とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第六十一話
「ただいまから議会運営委員会を開会いたします」
紆余曲折あったが、電波法制定に関する連邦議会が開催された。本日二日目、全議員及び参席者が全員自分の席に着席している。
議会前に騒動こそあれど、議員達の表情に揺るぎはない。茶化す雰囲気がないのはありがたい事だが、気を引き締めているだけに決して侮れない。
色恋沙汰なんぞ無用とばかりに、世界の今後を決める法律について全員厳しい目を向けている。世界を一身に背負った者達の覚悟と決意が並んでいた。
観客であればさぞ見応えあっただろうが、あいにくと当事者なので胃が痛くなりそうだった。斬り合いとは別格の緊張感がある。
「報告事項を申し上げます。代議員からエルトリア強制退去に関する勧告を求める意見書が提出されました」
――何だって?
二日目にしていきなりの議長からの爆弾発言に、議会中にどよめきが走った。俺も一瞬立ち上がりそうになったが、隣に座る女性が落ち着いた素振りを見せているので何とか自重出来た。
落ち着いて考えてみれば、誰が申し出たのか分かり切っている。議長は名前こそ挙げなかったが、一連の流れを振り返れば誰が提出したのか勘ぐるのも馬鹿らしい。
実際当事者であるあの男――ポルポ代議員は、厭らしい笑みを浮かべて俺を見下ろしている。だからポーカーフェイスをしろと、あれほど言ってるのに。
「提出議案は議事日程記載の日程第3、議案第79号の3案でありますので朗読を省略いたします。
電波法制定に向けた重要議案がある中で、早い時点で的確な情報を得て健全な請求を進めるよう要望する意見がありました」
電波法制定に関係するテレビジョン開設、開設に向けた技術革新を行う上で今後の拠点となっている惑星エルトリア。その強制退去の執行を疎かにするなと、尻を叩いた意見書であると議長は説明する。
腹の立つ論法ではあるが、言い掛かりでは決してない。俺は強制退去を失効させるべく電波法制定を急いでいるが、本来はエルトリアの強制執行が先である。
決定された事項をちゃぶ台返しするべく技術革新を行い、政府の決定を覆すべく新法案を提出しているのだ。先に決定した事を実施しろと請求するのは、別に変な話ではない。
ポルポ代議員さんよ――俺への嫌がらせとしては的確なのだが、俺と取引しているリヴィエラ・ポルトフィーノにも迷惑がかかるという点にそろそろ目を向けてくれないだろうか。
しかし弱ったぞ、反対したのは山々だが俺は議員ではない。あくまでも発言の場を与えられているのであって、自由に発言する許可まで与えられていないのだ。
ポルポ代議員と直接審議するのであれば言いたいことが言えるのだが、意見書として提出された以上は発言権は向こうにあるといっていい。
審議されればいいのだが、採決にまで移行されると状況が不透明になる。エルトリアは開拓中であって、何の問題もない惑星という訳ではない。突っつけば綻びが生じる。
リヴィエラも俺達がエルトリアから強制退去されれば困る筈だが、さりとて拠点を必ずしもエルトリアに定める絶対性はない。どこまで味方してくれるか――
「次にエイドリアン議員他7名より、電波法制定の促進を求める意見書が提出されました」
――各国の代表を務める者以外の議員達から、予想外の援護射撃が飛んでくる。ポルポ代議員はおろか、他議員達も驚いた顔を見せている。
既に意見書が提出済みということは、エルトリア強制退去を求める請求と同時期に提出されたという事である。幾ら何でもタイミングが良すぎないだろうか。
こちらからすればありがたい話ではあるが、突然の援護射撃にむしろ面食らってしまう。背後から撃たれるのは嫌だが、背後から敵に向かって撃ってくれるのだって怖いのだから。
議会がざわめきを見せる中で、スッと綺麗な白い手が挙がった。
「議長、発言の許可を頂けますでしょうか」
「リヴィエラ・ポルトフィーノ商会長」
「両者の意見書は当委員会に付託されました案件について、慎重に審査するべきでありましょう。
意見書同士でかち合ってしまいますと、決められた日程を超えてしまい、議会及び世論の混乱を招いてしまいます。
もとよりこの場は電波法制定を審議する場。審議中の議案を優先し、日程を覆す危険があるものとの理由で不採択するのが望ましいかと」
「なっ――何を言っている、リヴィエラ。私はお前のことを考えて意見書を提出したのだぞ!」
「このようにポルポ代議員が発言の許可無く述べており、議会が荒れる可能性を考慮して発言させて頂きました」
「リヴィエラ・ポルトフィーノ商会長の発言を吟味し、全議員の採択を取るものといたします」
公平な立場より意見を述べるリヴィエラと、私情で怒鳴りつけるポルポ代議員――どちらを採択されるのか、言うまでもなかった。見事に意見書が撤回されてしまった。
勝敗が決まり着席するリヴィエラは、俺の視線に気づいて涼やかに微笑んだ。これで電波法制定の促進を求める意見書を誰が提出させたのか、黒幕が判明した。
恐らく昨日の議会模様を考慮して、ポルポ代議員が妨害工作に出てくると予想したのだろう。ミラココアさんが言っていた彼女の工作とは、これだったのだ。
彼女は議員ではないからこそ、人脈を駆使して有力議員達を懐柔。エルトリア強制退去を阻止する意見書を提出させたに違いない。恐るべき手腕だった。
「本日提出された意見書は議事の進行を妨げる内容が一部あるとの理由により、不採択とするものと決しました。
