とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第七十一話
――有名な子守唄に、「Hands up please, don't shoot me」というのがある。
俺自身聞いたことはないのだが、タイトルだけは耳にしたことがある。俺のような世間知らずでも知っている曲というくらいには、知名度があるのだ。
名曲かどうかは人それぞれの評価なのでさて置くとして、この曲に秘められたメッセージは奥深い。シンプルでありディープ、状況によっては非常に厄介と言える。
意味は俺でも簡単に訳することが出来る――"両手を上げるから撃たないで"
「……非戦を訴えてはいるようですね、一応」
「タガが外れればどうなるか、分かったものではありませんが」
車から降りてきたのは、両手を上げた集団であった。代表者は先頭の男らしいが、生憎と特筆するべき特徴はない。敢えて言えば、プラカードの男と言っておこうか。
前後の車から降りてきたのは男女合わせても十数名だが、俺達の車を取り囲んでいる人数は明らかに数十名となっている。車だけではなく、徒歩の連中もいたということか。
異様なのは、全員揃って両手を上げていることだ。異世界でも両手を上げる意味が降伏を示しているのかどうかは分からないが、少なくとも全員から感じられるのは圧力だった。
弱者が集うことによる、数の暴力――強者達を相手にしてきた俺にとっては、未知の敵だった。
「我々は個人のプライバシー保護を目的とした、正義の集団である」
プラカードの男が、車より降りたポルポ代議員に向かって叫んでいる。少なくとも正義の味方は赤の他人を車で取り囲んだりしないと思うが、言っても無駄だろう。
確か妹さんの念話ではこの集団は「人民民主政府樹立同盟」を名乗っているらしいが、人民民主政府樹立とプライバシー保護がどう結びつくのかよく分からない。
多分主義主張が一貫しておらず、いわゆる流行り物に乗っかる集団なのだろう。連邦政府への批判が出来れば何でもいいわけで、今回は電波法だったという事だ。
別にテレビジョン開設が個人のプライバシーを暴き立てることにはならない――のだが、マスメディアが個人情報を尊重しているかどうかは微妙なので、主張としては分からんでもない。
「フン、正義の集団が聞いて呆れる。これは立派な犯罪行為だぞ」
「プライバシーを含む個人の権利利益の保護を図る事が目的だ。お前達に危害を加えるつもりはない!」
そうだそうだと、プラカードの男の主張に賛同の声が上がる。危害の意味を正確に把握していっているのだろうか、こいつらは。
怪我を負わせていないから平和だと言いたいのだろうが、リヴィエラ・ポルトフィーノのような女性を車で取り囲んでいる時点で立派に害をなしている。
身体に怪我はなくても、心に傷を負う危険性だってある。両手を上げていても大勢の人間に取り囲まれたら、それだけで精神に圧迫感を感じるだろう。
気丈に振る舞ってはいるが、彼女は今も俺の手を握りしめたままだった。
「なるほど、電波法の制定を阻んでテレビジョン放送の開設阻止を目的としているのか。ならば、心配はない。
お前達の志、このポルポが十分に受け止めた。私が必ずお前達の声を議会に届け、電波法制定を阻止してやろうではないか!」
何いってんだ、こいつ――と言いたいが、少なくともこの場を切り抜けるのは効果的であると言わざるをえない。あくまでも目先の安全でしか無いけど。
意図的なのかどうかは分からないが、この集団はなかなかよく考えている。完全に犯罪行為ではあるのだが、あくまでも非戦を訴えている以上テロとして扱われるかどうかは不透明だ。
そしてテロではないのなら、ポルポ代議員が相手の要求を飲むのもテロに屈したことには一応ならない。デモ活動に同調するのは、別に犯罪ではないからだ。
一見すると不名誉な行為ではあるのだが、国民の声を聞いたというのであれば大仰に騒ぎ立てられたりはしないだろう。
「この車には、俺の大切な女性が乗車している。彼女を怯えさせるのは、断じて俺が許さない。
お前達の声は確かに聞き届けることを約束してやろう。その代わり、この場からとっとと立ち去るがいい。
あくまでも声を張り上げるのであれば、彼女を守るべくこの俺が相手になるぞ!」
