とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第六十四話
                              
                                
 ――朝目覚めた時ゴールドに輝くシャンデリアを見ると、夢を見ているような錯覚に陥ってしま
 
 一年前までは雨風をしのげる橋の下などで、野宿していた自分。ホテルどころか一夜の宿を借りる金もなくて、行く先もなく放浪していた。
 
 たった一年で中世期のヨーロッパをテーマにしたような客室で眠る自分に、現実感をあまり感じない。お伽噺のシンデレラは一夜にして王子様を縁を結んだが、彼女は結婚したその時に現実を感じていたのだろうか。
 
 
 しかもここは異星、地球より遥かに離れた宇宙空間である。地球を飛び出して何をしているのか、本気でよく分からなくなる。
 
 
 「おはようございます、リョウスケ様。リヴィエラ様より是非お食事を御一緒したいとご希望されておりますが、いかがですか」
 
 「私でよろしければ是非」
 
 
 ……美人のメイドさんにお招きを受けて、連邦政府でも名高い商会長との朝食が予定される。こんなのに実感を持てと言われる方が難しい。
 
 現在滞在している世界都市の高級ホテルの客室は階層によっていくつかのフロアに分かれており、今日は自然をテーマにデザインされたナチュラルコンフォートフロアに滞在している。
 
 花や空、海や森という自然のテーマをコンセプトにした客室で、女性に人気の高い花フロアにはシュテル達が宿泊している。招待を受けて滞在しているので、宿泊費や諸経費は全て商会が出してくれている。
 
 
 これで結果を出せなければどうなるか考えると怖いので、常に崖っぷちに立たされているような心境を覚える。
 
 
 「おはようございます、リョウスケ様。前日のアポイントもなく、突然お呼び立てして申し訳ありません。
 リョウスケ様ほどの男性ですとどうしても気兼ねしてしまう、自分の小心さが嫌になります」
 
 「ご謙遜を、昨日のニュースとインタビューは既に拝見しておりますよ。見事に受け答えされておられたではありませんか。
 今やリヴィエラ様は経済界より注目される高嶺の花、食事を御一緒できる栄誉に朝から浮かれております」
 
 「まあ、お上手ですね。リョウスケ様の昨日の議会の勇姿、政財界でも注目されておりますわよ。貴方と肩を並べている私も鼻が高いです」
 
 
 優雅な朝時間を満喫するために用意された、庭園に面したテラス席。緑に囲まれながら味わう朝食は、美味しさも格段に違うという演出。ちょっとしたリゾート気分を楽しめるようになっている。
 
 旅の疲れが癒される、インテリアもシックで落ち着いた雰囲気。自分も考えてみれば孤児院を出てずっと一人旅、海鳴へ流れ着いてまだ一年。地に足がついているとはいい難く、旅の途中と言えるかもしれない。
 
 社交辞令を彼女と交わして、席につく。昨日の議会に関するニュースは既に流れているが、地球のようなテレビジョンがないメディアの伝達はリアルタイムとは言い難い。
 
 
 だからこそ、通信革命を行う我々が注目されていると言える。
 
 
 「本日の朝食はオールデイダイニング リモネ、セットメニューとして提供させて頂いております」
 
 「世界都市では周辺各国より参られる方々も多く、当ホテルの食事もあらゆるジャンルをご用意しております。
 リョウスケ様も好みがございましたら、どうぞ遠慮なく仰って下さいね」
 
 「ありがとうございます。ご招待を受けてから日々、美味しい食事を堪能させて頂いておりますよ」
 
 
 地球風に言えば、和食派も洋食派も満足できるラインナップとでも表現するべきか。連邦政府でも自家精米を堪能できるとは夢にも思わなかった。異星でもお米なるものが存在するのである。
 
 お惣菜や出来立てオムレツ、ハムステーキ。どこの惑星であろうとも、そこに人間が存在する限り、食事の在り方もある程度方向性は似通ってくるのかもしれない。論文でも出せば、学会で評価されたりしないだろうか。
 
