とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十七話




 話し合いを終えたフィアッセはひとまず平静を取り戻したが、やはりフィリスやシェリーが心配でならないらしい。

一人で抱え込んでいると絶対眠れないので、隣室に俺の子供達を派遣しておいた。アイリーンという同居人の相手をしていたディアーチェは疲れた顔を見せている。癖の強い女のようだ。

話し合いの中で俺の子供達のことは話していたので、ディード達を正式に紹介されてフィアッセは目を輝かせていた。俺の子供というのが彼女の嗜好にあったらしい、謎すぎる。


アリサは引き続き情報収集に務めるとの事だったので、俺は早速夜の一族の連中とコンタクトを取った。


『う、うさぎ……怒ってる? 怒ってるかな!?』

「相変わらずこっちの状況は思いっきりダイレクトに伝わっているようだな』


 開幕一番、ロシアンマフィアのクリスチーナが大画面で映し出された。半泣きで俺の顔色を窺っている。

夜の一族の姫君達は裏表問わず名の知れた著名人達ばかりなのだが、俺の突然のコンタクトにも関わらず全員集まっている。

クリスチーナほど露骨ではないにしろ、女性達は不安や緊張を見せていた。俺から何を言われるのか、気が気でないらしい。


本来彼女達は政財界の大物相手にも堂々たる態度で交渉を行える女傑達なので、年相応の表情を見れた事が何だか妙に可笑しかった。


「そもそもお前達が俺の環境を正しく整えてくれているのは、夜の一族からの友誼と善意だからな。
好意に甘えている状態で不平不満を口にするつもりはない。まして今回は俺本人ではなく、お前たちにとっては赤の他人であるフィリス達だからな。

そこまで面倒を見ろというのは酷な話だ、責め立てる気は最初からないよ」


 フィリスを攫われた直後であれば頭に血が上って、感情任せにこいつらを責めていたかもしれない。たとえ八つ当たりだと、心の中では分かっていたとしても。

常人ではありえない人生を送っている自覚はあるが、それでもまだ一年だ。昨年海鳴に流れ着いてから、俺の人生は劇的に変化を遂げたと言っていい。

たった一年間で悟りなんて開いてしまったら、お釈迦様も立場が無くなるというものだ。アリサ達の協力や、家族同然であるフィアッセやリスティの苦悩を知るが故に冷静さを保てている。


俺の意思を聞いて、クリスチーナ達もようやく胸を撫で下ろした様子だった。いや、安心されても困るんだけど。


『ほら、御覧なさい。王子様は寛大な方、我々の叱責を感情的に咎めるような器の小さい人間ではありませんわ』

『彼からの通信が来るまで、気が気でない感じだったような……』

『貴方こそまるで恋する乙女のようでしたよ、貴公子様』

『ちょっと、その言い方はズルいんじゃないかな!?』


 珍しくからかい気味に指摘するフランスの夜の一族であるカミーユに対し、アメリカの大富豪であるカレンは容赦なく反撃する。相変わらず恐ろしい女である。

でもこれで自分のペースは取り戻したようである。反省や後悔はいつでも出来るが、対策は速やかに行わなければならない。

俺は自分を過信していない。相手がチャイニーズマフィアであるのならば、日本人一人では到底対抗できない。何としても彼女達の協力を得なければならないのだ。


彼女達は世界有数の権力者達、国家規模で勢力を広げている。ご機嫌伺いするのではなく、利害を持って一致させなければならない。


『フィアッセ個人に関わるべきではないというのが昨日までのお前達の考え方だったと思うが、この状況なら少しは憂慮してもらえるか』

『チャイニーズマフィアである龍がHGS患者を狙うというのは容易く読めましたが、まさかこうまで露骨にフィアッセ・クリステラを避けるとは少し意外でしたわね』

『こちらの動きを察したというよりも、貴方様の動向を元に行動に出ていますね』


 少し考え込む素振りを見せるカレンに、ロシアンマフィアの現長であるディアーナが見解を述べる。俺の動きから次の行動に出ているのか、あいつら!?

