とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十三話
人目を忍ぶ場所として選んだのは、海だった。
海外線に面する位置にある自然公園で、朝早くだと人目は少ない。スポーツマンのジョギングや老人の散歩コースからも外れており、邪魔する者はいない。
駅からもやや遠い為、サラリーマンが出勤する時間帯からも外れている。朝から海を見ようとする奇特な人間でも居ない限り、公園内に誰か来ることはないだろう。
海外線に沿っているので公園は広いため、歩きながら話せるのも利点だった。一箇所で門前合わせるよりも自然で、不審にも思われない。
「アタシに話というのはなんですか、良介さん。そもそも護衛を連れていないようですけど」
「そういうのも超能力で分かったりするのか」
「フフン、良介さんだからお話しますけど、アタシにはテレパシー能力があるんです」
結構意外に思われるかも知れないが、剣士にもテレパシーの概念がある。
御神美沙都資料から知識として学んだ事だが、テレパシーとは人の意志や感情が言語や表情、身振りなどによらずに直接他の人に伝達される能力を意味する。
剣士の概念でいうと「思念伝達」と呼ばれるもので、対戦相手の敵意や殺意が感覚的に伝わってくる。俺もまだそこまでの領域には達していないが、御神美沙都師匠くらいになると一種の予知が出来るらしい。
先読みを超えた到達点であり、俺のような未熟者からすれば圧倒されるばかりである。
「読心とまではいきませんけど、精神感応くらいは出来るんです。
ただトライウィングスを発動させる必要があるので、人前で披露することは出来ません。
良介さんと接触する前にトライウィングスを展開して、周囲を探ったんです。それで良介さんが単独行動している事が分かりました」
なるほど、人の気配を探ったのではなく人の精神を感応させて誰が居ないか探ったのか。
トライウィングス、HG感染者が展開する光の羽。フィリスやリスティも展開することが可能で、この羽をもって超能力を開花できる。
かつてリスティと誤解が生じて戦いが起きた際も、あいつは光の羽を展開して超能力を駆使していた。まさかこんなことまで出来るとは恐るべきである。
しかしそうなると、厄介な問題が起きるはずで――
『大丈夫だよ、お父さん。僕の存在は見破られていない。
僕の固有武装「ステルスジャケット」は、魔法によるサーチからも逃れる事のできる外装衣なんだ。
テレパシーという超能力であろうとも、精神感応の類であれば辿れない仕様となっている』
戦闘機人の一人であり俺の子供であるオットーは前線指揮や後方支援といった役割を担っており、広域攻撃だけではなく結界能力も有している。
この子がジェイル博士より与えられたステルスジャケットはオットーの固有武装で、ズボンと上着に偽装されている。
能力については名の通りストレス機能を持っており、今も俺の護衛としてステルス状態になって尾行している。一瞬ヒヤリとしたが、シルバーレイはオットーに気付いていないようだ。
後で聞いた話では念話対策であるらしく、念話も辿れないのであればテレパシーも追えないという理屈であるらしい。科学と魔法を混在した超理論だった。
「敢えてお前を信用し胸襟を開いて話そう、シルバーレイ。フィリス・矢沢とセルフィ・アルバレットを誘拐したのは、お前が所属する組織だな」
「アタシには何のことだか――と言いたいですが、良介さんはアタシをシルバーレイとして聞いてくれているんですよね。
でしたら、正直に話すしかないですね。
フィリス・矢沢と、セルフィ・アルバレット。"LC-23"と"LC-27”はこちらで確保していますよ」
番号で呼ばれて一瞬苛ついたが、すぐに耐える。逆上しても仕方がないし、何よりもシルバーレイがつまらなさそうな顔をしていたからだ。
恐らくチャイニーズマフィアの間では、当然のようにHSG患者を番号として呼んでいるのだろう。人間扱いしていないやり方に思うところがあるが、憤りを感じるほどではない。
他人なんてどうでもいいと昔は俺もそう思っていたし、今だって赤の他人にまで優しくするほどの義理人情はない。フィリスとシェリーの事だから感情的になっているだけだ。
もうほぼ確定事項だったが、これで二人がマフィア達に誘拐されていることは明らかとなった。
「二人は無事なんだろうな」
「LC-23は尋問中、LC-27は護送中ですよ」
「護送……?」
「何でだか知らないですけど、ニューヨーク市消防局がアメリカ当局の支援を受けて猛烈な勢いで捜査しているんですよ。
想定を遥かに超えた機敏な動きに焦って、組織が日本へ急いで運び出したんです。
昨日の今日であんなに狂ったように捜査に躍起にされたんじゃたまったものではないと、組織も慌ただしくなってます」
シルバーレイは首を傾げているが、俺は理由を知っている。アメリカは夜の一族の一人カレン・ウィリアムズの縄張りであり、あいつが昨日大いに怒っていたのだ。
