とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第二十九話
                              
                                
 ――次の日の朝。
 
 
 夜の一族との話し合いを終えて、就寝。フィリスとシェリーの二人が行方不明となり、心配ではあったがそれでも疲れていたのかすぐに眠れた。
 
 孤児院を出てから野宿生活が続いていた名残なのか、俺は基本的に朝早く目覚める。寝坊なんて贅沢は、布団で高いびきかける人間のみ許されることだと思う。
 
 
 早朝、マンションの部屋を出てまず周囲の安全を確認。問題がないことを確認し、玄関フロアから外へ出る。
 
 
 「おはようございます、婿殿。今日は晴天に恵まれましたね」
 
 「……昨日の今日でもう段取りが取れたのか」
 
 「雇い主の要望であれば是非もありません。わたし一人との対話を望まれていると伺いましたが、こちらとしても望むところです。
 せっかくの好天、ランニングに出られるのであればお付き合いしますよ」
 
 
 ――ジャージ姿で出迎えてくれた、ボーイッシュな凛々しい外見の女性。動きやすいラフな服装で、語りかけてくる。
 
 溌剌とした雰囲気があるが、佇まいに隙がない。女性らしさを保ちつつ、姿勢に無駄を全く感じさせない。バランスの整った肢体を持っていた。
 
 御神美沙都師匠は抜き身の刃のような女性だが、この人の場合はカモシカのような瑞々しさのある女の人だった。躍動感に満ちている。
 
 
 ランニングに誘われて俺は同意し、マンションから一緒に走り出す。今もまだ眠っているであろうフィアッセは、ディアーチェ達が守ってくれている。
 
 
 「ご挨拶する機会は何度かありましたが、こうしてきちんと向かい合ってお話させていただくのは初めてですね」
 
 「いつもありがとう、何度も手助けしてもらっている」
 
 「それが任務ですので気になさらずに。立場上護衛対象に過度な接触は禁物なのですが、今回は極めて特殊なので名乗らせて頂きます。
 既に聞き及んでいるかと存じますが、私は"御剣 いづみ"と言います。見ての通り日本人で、護衛チームの隊長を務めております」
 
 「こちらこそ既に承知の上だろうが、俺は宮本良介。目上の人間に失礼だが、へりくだるなとあんたの雇い主にキツく言われている」
 
 「かまいません。こちらこそ非礼があればお許しください」
 
 
 考えてみれば一年前、俺は礼儀作法なんぞ知らぬ存ぜぬな人間だった。とにかく自分を偉く見せたくて、斜に構えた生き方をしていた。
 
 一年経過して自分が偉くなったとは思っていないが、心境の変化は確実に起きている。少なくとも虚勢を張っても強くなったわけではないと、分かった程度には。
 
 御剣 いづみという女性も、そうした考え方が分かる大人なのだろう。十代の若造に肩を並べて接触されても屈辱には思わない、立場をわきまえた人間。
 
 
 職務を遂行する上で必要なものを理解している、プロであった。
 
 
 「婿殿が日本に帰還されてから、情報の更新は行えております。
 とはいえこうして対面することができたのであれば、今後ぜひ情報の交換は行っておきたいものです」
 
 「あんた達護衛チームから見れば俺は突如日本から雲隠れする、極めて厄介な護衛対象だからな」
 
 
 一応雇い主であるカレンには事前に話を通している為、異世界や異星に行く際の報連相は行えている。
 
 とはいえ隣町や他県、海外といった距離ではない。何しろ世界線を超えて全く未知なる世界へ居なくなっているのだ。雲隠れというより、神隠しに近しい。
 
 守る側からすればたまったものではないだろう。マフィアに狙われているのだから、大人しくしておけという話だ。
 
 
 もしフィアッセが突然何の説明もなく雲隠れなんぞされたら、俺だったら怒り狂うだろう。御剣は苦笑している分、大人と言える。
 
 
 「此度の件で任務の重要性は増しており、雇い主からの情報の更新が行われました。婿殿が進言してくださったとのことで感謝しております」
 
 「どの程度聞かされたのか分からないが、礼を言われるほどでは――というか、まず」
 
 「はい、何でしょう」
 
 「その"婿殿"というのは何なんだ」
 
 
 「? 雇い主より将来的に婿入りされる御身分であるとお聞きしていますが」
 
 「そんな約束は一切していない!?」
 
 
 何いってんだ、あいつ。自分は愛人候補なんぞと嘯いておきながら、ちゃっかり画策してやがったな。
 
 御剣 いづみの雇い主はアメリカの夜の一族、カレン・ウィリアムズである。ドイツで起きた爆破テロ事件に巻き込まれた彼女をたまたま救出して、縁はできてしまった。
 
 その後の世界会議では立場上敵対したのだが、紆余曲折あって夜の一族の長はカーミラに決定。あらゆる画策を行っていた彼女は敗北し、引き下がった。
 
 
 それ以来なんか気に入られてあれこれ尽くしてくれているが、ちゃっかりこういう画策をする野心ある女なのである。
 
 
 「情報の更新に伴い、私は雇い主と新しい契約を交わしました」
 
 「契約……?」
 
 
 「夜の一族の"契約"といえばご理解頂けるでしょうか」
 
 
 ――夜の一族は歴史の影を歩む者達であり、人の血を好む人外の一族。故に断じて、一族の秘密を知られてはならない。
 
 とはいえ表舞台を生きていくためには、人間達との共生は必須。一族だけで繁栄を築き上げることは断じて不可能、外からの血を取り入れなければならない。
 
 そこで秘密を知った者達と、取り決めをする。秘密を守るべく契約するか、秘密を忘れさせて離別するか。カレンは夜の一族の秘密を護衛チーム隊長の御剣 いづみに打ち明けて、契約を結んだ。
 
