とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第六十九話
電波法制定の議会、その三日目を終了した。アリサやシュテルといった頭脳陣が不在の論争は不安でしかなかったが、何とか事なきを得た。
馬脚を現す事は幸いにもなかったのだが、課題は山積している。主要各国の賢人達はやはりというべきか非常に手強く、多くの爪痕を残した結果となる。
議事堂を出ると既に日が沈んでおり、長きに渡った論争が繰り広げられた事を実感した。こんな事を毎日のように行っている政治家達を、今では心から尊敬できる。
多額の報酬を得ているとはいえ、毎日こんな論争を行っていては正気ではいられなくなりそうだ。政治家の報酬を減らせという庶民定番の主張も、政治を体験してみると虚しく感じられる。
「本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。お疲れかと思いますが、課題整理を行うべく我が家へ足を運んで頂いてもよろしいでしょうか」
「勿論です。最終日の投票を考えれば、実質明日の4日目が正念場となりましょう。念入りに準備いたしましょう」
「リョウスケ様は今の情勢をどのように捉えておられますか」
「こちらが優位と見ています。根拠は他でもない、大統領の不審な動きですね。横槍を入れなければならない情勢であると、分析されておられる所作でありましょう」
「なるほど……敵対勢力から伺った戦術的分析という事ですね。リョウスケ様の多角的な視点には、本当に勉強させられます」
いいや、単に自分の分析能力が低いから他人を頼りにしまくっているだけなんだよね。一般人が、商人や政治家の分析眼に勝てる筈がないからな。
ド素人だからこそ敵であろうとプロに頼った味方をする。リヴィエラ・ポルトフィーノが感心しているのは本人がずば抜けた才女であり、これまで自分の才覚に頼って成り上がったからだ。
ポルトフィーノほどの貴族であれば、優秀な人間ばかりが周囲に集う。ゆえにわざわざ敵の見方に頼るような人間なんぞいないのだろう。
他人任せの人生を綱渡りしているとそのうち転げ落ちそうなので、何とか早期に決着しなければならない。
「待っていたぞ、リヴィエラ」
「お疲れ様です、ポルポ代議員。お声掛けくださり、光栄に存じます」
議会を出て車を回してもらうタイミングで、ポルポ代議員に出待ちさせられる。半ば不意打ち気味に声をかけてきたが、リヴィエラの凛々しい姿勢に動揺はない。
リングを降りれば敵も味方もない。議会が終わった以上睨み合う必要はないにしろ、まだ投票が済んでいない今の状況でわざわざ女に声をかけに来たのだろうか。
まあ挨拶くらいしても不思議ではないので、穿った見方をする必要もないか。俺が声をかけると不機嫌になるので、ひとまず頭を下げるくらいで留めておく。
本人は俺を一瞥すると一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐにそのハンサム顔を微笑みに変えてリヴィエラに向ける。その美男子ぶりを、議会でも発揮してくれればいいのだが。
「お前は実に優れた女だが、さりとて慣れない政治の舞台で疲れただろう。俺が車で送ってやろう」
「私のような一介の商人にお気遣い下さりまして、ありがとうございます。しかしながら他でもない代議員の方に、ご足労おかけする訳には参りません。
ポルポ代議員程のお方であれば、日々重荷を背負っておられましょう。どうぞお気遣いなく、大切な御身を労って差し上げて下さい」
「ふふ、易しい気遣いも出来るいい女だ。お前ほどの女性であれば、労力くらいは厭わんさ」
? 何だ、この無駄な押しの強さ。どう見たって男が送り狼になりそうなので断っているようにしか見えないのだが、議員のくせに言葉の裏が読めないのだろうか。
いや、むしろ断られているからこそ押しているのかもしれないか。ここ連日の議会で敵味方に分かれており、リヴィエラも言葉や態度にこそ見せていないが反対派のポルポ代議員とは距離を置いている。
ここで仲の良い素振りを見せてしまうと、あらぬ誤解を与えてしまう危険もある。好き嫌いは当然あるにしろ、懇意にするのは控えるべきだろう。
だから断っているのだが、ポルポ代議員は空気を読まない。
「大変ありがたいお誘いですが、ポルポ代議員のような大物を我が家までお連れしてしまうと、お恥ずかしながら家族の皆も緊張してしまいます。
