とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第二十二話
                              
                                
 事件現場から即座に逃げようとしたのだが、クロノやレンから容赦なく止められた。
 
 病院からの逃走劇と、交差点での攻防。肝心の犯人は逃亡してしまい、救急車がバラバラになって散らばっている状態。
 
 超能力とHGSというキーワード無くして説明できない状況である、逃げ出したくなる俺の心情は理解されると思う。
 
 
 だが責任感の強いレンと、時空管理局員のクロノが許してくれなかった。
 
 
 「警察が来たとして、どう説明しろってんだこの状況」
 
 「当事者の君が逃げ出せば、収集のつかない事態になって話題が広まってしまう。より一層混乱が収まらなくなるぞ」
 
 
 クロノの言いたいことも分かる。病院から運転手のいない救急車が暴走して走り回っていたのは、世間様が大量に目撃している。
 
 救急車が空を飛んだのは住宅街の人達が目撃しまくっているし、悲鳴が上がっているのも聞いている。
 
 そして何よりもその救急車が追いかけていたのは俺であることは、多分多くの人達が見ているだろう。後でバレたら余計に騒ぎになってしまう。
 
 
 クロノの言い分は理解できるのが、肝心要の俺が事態を理解していない。
 
 
 「俺が説明できないのにどうやって納得させるんだよ、この現場を」
 
 「君がいてくれればいい」
 
 「いや、だから当事者でも説明ができないから――」
 
 「ああ、もう相変わらずウダウダうるさい奴やね。ええからクロノさんに任せておけばええねん」
 
 
 やがて新たな救急車とパトカーがサイレンを鳴らしてやってくる。そして、その後方から見慣れない高級車が堂々と停車する。
 
 救急車からは白衣を着た人達が事態に巻き込まれた人達に声をかけ、パトカーから降りた警察官達は近隣住民に声をかけていく。
 
 高級車から降りてきたのは身なりの良いお偉いさんと――金髪の白人女性。クロノは襟を正して、彼らの元へ歩み寄っていった。
 
 
 警官や白衣の連中はともかくとして、高級車の連中は何なんだ。俺が呆然としていると、
 
 
 「事情はご理解頂いているかと思いますが、彼が件の人物です」
 
 「承知いたしました、この場は全てお任せください。
 ――次長。議会は引き受けますので、対外的な対応をお願い致します。けっしてリョウスケ様の存在を公表しないように」
 
 「も、勿論です。庁内の調整もお引き受けいたします!」
 
 
 えええ、何々なんなの!? ボクの名前を出した瞬間、この場で一番偉そうなお方がペコペコ頭を下げているんですけど。
 
 金髪の美人女性がクロノより紹介を受けて、俺を遠目から一瞥して折り目正しく頭を上げる。初対面の欧米女性に頭を下げられる理由が全く分からない。
 
 日本人の野次馬も騒ぎを聞きつけてやってきては携帯電話で撮影など使用していたが、そこへ白人の少女達がやってきて携帯を取り上げたり、野次馬相手に絡んだりして妨害している。
 
 
 その中で学生服を来た少女がとことこ俺の元へ駆けつけ、一礼する。
 
 
 「この場は我々が収めますので、どうぞお任せください」
 
 「は、はあ、あのあんた達は……」
 
 「名乗るほどのものではありません、先日ロシアより留学の名目で来日いたしました。貴方様をお守りするように仰せつかっております。
 日本語を学びましたが、上手く伝わっていなければどうぞお許しください」
 
 「い、いや、俺より達者に話しているけど――えっ、ロシア?」
 
 「貴方の敵はすべて我々が排除いたします。どうぞ安心して、心安らかにお過ごしください。失礼いたします」
 
 
 ロシアからの留学生達は日本人の俺より礼儀正しく、野次馬達を見事にあしらっている。
 
 先程の欧米女性はどんな権限があるのか、警察官や役人達が低姿勢で指示に従っている。誰も何もこの摩訶不思議な状況に疑問を持たず、完璧に処理していた。
 
 やがて事態は収束し、事件に巻き込まれた人達や野次馬達が撤収していった。救急車はサイレンを鳴らして去っていき、警察官達もパトカーに乗って離れていった。
 
 
 取り残された俺はひたすらぽかんとしている――事件の主要人物であろう俺に、誰も何も聞かなかった。どういう事なの……
 
 
 「この場は収めたのでとりあえず事情を聞かせてもらえるか、ミヤモト」
 
 「まず最初に俺に聞くべきだよね!?」
 
 
 何事もなかったかのように戻ってきたクロノに、俺は抗弁する。
 
 俺がいない間に、海鳴という街は一体どうなってしまったのか。あの外国人達は何故日本人より上の立場で事態に関わっているのか。
 
 
 想像は余裕でつくけど、現実を受け入れたくはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本来は今居を構えているマンションに戻るべきだが、フィリスを名乗るあの女が狙ってくる可能性がある。
 
