とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 三十一話
                              
                                
 御剣いづみとの交流が結べたところで、朝の運動を済ませた俺達はマンションへ戻った。
 
 朝食に誘ったのだが、私生活に関わるつもりはないと断られた。馴れ合いが嫌だという私的な理由ではなく、護衛が生活に混ざるのは問題らしい。
 
 距離感を間違えてはいけないと、朝食に誘われた好意にお礼を言って彼女は任務へ戻った。大人であるのと同時に、プロなのだろう。大いに好感が持てる。
 
 
 マンションへ戻るとディアーチェが朝食を作り、ディード達も全員起きて各自の準備を行っていた。
 
 
 「父よ。予め伝えておくが、フィアッセさんは朝食を取らないそうだ。昨日誘ったのだが断られてしまった」
 
 「……フィリスとシェリーの件か。気にするな、という方が無理だな」
 
 「父のおかげで塞ぎ込んではいないようだが、気が気でないらしい。アリサ殿の手伝いをしている」
 
 「アリサの……? あいつ、何かやっているのか」
 
 「情報収集だ。パーソナルコンピューターなるものを使って、各方面に渡りをつけて情報を収集するらしい。
 英国にも人脈があるとのことで、有力な手がかりを掴むべく行動するそうだ。フィアッセさんのご両親にも連絡を取ると聞いている」
 
 「なるほど、アリサが暴走しそうなフィアッセの手綱を取っているのか。塞ぎ込んでいるより、よほど健全かつ安全な行動だな」
 
 
 アフターケアを怠らないアリサの手腕に、感心する。俺もフィアッセの精神状態は気になっていたが、本人に寄り添うくらいしか思いつかなかった。
 
 その点アリサは考え込む余地を与えない方がいいのだと、どれほど無駄であっても情報収集活動をする事で気を紛らわせようと試みているようだ。
 
 チャイニーズマフィアが動いている以上、アリサであろうとも尻尾を掴むのは難しそうだが、この場合フィリスとシェリーの行方を捜索しているという過程が重要だった。
 
 
 誰かに頼り切りにするのではなく、自分の大切な人を探す手伝いをするほうが建設的だ。パソコンや通信機器を使うことで、安全に部屋へ籠城する理由になる。
 
 
 「なのはという少女も手伝い、同居人が生活の面倒を見てくれるとの事だ。その……父とも挨拶をしていたがっていた」
 
 「それは全然かまわないが、何でそんな言い淀んでいるんだ」
 
 「うーむ、我が父の娘だと伝えると妙に絡まれた……フィアッセさんと父との関係もウキウキした様子で追求されてな」
 
 「挨拶は後にするわ」
 
 
 ロード・ディアーチェは責任感が強い娘で、どれほど辛い任務であろうとも本腰入れて取り込む。そんな我が子が疲弊した顔で肩を落とすのを見て、即座に優先順位を下げた。
 
 人間関係を今更否定する気はないのだが、それはそれとして有人の知り合いの女という微妙な立ち位置の奴相手に色々ツッコまれたくない。
 
 同居人であるアイリーンとかいう女は確か、世界的にも有名な歌手であるらしい。そんな有名人と隣室であるということに名誉よりも、ウンザリ感を感じる。
 
 
 有名人との邂逅は、一般人にとってはエネルギーが必要なのだ。フィリスとシェリーが行方不明な今の状況で会いたい相手ではない。
 
 
 「お父様、おはようございます。本日はいかがされますか」
 
 「うむ、昨晩夜の一族と話し合って方針を決めた。朝食を取りながら話そう」
 
 
 本日の朝食は、ふかふかのパンを筆頭にした洋食だった。隣室におすそ分けするべく、ディアーチェ達がフィアッセやアイリーン達に気を使ったらしい。
 
 洋食を一から作れるディアーチェの家事スキルに感心しつつ、俺達は舌鼓を打ってありがたく食べた。一人旅している間は、朝ご飯なんて贅沢なものを食べるなんて以ての外だったな。
 
 美味しいご飯を食べながら、妹さんや我が娘たちに昨晩話し合った内容を聞かせる。フィリスやシェリーの件、世界の動向やマフィア達の暗躍――
 
 
 そして今日から実行する、俺の華麗な潜入作戦について。
 
 
 「一体誰なのだ。そんな馬鹿な作戦を我が父に強行する愚か者は」
 
 「……い、一応俺なんだけど」
 
 「な、なるほど、一考する余地はありそうだな!」
 
 
 俺の作戦を聞いて憤慨していたディアーチェだったが、作戦立案車の名前を聞いた瞬間に勢いをなくした。お前もか、お前も俺の作戦が馬鹿なことだと言うのか!
 
