とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十二話




 ――改めて見ると、この女は本当にフィリスに似ていた。


白衣を着た、小柄な銀髪の女性。優しくて柔和な笑顔がよく似合う、多くの患者に慕われるお医者様。

フィリスの特徴をよく引き継がれており、少なくとも一目見た感じでは違いには気づけない美しい容姿だった。


ただ一年間付き合っていた俺からすれば、それとなく違いは見いだせる。双子の姉妹というイメージが的確だろうか。


「昨日はごめんなさい、良介さん。あの後用事を思い出して」

「予想外の事故に焦って逃げるというのはひき逃げ犯の特徴らしいぞ」

「ひ、酷いです、良介さん! せっかく謝りに来たのに……」


 言い訳を並べようとしていたクローン女に言ってやると、焦った様子で言葉を並べてきた。うーむ、悪事を感じなかったというディアーチェ達の弁は本当らしいな。

クローン人間だから本人そのものという事実はない。この女は悪人ではないらしいが、だからといってフィリスのような善人ぶりを期待するのは酷だろう。

少なくともHGS患者としての特性、超能力の強さはこの女の方が上だ。俺を付け狙っているという点についても、チャイニーズマフィアとの関係を考えれば警戒しなければならない。


朝焼けに滲んだ景色の中で、俺達は対峙する。


「それで結局、お前は誰なんだ」

「フィリスですよ。貴方のよく知る、フィリス・矢沢です。忘れちゃったのですか、良介さん」

「本当のことを話す気がないのなら、こっちにも考えがあるぞ」

「へえ、何をするつもりですか。この間合いなら貴方の剣より、私の力のほうが速いですよ」


「フィリスが無限欠勤している理由は、男との逢引だと噂してやる」

「根も葉もなさすぎません!?」


 クックックと嫌らしく言ってやると、実に嫌そうな顔をしてクローン女は絶句する。

こいつはあくまでフィリスを名乗る女なだけなので、本人にはノーダメージのはずだが、自称している以上無関係ではない。

他人を騙るデメリットはこの点にある。本人の評判を奪い取れるが、悪評まで吸収してしまうのだ。


本人なら責任を幾らでも負えるが、自称しているとなると無駄なダメージを被ってしまう。


「もう……フフフ」

「何だよ、気持ち悪い」

「女性に向かって気持ち悪いなんて言ってはいけませんよ、良介さん。でも、フフフ……何だかとても心地良いです。
やはり貴方に会いに来て正解でした。これからも仲良くしていきましょうね、良介さん」


 本人じゃないくせに何を言ってやがるんだ、こいつ。俺との他愛ないやり取りが本当に嬉しそうで、面食らってしまった。

既視感が芽生えて一瞬首をひねったが、すぐに気がついた。こいつ、外見がフィリスだが、内面はむしろあいつに似ている。


――ローゼ。ジェイル・スカリエッティが製造した最新型の自動人形、のほほんといきているアホ女。


世界会議の時、あいつはジェイルの研究所を脱走して何故か俺に会いに来た。当時俺はこいつの事を知らなかったので、適当に相手してやったら何故か懐いた。

紆余曲折あって世界会議でテロ事件が起きた際は、あいつが味方してくれて危機を乗り越えることが出来た。その後も俺についてきて、今ではエルトリアという惑星開拓に頑張っている。


当時のあいつと今のこいつが重なって、我ながらどうかと思うが一瞬警戒を解いてしまった。


「お前がフィリスじゃないのは分かっている」

「何を言っているんですか、この一年間の貴方と私の思い出が――」


「俺は、お前という女と話がしたい」

「……」


 フィリスという俺の友人を話がしたいのではない、目の前にいるフィリスを名乗る女と話がしたいのだと告げる。

何故フィリスを名乗っているのか知らないが、こいつがフィリスという存在にアイデンティティを持っているのだろう。

言い換えると他人を語らないといけないほどに、こいつは自分がないのではないだろうか。


あの時、名前もなかった自動人形のように。


「……どうしてそんな事を言うんですか。この一年間、親しくしていたじゃないですか」

「単純に俺を騙すつもりならともかく、お前は俺と関係を持ちたいんじゃないのか」

「……」


「お前はフィリスのクローンであって、フィリスじゃない。遺伝子こそ継いでいても、赤の他人じゃないか。
一応言っておくけど、フィリス本人とだってお前が思うほど円満な関係じゃなかったぞ。この一年、医者と患者という関係から色々ぶつかりあったんだ。

実は結構面倒くさい関係で、少なくともお前が騙るほど上等じゃないんだ。お前はお前で、俺と一から関係を作ればいいじゃないか」


 フィリスじゃないから敵だという考え方は、正直今の今まであった。その考え方を一旦忘れられたのは、深くにもあのアホのローゼのおかげだった。

俺も迂闊だった。ディアーチェや妹さん達が言ってくれていたじゃないか。少なくとも、こいつからは悪意は感じられなかったと。

マフィアの刺客であることは多分間違いないだろうが、少なくともこいつは俺に危害を加えようとはしていない。


ま、まあ、超能力で色々されたけど……今になって考えると、発想は子供のイタズラに近しい。力が強大だから厄介に思えただけだ。


「じゃあ、改めて――お前は知っているようだが、俺は宮本良介だ。フィリスじゃない、お前自身の名前を教えてくれ」

「……ない」

「えっ……?」


「名前なんて、"アタシ"にはないです。組織からはコードで呼ばれていたけど、言いたくないです」


 口調が若干砕けて、一人称も変化した。初対面で俺に勘ぐられて、フィリスの口調を必死で練習でもしたのだろう。

所在なげにフィリスのクローンは自嘲気味に呟いた。マフィアの間ではコードネームどころか、番号で呼ばれていたようだ。

チャイニーズマフィアからすれば、HGS患者はあくまで人型兵器に過ぎないのだろう。戦力を求めているのであって、個人なんて必要とはされない。


嫌悪も忌避感も沸かなかった、マフィアなんぞに良心なんぞ期待しない。こいつに同情も憐憫も沸かなかった、初対面の女に優しさなんぞ感じない。


「仕方ない、じゃあ適当に呼ぶか。えーと、ローゼは確か0(ゼロ)の逆さ読みでつけたから」

「えっ――」


「銀髪の名も無い零の人間だから――"シルバーレイ"でいいか」

「! シルバーレイ……アタシの、名前……」


「色々脱線してしまったけど、俺からもお前に話がある。二人で話せる場所へ行こう、シルバーレイ」

「は、はい……」


 適当につけただけなので怒るかと思ったが、シルバーレイは大人しくついてきた。

嬉しそうな、困惑したような、右往左往している様子。名前に大した意味もないのだが、まあ距離感を詰められるのであればそれでいい。


何としてもこいつにフィリスのもとまで案内させなければならない、俺の囮作戦はここからだった。













<続く>








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