 先日妹さんにマンション周辺が安全であることは確認できているから、居所まで探られてはいないだろう。
 
 後をつけられると激しく迷惑なので、ほとぼりが冷めるまで俺達は駅前のファミリーレストランに立ち寄った。喫茶翠屋でもいいのだが、まだ閉店中だろうからな。
 
 
 少しは周囲の目があったほうがいいというのが、クロノの弁である。管理局員であるクロノの意見に従った。
 
 
 「それで、今後はどんなトラブルに巻き込まれているんだ」
 
 「もうそろそろ一年が経過するのに全然落ち着かん奴やな、あんた」
 
 
 時空管理局員であるクロノはともかく、レンは地球生まれの人間だが、ジュエルシード事件に巻き込まれた経緯で異世界事情は察している。
 
 クロノと一緒だった理由は定かではないが、彼らは当時捜査官と被害者の関係だった。俺が大怪我して入院していた際、たまたま病院が一緒だったレンにフェイトの母親プレシア・テスタロッサが目をつけて誘拐したのだ。
 
 我が子アリシアを生き返らさせたい一心で、アリサを結晶化させて復活させた法術を使わせるべく、レンを人質にしたのである。法術は制御不能なので拒否したせいで、あの女とはずいぶんもつれてしまった。
 
 
 レンは事件後時空管理局に保護されて、クロノやリンディ提督から異世界事情を聞かされている。管理外世界の人間が深く関わったせいで、丁重に扱われたのだ。
 
 
 「そんな呆れた顔をするなよ、俺だって被害者なんだ。そもそも海鳴に戻ってきたのは――」
 
 
 二人は事情通なので、俺も隠し事はせずに一連の事件について説明する。
 
 思わぬ形ではあったが、レンとクロノに話を聞くことは案外有意義になるのではないかとも思える。
 
 クロノは言うまでもなくプロの捜査官だし、レンはフィアッセとは家族同然だ。中国人のハーフだからといってチャイニーズマフィアには精通していないにせよ、俺の知らないフィアッセ本人の事情を知っているかもしれない。
 
 
 話し終えた時、各自で頼んだ飲み物がテーブルに揃った。
 
 
 「フィアッセさんが狙われていて、フィリス先生が行方不明……それでフィリス先生を名乗る女に、あんたが狙われてる!?
 何でもっと早くウチに相談せえへんかったんや!」
 
 「お前に話してそれが何だってんだ」
 
 「うっさい、あんたが心臓手術の時からウチに気を使ってたんは知ってるんや!
 でもあんたや晶、それにクロノさんのおかげでウチは元気になった。水臭いこと言わんと、ちゃんと相談して欲しい」
 
 「くっ、こいつは……」
 
 
 レンが怒っている理由が100%善意なので、全くもって反論できなかった。思いっきり感情論なのだが、心配に満たされた怒号に反論出来ない。
 
 確かにレンに相談しようという気は全然なかった。頼りになるならないではなく、こいつは半年ほど前に非常に難しい心臓病の手術を受けていたからだ。
 
 命の危険さえあった心臓手術にレンは心から怯えて、手術しなければ死ぬのだと分かっていても勇気が出せなかった。だからこそ俺達がハッパをかけて、彼女を送り出したのである。
 
 
 心臓手術は奇跡的に成功しても、直ぐに回復とならない。リハビリなどもあるだろうし、長期入院するだろうから俺は気を使っていたのは確かだ。
 
 
 「バタバタしていてそれどころじゃなかったけど、その様子を見る限り後遺症もないようだな」
 
 「おかげさんでな。人生初めて元気いっぱいに生活できていられるよ、ありがとうな」
 
 「俺は特に何もしなかったけどな」
 
 「当時の事件で色々励ましてくれたやんか。クロノさんからあの子、フェイトちゃんのその後も聞いてるで。
 クロノさんから伝えてもろたけど、あんたからもウチも何も気にしてへん事言うといてや。美味しいご飯作るから、また遊びに来て欲しいってな」
 
