とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 三十話
御剣 いづみに案内されたのは、自然公園だった。
自然豊かな海鳴は人口比率に対して土地が広く、自然に恵まれた広い公園がある。入場料などもなく、近隣の住民も散歩コースとして親しまれている。
平日の朝とあって大人は勿論だが、子供達の姿も見かけない。派手に暴れるつもりはないが、ここで稽古を行っても騒ぎになることはないだろう。
冬明けの季節とあって、植物もまだ芽吹いたばかりの時期。さほど邪魔にもならず、戦えそうだった。
「竹刀の取り扱いには慣れていると伺いまして、準備いたしました。お使いください」
「気を使ってくれて悪いが、そちらは徒手空拳か」
「いえ、あらゆる物を使わせてもらいますよ」
動きやすいラフな服装だが、護衛チームの隊長を務める女性。有事に対処できるように、あらゆる手段を用いてくるのだろう。彼女は快活に笑っているが、油断はない。
渡された竹刀を確認したが、問題はなにもない。むしろ過去に使っていた桜の枝や、高町の家から借りていた竹刀よりも上等に見える。道具に不満はなかった。
ルールは、一本勝負。一本の定義はの試合と同じく、相手の不覚をつくことになる。ざっくばらんに見えるが、曖昧である分真剣に近しくなる。
自分より少し年上の女性、家族でいうなら姉と弟のような距離感。ただ武における強さに、年齢の差は残念ながら参考にならない。
「油断しないのは大いに結構ですが、緊張が見えますね。貴方の経歴を確認いたしましたが、非日常的な修羅場を経験したご様子。
気構えは十分と言えますが、気負いが見えるのは頂けません」
「勝負であるのならば、油断はしないことが前提じゃないか」
「護衛対象にも貴方の緊張が伝わりますよ」
……もっともだった。フィアッセは表面上には出していなかったが、ひょっとして俺に対しても気遣ってくれていたのだろうか。
俺は十分すぎるほどあいつには気を使っていたつもりだったが、気配りされるのも一種の緊張としてあいつの肌に伝わっていたのかも知れない。
人の命を守るということに重きをおいていたが、人の心を守るという点においてはデリケートになっていたかな。
その辺のさじ加減は難しいが、彼女の忠告は胸に留めておくことにした。
「では、蔡雅御剣流――御剣いづみ、参る」
蔡雅御剣流、聞き覚えのない流派である。とはいえ俺も武に親しんでいるとは到底言い難いので、言及は出来ない。
彼女は地を蹴るが、一切の音はしなかった。風のように進み、俺の眼前へ迫ってくる。俺は目を見開いた。
足が速いのではない、行動が早い。一つ一つのプロセスに無駄がなく、俊敏ではなく機敏だった。
神速にさえ慣れている俺にとって、機敏さは致命的な遅延をもたらした。
「鉄槌打ち」
「――うおっ」
鉄槌とは、空手や拳法などで使われる打ち技の一種。正拳と同じ握りで手の小指側の面、すなわち鉄槌にて相手を打つ。
反射的に首を反らすが、首筋を打ち込まれて驚愕の声を上げる。左右や前方だけではなく、この技は下方など広い範囲を攻撃することができる。
師匠より聞いていた知識を思いっきり利用されて、俺は意識がぶれそうになりながらも反撃。竹刀ではなく拳を持って、打ち据えようとする――
「正直な動きですね、ひねり蹴り」
「ぬわっ!?」
拳を持って攻撃するということは、その分前進してしまうことを意味する。即座に御剣に回避されて、俺は彼女の背後に回される。
その瞬間真後ろに回った相手に対して蹴りを入れられて、転ぶ。この技は柔軟さが必要とされる筈だが、彼女は安々と使った。
俺は竹刀を跳ね上げるが、かかとで蹴られて太刀筋がぶれ、直後に指の根元から踵にかけての足の外側部分で豪快に蹴られた。
地煙が上がって地面に寝転がってしまうと、真上から彼女の笑顔がおりてくる。
「一本です」
「に、忍術か、これ!?」
「はい、忍術です」
納得できずに大声を上げると、御剣 いづみは断言してニンニンと言っている。くそっ、意外とお茶目なやつだな。
実力差が圧倒的というのではない。正確にいうと、実力を発揮できずに完敗してしまった。御神美沙都や高町恭也とは違う強さを感じられた。
ユーリのような太陽の如き強大さではなく、ごく身近に感じられる強さ。敵を倒すことが目的ではなく、目的を達成するための強さであった。
