とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第七十話
……俺が言うのも何だが、何事も暴力で解決しようとするのはいかがなものか。
自分が今起きている状況を正確に掴んでいる訳ではないのだが、思い当たる点は幾つかある。そして、思い浮かぶのは忌まわしき海外でのテロ事件だ。
夜の一族、というか月村忍という女に関わってしまったせいで、ドイツで武装テロ事件に巻き込まれた。ロシアンマフィアに撃たれた日本人なんて、近年では俺くらいのものだろう。
せっかく議会で平和的に論戦していたというのに、これでは台無しだ。頭を抱えたくもなる。
「一本道で車を前後に挟んで封鎖、計画的な犯行ですね」
「時間帯から考えても待ち伏せられていた可能性が高いでしょうね」
状況から考えて当然のことを敢えて確認し合うのも、重要である。リヴィエラ・ポルトフィーノほどの才女であろうとも、この状況下で何も思わない程冷血ではないのだから。
むしろ突然の危機的状況に取り乱さず、現状確認を行える精神力に敬服してしまう。俺なんて海鳴で通り魔に襲われた時、みっともないほど動揺して事態をかき回してしまったのだ。
ただ、現状確認を行いつつも握られた掌は若干汗ばんでいる。震えてはいないが、俺の手を離そうとしない。如何なる時でも冷静であろうとする貴族としての誇りだろう。
実家の親御さんにも彼女の事はよろしく頼まれている。親子の気持ちなんざ孤児の俺には分からんが、頼まれた以上はどうにかしてやりたいとは思う。
「フン、みっともない程動揺しているな下民め。リヴィエラの前で醜態を晒すな」
「致し方ないかと。どのような事態にも毅然とされているポルポ様と比べるのは酷でありましょう」
運転席と助手席から、軽蔑するかのような声が容赦なく飛んでくる。スモークフィルム施工された車に挟まれたら、誰だって動揺すると思うんだが、俺の感覚がおかしいのだろうか。
明らかに正体不明な連中に囲まれているのに、むしろ一切取り乱さないのはどうしてだ。事前に予期でもしていなければ、狼狽えて然るべきなんだけどな。
リヴィエラもポルポ代議員の批判に、怪訝な表情を見せている。肝っ玉の太い性格ではない男なのに、普段通りの態度を崩さずにいるのに妙だと感じているのだろう。
俺達の疑惑に対して気付くこともなく、ポルポ代議員は気取った態度を見せている。
「フッ、安心しろリヴィエラ。お前にはこの俺がついている」
「……ありがとうございます。けれど決してご無理はなさらず、御身を労って下さい」
「ハハ、この程度の連中なんて俺の敵ではない。有象無象の輩だ、蹴散らしてくれる」
リヴィエラは言葉を飾っていたが、要するに無茶をするなと言いたいのだが、本人にはあいにくと伝わっていないらしい。
綺麗な女に見栄を張りたいという気持ちは男としてよく分かるのだが、何の根拠もなくそこまで言い切って大丈夫なのだろうか。
それにしても――
「相手が誰だか、分かっているのですか?」
「誰が質問を許した、下民め」
「逐一許可を求めている状況ではないと愚考するのですが」
「ちっ、いちいち説明せねば分からんとは察しの悪い男だ。到底リヴィエラのパートナーにはふさわしくない」
それこそいちいち比較する必要はないだろうに、わざわざ彼女の前で俺を吊るし上げる。この態度から察するに、本当に誰の仕業か特定しているようだ。
今の情勢を顧みれば、頭の悪い俺だって幾つかの検討はつく。テレビジョン放送に電波法制定、リヴィエラとの関係とポルトフィーノ商会との契約。
出る杭は打たれるという言葉があるが、今の俺は正にその立ち位置だろう。突然異世界より現れて利権を奪い、権力と勢力を拡大する輩がいれば暗躍する者も出てくる。
ただ、明確に特定するのは難しい。その点、代議員ともなれば心当たりがつくのかもしれないが――
「駄目ですね、通信が妨害されています」
「包囲が完了した瞬間を見計らって遮断したのでしょう」
通信機も妨害されているのか、周到に準備されている計画のようだな。それだけ犯人が本気であるという示唆だった。