俺がエルトリアから帰還したのはまだ数日前なのだが、もう既にチャイニーズマフィアにはバレているとカレン達は告げる。

日本の片田舎に生息している男の動きを、チャイニーズマフィアが必死になって追っているというのがちょっと面白い。


それほどまでに俺を是が非でも殺したいのだろう、改めてひどい連中の逆恨みを買ったものだ。


『我々の見解では、貴様の異世界事情を警戒しているのだと判断している』

「異世界事情……?」

『考えてもみろ。チャイニーズマフィアの龍は勢力こそ激減しているが、それでも裏社会では恐れられているテロ組織だ。日本人一人殺すことなど容易い。
まして貴様は日本という国にれっきとした戸籍のある、孤児だ。異国であろうとも誘拐するなり、殺害するなり、何だって行える。
ところが貴様は、異世界へ行く手段を持っている。それもここ一年自由に行き来しており、地球上から完全に姿を消しているのだ。

我々が仕立てた"サムライ"という幻想も相まって、相当不気味に思っているだろうよ。神出鬼没なのだからな』

『日本では神隠しとも言うのですね、あなた』


 なるほど、数日前に突然日本に姿を見せれば当然履歴を洗う。渡航や航空履歴など、日本へのルートをあらゆる角度から探ったはずだ。

ところがどれほど調べ尽くしても、何も出てこない。夜の一族が関与しているのだと判断したとしても、何の痕跡も見出だせないのはありえない。

日本に潜伏していたとしても、過去の動向は追える。ところが、どれほど調べ尽くしても何も出てこない。


ある日突然、海鳴に姿を見せた。ドイツの夜の一族であるカーミラが面白げに説明し、イギリスの妖精であるヴァイオラが日本流に補足してくれている。


『それで標的のフィアッセではなく、他のHGS患者を襲ったというのか!? でもフィリスも行方不明になっているんだぞ!』

『そちらは既に調査済ですわ、王子様。彼らの狙いはHGS患者そのものよりも、王子様の情報です』

『情報……? まさか、フィリスから俺のことを聞き出そうってのか!?』


『何を仰っているのです。病院には王子様の診断情報があるでしょう』

「あっ、しまった!?」


 一年前に海鳴で起きた通り魔事件は余裕でニュース報道されている。俺個人の報道はされていないが、マフィアが調べれば詳細を把握するのは難しくない。

海鳴大学病院で入院していた記録は当然あるし、定期的に診察に訪れているので目撃情報は腐るほど残っているだろう。

しかも間の悪いことに異世界や異星への渡航をフィリスに弁解した際、別世界へ行くのだからと精密検査までさせられている。


俺の個人情報があの病院にはたんまり記録されているのだった。


『リスティの話では荒らされた後はなかったと言っていたんだが……』

『行方不明となったフィリス・矢沢を主軸に捜査を行っているのでしょう。
他の患者情報、つまり王子様の診断カルテまで調べていないのではありませんか。まあ、無理もありませんが』


 げっ、俺の診断カルテを盗みやがったのかあいつら。やばい、精密検査の結果で見られるのは非常にまずい。

俺の身体そのものは異常はない。ただ問題なのは。今の俺の肉体はエルトリアのナノマシンとユーリの生命操作能力によって劇的に改善されているのである。

一年前の診断結果と一年後の精密検査を比較したら、何処がどう変わったのか、簡単に分かる。


当然、地球上にはない医学的情報が見つかるだろう。HSG患者のような特異性の遺伝子を求めている連中には、お宝の山である。


「じゃ、じゃあ、フィリスを攫ったのは――」

『王子様の情報とセットという事です。加えて先日の動向を洗い出したところ、あろう事か王子様に蛮行を働いた女に同行していた様子。
貴方の情報が奪われ、自分のクローンが製造されたという事で、彼女は自ら行動に出たのでしょう。

優しさに付け込まれておりますわね』

「あいつ……!」


 自分自身のクローンが製造されたとあれば、誰だって正気ではいられない。

自分と同じ顔をした女が犯罪組織に加担していれば、凶行を止めるべく説得しようとするだろう。

しかも自分の患者の診断カルテが奪われたとあっては、俺自身が人質に取られているのと同じと考えるはずだ。


馬鹿野郎……無抵抗で降伏したのか、フィリス……溜息を吐いた。














<続く>








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