とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第十九話




 患者に余命を宣告しなければならない医者の心境というものが実感できた。いや、したくもなかったんだけど。

フィリスは確かカウンセリングおよび遺伝子学が専門だったので、こういった事には縁がなかっただろうか。いや、医師である以上立ち会った経験はありそうだ。

体験談を聞いてみるべきだったかと一瞬思ったが、自分でも嫌なことを相手に聞くのは憚られた。優しいあいつにとっては辛い経験だろうから。


いずれにしてもこの場では何の解決にもならないので、頭を抱えるしかない。フィリス先生、助けて。


「魔法使いさん、あの……お父さんとお母さん、治せそうですか!?」

「前のめりになっては駄目よ、キリエ。診断して頂いたばかりで、治療法を今整理されているところなんだから」


 すごいぞ、アミティエ。フォローしてくれているようで、思い切り期待を込めた発言をしてくれていやがる。もうすぐ死にますよ、なんて口が裂けても言えそうになかった。

プレッシャーに押し潰させる自分が余裕で想像できるので、フローリアン姉妹も診断を受けさせる事にした。どう見ても健全健康な美少女二人だが、医者の独断で追い払う。

一応、無意味とは言えない。診断結果は間違いなく健康そのものだろうが、健康だという結果もまた立派な成果だ。子供が健康であるというだけで、親も安心するというものだ。


関係者を追い払ったところで、肝心要の医療会議を始める。


「多臓器不全の親父がやばすぎるから、まず彼をなんとかしよう。原因は何なんだ」

「環境の一言に尽きるが、医者のような見解で言わせてもらえば、循環不全による組織血流の低下が考えられるね」

「血管を悪くしているのか……改めてどうしようもないな」


 身も蓋もない言い方だが、身体の大動脈が壊れているのであれば如何ともし難い。完全な赤の他人なら、可哀想の一言で済ませられるのだが。

キリエが遠き惑星にまでやって来て、奇跡を求めて暴れ回ったのも納得は出来る。奇跡にでも縋らなければ治せないのだと、本人は否定しつつも分かっていたのだろう。

だからこそ俺に縋ってくるのだろうが、生憎と奇跡を起こせない身なので白旗でも振るしかない。今になって思えば、白旗という組織は俺ならではの発想だったと言える。


そんな自分に期待できない以上、どうしたものか考えあぐねてしまう。


「ちょっといい?」

「どうした、アリサ」

「考えるの、時間の無駄だからやめなさい」

「なんだと!?」


「治療するのは医者の仕事で、考えるのはあたしらの役目。世界最高峰の頭脳がここに揃っているんだから、皆に任せればいいのよ。
あんたがしないといけないのは、あたしらを動かすことよ。こんな個性的な連中、あんたにしか動かせないんだから、考えてないで指示を出しなさい。
不治の病を治すとか、惑星をテラフォーミングするとか、難しく考えず――

あんたのやりたいように、やりなさいよ」


 ――遥か彼方にある惑星エルトリアで、メイド服で着飾った少女がいつものように勝ち気な笑顔を浮かべている。


顔を上げると、スカリエッティ達が何も言わずに俺の言葉を待っている。彼らの目にあるのは信頼なんていう美しき感情ではなく、自分自身の才気への強い自信であった。

個性的と言えば聞こえはいいが、どいつもこいつも一癖も二癖もある連中。正義や良心なんてまるで信じず、自分自身の力を信じる強者達の群れであった。

そうだ、俺はどうかしていた。奇跡を起こすために、ここへ来たのではない。俺達は――


自分になら出来ると信じて、挑戦しに来たのだ。


「クアットロ」

「ふふ、ようやくわたくしの好きな陛下のお顔になりましたわね。今度はどんな奇想天外なアイデアを見せてくれるのですか」

「キリエとアミティエへの告知は、お前に任せる」

「いきなりの難題を突きつけてくれますわね!?」


 また何か言い出したという呆れた顔を、皆揃って浮かべている。うるさい、お前らは俺に黙ってついてこい。


「何が嫌なんだよ。お前、他人を傷付けることを言うのが好きだろう。嫌味とか皮肉とか大好きじゃないか」

「いや、まあそうですけど……それとこれとはなんか、毛色が違いません?」

「あなた達の両親はもう死ぬんですわよ。可哀想に、アハハ――とか、余裕で言えるだろうお前なら」

「わたくしを何だと思っているのですか、陛下!? 両親とか正義とか大っ嫌いですけど、女の子を泣かせたい訳じゃないのですのよ!」

「心底絶望して二度と立ち上がれなくなるくらいの事を言える、絶好のチャンスだぞ」

「怒り狂って襲い掛かってきたら責任取ってくれるんですか!?」


 より好みの激しい奴である。こいつなら良心の呵責無く告知できると思ったが、意外とそういうのは苦手らしい。

ホラー映画は大好きなのに、怪奇現象は苦手とかいうよく分からない奴が世の中にはいるそうだが、こいつもその類の人間なのだろうか。人間じゃないけど。

その後も説得してみたが、思いの外嫌がったのでやめてやった。くそっ、別に責任逃れする気がないのだが、やはり俺でないと駄目か。


後ろ向きな発言はこのくらいにして、次からは前向きな提案をしてみよう。


「戦闘機人として改良するのはどうだ」

「……君はもしかして、私より人でなしではないかね」

「どういう意味だ!? 俺が言っているのは、コンセプトだよ。
お前の話だと、戦闘機人とは人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得た改造人間の事だろう。

