とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第二十九話




 連邦政府との交渉が終わり、アリサが推し進める村の構築が急ピッチで行われていった。

交渉は何とか成立したが、時間稼ぎに過ぎない。連邦政府との調整により審議が行われ、いずれ惑星エルトリアへの見直しがされるだろう。

どのような結論になるのか今のところ幾つか選択肢はあるが、その結論を誘導することは出来る。審議が行われている今の間に、惑星エルトリアを人の住める環境へ整えるのだ。


コミュニティが形成されれば、立ち退き勧告が見直される可能性は高い。


「居座り強盗という印象を与えないだろうか」

「集落だとそう思われるかも知れないわね。けれど以前にも言った通り自然村ではなく、都市的な共同体を構築するわ」


 近代化された現代で居場所を失っていた妖怪連中は揃って、惑星エルトリアへの移住を決めてくれた。

以前は夜の一族と繋がりが深くなった俺を頼って日本中から集まり、アリサのいた廃墟で溜まり場を作ってしばらく生活をしていた。

欧州の姫君達とも相談して妖怪達の居場所を作る計画を立てていたのだが、惑星エルトリアという思いがけない楽園を見つけられたので移住を検討したのである。


国や世界ではなく、惑星という規模だ。皆、新天地に喜んで旅立ってくれた。


「具体的に言うと?」

「自治法を作り、遵守させる。あんたが連れてきた面々、多種族の妖怪揃いだから」

「一応、霊験あらたかな連中だから!?」


 古来では神や悪魔と称された力を持つ者達もいるのが、何とも悲しみを誘う。かつて神話として扱われていた神様達も、近代化には追いつけなかったのだ。

その点惑星エルトリアは技術力こそあるが、星としては死に絶えていて文明や文化も滅んでしまっている。一から開拓するという意味では、世界創造に等しい。

新しい世界作りとあって、感動と哀愁で涙する妖怪達が多かった。時代を逆戻りさせることは出来ないが、古き時代を呼び起こす創造くらいの贅沢は許されるべきだろう。


こうして惑星エルトリアには、多くの移住者が揃った。


「人間の作った自治法なんて守るのかな、あいつら」

「あんたの言う事なら聞くという連中ばかりだから大丈夫よ。よかったわね、人間代表として尊ばれているわよ」

「……人間以外の連中に好かれるのって、何だか複雑だな」


 古来より日本のホラー話は大抵、妖怪連中に好かれて良い目にあった主人公は少ない気がする。価値観等の違いで、碌な目に遭わないのが定番だしな。

しかし婚約者がヴァイオラで、愛人を名乗る連中がカレンやディアーナといった夜の一族揃いなので、好かれていると言っても微妙な気がする。世話になっているので不平を言う気はないが。

幽霊であるアリサは妖怪達への理解も深いので、人間に寄った法制定はしない安心感はある。


地方公共を司るリーゼアリアもミッドチルダ出身とあって、人外への差別意識もない。


「よし、やることやったし俺は休むか」

「そんなに暇なら、妖怪達の様子を見に行ってきて。連れてきたあんたの役目でしょう」

「暇なのはいいことなのに!?」


 優秀なスタッフ達によって、惑星エルトリアには新しき社会が生まれつつあった。















 近代化以前の村は自然村とも言われており、生活の場となるあくまで共同体の単位に過ぎなかった。

遡ること江戸時代には百姓身分の自治結集の単位であり、あろう事か中世の惣村を継承していたようだ。江戸の頃にはこうした自然村が、約6万以上存在したと聞いている。

こうした中世初期の領主が自領とその下部単位である名田を領地の単位としていたのに対し、戦国時代や江戸時代の領主の領地は村や町を単位としていた。


妖怪達が人の世に上手くとけ込んでいた頃の話である。


「それで農業を始めようとしているのか」

「女子供は手工業、男衆は農業で、儂らは商業を始めようと思うとるんよ」


 人外達の村の構想図。江戸時代の百姓身分を参考としており、主たる生業が農業に手工業、古株達が商業に手を付けようとしている。

種族のいずれかは問わず、村に石高と呼ばれる共有の価値を持ち、税代わりに自治体へ年貢を納める形で権利義務を承認された階層を構築しているのだ。

縁組と聞くと聞こえはあまり良くないかも知れないが、自治的共同体の単位である村に相当する価値を示しており、村の認定はこうした領主層の恣意により、実質的に都市的な共同体とし成立している。


