままだとお先真っ暗な様子で、情けをかけてくれる様子はまったくなかった。その点は別に期待していないが、拷問とかされないだけマシだった。
車の中には他にも何人かいるようだが、そいつらは英語で何か話している。俺も外国の女共に半ば強制的に学習させられて、英語の会話や読み書きくらいは何とか出来るようになっている。アイツラ、鬼だった。
『――第一目標はこの男と聞いているが、"LC-20"はどうするつもりだ』
『この男の話を聞いて思いついた。人質交換といこうじゃないか』
『なるほど、釣り針がデカければ食いついてくれるという事か。合理的だな』
『おいおい、つまんねえな。せっかく今晩、日本人のお好みの花火をど派手に打ち上げてやろうとしたのに』
『いや、その作戦は実行する。餌場を燃やせば、飛び出してくるだろう』
――なんだ? 何をするつもりなんだ、こいつら。
LC-23はフィリス、LC-27はシェリー。
製造番号的にあいつらより前に製造されたクローンといえば――
"LC-20はリスティ・槙原の事ですよ、良介さん"
(なにいいいいいいいいい、あいつを襲うつもりか!)
頭の中に響いてきたシルバーレイの声、HSGのテレパシー能力か。耳打ちよりもダイレクトに聞こえてきた忠告に、度肝を抜かれる。
HGS患者を狙われて以上、あいつも標的なのは明らかだったが、やはりこのまま見逃すつもりはないようだ。
花火がどうとか言っているが、テロ組織らしく爆破でもするつもりなのか。思いっきり気になるが、今のところどうしようもない。
あいつはさざなみ寮を守るべく、捜査と警備を兼任している。何か対策を練っていると信じたい。
『着いたよ、父さん。湾岸沿いの倉庫街、住宅街から離れているから人目につきづらいね。
座標も確認できたから、ディード達に送信する。救援部隊が派遣されるからもう少し耐えてね、父さん』
ステルスジャケットを装備したオットーが知らせてくれた。湾岸沿いということは、海鳴りの地形を生かしてアジトに潜伏しているのか。大胆な真似をするな。
下手をすると夜の一族の警戒網に引っかかってしまうが、海鳴と隣接しているからこそフィリス達を速やかに誘拐できたのだと言える。
多分目標をダッシュできれば、すぐに撤退する腹づもりなのだろう。短期戦を仕掛けてきたと言うより、テロリズムらしく火種をばらまいて逃げるつもりなのだ。
俺は車から降ろされて、乱暴に運ばれる。ここでも身体中弄られて、発信機や武装類をチェックされた。何か見つかれば流石に殺されていただろう、その点はカレン達に注意されていたから俺は寸鉄一つ帯びていない。
「私は本国に報告し、指示を仰ぐ。その男は絶対に逃がすな、逆さ釣りにでもしておけ」
「死んじゃうじゃないですか。LC-27も護送してきたんでしょう、面倒だから一緒に放り込んでおきますね」
「おい、待て――何故わざわざ会わせようとする」
剣呑とした雰囲気を帯びる。一種即発に等しい空気に、拘束された状態の俺の肌もヒリついた。
俺としてはコイツラが仲間割れしてくれる分には大歓迎だが、まがりなりにも俺の味方をしてくれているシルバーレイに危害を加えられるのは少し心が痛む。
こいつは約束通り、俺とフィリス達をあわせようとしてくれている。現状見る限り、俺を裏切る気配はまったくなかった。
この状況。俺を裏切るのか、庇うのか――
「アタシはこれからメンテナンスなので、連れて行くだけです。他になにか理由でも?」
「連れて行く必要はないと言っている」
「ははーん、さてはアタシからこの男を奪い取るつもりなんですね。ちゃっかり自分の手柄にしようと」
「なっ――」
「この男はアタシが捕まえてきたんです、絶対渡しませんよ。何でしたら実力行使にでも出ますか。
このアジト、消耗品が腐るほどあるんですけど、アタシの能力で暴走されちゃいましょうかね」
「クローンの分際で逆らうつもりか、欠陥品として処分してやるぞ!」
「ばーか、この男を捕まえた時点でアタシの有能さは証明されているんです。
組織を壊滅に追いやった張本人を生きたまま捕まえたんですよ。他に出来た人が、誰かいるんですか。
この男を無傷で取られる能力を持ったアタシを欠陥品として処分すれば、本国はどういう顔をするでしょうね」
「ぐっ……」
こいつ、性格悪いぞ。
フィリスのクローン体、初対面はもう少し優しげな雰囲気があったのに、今ではすっかり意地悪な少女になってしまっている。
そういえばローゼの奴も初対面は愛想のない奴だったのに、名前を与えてうどん食わせたらアホなわんこになったな。
クローンなんだからオリジナルと同一という訳ではない。コイツラの場合それは能力面の違いと見ているようだが、ひょっとすると人間性そのものも違うのではないだろうか。
遺伝子を与えられたと言うだけで、別人として見るべきなのだろう。とはいえ――
「どういう心境の変化だ。今朝までは組織に言いなりだったというのに」
「出世すれば変わる。人間と同じですよ」
「ふん、クローンのくせに人間面をするな。さっさとそいつを連れて行け!」
何とか事なきを得て、俺はシルバーレイに連れられていった。組織の連中は本国と連絡を取って、俺の処分を仰ぐつもりらしい。
そうなると時間の戦いになる。どう転んでもチャイニーズマフィアの連中が俺を厚遇するはずはない、生かすのだとしても生き地獄が待っているだろう。
マフィアが俺を処分するのが先か、救援部隊が来るのか先か。何れにしても俺の出来ることは全て済ませた、あとは天命を待つばかりだ。
そのまま何処かへ連れられると、シルバーレイは手以外の拘束を解いてくれた。
「良介さんには悪いですけど、見つかると言い訳できないので手の拘束だけはそのままにさせてください」
「いや、十分だ。ありがとう、助けられたな」
「礼は別にいいので、約束は守ってくださいよ。ここまでやったからには引き返せないので」
「分かってる。段取りはもうつけてるから、後は大人しくしておくよ」
「通信機器もないのにどうやって連絡取ったのか、後で教えて下さいね――さあ、この部屋です」
薄暗い建物の中を連れ回せた先に、一つの部屋があった。
シルバーレイに促されて、俺は警戒しつつ中に入る。
すると――
「このっ……一体私をどうするつもり――えっ」
「シェリー!? お前、無事か!」
「リョウ、スケ……嘘、えっ……」
「というかお前、作業服着たまま攫われたの――うわっ!?」
「リョウスケ、助けに来てくれたんだね!」
LC-27、セルフィ・アルバレット。
現場で災害救助活動していたのだろうか、なんか色々汚れた作業着を着た女が俺の顔を見るなり抱きついてきた。
手を拘束されている俺は抵抗する術がなく、容赦なく抱きつかれる。ロマンもなにもあったものじゃない。
とりあえず必死で引き剥がして、俺はきちんと訂正してやった。
「残念だったな、俺も容赦なく捕まった」
「えー!? 台無しすぎるよ!」
<続く>
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