……こんな事を言うのは何だが、妙にキャラに合っていないことを言っている。いや別に偏見とかではなく、何か違和感を感じる。
リヴィエラ様ほどの美女を焦がれるのはよく分かるし、イイ女の前で毅然とカッコつけたい気持ちはわかる。青少年なら誰だって一度は懸想する行為だろう。ヒロインの前でカッコつけるヒーローを男は憧れるものだ。
しかし、現実は違う――集団で敵意を向けられたら、愛する女の前であっても毅然とするのは難しい。実践に慣れているのであれば別だが、胆力がなければ無理な行為だ。
こう言っては何だが、ポルポ代議員にそんな胆力はない筈だ。惑星エルトリアでモンスターに襲われた際、彼が暴走して味方に誤射したのだ。戦場で一番やってはいけない錯乱行為である。
確かに非戦を訴えてはいるが、相手がどんな集団なのかこの状況では分からないはずだ。俺は妹さんに聞いたから知っているのであって、彼に彼らのことを知る術はない。
リヴィエラも同じ疑問を抱いているのか、ポルポ代議員の勇気ある行動に見惚れるのではなく、疑惑の目を向けている。
「いいだろう、ならば我々も徹底抗戦だ!」
「なっ――」
「我々はテレビジョンなどというプライバシーの侵害に、断固として反対する。不法行為など絶対に許されない!
この声がお前達に届くまで、声を張り上げ続けるぞお前達!」
『おおおおおおおおおおおおおお!』
ほら、エキサイトしたじゃないか。現実と理想は違うのだ。ヒーローがヒロインの前でカッコつけられるのは、あくまでお伽噺の中でしかない。
誰も彼も説得に応じるのであれば、警察や軍隊なんて要らないのだ。まして正義を名乗る輩に、正論なんてぶつけても跳ね返ってくるだけだ。
なんか勝算があって行っているのかと思いきや、ヒートアップするデモ活動にポルポ代議員は気圧されている。おいおい、相手が反論するくらい簡単に想像つくだろう。
運転手を見やると、この展開に何故か信じられないといった顔をしていた。えっ、なんで勝利を確信できていたんだ?
「お、お前達、俺が誰だか分かっているのか。連邦政府の代議員を務めるポルポだぞ!」
「議員バッチをひけらかしたら、我々が恐れおののくとでも思ったか!」
「お前達の声は必ず聞き届けると約束したはずだ!」
「議員なんてどいつもこいつも口先ばかりで、信用できない。必ず電波法を破棄させると書面を書け!
それとテレビジョン放送を開設しようとする商会を、政府の力で潰すと約束しろ!!」
『そうだ、そうだ!!』
電波法の破棄だけではなく、テレビジョンの破壊まで要求するつもりか。商会にまで波及する勢いに、ポルポだけではなくリヴィエラまで固唾を飲んでいた。
もしも彼女がこの場に出されたら、論争だけでは済まない可能性がある。見たところ男女揃っているが、表立って声を張り上げているのは男達だ。
リヴィエラほどの高貴な女性となれば、本来近づくことも出来ない。それほどの高嶺の花が男達に取り囲まれたら、どのような目に遭わされるか分かったものではない。
何しろ正義という名目があるのだ、集団に女性がいたとしても見て見ぬふりをするかもしれない。そうなれば――かつてのジャンヌ・ダルクよろしく、人柱として酷い目に遭わされる可能性がある。
「貴様ら、いい加減にしろ! 報酬は既に支払っているはずだ、これ以上要求するつもりか!」
「えっ……」
「何だって?」
――報酬を事前に支払っているとはどういう事だ。この場での約束事だけじゃないような言い方だ。
もしかしてポルポ代議員がテロまがいの連中に堂々と詰め寄れるのは、何らかの保証がされているからなのか? 事前に何らかの段取りができていると考えれば、辻褄が合う。
今のこの状況は、ポルポ代議員がリヴィエラを出待ちしていて起きた出来事だ。車で取り囲まれた時も俺達は動揺したが、ポルポ代議員と運転手は平然として――あ。
違和感の正体が分かった――運転手だ。ポルポ代議員を安全に送迎するのが仕事であるこの男が、静観しているのは絶対におかしい。
もしもこの状況が段取りであり、あの集団がポルポ代議員に雇われたのであれば話が合う。運転手も自分の雇用主の邪魔は絶対にしないだろう。
リヴィエラを無理矢理にでも送ろうとしたのは、言うならば自作自演によるヒーローショーを見せつけるためだ。
台本通りにやれば、そりゃヒーローショーは現実でも成立する。
