とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第八十ニ話




 ――さて、実際に法案が法律になるまでには幾つかの過程がある。

調べたところ毎年何千件もの法案が連邦議会に提出されるらしいが、この中から成立するのはほんの数百件に過ぎないらしい。

具体的に法案が起草されて、最終的に大統領の署名によって法律となる。この時に大統領が法案を拒否した場合は、議会が大統領の拒否権を覆すことを試みることができるという仕組みである。


明日の採決に向けて、商会が運営している超高級ホテルのスイートルームで最終的な打ち合わせを行っていた。目が眩むほど豪奢なお部屋で、昨年まで野宿生活だった自分との落差に目眩すらしている。


「公聴会は滞りなく完了いたしました。リョウスケ様の最終弁論が決め手となったのか、特段反論や反証もございませんでしたわ」

「恐縮です。リヴィエラ様が事前に工作して下さった中立派へのひと押しも大きかったのでしょう」


 世界都市の中州に直結しているホテルはアクセスの良さも大きな魅力の一つで、30階まで客室となっているため、どの部屋からも世界都市を広く見渡せる魅力がある。

高層階の客室は天空に浮いているかのような美麗さがあり、昼間は勿論だが、ネオンが広がる夜景もロマンチックに広がっている。ランクの高いお部屋は、宿泊そのものが贅沢と言えよう。

こうしたハイクラスホテルは景色の良さと客室の広さが魅力で、洗練された都会的な雰囲気を満喫できる。


今後いつでも自由に宿泊していいとリヴィエラ商会長より笑顔で薦められており、随分と厚遇されている。


「法案に関する公聴会では公共部門や民間の証人に証言させることができるので、商会より推薦した有識者にお願いいたしました。
電波法の法案にはもう番号がつけられており、法案の名前と提出者が連邦議会議事録も無事記載されております」

「では議会運営手続きの専門員についても――」

「法案を適切な権限を有する委員に付託しておりますので、ご安心を」


 法案の提出に必要な手続き類をミスなく完璧に行われているその徹底ぶりには、頭が下がる。適当なハッタリを並べるだけの俺とはドエライ違いである。

法案は議員が法案を起草する場合もあれば、業界団体や一般市民が法案の作成を要請し、その起草を手伝う場合もある。リヴィエラ商会長が工作や根回しを行うのは、別に違反でも何でもない。

実際に法案を提出できるのはあくまでも議員のみではあるのだが、法案を書き上げた起草者は自分の主張に重みを加えるため、共同提出者となる議員を集める事によって、採決への道筋を立てる。


この採決への舗装工事を行っているのが、リヴィエラが運営する商会というわけだ。


「マークアップも順調に行われており、明日の採決には整うでしょう」

「付託された法案をどう審議するかに関して、議長が大きな権限を持っていますが、その点については?」

「法案が上下両院に提出される事が決まっております。これも採決前の最終弁論における結果だと思っています。
リョウスケ様との質疑応答が決め手となったのでしょう」

「隙のない方でしたからね……随分と難儀させられました」


 マークアップというのは、作成された法案に対する修正を提案や検討する作業の事である。

公聴会が終了すると法案のマークアップという仕上げ作業が行われ、翌日法案を可決するべきか否かについての採決を行う。賛成されない場合は、法案は廃案となるのだ。

法案というのは本会議まで進むと全議員で審議する。この段階で法案が修正されたり、再び付託されたりしながら、採決が行われるという流れになる。


今回俺達は証人として参席したのだが、この証人は行政府職員や専門家、業界団体や労働組合、学界や経済界の関係当事者などが一般的――というか政治的だ。


「個人が証言を行ったり、意見書を提出したり、利益団体に意見を代弁させたりして、自らの見解を明らかにするのが狙いですからね。
私のような商人が参席すると利益優先という目でどうしても見られてしまうのですが、その点リョウスケ様が同席して下さったおかげで、政治や経済で揉める事もございませんでした」

