とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第五十四話
「次に、ビュイック国の代表を指名いたします――ルサ・プロドゥア氏」
議長より指名された女性、黒衣に身を包んだ女性プロドゥアが立ち上がる。
盲目であることは一目見れば分かるが、足取りに一切の淀みがないのはどういった感覚なのだろうか。
杖をついている様子もないし、議事堂の構造を理解して歩いているとしか思えない。他の議員達を見渡すが、誰も疑問に感じていないようだ。
不思議で仕方がない光景だが――剣士としての一面で考慮すると、思い当たる点自体はある。
(御神流の"心"、生まれ持った感覚なのか)
御神美紗都、ドイツの地で出会った俺の師匠より教わった御神の技術。
音と気配によって死角のものを視る技であり、視覚をシャットダウンする事で他の感覚を鋭敏にし、探知領域を上げて気配を探る技術である。
師匠の話では相当な集中力と時間が必要な技で、相当な修羅場を潜った俺もまだ完全には体得できていない。才能は勿論だが、時間が必要な技術である。
彼女が生まれながら盲目だったとしても、これほど自然に"心"と同じ技術を体得しているのであれば――警戒しなければならない。
「ビュイック国の代表を務める、ルサ・プロドゥアよ。
通信という技術を用いて革命を成し遂げんとするお二方、それぞれのお立場でお忙しい中この場に参席下さって心から感謝申し上げるわ。
初対面で申し訳ないけれど、挨拶や敬語は省いて質疑させてもらうけれどかまわないかしら」
「紳士的な申し出、ありがたく頂戴いたします。存分に議論いたしましょう」
礼儀を省くことと無礼は別物であると、夜の一族の世界会議を通じて学んだ実感である。
俺のような粗野な人間とは違い、夜の一族の姫君達は敵対こそしていたが、気品や礼節を決して欠かさなかった。
自分達こそが勝者であるという誇りは決して奢りにはならず、相手より秀でているという自覚はあれど傲慢に接する素振りはない。
ゆえにこそ彼女達のような人間は気高く、それでいて人の上に立てるのだろう。
「貴方達が開設するテレビジョンは電波を利用して、移動する事物の瞬間的影像を送り、データを受ける通信設備の総称と定義されている。
つまり明暗を電気の強弱に変えて遠方に伝える装置と、捉えてもよいのかしら」
――単純な技術確認と捉えて一瞬頷きそうになったその時、背筋に稲妻が走った。
確認事項なのは違いないが、問いの本質はそこではない。CW社の技術は何処から来ているのか、起源を探る問いかけだった。
その推論が彼女の中で出来ているということは、CW社が開発した技術が連邦政府内で生じたものではない事を疑念として持っている。
つまり俺が外から来た人間であることを確認しようとしているのだ、唯々諾々と肯定したらやばかった――なんて女だ。
「議長。この審議に応じることは可能ですが、詳細については他でもない連邦政府研究所の実験データが示しています」
「議長。私は彼に確認しているだけよ、大げさにするつもりはないわ」
その確認がまずいのだと言っているんだよ、押し切られてたまるか。
惑星エルトリアの発展と未来がかかっているのだ、日本人の美徳である謙遜はこの場では無用の長物である。
図々しくても、必死で食い下がってくれるわ。
「プロドゥア氏の審議に応じてしまうと、連邦政府の秘匿事項に触れてしまいますがかまいませんか」
「速記をとめてください」
審議が一時中断となった――よし、押し切ってやったぞ。
ここで大事なのは、絶対に答えないという姿勢ではない。確かに聞かれたらまずいのだが、だからといって抵抗しても心証を悪くするだけである。
俺がここで駄々をこねたのは、単純な確認事項ではないことを俺が見破っているのだと、相手に図らせる為である。議長がもし答えろと言ったら、俺は回答していた。
相手を陥れるやり方は、審議を中断させる事もありえるのだと警告したのである。
「速記を進めてください。ルサ・プロドゥア氏、先日行われた連邦政府研究所の実験は重大な秘匿事項に当たります。
実験の精査を行った後、議院を通じてデータの提出は行なえますので要望書を提出してください」
「承知したわ」