セルフィ・アルバレットの安否を気遣っているのではなく、自分の足元でチャイニーズマフィアが暗躍していたことが我慢ならないのだろう。
カレンのプライドを刺激したマフィアには同情すら覚える。カレンの逆鱗に触れて焦ったマフィアは大慌てで、アメリカから運び出したのだろう。
さすがに自分の縄張りであるアジアに運び込む訳にはいかず、フィリスを確保している日本の拠点へ運び出したという事か。
「フィリスを尋問しているという話だが、拷問とかであいつを傷つけたりしていないだろうな」
「良介さんにはバレているので言いますけど、LC-23はアタシのクローン元なんですよ。
あの人はアタシの存在を確立する為に必要なので、アタシのメンテナンスに協力してもらっています」
「メンテナンスって何をさせているんだ」
「これです」
シルバーレイは利き腕を差し出して、手元を見せる――彼女の手首には赤い液体が入ったリストバンドが接続されている。
血のように赤い液体が波立っており、点滴のようにシルバーレイに接続されているバンド。
これがフィリスを攫った理由だとでも言うのか。
「血統因子と呼ばれるもので、LC-23の血液を注入してHGS患者の特性を引き出しているんです。
クローン体であれば効き目は顕著で、オリジナルよりも強い超能力が覚醒するんですよ。
このアタシの力、良介さんが先日体験されたでしょう」
「! お、オリジナルであるフィリスの血液を取り込めば、クローン体の超能力が活性化するのか!?」
どういう仕組なのか剣士の俺には全然理解できないが、類似例は思い当たる――夜の一族だ。
俺の利き腕は過去治療不可能なまでに破壊されたのだが、月村忍やカレン達の血によって活性化して元通りになった。
血の力は人類が思うよりも強く、それでいて謎が多い。HGSとクローンの特性に思い当たったチャイニーズマフィアは極秘に研究を進めたようだ。
それで誕生したのが、血統因子。HGSとクローン体の特性を利用して、超能力を覚醒させる。
「拷問なんてとんでもないですよ。LC-23の知識と血液がアタシには必要なんです。
このアタシを完全体にしてもらうには、まだまだ働いてもらわなければなりません」
「研究員として利用しているのか……」
チャイニーズマフィアとシルバーレイは利用しているつもりなのだろうが、多分フィリスの本当の目的はシルバーレイの保護だ。
完全体とか言っていたが、多分シルバーレイ自身はまだ未完成なのだろう。精神的にもまだ不安定だし、素人の俺から見ても危なっかしい奴だ。
自分のクローン体であるからこそ、過去の自分と重ねて同情しているのだろう。メンテナンスに協力するのだって、あいつとしては多分診断のつもりなのだ。
どこまでいっても医者としての義務を全うするフィリスに、頭を抱えたくなった。あのお人好し、どうかしている。
「二人が無事なのはわかった。だったら、提案がある」
「何ですか?」
「二人を開放してくれ。その代わり、俺は大人しく捕まろう」
「……それって良介さんが二人のかわりに犠牲になるということですか」
「そうだ」
「駄目に決まっているじゃないですか」
「えっ!?」
俺の華麗な囮作戦を、全く悩まずに否定しやがるマフィアの工作員。
おいコラ、このまますごすご引き下がったら、俺の作戦を馬鹿にしていた女どもがそら見たことかと大笑いするだろう。
俺は焦って理由を問い質すと、
「良介さん、思いっきりこれ以上ないほどに恨みを買っているんですよ。
このままノコノコ捕まったら、この世のものとは思えないほどの生き地獄を味わった後に殺されちゃいますよ」
「そ、それでもフィリスとシェリーが無事であれば、俺は……!」
「怪しい」
「な、何が……?」
「LC-23の血統因子を注入すると、本人の経験や記憶もある程度継承されるんです。
LC-23の中の良介さんが確かに優しい男性ではありますけど、そんな殊勝なことを言い出すような人じゃない。
むしろマフィアを壊滅させてでも助け出すという人です。絶対に、他人のために犠牲になる人ではありません」
「うぐぐ……」
「良介さんが考えそうな馬鹿な作戦――となると、あれかな。
アタシを何とかだまくらかしてアジトまで案内させて、LC-23とLC-27を救出しようという見え透いた魂胆じゃないですか」
フィリスの血統因子は本人の記憶や経験まで継承するだと!?
やばい、あいつの記憶や経験が継承されるなら、俺という人間がどういう奴なのか伝わっているということだ。
全部ではないにしろ、俺の華麗な潜入作戦が完全に見破られていて、俺はひっくり返りそうになった。
くっ、どうする。あいつらが無事なのはわかったが、どうやってこいつをアジトまで連れて行かせればいいんだ……
<続く>
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