とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十四話
セルフィ・アルバレット、愛称はシェリーと呼ばれる女の子。昨年5月、ジュエルシード事件で大怪我して入院した際、フィリスから紹介された。
もう少し正確に言うと入院していた時、病室にあるテレビで彼女が紹介されていたのである。確か海外のドキュメンタリー番組だったはずだ。
災害救助隊員が海外のテレビ番組に紹介されるなんてあまりないが、彼女は特別だった。災害現場で活躍する彼女の勇姿と美しさは評判だったのだ。
放映されていたのは『世界の危険危機一髪』、海外でも流れている人気番組――番組名のセンスはいまいちだったが。
確か番組の内容は災害の難を逃れる方法で視聴者の興味を引き、災害救助における感動的な物語で涙を誘う流れだった。
ようするに日本と世界の災害復興の現場を通じて、生命の尊さを強調することが趣旨である。
時と場所を選ばずに起きる災害では特定の時期だけではなく、定期的かつ継続的に防災に関する番組が放映されるのだ。
あの時ジュエルシードという次元世界災害で入院している俺には和むどころか、笑えない場面ばかりだった。
『今度はボランティア精神にでも目覚めたのか? お前は世界中の患者を救うつもりかよ』
『違います――い、いえ、そういった志は常に持っていますけど……』
あの時チャンネルを変えようとリモコンを探していたら、フィリスがしっかりと手に掴んでいたのを覚えている。
あいつが何やら熱心に見ているのは、世界の災害現場や紛争地域で行われている救援活動のシーンだった。
世界の災害で苦しむ人々の為に、高度・先進的な取り組みが国際的に広がっている。
災害現場の第一線で活躍するNYのレスキューチームが、この番組で取材を受けていた。
『この子です!』
フィリスが画面を指さしていたんのがセルフィ・アルバレット、ニューヨーク消防署『FDNY』のレスキュー部隊所属のエース。
番組では世界の災害や戦争被害に対し、自分なりの考えやレスキュー隊一員としての心構えをご立派に話している。
レスキューレンジャーと聞けば野暮ったいイメージがあるが、取材を受けているのは綺麗な女の子で驚いた印象があった。
――シルバーブロンドの髪に、吸い込まれそうなブルーアイを持った少女。
透き通るような白い肌に目鼻立ちの整った顔、フィリスやリスティに雰囲気が似ていた。今にして思えば、フィリスに似たあの女とも共通点が多くある。
災害対策の仕事となれば相当の激務だろうにこんな細い肢体でやっていけるのか、テレビを見ていた俺も心配になるほどだった。
緊張気味だが元気で溌剌と取材に応じており、泣いている子供を笑顔にする魅力を感じさせた。
『良介さん、手紙を書きましょう!』
『……は?』
事前に用意されたシナリオでは、テレビ越しにここまで熱意は伝わらない――セルフィは紛れもなく本物だった。
やがて番組はエンディングを迎えて、番組に対する視聴者の御意見、御要望の募集で締め括られた。
被害者や先程のレスキュー部隊への声を求める住所や電話番号も当時テレビで公開されていた筈だ。
フィリスはあろうことか、彼女に手紙を書くよう俺に勧めたのである。
『この番組です。最後にお便りを募集するコーナーがあったじゃないですか!』
『何の手紙を出すんだよ!?』
リモコンを固く握り締めて、フィリスはテレビ画面を見つめながら叫んでいる。優しさの暴走だろうか。
あの時レスキュー隊員へのインタビューも目を輝かせて見ていたからな、こいつ。人を救う仕事に喜びを見出しているようだ。
俺はあいつの言いたいことが当時全くわからず、首を傾げていた。
『番組に対しての感想ではありません。取材を受けていたレスキュー隊員の方に送るんです。
良介さんと同じくらいの年齢の女の子が、災害に苦しむ沢山の人達を救っているんですよ! 立派だと思いませんか?』
『ま、まあ、奇特な奴だとは思うけど……手紙に書くほどの事か?