人体に身体能力を強化するための機械部品をインプラント出来るのなら、弱った臓器を補えないか聞いているんだ」

「ああ、なるほどね。あくまで医療的な見地から、私の技術を頼っているのか」


 天賦の才や地道な訓練に頼る魔導師の連中とは異なり、戦闘機人は誕生に人為的な力を介在させることで安定した数の武力を揃えられる技術である。

ただ倫理的な面に大問題を抱えていて、ミッドチルダでは違法とされる技術だ。スカリエッティはこの不安定な技術を確立させ、別の研究所から廃棄されたウーノ達を救った。

鋼の骨格と人工筋肉を持ち、遺伝子調整に干渉するプログラムユニットの埋め込みにより、高い戦闘力を持つ戦闘機人。


特殊技能や戦闘技術は必要ないので、あくまで治療として用いれるか聞いてみたのだ。


「戦闘機人という技術が、次元世界で定着しなかった理由がわかるかね」

「倫理面で問題があるからだろう」

「それはあくまで人間ならではの前提だ。人間は建前が大好きだからね、何時の世だって賛否くらいはあるさ。技術さえ確立されれば、建前なんて無視して使われる」

「つまり、技術的な面でも問題があると?」


「博士はこの戦闘機人の技術を、ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出したのです。
素体そのものが誕生した段階で「肉体が調整された素材」を用いる事によって実用段階までこぎつけ、戦闘機人技術を完成させました」

「君も臓器提供などの話くらいは聞いたことがあるだろう。ようするに、身体に自分以外の臓器を入れると拒絶反応が出てしまうのさ。
機械部分のメンテナンスだって長期で使用すれば、本来人体に機械を移植させる事に免疫を初めとした幾つもの問題が生まれでてしまうからね。

こればかりはどうしても難しい。私は天才だが、決して万能ではない」


 ウーノやジェイルの言葉を借りるのであれば、要するに万能な臓器なんてないということだろう。

機械で製造しようと、クローン技術で作り出そうと、どうしたって他人の臓器となってしまう。自分自身に受け入れるのには、反応を伺わなければならない。

臓器提供の難しさは、この点に尽きる。拒絶反応が出ないようにあらゆる検査が行われ、手術には徹底した技術と繊細さが求められる。


心臓手術を拒んでいたレンの顔が浮かんだ。あいつは健康になった今でも、定期的に病院で検査している。


「特に彼の身体は多臓器不全の状態にある。戦闘機人の手術には耐えられないだろうね」

「ぐぬぬ……ユーリの生命操作技術ならどうだ。彼の身体を健康体に出来ないか」

「お父さんに頼っていただけてすごく嬉しいですけど、少し問題がありまして」


 ほぼぶん投げで頼んだというのに、ユーリは嬉しそうに微笑みつつも少し考え込んだ顔を見せる。

ユーリの生命操作能力は死に瀕していた俺の体を強化するほどに強く、生命が育まれた存在に強い影響を与える力である。

永遠結晶「エグザミア」を核とするシステムであるユーリは無尽蔵とも呼べる魔力の持ち主であり、惑星に匹敵する力をもつ強大な魔導師でもある。


次元世界全土を見渡しても、ユーリほど強大な力をもつ生命体は存在しない。聖地での戦争においても、ロストロギアの攻撃で怯みもしなかった。


「まずキリエさんのお父さんやお母さんの生命を強化して、身体を改善することは出来ると思います」

「本当か、素晴らしいじゃないか!」

「ありがとうございます。ただ、リソースの問題があります」

「リソース?」


「シュテル達とも色々事前に話し合いまして――永遠結晶エグザミアをフル稼働させて、この惑星エルトリアを根本的に活性化させようと考えているんです」


 ――びっくりするほど途方も無い計画に、思わず仰け反ってしまう。

つまりユーリ・エーベルヴァインは自分自身の能力をフル稼働させて、エルトリアという生命そのものをテコ入れして惑星全体を活性化するつもりなのだ。

たった一人の存在で惑星のすべてを活性化させるなんて、それこそ奇跡そのものなのだが――


ユーリという存在の強大さを知れば、決して妄想では片付けられない。


「ほ、本当に出来るのか、そんな事が……?」

「勿論、このエルトリアを実際に探索してみなければ分かりません!? あくまでもまだ立案の段階ですから!」

「お、おお、まあそうだろうな……でも、お前なら本当にできそうだな」

「お父さんにそう言ってもらえると、なんだか自信が湧いてきます!
ただその、流石に惑星全土となると、私も集中して取り掛からなければならないので、どうしても治療に当てるのが難しくて」

「少しピンとこないんだが、まず両親を治すところから始めてもいいんじゃないか。環境面は今日明日の話じゃないんだから」

「父上、ドクターの話を忘れていませんか」

「多臓器不全の原因はエルトリアの環境だと言っているでしょう」


 俺の右腕とメイドから容赦なくツッコまれてしまう。い、いや、分かってはいるんだけどね……一刻を争う状態なのでして。

仮に身体を治したところで、病み上がりの身でエルトリアの極悪な環境に放り出せば、今以上に悪化する恐れがあると言いたいのだろう。

その辺はリハビリケアで何とかなりそうな気はしなくもないのだが、医療施設どころか文明そのものが死に絶えているこの惑星では、養生なんて到底望めないか。


この問題の難しさは、あらゆる面が死んでいるという点だ。どれかを治せば解決する話ではない。



「よし、分かった。全部一緒にやろう」



「クアットロさん。奇想天外ってのは、こういう発言を言うのよ」

「恐れ入りましたわ、アリサさん」


 これで方針は決まった。

小馬鹿にするアリサやクアットロをげんこつでぶん殴ってから、俺は早速意気揚々と取り掛かった。


惑星エルトリアの第一歩は、ここから始まった。















<続く>








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