とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第二十八話
                              
                                
 ――フィリスが誘拐されたことがほぼ確定となった。プライベートな理由で消息を絶っているという儚い望みは消え失せた。
 
 俺の医療情報とフィリスのクローン体を半ば人質に取られて、本人は引き下がれなくなったらしい。
 
 あいつが無条件降伏したところで状況が悪化するだけだと思うのだが、フィリスなりに考えがあってテロ組織に従ったのだろうか。
 
 
 話し合いで解決するような相手ではないんだが、超絶お人好しなフィリスの場合ありえそうだから怖い。
 
 
 「シェリー、セルフィ・アルバレットについては手がかりはないか」
 
 『正直申し上げてあちらはノーマークとまではいわないにしろ、優先度の低い対象でした。
 HSG患者や王子様の関係者各位には目を光らせていたのですが、彼女はニューヨーク市消防局に所属する職員。狙うにはそれなりにリスクの高い対象でしたので』
 
 『実際、貴様もまさかあの女が先に狙われるとは思わなかったでだろう』
 
 「た、確かに国際ニュースを聞いた時は衝撃で飛び上がったからな……」
 
 
 カレンやカーミラが嘆息して釈明するのを聞いて、俺も大いに納得した。裏をかかれたというより、誘拐した意味が分からない。
 
 HGS患者だから手当たり次第に攫っていいというわけではない。セルフィ・アルバレットはアメリカのニューヨーク市消防局に所属する職員である。
 
 災害現場で行方不明になんぞなったら当然騒ぎになるし、こうして国際ニュースにまで発展する。アメリカという大国だって放置したりはしない。
 
 
 日本の片田舎にある病院の女医者一人狙うのとは訳が違うのだ。どうしてわざわざ優先的に攫ったのか、分からない。リスクが高まるだけだ。
 
 
 『私から働きかけて各方面を探ってみたのですが、セルフィ・アルバレットに関する情報は探れませんでした。
 少なくとも裏社会に動きが出ていない以上、チャイニーズマフィア単独で処理されたと見るべきでしょう』
 
 『うさぎの女友達、結構有名人だから、誘拐ニュース一つでいいネタになるの。
 そういうのが出回っていない以上、マフィアがコソコソしているという良い証拠になるの』
 
 『……危害を加えられたりしている可能性は低いと?』
 
 
 『彼女のような有名人の死体が出ればそれだけで情報が出回るのですよ、貴方様』
 
 
 ロシアンマフィアである姉妹が、見解を述べてくれる。よくある映画やドラマと違って、人間を内々に始末するのは意外と骨が折れるらしい。
 
 山の中に埋める、海の底に沈めるといった創作めいたやり方は、今の情報社会ではすぐに発覚するのだという。
 
 ディアーナやクリスチーナが裏社会を大々的に粛清したのもあって、痕跡を残さず死体にするといったやり方はほぼ不可能になっているようだ。
 
 
 俺を安心させたくていってくれているのだと思うが、ロシアンマフィアとしての見解なのでそれはそれでゾッとする。
 
 
 『セルフィ・アルバレットについてはわたくしにお任せください、王子様』
 
 「おっ、どうしたんだ。この件には消極的だったじゃないか、お前」
 
 『よりにもよってわたくしの縄張りであるアメリカの中で誘拐なぞ起こされたのです。
 面子だなんだと暑苦しいことを言うつもりはございませんが、不愉快であることに変わりはありません。
 
 特にニューヨークであればわたくしの目が届かない場所などございませんもの、必ず尻尾を掴んでやりますわ』
 
 「な、なるほど、これ以上ないほど納得できる理由だ……」
 
 
 俺も地元ではないにしろ、海鳴という街の中でフィリスが攫われたことにはそれなりに憤慨している。リスティに至ってはそれ以上だろう。
 
 ニューヨークという世界的大都市を掌握しているという発言には恐ろしさを感じるが、同時に味方であることに頼もしさを感じるのは事実だ。
 
 強権を発動して徹底的に洗い出してくれれば、シェリーの足取りを追うことも決して不可能ではないだろう。
 
 
 私的理由とは言えカレンが大いにやる気を見せてくれているのだから、口出しするのは野暮というものだろう。任せることにした。
 
 
 「じゃあシェリーはカレンに任せるとして、まずはフィリスを何とか救出しないといけないな。
 何とか攻勢に出たいが、足取りを追えないだろうか。海鳴にはもう居ないらしいしな」
 