昔の時代はこうして村とされていたようだ。古き時代を知る者のやり方は、聞いていて参考になる。


「文化を構築するのはいいアイデアだと思うけれど、流通は上手くいきそうなのか」

「時代に翻弄されていた儂らじゃ、その辺の機微は理解しておる。若人達の集う新時代にはついていけそうになかったが、此処は人の時代が過ぎた場所。
再びやり直すのであれば、儂らのような古狸達が必要じゃろうよ」

「――鞍馬天狗に、時代の世を説法される日が来るとは思わなかったよ」


 鞍馬天狗――鞍馬山と呼ばれる和国の奥、僧正ヶ谷に住むと伝えられる大天狗である。僧正坊とも呼ばれる説教好きの妖怪だ。

鞍馬寺に祀られる尊天の一尊である大天狗だが、夜の一族と和解した俺は人妖融和を訴えた際に反乱を起こしたのが天狗一族だった。

戦いは俺達の勝利に終わったが、彼らは敗北を受け入れた上で恭順を示した。俺としても諍いを起こす気はなかったので、こうして新天地へと誘ったのである。


反乱を起こしてはいるが、この人は人間に対する理解も深い。


「アリサ殿は地方自治の本旨に基いて、地方公共団体の区分並びに地方公共団体の組織を作っておる」

「リーゼアリアと協力して、運営に関する事項の大綱を定めるらしい。白旗と地方公共団体との間の基本的関係を確立したいんだが、協力してくれるか」

「地方公共における民主的にして能率的な行政の確保か……ふむ、地方公共の健全な発達を保障しれるのであれば良しとしよう」

「決まりだな」


 地方自治法では、市町村を基礎的な地方公共団体として定める。市町村は広域的な地方主旨である白旗と対等の関係を結ぶ。

市町村間の関係も同様だが、町と村の機能が全く同一にするのは難しい。一方で、市と町村では地方スタッフの定数や管理事務所に関する規定など機能に若干の違いがまだ存在している。

妖怪側にも理解者が必要となってくるので、俺が足を運んで鞍馬天狗へお願いに上がっている。


「若の剣術も良ければ指南させてもらうぞ」

「……思い切って聞きたいんだが、牛若丸に剣術を教えたという伝説は本当なのか」

「ふふ、それは剣を持って応えようではないか」


 何よりも彼は剣士だ、俺としては妖怪側の最大の理解者となってくれることを期待している。

そのためにも、剣を持って応える必要がある。未熟ではあるが、ユーリ達より貰った絆の力を持って全てをぶつけよう。


竹刀袋より生命の剣セフィロトを取り出して、妖怪と人間の交流を行った。















「村」の読み方を「そん」、「むら」のどちらに定めるのかは各自治体で規定しており、実は日本でも混在している問題だったりする。

例えば鹿児島県では「そん」「むら」が混在、鳥取県・岡山県・徳島県・宮崎県・沖縄県では「そん」で統一、その他の都道府県では「むら」で統一されている。

かつて東京都にあった新島本村は「にいじまほんそん」と読まれることがあったが、これは村内の地名である本村(ほんそん)との混同によるものであり、正式な読み方は「にいじまほんむら」であった。


こういったところでも、諍いの種になったりする。


「何故我らがひかねばならん。古き神を気取る連中に劣るとでも言うのか、貴様は」

「先に名付けたのは向こうだと聞いているぞ」

「アリサに申し出たのは、我らが先だ。法に則っておるではないか」


 地理学的概念である集落に対して、村は人間関係の社会的ないしは文化的な統合状態に基づく社会学的概念である。

広義では地縁集団にも含まれるが、村は地縁集団に比べて、人間関係の社会的な自律的統合単位でなければならず、政治的な単位として形成されている地域社会の一種として位置づけられる。