 「お前も意外と大物だな」
 
 
 プレシアが黒幕なら、フェイトはレンを攫った実行犯である。心臓病で入院していたレンを誘拐したのだ、下手をすれば命の危険もあった。
 
 怒って当然だと思うのだが、本人はケロッとした顔でフェイトの心配をしている。まあフェイトを責める気持ちは俺もないのだが、こいつもこいつですごいと思う。
 
 ちなみにフェイトは誘拐したことを激しく後悔しており、事件が終わった後は泣いて謝っている。裁判時は謝罪の手紙も送ったらしい、元々純真な子なのだ。
 
 
 諍いもなくて、何よりである。フェイトはなのはの友達だからな。
 
 
 「フィアッセさんに事情があって高町の家を一旦出ていったのは本人から聞いてたけど、えらい複雑な事情があるんやな。
 ウチらももうちょっと知っていればなにか出来たかも知れへんけど――」
 
 「いや、レンさん。君の優しい気持ちは分かるが、下手に深入りするのは危険だ。事実フィリスという女性が行方不明になり、ミヤモトが何者かに襲われている。
 相手側がミヤモトのことを知っているのであれば、フィアッセという女性の家族構成も知られている危険性がある。
 
 闇雲に周囲の人間を襲う様子はないにせよ、気持ち一つで飛び込むのは勧められない。本人も望まないだろう」
 
 「それはそうですけど……ウチも心配なんです」
 
 
 なんだこいつ、クロノの言うことは何一つ反論せずに従うのか。俺が同じことを言えば、それでも心配なのだと訴えるだろうに。
 
 そういえばこいつら、何で街中で一緒に行動しているのだろうか。ジュエルシード事件後、手紙のやり取りをしていたのは確かなのだが。
 
 フェイトが謝罪の手紙を送ったのと同様、レンが事件でお世話になったクロノに感謝の気持ちを送りたいと、手紙を書いていたのだ。
 
 
 地球とミッドチルダでは世界線を超えないといけないので、俺が郵便局員になってやっていた。その後クロノ達は左遷されて、海鳴へと派遣されている。
 
 
 「とにかく話はわかった。僕達も協力しよう」
 
 「リンディ達管理局が動いてくれるのか」
 
 「正確にいうと、管理外で起きている事件に空局が直接関与するのは認められない。次元世界の事件でなければ越権行為になるからね。
 ただ、友人の主治医が行方不明となれば力を貸すことくらいはやぶさかではないよ」
 
 「なるほど……脅迫状の事件ではなく、あくまで俺の知り合いを探すことに手を貸してくれるのか」
 
 
 生真面目なクロノの、それでも誠意のある強力に、俺は苦笑しながらもありがたく感じた。
 
 確かに地球のチャイニーズマフィアが起こす事件に、ミッドチルダの時空管理局が乗り込んでくるのは筋違いだろう。
 
 そこまで捜査の範囲を勝手に広げてしまうと、時空管理局そのものが立ち行かなくなる。彼らは厳密にいえば、決して正義の組織ではない。
 
 
 あくまで次元世界の管理を行うための、法規的組織である。
 
 
 「ウチもあんたの友人として協力するわ。本当やったら犯人達を殴ってやりたいけど、そんな危ないことをしたらクロノさんに怒られてしまうからな。
 フィリス先生は今朝から行方不明になっとるんやろう。攫われた可能性はあるにしても、まだ何ともいえんのは分かる。
 
 とにかくまず心当たりをあたってみるわ。フィリス先生には入院時、お世話になったからね」
 
 「助かるよ、人手は多いほうがいいからな」
 
 「ウチはクロノさんと行動するから心配せんでええけど、あんたは狙われとるんやから誰かと行動しときや。
 ここから電話して、迎え呼んだほうがええやろ。それまで相手したるから」
 
 「たしかにそうだな」
 
 
 護衛役の妹さんが激しく謝ってきそうだから、単独行動はもうやめておこう。
 
 それにしてもあのフィリスを名乗る女は一体誰なんだ。HGS患者なのは間違いないし、普通に考えればマフィアの手先だろう。
 
 
 ただあの女……俺に対して全くと行っていいほど敵意を向けなかったんだよな。
 
 
 「後は君を襲った犯人だな。フィリスという女性の容姿をしていたとのことだが、他に特徴はなかったのか」
 
 「特徴といえばそれこそHGS患者の特徴が目立っていて――あっ」
 
 「どうした」
 
 
 「特徴と言えるか分からんけど……宙を飛んでいた救急車が突然落ちてきた時、あの女が妙に慌てていたんだよ。
 その時白衣を捲りあげて、利き腕につけていた妙な腕輪を弄っていたな」
 
 「腕輪? どういったものだ」
 
 「うーん……なんか気持ち悪い色していたから印象に残っているんだが」
 
 
 超能力の制御が失われたあの時、あの女は慌てて腕輪を弄っていた。
 
 その腕輪は――血の色をした液体に、満たされていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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