 窓の開閉が可能で風を感じられる作りになっている食事処で、朝食を二人で楽しむ。彼女はいわゆるアメリカンブレックファストを好んでいるのか、窯焼きパンから卵や肉料理などの洋食メニューといったオシャレなスタイルを楽しんでいる。
 
 
 ジュースもフルーツたっぷりで、ビタミンCも豊富に摂れる。俺も同じのを頼んだ。
 
 
 「本日の議会ですが、正念場となりそうです」
 
 「問題でも発生いたしましたか」
 
 
 新鮮な焼き魚の旨みを味わう俺に、彼女は話題を向ける。リヴィエラ様は商談に慣れているだけあって接待が非常に上手く、相手を楽しめる術を心得ている――そしてその先に、商談の急所をついて。
 
 花や木などの自然をイメージした爽やかな空間、窓から見える景色に開放感であふれさせての発言。宮殿風デザインに彩りを取り入れた可愛らしいインテリアで、相手の油断を誘うのだろう。
 
 異国の雰囲気を楽しみつつ、椅子に腰かけての商談。さぞ優雅なひとときが過ごせそうだが、常に自分の利益を確保しているのだと思うと恐れ入る。彼女の美貌もあって、商談相手は虜にされるのだ。
 
 
 そういった面を警戒しつつ、俺は会話を促した。
 
 
 「カレドウルフ・テクニクスの社長であらせられるリョウスケ様は、この連邦政府における統治原理をご存知ですか」
 
 「行政権は大統領に帰属するのですよね」
 
 
 例えばこの言い回しも朝食の何気ない会話のネタに聞こえるが、自分の出身をそれとなく探られている。外から来たことは既に周知の事実ではあるが、同時に暗黙の了解でもあるからだ。
 
 公言されていない事情はどれほど明白であろうとも、秘密になり得る。彼女としても信頼しているとはいえ、俺個人の素性はテレビジョンや通信技術の根幹に関わるので知りたいところではあるのだろう。
 
 実を言うとさほど隠し事をする意味はもうあまりないのだが、社長である自分が利益となる社外秘を公言するわけにもいかないので口をつぐんでいるだけである。
 
 
 今の質問だって、俺が本当に知っていたのではない。議会などで問われる事項を、事前にアリサ達と打ち合わせしていたからだ。
 
 
 「統治権力は大統領と議会、裁判所で厳格に分離されております。特に連邦政府の大統領制は分立が徹底していますね」
 
 「お聞きする限りですと、大統領制というよりは権力分立制なのですね」
 
 「ご理解が早くて助かります」
 
 
 大統領とはそもそも、どういった存在なのか。議会という政治構造が存在しているのに、大統領という立場が何故存在しているのか。
 
 その点が気になってアリサ達に聞くと、いい年した男が大統領も知らないのかと呆れられながら教えてくれた。うるさいよ。
 
 
 大統領とは各国によってある程度意味合いが変わってくるのだが、その国の元首であり行政府の長を指す。同時に、軍の最高司令官でもあるらしい。
 
 
 権限として連邦最高裁判所判事の指名や各省の長官や幹部職員の任命、条約の締結などの権限を持ち、議会の承認を得ることなく行政機関に命令する大統領令を出せる。
 
 こうして聞くと大統領は国の全ての権力を握る絶対的な指導者に見えるが、あくまでも選挙で国民の信任を得ている為、日本の首相と比べれば政治を主導する力が大きいというだけだ。
 
 日本のような行政権が内閣にある議院内閣制の国との違いは、その点にあるらしい。
 
 
 「大統領と議会の関係は複雑でして、議会には不信任案を通す権限はございません。ただし、大統領にも議会の解散権はありません。
 閣僚や高級官僚、主要各国への大使や裁判官の任命には上院の過半数の賛成が必要となります。議員と閣僚の兼任は不可となっているのも、この辺りが理由ですね」
 