護送は必要ないと連絡したばかりでの出来事だっただけに、リヴィエラはタイミングの悪さに唇を噛みしめる。しかし、俺は別の観点で見ていた。
彼女が悪いのではなく、そもそも他でもないポルポ代議員が出待ちしていた事で起きたタイミングと言える。彼が強引に送ろうとしなければ、リヴィエラを呼べたのだ。
タイミングが悪いというのであれば、むしろこちらだろう。
「人手など必要ない。俺一人で事足りる話だ、心配は無いぞリヴィエラ」
「しかし、通報しなければ事が大きくなる可能性もございます」
「はは、ポルトフィーノへの根回しも万全に行うので、心配はいらんぞ」
ポルトフィーノ貴族――つまり実家への配慮も万全だと大言されて、さすがのリヴィエラも口を噤むしかない。今起きている事件の経過次第で、実家にも迷惑をかけてしまうからだ。
彼女自身は明らかに被害者なのだが、被害者という立場は世間的に見れば弱者として扱われる。そして政界や経済界において、弱者とは食われる立場となる。
これまで女手独りのみでありながら彼女が幅を利かせられたのは、彼女がひとえに強者であったからだ。自らの才覚のみで功を積み上げ、覇を成した。
ここで実家に迷惑をかけてしまうことは大貴族である両親に傷をつけ、自身を貶めてしまう結果になりかねない。そうすれば政略結婚の餌にされてしまうだろう。
「俺が自ら小奴らを捕まえれば済む話だ。ご両親も必ずお守りし、ご挨拶させていただこうではないか」
「……はい」
だからこそ、リヴィエラはポルポ代議員の差し伸べた手を安易に振り払えない。実家に迷惑をかけるくらいなら、自分が泥をかぶるしかないという責任感の現れだろう。
その高潔さ自体は尊重するべきだし、俺自身尊敬の一つもするが、生憎と自己犠牲による事態の解決は俺本人が嫌うやり方だった。昔は俺も勘違いしていたので、恥ずかしくなる。
自己犠牲は一見責任感の強さに見えるが、見方を変えればただの責任逃れだ。誰にも迷惑をかけたくないと思っていたとしても、結局誰かの迷惑になってしまう。
彼女は実家に迷惑をかけたくないと思っているのだろうが、親から見れば愛する子供が傷つく事が一番迷惑なのだから。
"剣士さん、ご無事ですか"
"妹さん、そろそろ連絡が来る頃だと思っていたよ"
――だからこそ、ポルトフィーノのご両親に彼女の事を頼まれていた俺はきちんと護衛体制を万全にしていた。
そもそもの話、俺個人が自由に行動できる立場ではない。妹さんは何処に行こうとついてくるし、俺の子供達や騎士達は自由行動を許してくれない。アリサも口うるさいしな。
リヴィエラの護衛だけに頼らず、妹さん達も独自に護衛チームを整えている。通信妨害されていようと、念話という異世界の手段があれば問題ない。
俺が平静を保てているのも、彼女たちの存在が大きい。
"確認いたしました。ご安心下さい、襲撃を受けているのは剣士さんが乗車する車のみです"
"ポルトフィーノの実家にまで類が及んでいないか。他の議員達も襲撃は受けていないんだな"
"はい、まだ事件も明るみにはなっていません"
襲撃を受けた時点で、妹さん達は既に行動を開始している。まず俺の安全を確保した上で、俺の周囲が安全か確認する。過去の事件より、俺の周囲にまで悪影響を出す可能性を考慮してだ。
一つの事件が起きれば、俺の周囲にまで波及する事が数え切れないほどあった。美有希達まで迷惑をかけたこともあったので、警戒くらいはする。
電波法制定によるテロ事件かと思ったが、そこまで波及はしていないようだ。同時多発テロにもなれば国際問題に発展し、惑星エルトリアの主権どころではなくなるからな。
最悪の可能性は回避できたので、少しだけホッとする――いや全然、事態は解決していないんだが。
"そもそも俺達を取り囲んでいるのはどんな連中なんだ"
"「人民民主政府樹立同盟」です"
"は……?"
"議会前の広場で集まっていた人達ですね。
自由なる情報公開、いわゆる通信メーデを開いている団体で、一部の労働者や主婦達が集結して通信事情の現状を訴えています"
"そんな事を気にする連中がいるのか!?"