ゆえにこそ、村の名前には広義な意味合いが含まれる――らしい。


「『そん』を冠するのは我らだ。奴らは何でも勝手に『むら』を名乗ればいいではないか」

「どっちでもいいだろ、そんなの」

「そんなのだと!? 貴様、龍の誇りを愚弄するのか」

「どの辺りが龍の誇りなのか、全然分からん」


 馬鹿らしい話だが、諍いの原因はハッキリしている。つまり自分の村を『そん』と名乗りたいという、ただそれだけの事だ。

呆れんばかりだが、実のところ侮れない問題である。日本でも村と村が名前によってぶつかり合い、挙句の果てに市との合併協議が行われたという逸話がある。

どちらかの村がが消滅する蓋然性があったのだが、当人達の熟議によって合併はどうにか撤回されたらしい。


名前の問題で一つの村が滅びかけたという、何とも奇妙で恐ろしい話だった。


「こうなれば戦争だ。我が全軍を率いて奴らをことごとく打倒してやる」

「バハムートは惑星エルトリアの守護神となっているから、盟約によりお前に対して攻撃してくるぞ」

「ぐっ……おい貴様、我と奴のどちらの味方だ。無論、剣を交えた我であることは自明の理ではあるが」

「ガルダとも戦ったから意味のない理論だぞ、それ」

「どちらが強敵だったという話だ。戦士としての価値を問うている」

「暴力を前提にした理論展開はやめろ!?」


 龍族が住まう村は惑星エルトリアの左方に位置しており、本土に属する地域には領土展開していない。

ガルダ達の村は右方にあり、本土に位置する場所に村はない。彼らは妖怪達とは違って惑星の飛び地に支配権を広げていて、他の市町村と村境を接していないのだ。

彼らなりに気遣っているのだが、結果として陰口の応酬になっている。


「分かったよ。じゃあ町村制施行に伴う合併を提案する」

「貴様、あのような連中と一緒になれというのか」

「第一次産業に従事する人達の割合が高い村落を作るんだ。言うならば、密度の小さいコミュニティだな」

「……我らと奴ら、それぞれから非戦闘員を派遣して村落を作るというのか」

「お前らは極端に走りすぎだ。だからといって、譲り合う気もないんだろう。
だったら喧嘩したい奴だけ分けて、仲良くしたい者達をまず繋げればいい。お互いを少しずつ知っていく所から始めろ」

