とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第五十三話
「ビュイック国の代表、ルサ・プロドゥアです。まず貴社が提供されるテレビジョンなるものについて質問させて頂きます」
本来議員ではない自分が議会の場で質疑応答する権利はないが、議会より招集された際は発言の機会が与えられる。
法を定める場において投票する権利は与えられないが、民間人が発言の機会を与えられる影響は大きい。法の賛否を決める投票に、大きな影響を与えてしまうからだ。
だからこそ連邦政府議会に招集を受けたというだけで、マスメディア達は盛んに騒ぎ立て、国民達は大いに注目している。商人であれば誰もが夢見る舞台であろう。
世界に注目されるというだけで、大きな宣伝効果を生み出すからだ――だからこそ迂闊な発言一つで、悪影響も与えてしまうのだが。
「テレビジョンの開設宣言とマスメディアを通じた宣伝により、この世界都市を始めとして主要各国が沸き立っており、今後しばらくはこの状況が続いていくことになるでしょう。
人々の関心が政治に向けられる事自体は喜ばしいことであり、喧伝されるマスメディアの方々が理性的な報道を持って情報を広めていく姿勢については評価しております。
そのような中でありまして、私自身も冷静的かつ客観的な視点を持って電波法に関する議論を深めていく所存です」
リヴィエラより電波法反対派の一人だと伺っている、ビュイック国の代表ルサ・プロドゥア。彼女の政治に対する在り方は誠実であった。
敵意を単純に剥き出しにはせず、善意を困難に虚飾する真似をせず、政治家としての見解を正している。世界会議のカレン達とはまた違った、侮れない相手であった。
議論に対しては誠実であるとしながらも、テレビジョン設立による世界の乱れを懸念している。意思表明を口にしながら、趣旨を深めていく彼女の指摘は理性的に鋭かった。
メモ書きなど一切見ず、自身が起こしたであろう情報を元に質疑を行っている。
「そこで質問です。テレビジョン設立について伺います。
映像を遠方へと送る通信技術が貴社、カレドヴルフ・テクニクス社が開発実現し、ポルトフィーノ商会が代表で特許を出願されたと伺いました。
通信技術に関する見解は企業秘密でありましょうが、その理念について詳しくお聞かせください」
「リョウスケ氏」
――先程は慌ててしまったが、招集を命じられた以上俺が質疑応答する場面がある事自体は承知していた。シュテルやクアットロ、リヴィエラとも熟議は事前に行っている。
女だてらに全員揃って政治経済には詳しく、議会における議論のシュミレーションはリアリティに満ちていた。俺も随分頭を痛めつつ、練習させられたものだ。
こんな事をしている暇があるなら剣の練習でもしていたほうがいい気がするのだが、冷静になって考えてみると剣より政治の勉強をした方が将来の役に立つので悩ましい。
自分の生き方を真面目に正されているのは人間として喜ばしいのかもしれないが、剣士としてはどうなのだろうか。
「お答えいたします。我々の掲げる企業理念は、世界の多様化です」
「……多種多様なサービスを目的としていると捉えてよろしいでしょうか」
「プロドゥア様もお気づきかと思われますが、連邦政府と主要各国では昨今通信技術における遅延――停滞とも呼べる状況が続いておりました」
議会がざわめき立ち、議員達が私語まで交えて論議を呼んでいる。議長が静粛にするように呼びかけているが、発言する自分を見る視線は厳しい。
連邦政府の通信技術って最近全然発展していないよね、と言外で馬鹿にしたのと同じなのだから彼らの戸惑いは当然である。ポルポ代議員なんて無礼者呼ばわりまでしてきた。
この発言についてはリヴィエラ達からも困惑があったのだが、俺としては必要な指摘だと考えている。ただリヴィエラ商会長が言うと角が立つので、俺が言ったまでである。
俺は他人に、しかも女に嫌われるなんて何とも思わない男なのでこの程度のやじは平気なのだ、ふはははは。
「これまで情報共有は音声放送が主流であり、写真等の静止画像を送れる静止画放送等が限界とされておりました。
しかしながら連邦政府の発展と、主要各国の進国により、放送ニーズにおける高度化と多様化が求められていた。