「主要各国の代表者の方々が議論に前向きだったのも大きかったですね。通信革命やテレビジョン開設となると、どうしたって他人事ではなくなりますから」

「明日の採決で賛成に回れば、私やリョウスケ様も直接現地へお招かれる日が来るでしょう。手続きはこちらで行いますので、その点はお任せ下さい」


 げっ、主要各国に直接視察などに出向く必要があるのか。CW社の技術提供だけではなく、人員の派遣となると、スポンサーであるカリーナお嬢様とも話し合う必要があるな。

ミッドチルダとエルトリア、連邦政府との距離感は果てしないが、転送技術を用いて行き来も出来る。異世界旅行も随分と壮大になってしまったものだ。

もしも明日法案が可決した場合には、上院本会議に法案を報告することが決定される。


電波法が下院と上院を通過した場合、法案はいよいよ大統領に送付されるのである。


「リョウスケ様と大統領の関係について議会後に各マスメディアより問い合わせがあったようですが、今のところ回答はないようです」

「明日の採決まで無言を貫きますか……こちらの出方を伺っているのですね」

「というよりも、リョウスケ様を警戒しているのでないのでしょうか。大統領と同じ出身とのことですが――立ち入ったこととなりますが、経緯を伺っても?」

「かまいません――というよりいずれ商会と我が社の本格的な業務提携が始まりますので、リヴィエラ様を本社へお招きするつもりです」


「まあ、リョウスケ様とのご関係についてご挨拶しなければなりませんね。今から緊張いたしますが、楽しみにしています」


 挨拶って何!? 気がかりな点はあるが、避けられない話題ではあるので半ば観念している。エルトリアの主権を得るためとはいえ、商売の規模もデカくなっているからな。

異世界に販路を確保して、連邦政府や主要各国を相手に営業成功したとか聞いたら、カリーナお嬢様やレジアス中将あたりはどういう反応をするだろうか。面白がるか、怒るかになるだろうけど。

俺としては商売は全て彼らに任せて、さっさと帰りたいのだが、どこまで責任を果たせばいいのか見えなくなりつつある。


利益は十分出したんだから、金一封で無罪放免してほしいものである。


「明日の採決で合意に達することができなければ、法案は廃案となります。修正案を提出することも出来ますが、その場合議会にに差し戻されるので厳しくなりますね」

「議会で合意した法案が可決された場合には、署名を得るために大統領に送付されるので、そこが勝負ですね」

「リョウスケ様との関係性が探られていますので、その点を含めてどう出るか――少なくとも私情で拒否することだけはなくなったと、私は見ています。
リョウスケ様が最終弁論で関係をほのめかされたので、この局面で余程の理由もなく拒否するのは、懐を探られるのと同じですので」

「大統領の今後について、どのように見られていますか」


「議会が圧倒的に賛同すれば、法案に署名して法律にするしかなくなるでしょう。
後は連邦議会の開会中に何の行動も取らないという行動も考えられます」


 げっ、精一杯時間稼ぎする腹か。署名するにしても何時するかどうか――十年も二十年も先なんて無茶は出来ないにしても、先延ばしは考えられる。

もしも明日の採決で賛成と反対が拮抗してしまうと、世論の出方を伺うという大義名分が出来てしまう。

そうなれば時間を大いに稼がされてしまい、エルトリアの退去命令が先に出てしまう。その後で賛成となっても、主権を取り返すのは難しくなる。


テレビジョンの技術開発を、何が何でもエルトリアで行わなければならない理由はないからだ。


「連邦議会としては、行政府に法律を誠実に履行させるため、行政府の業務や活動を推進する義務はあるのですが……」

「明日で全てが決まりますね。後は天に任せましょう」


 こうして、最後の話し合いは終わった。十分すぎるほど打ち合わせもしたし、出来ることは全てやりきった。

世論はこちらが優勢となっているが、大統領は立場としては反対。議会の流れは掴んでいるが、反対派も徹底的に工作しているだろう。


蓋を開ければどうなるか――明日に全てがかかっている。













「父上、一つお耳に入れたいことが」

「どうした、シュテル」


「明日に控えてこのような事を言うのは憚られるのですが――



エルトリアに通信が通じないのです。ユーリ達と、連絡が取れません」













<続く>








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