意見書提出についての請願については、今後議会で審議するものといたします」
「くっ……」
意見書は撤回させるが無碍にしないと議長に言われてしまったら、ポルポ代議員も引き下がるしかない。彼は臍を噛んで着席した。
刃こそ交えないが、この議会は戦場であると痛感させられてしまう。一歩間違えれば、容易く危険に追い込まれてしまう。
死地に立っているのだという自覚はあるが、交えるのが刃ではなく言葉であるだけにやりにくさはどうしたって感じてしまう。
高町なのはが日頃大切にしている言葉の重要性が身に沁みて感じられる。
「以上で請願は終わりました、続いて電波法に関する討論に入ります。討論の通告がありますので、発言を許します。ポルポ代議員」
「此度取り上げられている電波法の制定について、反対の討論を行う」
彼のこれまでの態度や議論を見れば分かり切った話ではあるのだが、議会の場で反対の立場を明確にしたのはこれが初めてだろう。
この男が反対派の急先鋒であればいっそやりやすいのだが、問題なのは彼の討論を静観している各国の代表者達である。
彼らの中にも反対派はいるのだが、自分達が自ら積極的に発言するより誰かに言って貰った方がいいのは事実である。反論されて困るのは自分達ではなく、急先鋒の男だからだ。
そんな思惑など知ったことではないと言わんばかりに、ポルポ代議員は檄を飛ばした。
「連邦政府が推進している通信事業の定数計画を見ると、例えば各国の衛星局を中心とする拡張計画は既に終了しており、事業規模としては縮小状態にある。
既に維持管理へと移行しており、人員としても減員となっているのだ。今後の事業規模の拡大を謳ってはいるが、実際は減員となっている――これは何故か。
通信業界自体が既に頭打ちとなっており、通信技術そのものは発達したものであるからだ。今は安定性が求められているというのに、電波法はむしろ革新を追求している。
これは到底納得できない事だ!」
俺もあんまり詳しくはないが、インターネットや携帯電話は地球で今劇的な発展を見せており、技術の追求は今でも続いている。
一方で安定性を欠く指摘もあるのは事実で、多角的な技術が求められた結果多様性が混迷する流れになっている声も上がっていた。
異星ともなれば惑星規模の通信となり、巨大な市場がイメージされる。その利権は莫大なものではあるが、同時に発達した通信技術に人々が追いつけるかどうかは別である。
便利さだけを求めて、使いやすさを見失うのはいかがなものかと、この男は問うている。
「我々の偉大なる歴史を振り返ってほしい。何百年にも渡る通信技術及び事業の結果、現在の普及率が人口比で計画の約80%以上をしめている。
国が行っている意識調査でも通信機器の便利さよりも、安定性を求める声は高い。
この民の強い要求となっている事業を無視して革新などという夢を見せつけるのは、むしろ民の声を疎かにするものであると断言する。
以上が、この議案に対する反対討論だ」
清々しいほど堂々と言い切って、ポルポ代議員は締め括る。甘いフェイスもあって、女性達が見れば黄色い声を上げることうけあいだった。
彼が言ったことを吟味してみる。考え方は私情に塗れていると言うのに、討論自体は反対の立場に即したものであった。
何故この考え方をリヴィエラ・ポルトフィーノに説明し、説得に回らなかったのか。理知的な彼女であれば、きちんとした考え方を述べれば耳を傾けただろうに。
ポルポ代議員を見直したかどうかはともかくとして、リヴィエラ本人も反対討論を聞いて考え込んでいる。
「ほかに討論はありませんか」
様子をうかがってみるが、主要各国の代表者達から声は上がらない。賛同する声も、反対する声もなかった。
正論で責められると人は黙り込むと言うが、彼らの場合はむしろ様子を窺っているのだろう。こちらの出方を伺っている。
リヴィエラの様子を見るが、本人は逆にこちらを一瞥するのみ。その視線は信頼に満ちており、必ずや見事な反論をしてくれるはずだと期待に輝いている。
ぐぬぬ、俺が言わないといけないのか……丸投げと言うより、彼女は俺が論破できると確信している素振りがある。何故そんなに期待値が高いのか。
「議長、私からよろしいでしょうか」
「リョウスケ氏」
渋々立ち上がると、各国の代表者達が揃って俺を一瞥する。その強い視線に飲まれそうになるが、努めて平然とした顔をする。
かつての世界会議でもまれていなければ、萎縮していたかもしれない。そういった意味では、あの姫君達に感謝しなければならない。
ポルポ代議員は自信に満ちた顔で、俺を見下している。余程反対討論に自身があるのか、どれほど無様なことを言うのかむしろ期待さえしていた。
なるほど、確かに彼の討論そのものは間違えていない。だが――
「ポルポ代議員の討論に対し、ご意見させていただきます。
民の声を疎かにしてはならない、なるほど至極ごもっともです。
では私からこう申し上げましょう――知ったことではないと」
「なっ――!?」
この男は一つだけ勘違いしている。俺はこの場に議員として参席しているのではない。
リヴィエラ・ポルトフィーノと取引した一企業の社長として、利権を求めるべく参席しているのだ。
民に愛されたいのであれば、政治家になればいいのだから――誰に嫌われようが、知ったことではない。
<続く>
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