 『ほう、その口ぶりからして夜の王女が痕跡を探ったのか。であれば間違いはないだろうな。
 攻勢に出るのは大いに構わぬが何か手立てがあるのか、下僕』
 
 
 相談に応じてくれたというのに、夜の一族の長は敢えて俺に今後の方針を問い質してくる。
 
 夜の一族は世界会議をを経て世界中の家系が一致団結し、かつてないほどの隆盛振りを見せている。
 
 新しい長としてドイツの夜の一族であるカーミラが選ばれ、カレン達も協力して支配領域を広げている。黄金世代と呼ばれるほどに、卓越した者達が円卓に集っている。
 
 
 当然日本の一剣士よりも、出来る幅が圧倒的に広い。そのうえで彼女達は俺の意思を尊重してくれている、ありがたい事だ。
 
 
 「フィリスを救う鍵は、あの女にあると思う」
 
 『フィリス先生のクローン体、だよねリョウスケ』
 
 「ああ、フィリスがマフィア相手に大人しく従ったのも自分のクローンを放置できなかったはずだ。あの女ならフィリスの居所を知っている筈だ」
 
 『それは分かるけど、その人は敵側なんだよね。リョウスケを町中で襲ったと聞いているよ』
 
 
 確かに超能力を使って色々な嫌がらせを仕掛けてきたが、敵意や害意はなかったと思う。少なくとも俺を殺すつもりはなかった。
 
 だったら何がしたかったのかと聞かれると首を振るしかないのだが、もしもあいつがマフィアの手先ならまず間違いなく攻撃している筈だ。
 
 ま、まあ救急車で追い回してくる時点で思いっきり危ないのだが、超能力を持った人間である。
 
 
 強大な力を有している人間のイタズラとなると、スケールも大きくなってくる。
 
 
 「うむ、そこで考えた――潜入作戦だ」
 
 『せ、潜入って……?』
 
 
 「今度あいつが襲ってきたら無条件降伏するんだ。病院から俺の診断カルテを奪ったのであれば、俺の身体や遺伝子に興味が出ているはずだ。
 そこで降伏したふりをしてあいつにとっ捕まり、誘拐されるフリをして連中のアジトへ案内させるのだ!」
 
 
 『映画の見過ぎ』
 
 「貴様、一刀両断しやがったな!?」
 
 
 フェンシングの名手であるカミーユが、実に呆れた表情で俺のナイスな提案を一刀両断する。
 
 こいつ、普段ナヨナヨしているくせに!
 
 
 俺の婚約者であるはずのヴァイオラまで、困惑した眼差しで反論してくる。
 
 
 『突然無条件降伏したら怪しまれるのではありませんか』
 
 「フィリスが攫われているんだから、条件交換するんだ。俺が捕まるから、あいつを返してくれと」
 
 『フィリス先生のいるアジトへ移送される保証は何処にもないのでは?』
 
 「ひ、一目無事を確認させてくれと要求するんだ。無事であることを確認できれば、大人しく捕まると」
 
 『写真や映像で安全確認されたらどうするのですか』
 
 「ちょ、直接会わせなければ信用出来ないと突っぱねる。
 あいつらだって千載一遇の好機だ、俺の申し出を拒否できないはずだ。ハァハァ……」
 
 『大丈夫ですか、ずいぶんと苦しそうですが』
 
 『こういうのを苦し紛れというのだ、妖精よ』
 
 
 俺は必死で頭をフル回転させながら説明する姿をヴァイオラが心配そうに見つめ、カーミラが嘆かわしいとばかりに耳打ちしている。やかましいわ。
 
 だが苦し紛れにしても、これはなかなかいいアイデアではないだろうか。敵側は俺とフィリスの関係を把握しているはずだ。
 
 あのクローンも俺とフィリスの関係をどういう情報網を持っているのか知らないが、個人的なやり取りまで完璧に調べ上げていた。
 
 
 フィリスの変換を求めて、俺が我が身を差し出しても決しておかしな事にはならないはずだ。
 
 
 『フィリス先生の無事を確認できたとして、そこからどうするつもりなの?』
 
 「アジトが分かればこっちのものだ。後は俺達を救出に来てくれ」
 
 『フフフ、肝心なところは我々任せなのですね、王子様』
 
 
 カミーユはもう投げやりになっているし、カレンにいたっては面白がってしまっている。コイツラ、俺が必死になって考えているのに!
 
 正確に言うと、救出作戦はディアーチェ達に任せてもいい。妹さんは何処にいようとも俺の居所を掴めるのだから、発信機さえ持つ必要はない。
 
 敵側も流石に馬鹿ではない。俺はフィリスの変換を求めて大人しく降伏しても、当然怪しんで武装解除させられるだろう。身体検査は確実にさせられる。
 
 
 だが、最悪それこそ素っ裸にされても問題はない。俺は抵抗せず捕まるだけでいいんだし、アジトさえ分かれば救出されるのを待てばいい。
 
 
 『うーむ、実に下僕らしいアホな作戦だが、敵の出方次第で一考する余地はあるか』
 
 『待って下さい、長。リョウスケ様にそのような危ない真似はさせられません』
 
 『そうだよ、突然殺さないにしても怪我でもさせられたらどうするのさ!』
 
 『だから出方次第だと言っているだろう。もしも下僕の言う通りの展開になれば儲け物程度に考えればいいのだ。
 本当に都合よくアジトまで護送されたのであれば、こちらの手間も省けるというものだ』
 
 
 ――結局俺の渾身の作戦は反対派と賛成派に分かれてしまい、前向きに検討されることとなった。
 
 つまり俺の唱えた作戦が万が一想定通りに動けば流れに従う、何処か少しでも躓いた時点で破棄するという事である。
 
 うまく行けば儲け物程度にしか考慮してもらえないのが不満だったが、確かにフィリスのクローン体がどう出るかわからない以上は未知数なのは頷ける。
 
 
 こうして今夜の話し合いは一旦まとまった。
 
 
 『王子様。作戦の細部はこちらで検討して形にいたしますので、王子様は現地のチームと連携して動いてもらえますか』
 
 「チーム……?」
 
 
 『貴方の警護チームです。私生活の邪魔にならないように隠密で行動させておりましたが、この状況です。
 王子様も人手不足でしょうし、合流させますので事に当たってくださいな。
 
 総合諜報・戦技資格の保有者――蔡雅御剣流の"忍者"が貴方の警護を務めております』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
 | 
 
 
 
 
 
 小説を読んでいただいてありがとうございました。
 感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
 メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 [ NEXT ]
 [ BACK ]
 [ INDEX ]
 | 
Powered by FormMailer.