「商会の女が乗っているのだろう、この場に出せ! 責任者を呼べ!!」
「なっ、黙っていれば貴様調子に乗り――」
「じゃあお前が全て責任を取れ! 今すぐこちらの要求を全て応じろ!」
『議員を辞めさせろ! 商会女をクビにしろ!!』
「――うっ、あ……」
――そして見事に裏切られたという訳だ。そりゃ事が上手くいきすぎたら、調子に乗るだろうよ。だって、自分達は正義だと思っているのだから。
議員が要求に応じるのは報酬ではなく、義務だと彼らの頭の中で勝手にすり替えたのだ。古今東西、テロリストが要求をエスカレートさせなかった例はない。
だからこそ断じて、国家がテロに屈さないという不文律がある。要求に応じてしまえば、今の彼らのようにヒートアップしてしまうからだ。
そして非戦の近いは破られ、暴力が聖戦の名で正当性を帯びてしまう。
「――リョウスケ様、私が彼らに話を」
「いえ、貴女が出ればますますつけあがるだけです。私が行きましょう」
集団に取り囲まれてポルポ代議員が腰を引けているのを見て、俺は嘆息して彼女の手を離した。このままだとエスカレートして、本当のテロ事件に発展してしまう。
聡明なリヴィエラもそれが分かっていて矢面に立とうしたのだろうが、交渉の場に出すのは危険だ。俺が相手をするしかないだろう。
交渉能力はリヴィエラの方がずば抜けて高いが、集団による暴力が行使されると交渉に応じず野蛮な行為に出るかもしれない。
リヴィエラをそのような危険な目に遭わせる訳にはいかない。
「ご両親にお約束いたしましたからね。必ず貴女を無事に家まで届けますよ」
「リョウスケ様……」
彼女の目を見つめて確たる誓いを交わすと、リヴィエラも分かってくれたのか頬を染めて頷いた。
本当なら全員斬り殺してやりたいが、生憎と剣を持ってきていない。それに一応非戦の立場でいる彼らに、剣を突きつけるわけにはいかなかった。
だがあいつらは一つ、決定的な勘違いをしている――俺は議員や貴族のようなご立派な立場ではなく、むしろアイツラ側の人間だ。
俺は、車から降りた。
「俺が代わって話を聞こう、要求は何だ」
「先程から言っているだろう。我々はプライバシーを含む個人の権利利益の保護を図る事が目的としている。早速電波法を廃止しろ!」
「よし、分かった。飯を奢ってやる」
「はっ……?」
プラカードの男はおろか、周囲にいる連中まで目を丸くしている。何を驚いているんだ、こいつら。
「飯を奢ってやるといったんだ。今の時間帯での襲撃からして、夕飯食わずに集まったんだろう。全員奢ってやるから来い」
「ふ、ふざけるな! 我々を買収するつもりか!?」
「うん」
「はあっ!?」
断言して言える。何の利益もなく、こんな事を平然とする連中じゃない。絶対に何らかの益になるから、こんな真似をしている。
デモ活動まではまだ分かる。義憤にかられて議事堂の前に集まるのも分かる。しかし、ポルポ代議員やリヴィエラ商会長を取り囲むのは絶対に義憤ではない。ただの犯罪だ。
デモ活動がテロにエスカレートするのには理由があるはずだ。正義や義憤で、そこまで急に態度を変えたりはしない。
そもそもの話、こいつらは最初ポルポ代議員の口車に乗ったんだ。絶対に切り崩せる。
「民を買収するのは犯罪だぞ、この外道め」
「議員ならそうだろうな。だけど、俺は一般人だぞ」
「嘘をつくな、ただの一般人がどうして議員や商会の女と一緒にいる!」
「何の罪もない運転手だって乗っているんだ、一人や二人同乗していたって別に変な話じゃないだろう」
「くっ……だ、だが、それでも絶対に買収には応じないぞ!」
「本当に?」
「当然だ!」
「俺の誘いに応じたら、高級ホテルでステーキとか奢ってやるぞ。何だったら貸し切りでパーティしたっていいぜ。
友達だろうが、家族だろうが、何人だって呼べばいい」
「ふ、ふざけ……」
「あんたらにだって大事な家族や友達が待っているんだろう。議員や商会を脅して電波法だの何だのとやるよりもさ――
美味しいご飯を腹いっぱい食べて、お土産包んで持って帰ってやりなよ。ホテルの招待券とか貰ったら、いつでも遊びにこれるじゃないか。
家族や友達と思い出作りするよりも、プライバシーの保護とやらがそんなに大切なのか。お前らの大事な人達を心配させてまで、必死になってやることなのか?