粗相をお見せする訳にはいきませんわ」
「そうだな、いずれポルトフィーノ氏にも挨拶せねばならんが……安心しろ、今日のところは送るだけだ。またいずれ正式に招待してくれればいいさ。
今晩は俺の純粋な厚意と受け取ってくれてかまわない」
「左様でございますか……」
微笑みを崩さないまま――リヴィエラ・ポルトフィーノはそっと、俺を一瞥する。
彼女のような優れた商人の表情を、俺は読み取ることは出来ない。簡単に助けを求めるような女ではないことも分かっている。
しかしいい加減鬱陶しいのも事実なので、俺も重い腰を上げた。
「わざわざお車を回してくださり、ありがとうございます。いやー、今日も一日大変でしたね」
「待て、貴様を送るとは言っていない!」
「またまた、ご謙遜を。純粋な厚意と受け取ってくれてかまわないのでしょう。あ、後ろ失礼しますね」
「こら、勝手に後部座席に乗るんじゃない!? 貴様、常識というものがないのか!」
「ははは、何を仰っしゃられる。ポルポ代議員は紳士な男性であることは、この私お見通しでありますよ。
ささ、リヴィエラ様。ポルポ代議員もこのように仰っているのですから、今晩はご厚意に甘えようではありませんか」
「ふふ、そうですわね――ではリョウスケ様、お隣失礼いたします」
図々しく自分から後部座席のドアを開けて乗り込み、ふんぞり返る。俺の身勝手すぎる態度に何を感じたのか、リヴィエラはとても嬉しげに笑ってそのまま俺の隣へ乗り込んだ。
馬鹿め、俺は他人の空気なんぞ読む人間ではない。誰がどう思うと、知ったことではない。明らかに迷惑だとわかっていようと、俺は至って平気でやりたい事をやりまくるぞ。
ポルポ代議員は顔を真っ赤にして拳を震わせるが、俺を引きずり下ろす事は出来ない。俺の隣に座るリヴィエラに、粗暴な態度を見せる訳にはいかないからだ。
俺の評判はこれで一層ガタ落ちになるが、敵の顔色を伺う程暇ではない。
「ちっ……おい、さっさと車を出せ」
「――よろしいのですか」
「かまわん、好都合だ」
明らかに怯えた様子で恐る恐る問いかける運転手に鼻を鳴らして、ポルポ代議員は車を発進させる。
……好都合とは、どういう意味だろう。俺を乗せることの何が都合の良い事なのか、よくわからない。一瞬首を傾げるが、考え過ぎかと改める。
彼からすればリヴィエラを車に乗せればいいのであって、俺が乗ろうとあまり関係はない。本当に送り狼になるのであればともかく、お互い立場のある関係だ。貴族の女に無理強いなんぞ出来ない。
リヴィエラがポルポ代議員の厚意を受け取ったという事実さえあればいいのだ。本人の好感度が上がるかどうかは別にして、何もしないよりはいいだろう。
「申し訳ありません、少々失礼いたします。迎えは必要ないことを連絡する必要がありますので」
「ああ、かまわん。俺がいるので心配ないと言ってやれ」
「はい、頼もしい男性にエスコートしてくださっているとお伝えしますわ」
通信機を片手にそう答えるリヴィエラは――そっと、俺の手を握る。顔を上げてみると、リヴィエラは気恥ずかしげに笑って連絡を取り始める。
異性から頼もしい男性だと言われたことは、考えてみると一度もない気がする。俺の周りにいる女達は、どいつもこいつも曲者揃いだからな。
婚約者だの愛人だの名乗る奴はいるけど、一癖も二癖もあるので油断ならない。リヴィエラのような淑女を、たまには見習ってほしいものである。
彼女のややひんやりとした手の感触を感じると――
「――危ない!」
「くっ……何事だ!」
「も、申し訳ありません。前方の車両が急に飛び出してきて……!」
後部座席から身を乗り出してみると、フロントガラスの向こう側に、真っ黒な車に横付けされているのが見える。
とっさに背後を見ると、程なくして同系の車が後付けして来る。ここは一本道、前も後ろも車に囲まれると封鎖されて身動きが取れなくなる。
封鎖してきた車のフロントガラスは真っ黒で、車内にいる人間の顔が見えない。
「リョウスケ様、これは……!」
「落ち着いて下さい、私がいます」
腰に手を伸ばして――自分が帯剣していないことに気づいた。
当然だが、議会の場に剣なんて持ち込めない。リヴィエラの護衛は来ないように、今連絡してしまっている。
アリサやシュテルが不在の苦境は、議会の場以外でも続いているらしい。
<続く>
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