とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第二十一話
                              
                                
 携帯電話から意識を外して、俺は目の前を見上げた。
 
 脇道の左右を彩る住宅の数々、道行く先を規律正しく並んでいる電柱。そして――道の終わりには交差点と、信号機。
 
 
 毒々しく赤のランプを光らせる信号機の上に、銀髪の女が立っている。
 
 
 昆虫状の光の羽を光らせるHGSの顕現。携帯電話を優しく弄ぶその手先は、魔女のように繊細で。
 
 変わらぬ優しげな相貌と、無邪気に微笑む口元は好意に満ちていて。
 
 
 フィリス・矢沢そのものの容姿をした女が、俺を愛おしく見下ろしていた。
 
 
 「あくまでフィリスだと言い張るつもりか」
 
 「ひどいです、良介さん。アタシと良介さんの仲なのに」
 
 「どういう仲だと思っているんだ、お前」
 
 
 白衣に黒タイツという衣服まで似せた女が悩ましげに溜息を吐いているのを見て、俺は嘆息する。
 
 一応言っておくと、断じて俺はフィリスと恋仲ではない。男女の関係にまで発展するほど気安い関係ではないのだ。
 
 フィリスはそもそもクソ真面目な女なので、職務に忙しく職場恋愛なんぞする人間ではない。相手が患者であれば尚の事、医療を優先する奴だ。
 
 
 親しい関係ではあるとは思うけど、そもそも初対面での俺の態度が悪かったのでマイナスからスタートしている分、良好に見えるだけである。
 
 
 「良介さんのお体を気遣って大切に労っていたではありませんか」
 
 「知ったふうな口を聞きやがって、この偽物め。お前が俺達の何を知っているのだ」
 
 「通り魔事件で救急搬送された時、アタシが主治医となって良介さんの治療をいたしましたよね」
 
 
 一瞬息を呑んだが、すぐに我に返る。調べれば分かる範囲である。
 
 一年前に起きた通り魔事件は全国ニュースほどではないにしろ、田舎町で起きた暴力事件は地方新聞を飾った。
 
 俺はあくまで事件の関係者に過ぎなかったので名前は出なかったが、関係者であった分当時の事件を調べれば簡単に出てくる。
 
 
 怪我をして海鳴大学病院に運ばれた事も、事件を突っつけば背後関係も知れる。
 
 
 「なかなかよく調べているじゃないか。ストーカーか何かかな」
 
 「今でも、鎖骨の下が痛むのではありませんか。特に 右鎖骨の下あたりは」
 
 「――っ」
 
 
 鎖骨に、違和感がある。その事を知っているのは、整体をしてくれるフィリスだけである。
 
 古傷が痛むという表現があるのだが、実を言うと俺にも傷痕がある。治療は成功しているのだが、鈍痛があるのだ。
 
 ユーリの生命操作とアミティエ達のナノマシンで肉体は生まれ変わっており、「傷跡」はないのだが「傷痕」が残されている。
 
 
 この女が何故知っているのか――いや、落ち着け。フィリスは診断カルテを残している。
 
 
 「フィリスが昨日から行方不明なのは、お前が関係しているのか」
 
 「本人がここにいるのに何を言っているのですか、良介さん」
 
 「昨晩病院に出入りしていたのなら残念だったな、今リスティが監視カメラ類を確認しているぞ。お前が誰なのか、すぐに調べ上げられるぞ」
 
 
 「良介さんは――アタシが夜、というか暗闇がすごく苦手なのはご存知ですよね」
 
 
 
 ――それは。
 
 
 
 『日本を旅している間、宿泊などはどうされていたのですか』
 
 『基本的には野宿かな』
 
 『野宿という言葉でなんとなく想像は付きますけど、恐くはありませんか』
 
 
 
 ――フィリスと。
 
 
 
 『怖いという感覚はなかったかな。山の中だと虫の類は嫌だったけど』
 
 『虫という言葉を聞くだけで鳥肌が立ちますけど、それより闇夜の中で過ごすのでしょう』
 
 『何だよ、幽霊とか気にしているのか』
 
 
 
 ――話した時に。
 
 
 
 『私は夜、というか暗闇がすごく苦手でして、野宿なんてできませんね』
 
 『お前は女なんだから、それ以前だろう』
 
 
 
 ――あいつと。
 
 
 
 「アタシが怖がっていたら良介さんが助けに来てくださると、約束してくれましたよね?」
 
 『私が怖がっていたら、良介さんが助けに来てくださいね』
 
 
 