番組を通じて相手に届いてたとしても、肝心の本人が読むとは限らないだろう』
同じ日本の番組でもテレビの出演者に手紙を送っても、読んでくれるかどうかなんて未知数だ。
まして海外からファンレターなんて送っても、ありがた迷惑ではないだろうか。
日本人の気持ちなんぞ伝わらないだろう。
『読んでくれますよ、絶対に。心を籠めたメッセージは必ず相手に届きます』
『そんなに励ましの手紙を送りたいなら、自分で送ればいいだろう』
『私も勿論出しますが、良介さんが出すからこそ意味があるんです』
海外の災害救助隊員に日本の剣士が何を伝えろというのか、この女は。
俺は当時仲間も家族も居なかったので、他人に対する思慮や気遣いなんてとても抱けなかった。
海外で人助けしている奴へのエールなんて、別段何も浮かばない。奇特な奴だというくらいしかない。
病院のベットの上で嫌そうな顔をする俺に、フィリスはにこやかに告げる。
『気持ちなんて届かないと諦める前に、まず歩み寄る事も大切ですよ。
ただ待っているだけでは、友達は作れません』
『友達ってお前……相手は日本人でさえないんですけど』
やはりそういう魂胆だったのである。先程も言ったが仲間も家族も俺には居なかったので、フィリスは友達を作らせようと画策していた。
何故野郎ではなく、女ばっかり押し付けるのか。友達100人計画は本格的に海外進出へまで乗り出したのだ。
ナイス、インターナショナル。ナメんな、ドクター。
『相手は日本じゃなく、アメリカに居るんだぞ。海外番組で紹介されている、有名なレンジャー部隊のエース的存在だ。
性別どころか身分も国籍も違うわ』
『相手の気持ち次第です。勇気を持って!』
『勇気も何も俺は今テレビで知っただけで、相手は俺の存在も知らないんだぞ』
『遠く離れた相手に想いを伝える手段、それが御手紙です。
今では電話やメールが主流ですが、一昔前は手紙が盛んだったんですよ。
ペンフレンドをご存知ですか、良介さん?』
これがセルフィ・アルバレットとの文通の始まりだった、信じられるか?
離れた場所への伝達の手段が少なかった時代には一般的な文化で、友人作りが主流だったのは俺のような無骨者でも知っている。
交換日記の拡大版で、遠く離れた知り合いや仲間と手紙を通じてコミュニケーションするのだ。
『日本語だと相手が困るだろう。書いている内容が分からない手紙なんて無価値だぞ』
『私でよければ協力しますし、良介さんには友人のフィアッセがいるじゃないですか。
最近音楽について楽しそうに話しているのを知っているんですよ、私は。
そうだ、英語も学んでみるのはいかがですか? きっと楽しいですよ』
あの時は本当に嫌だったけど、この後訪れた夏の季節に世界会議が開催されたのである。
勉強させられた英語が死ぬほど役に立ち、今では日常会話レベルは普通に話せるようになっている。
勉強が出来たのではない、英語を覚えないととにかく何も出来なかったのだ。死ぬ気で覚えるしかなかった。
どうせ返事なんぞ来るわけないと高を括っていたら――フィリスの知り合いだったというオチだった。
即座にニュース番組を片っ端から確認し、ディアーチェ達には情報収集させた。
確認しまくったが、結局大した続報はなかった。ニュースで放送されていた情報以上の話はない。
災害現場で突如行方不明になり、その後の足取りが追えなくなっている。痕跡も全く無く、目撃情報もない。
フィリスと同じく、行方不明になっていた。
「フィアッセに脅迫状を送っておいて、フィアッセ以外の関係者を狙っていやがる」
「我々の行動の裏を読んでいる――というよりも、多角的なやり方で組織的行動を行っているのだろう。
我らはあくまでフィアッセさんの護衛に専念しているが、奴らの目的はHGS患者そのものといっていい。
少なくともこれで偶然ではなくなったということだな、父よ」
ロード・ディアーチェの王としての見解は見事だった。洞察力は無論だが、何よりも落ち着いている。
他人事だと捉えているのではない。騒いでも無駄なのだと、王座に腰を下ろして冷静に判断しているのだ。
俺は正直まだ気が動転しているが、我が子が冷静に意見を述べてくれているおかげで取り乱さずに済んでいる。
流石にこれ以上、後手に回る訳にはいかない。
「ニュースのタイミング的に発覚はしていないと思うが、フィアッセを迎えに行こう。
下手に外で知って騒がれても困るし、あいつが狙われているのはもう確定になったからな」
「うむ、フィアッセさんの無事を確認したのはつい先程だ。いくら何でもまだ襲われていないだろう。
この際だ、我が直接近くまで飛行してフィアッセさんと合流しよう。
なに、父が寂しがっているといえば帰ってくる」
「その理由、いるか!?」
「ふふ、穏便に帰ってもらうには最善であろう。それより父も今晩は出歩かない方がいい。
HSG患者が狙われているのは明らかだが、父本人も組織から目の敵にされているのだからな」
「ぐっ……確かにそうか」
なるほど、自分自身のことになると見えなくなってしまうが、考えてみれば俺も狙われている。
むしろフィリスやシェリーよりも、俺を殺したいと思っているはずだ。八つ裂きにしても飽き足らないだろう。
なんか一年経過して環境が激変したせいか実感がないが、海外でも恐れられているチャイニーズマフィアに命を狙われているのである。
日本のヤクザやチンピラとは桁が違う。
「今晩は、アリサにも同席してもらおう。妹さんはマンションの防衛を頼む」
「お任せください、剣士さん」
シェリーにフィリス、二人の女が行方不明になった。
せめてフィリスだけでも、なんて妥協しない。この一年間俺がやってきた事をムダにするつもりはない。
戦える力があるのだから、味方くらいは助けれるようになってみせる。
<続く>
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