とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第二十五話
                              
                                
 不幸中の幸いにも、フィアッセは無事だった。
 
 ディアーチェ達が飛空魔法を使ってまで超特急で迎えに行った時、美味しく外食を食べて機嫌よく歩いていたらしい。
 
 アホというか、あまりにも暢気で突っ伏してしまいそうになったが、何事もなかったのならそれに越したことはない。
 
 
 むしろディアーチェ達が急に迎えに来て目を白黒させていたようだが――
 
 
 『フィアッセさんの帰りが遅くて、父が心配していたので迎えに来た』
 
 『えっ、リョウスケが!? 帰る、帰る!』
 
 
 ――と、いうことらしかった。こいつ、人生を気楽に生きていそうだな……
 
 
 アイリーンというマンションの同居人も一緒だったそうで、俺に挨拶をしたいとの希望があったのだが、ディアーチェが待ったをかけてくれた。
 
 大切な話があり、明日改めてご挨拶させていただきたい。我が子の丁寧な申し出を受けて、アイリーンという女はディアーチェの丁寧な姿勢に感心して快く了承してくれた。
 
 
 よって今マンションの二室は俺とアリサにフィアッセ、同居人のアイリーンはディアーチェがとても気に入ったらしく隣室で楽しく過ごしている。
 
 
 「お土産帰ってきたよ、良介。晩御飯はもう食べたと思うけど、よかったら食後に少しお茶でもどうかな」
 
 「分かった。気持ちはありがたく受け取るから、とりあえず座ってくれ。大事な話がある」
 
 「う、うん……一応聞いておくけど、ラブ的な話ではないよね」
 
 「同席しているアリサに聞かせてどうするんだ、そんな話」
 
 
 何考えているんだこいつとか呆れたが、フィアッセも俺に限ってありえないと高を括っていたそうでむしろ笑っていた。
 
 お前の身内二人ほど誘拐されたぞ、とこれから言わなければいけない男の身にもなってほしい。アリサはその場の空気に微笑みつつ、お土産のお菓子とお茶を並べてくれた。
 
 和やかな雰囲気ではあるが、これからすぐに悲劇的展開になるのだと思うと気が重い。今すぐにでも電話がかかってきて、二人が発見されたと誰か言ってくれないだろうか。
 
 
 そうして話さなければならないタイミングになってしまったので、渋々話すことにした。
 
 
 「とりあえず俺の話を何も言わず、落ち着いて最後まで黙って聞いてくれ」
 
 「……分かった。本当に大事な話なんだね、聞かせて」
 
 「今日起きた出来事を順に説明する。まず朝マンションを出てから――」
 
 
 今日一日起きた出来事を俺が説明し、アリサが補足を行う。迂闊な発言がフィアッセの精神を蝕むと理解しているので、どうしたって解説が必要だった。
 
 どう説明しても過去に起きた出来事はどうにも出来ないが、それでも話し掛けた次第で受け止め方だって変わる。
 
 ジェルシード事件の最中では俺のちょっとした行動や言動で、多くの人達を傷つけてしまった。あの時は無神経の極みだったが、今でも全てが改善されたわけではない。
 
 
 そういった意味でもアリサが俺の言葉や説明に注釈を入れてくれたのは、非常にありがたかった。
 
 
 「う、嘘……フィリスやシェリーが行方不明に!? ニュース、テレビのニュースを見せて!」
 
 「ニュースは客観的視点だけではなく、報道側の主観も多分に入っていておすすめできない。
 今俺達が話したことは、以前海外へ行った際に築き上げた人脈を最大限活用して収集した情報だ」
 
 「現場には争った痕跡はなく、今この瞬間もどこからも情報は出ていない。
 行方不明になったのを心配する気持ちは本当によく分かるけれど、悪くばかりに考えてないでください。
 
 もしも二人に万が一のことがあれば、何の情報も出ないなんてありえない。特にアルバレットさんはとても有名な人だもの」
 
 「病院をリスティが徹底的に洗い出したが、痕跡はつかめなかった。フィリスも怪我はしていないと思う」
 
 
 行方不明で何の手掛かりもないというマイナス要素だって、今俺やアリサがこういう言い回しをすることで前向きな判断材料と思わせる。
 
 フィアッセだって気休めでしかないことはわかっているが、それでも俺達が自信を持って言えばそうかもしれないという心の動きにもなるだろう。
 
 こういう政治的な言い回しは、この一年間の権力闘争で上手くなってしまった。あまり褒められたことではないが、それでも経験は生かせている。
 
 
 フィアッセは手を震わせながらも、必死で心を落ち着かせようとする。
 
 
 「もしかして私の関係者だから二人が襲われたということはないのかな」
 
 「それはない」
 
 「どうしてそう言い切れるの!? 私に脅迫状が送られてきたんだよ!」
 
 「何いってんだ、お前。脅迫の内容はあくまでチャリティーコンサートの中止だ。
 お前の命はあくまでコンサートを中止しなかった場合であって、お前自身を脅かすためにあいつらが襲われた訳じゃない。
 