汚れた身体を払って立ち上がると、御剣いづみは語りかけてくる。
「私の勝ちですが続けますか」
「勿論だ、次は勝つ」
「いいですね。真剣勝負に次はない等と嘯けば、叱るところでした」
何気なく言ってくるが、重い言葉であった。真剣勝負に対する心構えであるというのに、彼女は否定している。
この勝負は稽古であって、真剣勝負ではないと否定しているのではない。どのような勝負であろうとも、次はないという未来の否定を彼女は疎んだ。
剣士の心構えとしては間違っているのかも知れないし、旅をしていた頃の俺なら怒っていただろう。次はないのだと覚悟を決めて戦うことが、大切なのだとバカバカしく主張していた。
しかし俺の脳裏に浮かんだのは、フィアッセ・クリステラだった。護衛が一度きりの勝負に甘んじてしまえば、彼女を守る余地は減ってしまう。
「御神流、斬」
御神流の基本動作の中では初歩の技に該当する。だが決して、相手を軽んじる小技ではない。
そもそも御神流は普通の剣術とは違う。普通に斬るのではなく、剣を利用して引き斬るのである。立ち回りは広くなるが、その分の威力は大きい。
音もなく接近する御剣に繰り出す剣技は、長い髪を残して回避される。この行動は読んでいた、この技はあくまで仕掛け技であった。
相手が動く前に自分が仕掛けることで隙を作る、これが目的だった。
「空蝉の術」
「えっ!?」
隙を作った相手の銅を切払ったら――相手の姿が消えていた。
俺が斬ったのは衣服のみ、手応えは虚無に等しい。むしろ斬った剣に衣服がまとわりついて、次の挙動が遅れてしまう。
自分に化けさせた丸太などで身代わりを攻撃させる術、だがこれは変わり身の術ではない。
攻撃などを受けた瞬間に衣服を使って、別の場所と入れ替わっている!?
「掌底打ち」
「がはっ、み――御神流、虎乱!」
正拳突きやパンチ攻撃などと比べて、打撃対象の内部に浸透する重いダメージを与える技。
背後から猛烈な打撃を食らって意識が飛びそうになるが、唾を吐きながら剣を繰り出した。
本来は二刀から放つ連撃、それを一連の動作を潰してあくまで一刀で放つ事で技の精度こそ落ちるが、不自然な体勢でも反撃できる。
瞬間的に切払って御剣 いづみの髪が舞い、髪を束ねた糸が切れる――
「肘打ち」
「――っ!?」
格闘技において肘(猿臂)の部分を使って相手を攻撃する技、いわゆるエルボーである。
人間の肘の骨は非常に硬く尖っている部位、女性においても全く例外ではない。
負傷することも少ないので使いやすい部位であり、それは防御にも活かされる。俺の剣は封じられ、俺の防御が崩された。
衝撃と痛みに蹲りながら見上げると、彼女は手を出して制する。
「ここまでとしましょう。お互い戦えますが、私が雇い主に怒られるのでご勘弁を」
「わ、かった……」
エルボーが物凄くて呼吸困難に陥っているが、休戦を申し込まれて頷く。勝負を止める理由がよく分かる。
俺が我を張ればまだ戦えるが、一本勝負では収まらなくなる。勝負はやがて死闘になり、死力を尽くして戦う羽目になるだろう。
相手が強いからこそ戦うという喜びは、趣味で楽しめばいい。俺達は商売でやっているのだから、立場はわきまえないといけない。
彼女は手を差し伸べながら、訪ねてくる。
「これが忍者です。いかがでしたか」
「奇襲撹乱を得意としているというのは分かった」
虚を突くという一点に向けて、術が練られている。武術というよりも、忍術なのだろう。
格闘技を学んでいるのも相手を倒すのではなく、相手の隙をつく技として鍛錬している。
虚を突くという行動も相手の全力に対してではなく、本気を決して出させないようにして仕留めることを極意としている。
今まで常に相手の全力に挑んできた俺にとっては、文字通り虚をつかれた勝負だった。
「よろしい。では改めて今後ともよろしくお願いいたします」
「ああ、これからもよろしく」
彼女の忍術は、この仕事においてとても重要なスキルである。
護衛という立場ではあるが、関係性を深めて色々と学んでいこう。
実質負けに等しかったというのに、得られた感覚は勝利に等しい――こういう気持ちも初めてだった。
<続く>
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