 「大統領の権限はあくまで行政権の範囲に留まっているという事ですか」
 
 「立法権は連邦議会にあるため、法案の立案や予算の決定は議会が担っております。我々が今回議会に出席して法案の是非を論戦しているも、このためですね」
 
 
 つまり大統領が思い通りの政治運営をできるかどうかは、議会をどれだけ掌握できるかに左右されるということだ。どちらかが絶対なのではない。
 
 俺達が議会での可決にこだわっているのか、予算や法案関連は議会を通じて行っている為だ。主要各国の代表者達も大統領本人ではなく、議会に出席して自国の主張を行っている。
 
 連邦政府は行政と立法が厳格に分かれているため、大統領と議会が政策を巡って激しく対立することがあるらしい。独立国家が成立しない所以なのだろう。
 
 
 だから俺も特に意識していなかったのだが――
 
 
 「大統領本人に、法案提出権はありません。ただし」
 
 「ただし?」
 
 「法案拒否権は与えられています」
 
 
 ――嫌な予感がした。
 
 
 「今朝のニュースです。リョウスケ様が先日の議会で発言された趣旨について、大統領本人が追求されておられます」
 
 「……議会の場でご理解頂けた話だったかと」
 
 「取り急ぎスタッフを招集し、論旨を確認いたしました。大統領からリョウスケ様に対し、以下の通りご指摘されておられます。
 
 政治において安定と政治的革新の併存こそが理想であり、リョウスケ様が推進されておられるのは擬似革命にすぎないと。
 大統領ないし政権の責任がある程度明確されている以上、利益の追求は派閥政治は発生しやすい状況を促している――と述べられています」
 
 
 個人を明確に攻撃していて、仰け反ってしまう。言葉の表現は冷静に並べ立てられているが、国家の元首が個人を指摘する意味合いは大きい。
 
 強すぎる大統領は権力濫用を招くが、弱すぎる大統領だと議会の政党との関係が希薄になってしまう。分割政府となってしまうと、危機的だ。
 
 だからこそ大統領は政治的停滞を嫌い、膠着状態や政治責任の分散を行おうとする。大統領が孤立の危険に立たされてしまうからだ。
 
 
 個人を攻撃してしまうと相互の抑制は達成されてしまい、大統領と議会で分割が生じる危険性がある筈なのだが、
 
 
 「連邦政府では統治は継続的で、議会がきわめて強力な立場を持っています。予算決定などがある為ですね。
 多数与党では大統領の指導力を制約されますが、主要各国を基軸とした少数与党である今も法案ごとに多数派形成の可能性は残っています。
 大統領がリョウスケ様に危機的意識を持っておられ、こうした発言を公の場でしてしまうと、全体として争点ごとの多数派を形成しまいかねないですね」
 
 「電波法に賛成的な勢力も、色合いが混み合ってしまうと」
 
 
 「はい、ようするに様子見を決め込む勢力を生み出してしまうかもしれません」
 
 
 様子見勢力が出てしまうと、政治的な膠着が起きてしまう。だからこそ大統領本人がこうした個人攻撃をするのは危険なのだが、現実的に起きてしまった。
 
 議会政党は価値観だけではなく、イデオロギーなどとも絡み合っていて、社会に根を張っているため全体としては非常に強靭である。
 
 派閥による分散が起きてしまうと権力利権が絡み合い、振りほどくのが大変だ。下手すると、論争が長期化する恐れがある。
 
 
 つまり、惑星エルトリアの強制退去への期限に間に合わない。
 
 
 「正直申し上げて、大統領の此度の発言は予想外でした。いえ、想定外といってもいいかもしれません。
 あの方は非常に革新的で、これまで多くの実績を自らの発言と行動力で行ってきた方です。
 
 リョウスケ様のような行動力のある方と、むしろ意見が合うと睨んでいたのですが」
 
 「前衛的な方なのですね」
 
 「秘密の多い方でもあります。時折、周囲に対して不可解なことを述べられておりますので」
 
 「ほう、ちなみにどのような?」
 
 
 「自分は地球という星よりやってきた、異世界転生者であると」
 
 
 ――朝食を堪能していたスプーンを取り落してしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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