私どもカレドヴルフ・テクニクス社は技術革新の進展を行うことで、多種多様なサービスを目的とした都市型事業形態を構築していく所存です」
――と、リヴィエラさんとシュテルの馬鹿娘がそれっぽい事を理想的に言ってました。ドヤ顔で議論しながら、俺はただ脳みそに記載していたカンペを読みまくっていた。
まあ実際事業展開まで出来ているのだから、彼女達は本当に立派ではあると思う。十代の女の子が世界を相手に企業展開しているのだから、大したものだ。
俺なんて同じ十代なのに、一年前まで明日何を食うか考えながら旅をしていただけである。世界に情報を発信するなんて、それこそテレビの中だけの世界だと思っていた。
だからこそ、俺のような庶民が言える事がある。
「我々はテレビジョン放送を情報のライフラインとして展開し、電波や放送に携わる放送事業者として良識と客観性をもって最新の情報と娯楽を提供してまいります」
テレビだからこそ見せられる世界。ブラウン管の向こう側には、自分の知らない世界が広がっている。だからこそ庶民は一家に一台テレビを持っている。
今の地球はインターネットによるパソコンで情報展開しているが、テレビジョンが解説された頃は誰もが夢中になってテレビを見たものだ。
情報を展開して、娯楽を見せる。娯楽に興じて、夢を見せる。自分の目では見渡せない広い世界が、テレビを通じて見ることが出来る。
庶民だからこそ感じられる感動を、自分の言葉にするくらいは出来る。
「議長」
「プロドゥア氏」
「理想を語るのは簡単ですが、現実として展開するのはリスクが生じると私は考えます。
サービスの実用化に向けて開発が進められているのはどの国も同じであり、実用化の進展する宇宙通信を突然求めるのには時期尚早ではないでしょうか。
通信サービスを支える基盤である通信局の開設が必須であるのに、各国の承認を得ないまま電波法の制定を訴える理由をお聞かせください」
主要各国に根回しもしないで法律の制定を先に行って利益を求めるとは何事か、とプロドゥア氏は糾弾する。うぐぐ、鋭いところをついてくるじゃないか。
商人のみならず、剣士だって対戦相手の事情くらい考慮する。なぜ法律を急いだのかといえば理由は一つで、エルトリアから強制退去させられそうになっているからだ。
足場を固めるのが先ではないかという指摘は、足場が崩れそうな人間に言うべきことではない。俺達だってエルトリアの危機がなければ、こんなに事を急いだりはしない。
しかしながらバカ正直にエルトリアの危機を訴えてしまうと、槍玉に挙げられる可能性がある。世界会議以来、頭を捻りながら論戦に応じる。
「その高度化のためには、基礎から応用に至る広範な分野での開発が必要なのです。
場所の制約を受けない情報伝達手段である電波は今後、国民生活だけではなく社会経済活動等のあらゆる分野に必要不可欠な通信手段として利用されるでしょう。
例えば一つ一つの国に対して順に理解を求めていくに当たって、偏りが生じない平等性など不可能だと私は考えます」
テレビジョンの開設は上手くいけば巨万の富を生み出す永久機関であり、通信技術の革命が成功すれば歴史的企業へと発展する未来が見える。
これほどの規模の商売となると、どれほど理想を訴えたところで誰もがまずそろばんを頭の中ではじきだすだろう。夢より金に目がくらむ。
人間のサガとも言えるが、同時に人間として必要な欲だと俺は考える。どれほど高潔な人間だって、糧がなければ生きられない。人は決して神にはなれないのだから。
それは政治家であるルサ・プロドゥア氏でも同じだ。
「あなたの国に話を持っていったとして、利権を伴わずに理想を語り合える事ができますか」
「っ……電気通信分野における競争原理が行われ,電波の需要もこれまで以上に急増が予想されますね」
げっ、いいところをついたと思ったのに揺るがない。ここで隙を見せてくれるかと思ったのに、自分の非を認めて俺の意見を受け入れてしまった。
言い争いになれば自分の舞台に引きずり込めるかと思ったのに、彼女は相手の見解を認めてしまった。こうなってしまうと、状況はさほど優勢にはならない。