 妹さんは無言。ディードやオットーは感心した様子で頷いているが、後出し感がエグすぎる。ディアーチェが先にクレームを付けなければ、こいつらも馬鹿な作戦だと言っていたのではないだろうか。
 
 そんなに悪い作戦なのだろうか。俺は結構前向きに考えているし、大真面目にフィリスやシェリーを救うつもりなんだぞ。
 
 
 他人の生死をここまで真剣に考えられるようになった俺を、誰か褒めてくれないかな。
 
 
 「作戦の是非はともかくとして、手がかりとなりそうなのは確かにそのクローン人間だろうね」
 
 「あの、お父様が危険を犯すくらいならば、私が代わりに――」
 
 「自分の大事な娘を差し出せるか、馬鹿」
 
 「お、お父様、そこまで私のことを考えてくださって……!」
 
 
 当たり前のことを言っただけなのに、ディードが感動した様子で頬を染めて喜んでいる。大人びた容姿の娘なのだが、精神的にはまだまだ子供だな。
 
 実際ディードが人質の交換を要求しても、マフィア側が受け入れるとは到底思えない。俺の子供だと分かれば連れ去るかも知れないが、十代の俺の子供なんて説得力がなさすぎる。
 
 チャイニーズマフィアが誰よりも殺したがっている俺だからこそ、成功の余地がある作戦だと自負している。夜の一族に守られている俺を、何とかして引きずり出したいに違いない。
 
 
 そういう意味でも、あのフィリスのクローンを差し向けているのかも知れないからな。
 
 
 「あの女は間違いなく俺に再度接近してくるはずだ。夜の一族に頼んで、護衛チームも今日は距離を取ってくれる手筈になっている」
 
 「父に隙を作っておいて、敢えて接近させるつもりか。しかしあからさまになってしまい、敵が不自然に思うのではないか」
 
 「その点も心配ない。罠を疑うだろうが、それでも俺が単独行動を取っている機会を見過ごせない。事実昨日たまたまではあったが、単独行動に出た瞬間を狙われた。
 同じ行動に出れば訝しむかもしれないが、好機ではあるから仕掛けてくる。その際接触を図って、人質交換を申し出る。後はその後の行動次第だ。
 
 上手くいけば連中のアジトまで案内させられるだろうから、その後は――」
 
 「我々の出番ということだな! 必ず父を助け出し、攫われた人達を救ってみせようぞ」
 
 「私に任せてください、お父様。お父様が命をかけて打って出た作戦、必ず成功に導いてみせます!」
 
 
 世界でも有数の魔導師と将来有望な剣士の少女達が、気概に満ちた様子で拳を握りしめる。やる気があるのは大いに結構だが、俺の作戦を馬鹿にしていたことは忘れないぞ。
 
 妹さんも俺の作戦の意図を汲んでくれたのか、単独行動を取ることにも反対しなかった。距離があっても俺の"声"が聞こえるのであれば、見逃す真似はしない。
 
 
 作戦を聞いていたオットーは少し考えた後で、名乗り出た。
 
 
 「この作戦、ボクの武装と能力が活かせそうだね。力になるよ、お父さん」
 
 「オットーの武装というと確か――」
 
 
 ディードとは双子である戦闘機人、散切りの茶髪に中性的な外見をしている女の子。
 
 攻防共に優れた後方支援型で、指揮もこなす才女。ディードとは同じ遺伝子、つまり俺という素材を元にした子供である。
 
 
 ディードとは違ってあまり表に感情を見せない子だが、今日は少しおどけた様子を見せている。
 
 
 「うん、ボクの固有武装『ステルスジャケット』ならいけると思う」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――マンションを一人、外へ出る。
 
 
 敢えて不審げな態度で周りを見渡し、誰もいないことを確認して飛び出す。自分勝手な行動に出たという素振りを見せ、マンションから脱兎のごとく飛び出して走る。
 
 町中へは行かずに、拠点となるマンションから必死で距離をおいた様子で走った。明らかに不自然なのだが、それでいい。それほど切羽詰まった様子を見せられればいいのだ。
 
 チャイニーズマフィアが俺の行動を探っているのは、分かっている。とにかく、単独行動をしていることを見せられればいい。
 
 
 そして――
 
 
 『では早速進言させていただきますわね、王子様。まず作戦の最初の段階、かのクローン体との接触について。
 王子様は単独行動をする素振りを見せて隙を誘うと宣っていますが、時間がかかりすぎるのでお止めください』
 
 『そこからもう駄目なのか!?』
 
 『当たり前だ、馬鹿者。時間がかかればかかるほど人質の身が危うくなるし、我が下僕である貴様を護衛もなくいつまでも野放しに出来るか』
 
 『簡単な話ですわ、貴方様。彼女を誘い出したいのであれば、行動で示せばいいのです。つまり――』
 
 
 ――俺はそのまま一目散に駆けた。
 
 裏道を駆け抜けて、人目を憚り、それでいて最短距離を走って無駄を省く。
 
 
 そして辿り着いたのは、交差点――あいつと邂逅した、場所。
 
 
 
 「――ふふ、そんなに私に会いたかったのですか、良介さん」
 
 
 
 夜の一族の女が提案した計画。宿命の場所に男が一人でおもむけば、必ず女が出てくる。
 
 半信半疑だったが、実際に出向いてみて少し待っただけで、白衣を着た女が前触れもなく話し掛けてきた。
 
 
 一応言っておくと、五分も待っていない。
 
 
 「……お前、結構チョロい女だな」
 
 「何の話ですか!?」
 
 
 まさかと思っていたら本当にデートよろしく話し掛けてきて、俺は顎が外れそうだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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