「リョウスケ氏。我々の大切な質問時間は限られておりますので、事実確認については可能な限り審議に応じるようにお願いいたします」
「失礼いたしました」
喧嘩両成敗で終わった。連邦政府委員会は中立の立場を貫いているのが判明できたのは、意外な僥倖だった。
審議する上で委員会が中立なのは当然だが、あくまでも立場としての在り方である。議長を務める者が人間であり、議院である以上どうしたって派閥を重んじてしまう。
特に俺のような何処ぞとしれぬ男となれば、むしろ不審に思うのは当然だ。一方的な敵視こそしなくても、議院を重んじる采配を下すのは仕方がないと半ば覚悟はしていた。
しかしながら、議長は両者の間に立って審判を下している――優秀である証拠だ。
「連邦政府研究所の実験について今話題が出たけれど、電波を使って距離感のある地点間で発する信号の無線通信実験に成功したと聞いたわ。
衛星を用いた実用的な無線送信機と受信機は歴史上初となるのだけれど、長距離の無線局がない国は孤立させるつもりなのかしら」
「リョウスケ氏」
長距離の無線電信局がない国――つまりテレビジョンに反対する国を閉ざすつもりなのかと、追求している。
この問題点は、商人の側に立てば非常に答えづらい質問だった。パートナーであるリヴィエラも美貌を曇らせていた。
自分達の商品を受け入れない国と商売なんて出来ないというのは簡単だが、連邦政府委員会の場で公言するのは非常にまずい。
下手をすれば言論弾圧を民間で行うのだと誤解されかねない。議長に促されて立ち上がるが、回答には慎重を要する必要がある。
「プロドゥア氏はこの技術によって世界の他の地域から隔離されてしまう事を懸念されておいででしょうが、私はそのようなことにはならないと確信しています」
「根拠を伺ってもよろしいかしら」
「テレビジョンに用いられている電信は商用目的だけではなく、外交用や軍用の通信に今後使用出来るからです。
つまり国家的な規模で見据えると、戦略的に重要な能力になると言えます。
この有用性を理解してくだされば、符号による電信はほとんどの分野で置き換えられるでしょう。その有用性を皆様にも理解していただくべく、私はこの場に馳せ参じております」
プロドゥア氏は盲目である瞳を一瞬見開いた――隣で座るリヴィエラも驚いた顔をしている。なぜそこまでいい切れるのか、誰もが俺の腹の底を見いだせないでいるのだ。
一方で、同席する秘書役のシュテルは冷静な顔を崩さない。当然である、俺やシュテルは地球で世界各国に放映されているテレビジョン放送を見ているからだ。
地球という惑星での成功例を見ているのだから、自信を持って言い切れるのは当然である。単なるハッタリでは終わらないことは、歴史が証明してくれている。
一方でその歴史を知らない人間からすれば、ハッタリに聞こえないことにただ動揺するしかない。
「――電信が商業のみならず、外交や軍事でメッセージ類を送るための標準的な方法になるとでも?」
「電気信号を遠き場所に送信する方法の開発は、通信に革命をもたらすことになると我々は認識しております。
実用的な電信の送信機・受信機が主要各国で開発されれば、各国で皆様が抱えておられる問題の多くが解決することになると考えております。
有用性を確認することもまた、プロドゥア氏の使命になるでしょうね」
「なるほど……貴方自身への追求こそが、未来への投資に繋がるのだと主張されるのね。
リヴィエラ商会長。辣腕である貴方のことは以前からお噂は聞いていたけれど、改めて感心させられたわ。
一体何処からこれほど独創的な男性を連れてきたのかしら」
「お褒めいただいたのは恐縮ですが、残念ながらお譲りすることは出来ませんわ。私自身が予約させて頂きましたので」
「ふふ、私からの質問は以上よ」
最後にリヴィエラと女同士で意味深なやり取りをして、ルサ・プロドゥア氏からの質疑は終わった。つ、疲れた……
どうやっても、どう言い繕っても、全く攻勢に出れなかった。何処から切り込んで、すかさず切り替えしてくるのだ。
問題点への追求も非常に正確で、急所を突いている。アリサ達と事前に打ち合わせしていなければ、泣いていたかもしれない。
これが連邦政府――世界を牛耳る者達ということか。
<続く>
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