携帯電話の電波状況が悪いからと言って、国にわざわざ訴える奴はいないだろう。そこまで切羽詰まっている訳でもないだろうに、暇な奴らである。
とはいえ、分からないでもない。議会でも問題視されていたが、テレビジョン開設による通信革命は圧倒的である。情報開示の量はこれまでとは比べ物にならない。
全世界でニュースメディアが展開されれば、今後連邦政府直下で公開される情報量は圧倒的な規模に及ぶ。マスメディアは今後絶大な力を行使できるようになるだろう。
ここまでの規模となれば、逆に不安視する連中が来るのも分からないでもない。自由な情報公開となれば、逆に統制が敷かれる危険性を考慮するのは人間としてのサガだ。
"剣士さんを取り囲んでいる「声」は、議会前にいた人達と同じです。その情報を元に、チンクさん達が調べてくれました"
"妹さんの万物を聞く能力と、チンク達戦闘機人の工作能力が組み合わせると無敵だな……
しかしだな、俺達を取り囲んでどうするんだ。暴力による弾圧も、立派な情報統制だぞ"
"目的と手段が逆となるのは、歴史の常ですね"
どうやら武装テロ組織やマフィアの類ではないらしいが、それはそれで厄介である。力ずくで殲滅すると、過剰防衛に取られかねない。
正直セッテ達戦闘機人が全力で戦えば、労働者上がりの連中なんぞ軽く殲滅できるだろうが、相手は一応一般人の類に含まれる。世間がどう見えるか、怪しいものである。
その上今、電波法やテレビジョン放送で世間が注目しているこの時期。過剰な暴力事件を起こしてしまうと、世間が萎縮してしまう危険がある。
そうなると、電波法制定への世間の流れが怪しくなってしまう。
"いかがいたしましょうか。皆、剣士さんの御判断一つで動けます"
"うーむ……"
解決方法は幾つか、というか幾つもある。力押しならほぼ一瞬だし、命の危険についても心配はない。最も労働者集団であっても、決して油断はできないが。
悩みどころは現状だ。ポルポ代議員が強気な態度でいるのも、相手が人民民主政府樹立同盟だと知っているからだ。でなければ、幾ら何でもここまで強気には出れない。
問題はなんで知っているのかという点だが、この場で追求しても分からないだろう。相手は仮にも代議員だ、俺より政治的能力は優れている。素人の追求では埒が明かない。
となれば現状を唯一把握できていない、リヴィエラを何とかするべきだ。
「ご安心下さい、リヴィエラ様。ご心配なさらずとも、御実家は大丈夫です」
「何だと、気休めを言うな!」
「安易な気休めを言うつもりはございません。確かな事実です」
「リョウスケ様……もしや何か手を打たれていたのですか」
ご実家は無事→どうして無事だと分かるのか→念話で聞いた→念話とかなにか→延々と疑問が繰り返される。このループに襲われたら、ある意味テロ組織より手強い。
俺だって妹さんを通じて念話して貰っているだけで、自分が使える訳ではないのだ。念話とは魔法という原理だけ知っているだけで、仕組みまで把握していない。
通信手段があるとだけ言えばいいかもしれないが、リヴィエラから後で絶対追求されるだろう。テレビジョンという新技術だけでも説明が大変な時に、魔法という概念まで持ち込みたくない。
こういう場合における対処法が一般人にはある――結果論だ。
「昨日議会を訪れた際、広場でデモ活動が行われているのを拝見致しました――そしてその日の夜に、大統領御本人よりテレビジョン放送に関する批判。
連邦政府のトップに君臨する人物より、自分達の行動が肯定されたのです。活動が激化すると考えるのは自然の流れでございましょう。
不思議に思いませんでしたか。私の秘書官が本日、全員不在だったのを」
「ま、まさか、貴様……!」
「ええ、彼らの行動を予測して先手を打っておきました。私の手の者がリヴィエラ様の御家族や身内、商会の方々を護衛させています。
我々が本日定刻通りに帰宅しなければ、すぐさま行動に出るでしょう。当然犯人も予測できているので、ポルトフィーノご貴族様への配慮や根回しも万全。
リヴィエラ様には事前にお伝えできず、ご心配をお掛けしたことをお詫びいたします。何分ここまで直接的な行動に出るかどうかは不明でして、要らぬご心配をおかけするのも心苦しかったもので」
「いえ、リョウスケ様には感謝の言葉しかございません。本当に、貴方と関係を結べた事が何より嬉しく思います。
リョウスケ様が本日ここまで同行してくださっているのも、私を守るためでございましょう?」
「え、ええ……それは勿論」
――嘘である。この男、今この瞬間に段取りを必死で整えるだけである。
俺の今の話は念話を通じて、妹さん達に伝わっている。俺のハッタリを現実にするべく、今から行動を開始してくれている。
俺の手を握りしめて情熱的に見つめられていると、心苦しさで悶そうになる。すまぬ、すまぬ……だって、念話だの魔法だの説明できないんだもん。
結果的にそうなったというだけで、生きている。俺という人生を象徴していた。
「リヴィエラ、その男なんて信用するな! 俺が全て解決してやる、見ていろ!」
「ポルポ代議員、外に出るのは危険です!?」
止めようとするのも聞かず、ポルポ代議員が車から外へ出てゆっくりと封鎖する車へ歩み寄る。
武装テロではないにしろ、ここまで過激な行動に出る連中だ。何をするか分からないのに、どうしてそんな行動に出れる。
――まさか、あの男。何らかの安全保証があるのか……?
「出てこい、貴様ら。この俺が要求を聞いてやる!」
「……」
車から出てきたのは――何と。
<続く>
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