 助けに来てください、と。
 
 あいつはあの時、確かにそう言っていた。
 
 
 
 「お前が、その言葉を口にするな!」
 
 
 生命の剣セフィロト、俺と共に生まれ変わった剣は命じれば手元に飛んでくる。
 
 即座に脇道を駆け抜けて、女が載っている信号機の下を蹴り出す。本気で蹴ろうとも信号機は折れないが、振動は確実に揺るがす。
 
 瞬間的に鉄骨が揺れ動いて、女は一瞬足元を揺るがせた。その瞬間に俺は剣を手にして――
 
 
 女に剣先を向けて、一直線に投擲した。
 
 
 「ちょっと、良介さんっ!?」
 
 
 御神流には『徹』という基本技がある。
 
 御神の剣士において第二段階にあたるこの技は、衝撃を表面ではなく内部に直接浸透させる特性を持っている。
 
 蹴りであれど、剣と見立てて振るう技術。信号機に伝わる衝撃は内部に浸透して頭上にいる相手に衝撃を叩きつけた。
 
 
 ふらついた女に鋭い切っ先が飛んでいって。
 
 
 「危ないじゃないですか!」
 
 
 女の眼前でUターンをかました。
 
 物理的にありえない歪曲を描いて、兼は切っ先を俺に向けて跳ね返ってくる。
 
 自分の県で口刺しになるなんて笑い話にもならない。俺はとっさに利き腕を翻して、飛んできた剣先を握りしめようとして――
 
 
 俺の頭上を、影が覆った。
 
 
 「しまった、能力の制御が解けた!?」
 
 
 宙を飛んでいたはずの救急車が突如、俺の頭上から降ってくる。
 
 飛んでくる剣と、落ちてくる救急車。映画なら喜劇に見えるショータイムに、俺は怒りを忘れて冷静さを取り戻した。
 
 コント的な光景だったのが災いした。回避するしかないのに、剣を受け止めるべきか、一瞬判断を迷ってしまった。そして、何よりも。
 
 
 この状況を招いたフィリスに似た女が、顔を真っ青にして狼狽えているのが見えて、本当にフィリスなのではないかと錯覚してしまう――
 
 
 
 「ブレイクインパルス」
 
 
 
 落ちてきた救急車が、四散した。
 
 
 爆発したのではない。突如特定の振動数が送り込まれて救急車そのものが内部から破裂したのである。
 
 最小の魔力で最大の効果を発揮できる、恐ろしい力。超能力というあやふやではない、明確な理論に基づいた力。
 
 異世界ミッドチルダでは、魔法と呼ばれている。
 
 
 「なんや街中で騒ぎが起きていると聞いて来てみれば、やはりあんたか」
 
 「……レン?」
 
 
 俺の目の前で指先一つで剣を摘んでいる、少女。
 
 かつて心臓病に苦しんでいたとは思えないほど、活力に漲らせた肌艶を見せる思春期の女の子。
 
 彼女には珍しく女の子らしくめかしこんでいるが、俺を見下ろすその表情が変わらず生意気なツラをしている。
 
 
 鳳 蓮飛――中国人と関西人のハーフの少女。
 
 
 「地球へ帰ってきていたのか、ミヤモト。エルトリアから帰ってきたのなら連絡くらいしてくれ」
 
 「クロノまでどうしたんだ!?」
 
 
 レンとクロノ、この二人が連携して剣と救急車の対応をしてくれたようだ。
 
 二人の顔を見て言葉を失うが、ハッと気づいて立ち上がって信号機の上を見上げた。
 
 
 いない。レン達が駆けつけたその隙に立ち去ったらしい。
 
 
 「くそっ、何だったんだあの女」
 
 
 思わず地団駄を踏んでしまう。フィリスと俺が過去に会話した内容まで知っているのは、明らかにおかしい。
 
 情報として調べようがない日常の会話。フィリス本人でなければ知らないことを、あの女は知っていた。
 
 
 本当に、フィリスなのか――
 
 
 「……どうやらまた何か事件が起きているらしいな。すまないがレンさん、今日のところは」
 
 「分かってます。こんなアホでも一応アタシの家族なんで、力になってあげましょう」
 
 
 洗脳でもされているのか、それとも。
 
 混乱する俺を目の当たりにして、クロノとレンは頷き合って手を差し伸べてくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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