 チャリティーコンサートを中止するためにお前を脅迫し、お前を脅かすためにフィリス達を誘拐するって遠回しすぎるだろう」
 
 「あっ、そ、そうか……」
 
 
 もしも自分のせいで家族同然の二人が襲われたとすれば、間違いなくフィアッセの精神の根幹が脅かされる。
 
 だからこそ俺が敢えて鼻で笑って、大げさにフィアッセの懸念を払拭する。俺の自信ある説明に、フィアッセは大きく息を吐いた。
 
 正直なところ、可能性はなくはない。フィアッセを追い詰めるために、二人を浚うという戦法自体はありえるからだ。
 
 
 しかし今可能性だけを論じて、自ら追い詰める必要はない。可能性を語るのであれば、むしろ少しでも安心させるべきだろう。
 
 
 「今日一日の捜査で、HGS患者が狙われている線が有力とされている。この線なら二人は無事と考えられるわ」
 
 「それはどうしてなの、アリサちゃん」
 
 「殺す意味が全くないの。超能力が狙いなら、本人には元気に生きてもらわないと困るわ。
 能力の質や力の多寡を判断する上で、健常であってもらわないといけない。お金とかじゃないんだから、拷問したって本人から能力を取り上げられないでしょう」
 
 
 アリサの話は至極ごもっともだと思ったのか、フィアッセの顔色が少し良くなった。実は俺も拷問の線は心配していたので、少し安心した。
 
 その代わり洗脳という別の意味での危険があるのだが、その線を語る必要はない。フィアッセもそこまで思い至らないのか、言及はしない。
 
 洗脳という技術は超能力なんてものに比べれば現実的ではあるが、それにしたって決して簡単ではない。
 
 
 誰でも思い通りに操れる技術が確立されているのであれば、世界はもっと歪んでいる。とはいえ、無いと断言できないのも事実ではあるが。
 
 
 「リスティはさざなみ寮の防衛を主に、警察関係者として全力でフィリスの捜索にあたっている。
 シェリーなんて国際的有名人だから、海外メディアにまで取り上げられるほどに大々的な捜査が開始されている。
 
 俺やアリサもこの一年、海外のおえらいさん達とコネが出来ているからな。あらゆるツテを使って探し出してみせるから心配するな」
 
 
 「フィアッセさんが心配するのは大いに分かるけど、あたし達を信じて今は一緒に行動してほしい。
 
 覚えておいていてね。リョウスケやあたし達は、フィアッセさんの力になるべく帰ってきたのよ」
 
 
 「リョウスケ、アリサちゃん……本当にありがとう」
 
 
 俺やアリサが敢えて胸を張って告げると、フィアッセは涙を流して頭を深く下げた。少しは勇気づけられただろうか。
 
 こういう事態になってしまったからには仕方がない。あまり頼りたくはないが、夜の一族に協力してもらうしかない。
 
 ミッドチルダやエルトリアからも、場合によっては追加で派遣してもらうのも検討しよう。今回必要なのは戦力よりも人手なので、頼れそうな方面は多くいる。
 
 
 とりあえず俺達が励まし合って少しは落ち着いたのか、フィアッセは考え込んだ顔をする。
 
 
 「ねえ、リョウスケ。昼間にリョウスケを狙って接触してきた女の子、フィリスに似ていると言ってたよね」
 
 「ああ、明らかに超能力を使っていた。まず間違いなくフィリス本人ではないはずだ」
 
 「だとしたら、心当たりがある。もしかしてその子、フィリスと同じ素性を持った子かもしれない」
 
 「素性……?」
 
 
 「リョウスケになら話せる。元々ね、フィリスはリスティの遺伝子をもとに作成されたクローン体なの。
 人体兵器として製造されたリスティからメンテナンスを不要にした量産版――その成功体なのかもしれない」
 
 
 俺とアリサは顔を見合わせる。驚くべき事実、ではなかった。
 
 何しろ俺を護衛するべく常に行動している、月村すずかという前例がある。
 
 
 以前フィリス本人からもHGS関連のことは聞かせれていたが……それでも、衝撃的だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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