 
 ちなみに俺は契約に縛られるのは嫌なので、秘密を忘れることを選んだ。思いっきり記憶を消されたが、何とか自力で思い出して対等の関係となった。
 
 
 「夜の一族の秘密を知り、それでも仕事を続けることを選んでくれたのか」
 
 「日本での仕事、しかもこの海鳴を拠点としているのであれば私が正に適任でしょう」
 
 「その口ぶりからすると、あんたは――」
 
 「故郷は北海道ですが、この地で過ごした事がございます。懐かしき思い出の地であり、海鳴の空気はよく馴染んでおります。
 聞けば婿殿も北の地より旅をされて、この街へ流れ着いたとの事。
 
 この地に深く関わりを持っていれば、夜の一族の秘密を受け入れられた私の心境もご理解頂けるのではないかと」
 
 「……なるほど、納得」
 
 
 一年前にこの海鳴へ流れ着いてからというもの、俺の常識は粉々になるまで打ち砕かれた。
 
 道場破りをした俺なんて可愛いもの、幽霊が出たり、魔法少女が誕生したり、血を吸う女がいたり、クローン人間が作られたりと、色々やりたい放題だった。
 
 俺自身も友達どころか仲間や家族、婚約者たちに加えて、自分の子供達や養子まで出来る始末だった。自分がまさかこんな人生を送る羽目になるとは夢にも思わなかった。
 
 
 この御剣 いづみという女性もこの地で不思議な経験をしたというのであれば、大いに納得できる。夜の一族の秘密くらい、屁でもないのだろう。
 
 
 「ここまで話してくれたのであれば、少し立ち入ったことを聞いてもいいだろうか」
 
 「私も雇い主の許可があったとはいえ、貴方の秘密を知ってしまいました。職務上必要だったとはいえ、一方的なのは望みません。
 話せる範囲であれば、お答えしましょう」
 
 「あんたは総合諜報・戦技資格の保有者と聞いているが、どういったスキルなんだ」
 
 
 「日本でいうところの忍者ですね」
 
 「そんなあっさりと!?」
 
 
 黒装束に必殺の武器を携え、煙の中に姿を隠す――典型的な忍者のイメージが頭に浮かんだ。
 
 忍者と聞いて知らない人間は、この世に居ないだろう。だが忍者とは何かと聞かれて、詳しく説明できる人間は少ないだろう。
 
 吸血鬼だの魔法少女だのいるのだから、現代に忍者がいたって変だとは思わない。むしろディアーチェ達に比べれば、まだ常識の範囲内と言えるかも知れない。
 
 
 そういう俺の常識ももしや正しいと言えるかどうかは自信がないが、日本人であれば馴染みがあるとは思う。
 
 
 「ふふ、主君のために情報活動や破壊工作類を行う技能といえば格好がつきそうですね。ですが実際は地味です。
 身体訓練から精神的な技術、そして現代に合わせての化学物質や気象を利用した知識、座学では心理学の学習にまで及んで学ぶ。
 
 忍術はもともと戦争の為の技能であり、奇襲のための技術とも言えますね」
 
 
 日本人が想像する忍者で言えば、壁を上ったり高所から飛び降りしたりする訓練もあるのだという。
 
 忍者といえば爆破というイメージもあるが、あれも実際に爆発物や煙を作るための化学薬品の調合を学んだりするらしい。
 
 この点については不思議な話ではない。各国の諜報員や工作員等でも、そういった訓練を実際に行っていたりするのだろう。
 
 
 興味深く聞いていると、御剣いづみも少し得意げに語ってくれる。
 
 
 「例えば意識を統一するのに、蝋燭を見つめるという訓練もありますよ」
 
 「おおお、忍者らしい……!」
 
 「蝋燭の芯を見て、中に入り込んでいるという感覚が得る訓練です。音を聞くのに針を落としたりと、感覚を研ぎ澄ます鍛錬も多いですね」
 
 
 子供の頃にテレビで見ていた忍者番組の内容をなんと、現代の忍者が語ってくれている。
 
 くっ、こうして聞いていると何ともカッコよく思えてくる。ホラ話だと一蹴出来ない説得力が彼女の話にはなった。
 
 感覚論なんて昔の俺であれば馬鹿にしていただろうが、御神流を学んだ後では価値観がまるで異なっていた。
 
 
 神速という絶技も感覚ありきであり、神咲那美と月村忍の協力がなければ自由自在に使うことは出来ない。
 
 
 「――貴方の素性を知り、勝手ながら共感を覚えています」
 
 「共感……?」
 
 
 「いかがでしょう。このままジャギングがてら心身を養うべく――私と一勝負、しませんか」
 
 
 突然の勝負を挑まれたというのに、彼女から感じられるのは誠意と優しさだった。
 
 これまで多くの敵と戦ってきたが、敵意や殺意とは無縁な戦いは数少ない。鍛錬以外では極めて稀だろう。
 
 忍者には興味がある。もしかすると彼女から感覚を学ぶことが出来れば、御神流を進化させることが出来るかも知れない。
 
 
 俺は首肯した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
 | 
 
 
 
 
 
 小説を読んでいただいてありがとうございました。
 感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
 メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 [ NEXT ]
 [ BACK ]
 [ INDEX ]
 | 
Powered by FormMailer.