「そうして――やがては町へと成立させるのか」

「分かっているじゃないか。俺だってお前は今後龍を率いる長として買っているんだぞ」

「……いいだろう。貴様に免じて区別のため村を残す形で妥協しよう」


 家屋の密度が小さくとも、一般的には農村などの呼称が用いられることが多い。人が少ないから集落というわけでは決してない。

名前に拘るのはたしかに大切だが、大事なのはどのように人々の基盤をつくるかどうかだ。

長である彼女が知らぬ通りはない。


「面倒をかけた。茶でも飲んでいけ、我がもてなそう」

「そういえばお前と静かに語り合うのは初めてだな」

「ふふ、全くだ。男女であろうに、無粋でいかんな」


 力押しでは通じぬと、聖地の乱で学んだ筈だから。















 農村とは、住民が主として農業に従事している村落である。かつて、日本の村落の大半がこの農村だった。

日本の農村の3分の2は室町時代から始まったものとされているが、現在日本の農業人口は2%以下であるらしい。


今では農業の他に漁業も行う半農半漁村であり、多種多様な村が作り上げられている。


「つまり……どういう事なんだ」

「んー、自販機がほしい?」

「違うわよ、ノア。いやまあ間違ってはいないけど……とどのつまり、近代文明を取り入れてほしいのよ」


 エテルナ・ランティス、紅鴉猟兵団の現団長。異性を圧倒する暴力的な色気が醸しだされる、大人の女性。

抜群のスタイルの持ち主で、美しき女豹のような野生の魅力に溢れている。"紫電"の異名を持つ実力者で、魔導師と戦士の両面で力を発揮する異端の猟兵である。

かつて団長代理を務めており、紅鴉猟兵団でも大きな発言力と高い実行力を有していたが、ガルダは引退したので彼女が今紅鴉猟兵団を率いている。


聖地への敗戦後は聖地の守りに従事ていたが、惑星エルトリアの開拓事業にこうして参戦している。


「立派な山村を作っているじゃないか、これでは不満なのか」

「林野面積の占める比率が高すぎるのよ、ここ。交通条件だけではなく、経済的かつ文化的諸条件に圧倒的に恵まれていない。
産業の開発するにも程度が低いし、何よりも住民としての生活文化水準が完全に劣っている」

「お酒も売っていないもんね、ここ」

「そうなのよ、だから口寂しい――と何言わせんのよ、ノア!」


 ノア・コンチェルト、紅鴉猟兵団の団員。赤いジャケットをラフに羽織った。切り揃えられたショートの銀髪の女の子。

媚びを含まぬ純粋で透明な美しさのある、怜悧な目をした少女。紅鴉猟兵団の最年少団員だが、団長及び副団長に追随する実力と才覚を秘めている。

猫のように気まぐれで、マイペース。誰にも懐かず、誰にも媚びず、それでいて身内は人一倍大切にする。


「環境条件はここに来る前に説明していただろう。何を今更文句言っているんだ」

「開拓事業については理解しているし、アタシらのような脛に傷のある連中が集まっているのもわかるわ。
だからといって、全部一からやり直すのは時間がかかりすぎる。

試しにあんた、ここにずっと住んでみなさいよ。文明が絶対に恋しくなるから」

「うーむ、言わんとしていることは分からなくはないけど……」


 家屋が不規則に塊状に分布しているのではなく、自然堤防や山麓の湧水線に沿って列状に分布している村。

道路も整備されていて、開拓地などに見られる農業主体で作られている。道路への依存度が高く、地方都市の地位を得ようと努力している痕跡もある。

ヨーロッパの中世の開拓集落でよく見られるやり方で、エテルナの手腕が伺える。中央の円形・楕円形の広場を取り囲んで、環状に管理しやすくしているのも見事だった。


彼女ならではの政策によって成立していると言えよう。


「別にいきなり近代化しろとは言わないわ。せめてミッドチルダや連邦政府と交渉して、文明機器を取り入れてほしいのよ。
あんただってランプを灯りにした生活を強いたい訳じゃないんでしょう」

「電線の一つも通っていないからな、この惑星は」


 今更原始人の生活なんて嫌だというのは人外からすればわがままだが、人間からすれば至極当然の不満だった。

俺だって剣士を名乗っているが、別に戦国時代にタイムスリップしたいわけじゃない。いくら自由気ままに剣を振り回されるからと言って、自販機もない時代で生活なんてしたくない。

日本の村が過疎化している最たる原因は、都会への憧れだ。便利で自由だからこそ、若者は憧れる。


不自由に満足できるのは、不自由な生活に慣れた老人達だ。


「あんたが永住するというのならともかく、生活基盤が整ってエルトリアが人の住める環境になったら立ち去るんでしょう。
その後アタシらにすべて任せるというのなら、政治だけではなく生活基盤も整えてほしいのよ。

あんたがやるのが嫌というのならせめて、アタシに交渉させて」

「お酒を飲めないのでイライラだね」

「アタシをアル中にしないでよ!?」


 ぐぬぬ、贅沢言いやがって……と言いたいが、俺もそろそろ都会が懐かしくなってきた。

放牧生活も嫌いではないが、何もせずに江戸時代に遡らせるのは確かに気の毒だ。妖怪達の哀愁につい引き込まれてしまった。

全て近代化するのは難しくても、極端に人々を過去へ走らせる必要はない。


「分かったよ。各方面に交渉する段取り立てるから、あんたも付き合ってくれ」

「やった、これでお酒が飲める」

「やっぱり飲みたいんじゃん」


 ――ノアの尖すぎるツッコミに、思わず笑ってしまった。

よし、行商人の真似事でもしてみるか。















<続く>








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