そして政治の場では、彼女の方が遥かに優秀なのである。俺の不利はまだ続いている――厄介な相手だった。
「バランスのとれた満足度を充実させることを目標とされておられるようですが、放送活動をはじめその他の事業活動を行うと仰る意義を問わせてください」
くそっ……通信技術のことを指摘すれば専門用語でごまかせるのに、ひたすらテレビジョン放送のあり方について聞いてきやがる。
テレビジョンは電波利用技術の開発結果でもあるので、技術に関する私的であれば理知的な見解を言葉にして説明できる。
ところがその理念や理想を問われると、利益が絡んでくるので政治的な話となってしまう。つまり、相手の土俵に立って意見しなければならないのだ。
ここで怯んだことを言ってしまうと、容赦なく法律の早期成立は反対されてしまうだろう。
「まずブランドの確立と価値向上に努めた上で、今後放送活動における継続的発展をすることを目指してまいります。
放送事業者として、地域社会に積極的に貢献する事をお約束いたしましょう」
「最新の情報と娯楽を映像を通して行うとのことですが、それでは視聴者満足に留まってしまうのではないでしょうか」
庶民の意見だろそれ、と思いっきりバレてしまっている。ハイそうです、といいたいがそうは行かない。
くそったれ、なんてやり辛い相手だ。
頭の回転が次第に追いつかなくなってくるから、ゆっくり喋ってくれないだろうか。
「私が述べているのは地域の活性化や発展に貢献する情報番組を制作して活動を支援する、いわゆる地域社会満足を指しています。
こうした社会貢献活動を行うことで、地域環境保全への取り組みと活動の支援を行えていくわけです」
「情報の開示と説明責任が発生した場合、企業経営の透明性を求められたら応じると考えてよろしいでしょうか」
――民間企業としての利潤を追求するのであれば責任を取れるのか、彼女の視線が問いかける。
当然だと、安易に口にできない。責任が取れるのは社会人であって、剣士ではない。俺がこの異星にきたのは、あくまでエルトリアの開拓である。
エルトリアの発展に成功すれば、俺がこの異星にいる意味はない。仕事が終われば立ち去る男に、この世界を変える責任なんて取れるはずがない。
冷たい汗が流れる――
「――放送従事者の社会的責任は非常に重く、法令遵守は他企業より厳しいことは認識しております。
リヴィエラ・ポルトフィーノ氏がコンプライアンス経営を推進されるのであれば、私に求められるのはまさにリスクマネージメントでしょう」
さりとて、今の俺はリヴィエラ・ポルトフィーノのパートナーである。
「私に関わるすべての人達が企業活動に潜在するリスクへの適切な対応ができるよう、常にリスクマネージメントに取り組んでいきます。
適正な取引を行い、健全で信頼される企業活動を実施する。
ゆえにこそ、法律が今必要とされるのです」
「……つまり電波法の議案は、貴方を裁くための法律でもあると?」
「仰るとおりです。だからこそ私はこうして議会の場に参席させていただきました。
恐れ多くはございますが、世界に関わっていく以上、議員の皆様と同じ責任を背負っていく覚悟です」
いずれこの世界を去るのだとしても、今この場においては責任を背負って立っている。
先を見据えて、今を疎かにする理由になんてならない。彼女の隣に立っている間はせめて、彼女の名誉を守りたい。
青臭いと言われようが、俺は高町なのは達からそうした強さを学んだのだから。
「社長、ありがとうございました。適正な取引を行い、健全で信頼される企業活動をどうかお願いいたします」
ルサ・プロドゥアとの一進一退の攻防は、一旦幕となった。
失態こそなかったが、質疑応答のレベルは高く、彼女からの指摘は的確でこちらの詰めの甘さを指摘していた。
議論は終わっても彼女への評価は高く、他の議員達からも尊敬を持って見つめられている。
五日間は短いかと思ったが、精神的には長くてキツい戦いとなりそうだった。
「お疲れ様でした。ご立派でしたよ、社長」
「商会長殿にはかないませんよ」
「ふふ、ご謙遜されていらっしゃる」
……? 何か機嫌がいいな、どうしたんだろうか……
<続く>
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