」
「……」
シン、と静まり返った――馬鹿め、それが俺の目的だと知らずに。
ようするにこいつら、議員や商会を予想以上に追い詰めることが出来て浮かれているだけである。ヒートアップしているのであれば、冷まさせればいい。
金を出すと言えば正義を名乗るこいつらは反発するかもしれないが、飯を食わせてやるのであれば話は違う。何故なら、買収にはならないからだ。
正確に言うと高級ホテルに連れて行って飯を奢るのは接待であり、買収の一種なのだが――金と直接結びつかなければ、意外と想像がつかないものだ。
「この議員に何を言われたのか知らないが、冷静になって今自分達がしていることを考えてみろ。
その上で決断してくれ――今晩議員や商会を脅して犯罪者になるか、俺と一緒に高級ホテル行って皆で美味い飯食って楽しくやるか。
俺を敵に回すのと、俺と友だちになるのと、どちらが自分の人生にとって得か――きちんと考えてみるんだ。
俺はあんた達が正しいと思っている。そして正しく物事を考えられる、立派な人達だと思っているんだ」
そして最後に、彼らのやっていることを否定しない。ここが第一である。
明らかに犯罪行為ではあるのだけれど、お前達が間違えていると言ってしまうと逆上してしまう。
まあ実際こいつらを雇ったポルポ代議員が悪いので、一概に彼らを責め立てるつもりはない。そもそも俺は警察や裁判官ではない、罪や罰を決めるのは法だ。
この場を無難に乗り切れば何でもいいのだ。
「今から五秒数える、俺に応じるのであれば手を挙げろ。今からすぐにホテルを手配して、酒や料理をたらふく用意しよう」
「い、いや、しかし電波法やテレビジョンの事が――」
「それ、飯食いながら話せることじゃないのか。こんな路上で語り合わなくてもいいだろう。代表者っぽいあんたと俺で、酒でも飲みながら話そうじゃないか」
「……」
「5、4,3,2――」
「あ、あああ、待て待てぇええええええええええ!」
――結局、全員一斉に手を挙げた。一般庶民なんてこの程度である。明日の法律より、今日うまいめしを食うことが大事だよね。
その後リヴィエラに手配してもらい、ポルトフィーノ商会の高級ホテルに全員招待し、飲めや歌えの大宴会になった。
これにて、一件落着である。
「あの、リョウスケ様。お礼と言ってはなんですが、今晩私の部屋でお酒でもいかがですか」
「ありがとうございます。お礼と言っても単に、あいつらを札束で引っ叩いただけですけどね」
「ふふふ、見事な悪代官ぶりでしたよ」
あんまり褒められている気がしないが、リヴィエラが無事だったのでまあいいか。本人もなんだか嬉しそうだしね。
ちなみに――プライバシーの保護だっけ? ホテルの無料招待券を渡したら全員、喜んで帰っていったよ。
<続く>
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