とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第十八話
俺は剣士であって占い師ではないが、それでも敢えてこう言わせてもらおう――死相が、見えていると。
惑星エルトリアへ到着した俺達はフローリアン姉妹に案内されて、まずは彼女達の家を訪問した。いや、表現として少々訂正させてもらえるのであれば、住居と言った方がいいかもしれない。
巨大な根株や丸太が散乱している土地に建てられた、一軒家。壮絶な環境にも耐えうる建物に平和の様相はなく、過酷な環境の中で戦い抜いた基地のような重々しさがあった。
そんな家で生活を送っている住民に、平穏はなかった。
「皆さん、ようこそおいでくださいました。この度はお力添えいただいて、本当にありがとうございます。
それとキリエやアミティエがご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありませんでした」
「頭を上げてください、奥さん。彼女達は事件解決に貢献した上で、正式な手続きの下で処罰を受けまして罪を償いました。
胸を張ってこの家へ帰れるように尽力した彼女達を労ってあげてください」
「魔法使いさん……」
エレノア・フローリアン、彼女達の母が玄関先で頭を下げるのを見て、俺は定型文を読むかのように労いの言葉をかける――こう言われると想定して、アリサが事前に用意してくれたカンペを頭の中で読み上げているだけだが。
フォローしてくれるとキリエが申し訳無さそうに涙を滲ませているが、本当にもう何の罪もないので気にしないでほしい。被害を受けた聖王教会だって問題事項は解決しているのだから。
聖典はイリスが復旧する予定だし、聖王教会騎士団は既に再編されている。事件自体は解決してゆりかごも取り戻したのだから、どの組織も彼女のことは気にしていなかった。
因果は全てマクスウェルに背負わせているので、キリエに罪を押し付ける気はない。
「本当に御世話になりました。そして――イリスにユーリちゃん、久しぶりね」
「……あ」
キリエとは比較にならないほどバツの悪そうな顔をして、イリスはビクンと体を震わせて俺の背後に隠れる。おい、何故俺を盾にするんだテメエ。
ユーリは事件が発生した際にアミティエが母親に連絡を取った時に顔を合わせているので、頭を下げるのみ。一応様子を窺うが、記憶を戻った様子は微塵もなかった。
エレノアさんによるとユーリが惑星再生委員会に協力していたのは事実らしく、イリスの元にも裏付けが取れている。ユーリ本人は完全に忘れているので、やや気まずそうではあった。
一方イリスは見事なまでに覚えているので、罪悪感はものすごかった。まあ、実の娘であるキリエを騙しまくっていたからな。
(お、お願い、なんとかして)
(余裕で想定できた場面だろう、何で当日になって恐縮するんだ)
(だ、だってなんて言えばいいのよ。謝って済む問題じゃないでしょう)
(謝って済む問題にまで解決したんだよ。堂々と言え)
(あ、あんたから言ってよ。父親でしょう)
(困った時に父親呼ばわりするんじゃない!)
(自分の娘が可愛くないの!?)
(可愛らしさを見せてから言え!)
こいつ、面倒臭いやつだな……ユーリたちが完全無敵に良い子ちゃんばかりなので、逆に新鮮に感じるぞ。
世の中育児放棄や虐待をする親がいることに信じられなかったし、今でも正気を疑うが、ほんの少しだけ気持ちが分かった気がする。子供であろうとも、イライラさせられることくらいはある。
よほど困っているのか、目を潤ませて俺を見上げるその眼差しは信頼と期待に満ちている。こいつ、その素直さを普段からどうして見せられないのか。
しかたなく取りなしてやろうとすると、当の本人であるエレノアはクスクスと笑い声を上げる。
「仲がよろしいのですね。キリエやアミティエより聞いています、イリスを引き取ったのだと」
「ええ、まあ……色々ありまして」
「ユーリちゃんも貴方の事を強く慕っているようですし、本当にご立派な事だと思います。貴方がいなければキリエ達も含めて、子供達は皆不幸に遭っていたでしょう。
悲劇に直面せずに済んだことへの感謝と共に、当事者であった私達が力になれなかったことに不甲斐なさを感じるばかりです。
――本当にごめんなさい、イリス。苦しむ貴方の力になれず、苦境を理解してあげられなかった」
「なっ――なんで謝るのよ……ア、アタシはキリエを騙して利用したのよ! 言いたいことだって山ほどあるでしょう!?」
「それはもういいと言っているでしょう、イリス。あたしが馬鹿だったから、イリスに縋ってしまった。あたしの弱さが原因だったのよ」
「っ、ば、馬鹿じゃないの、そうやっていい子ぶってばかりいて……」
許されることに慣れていないのか、キリエやエノレアの優しさに触れて、イリスは拳を震わせて俯いている。罪悪感は優しさだけでは消えないものだ。
誰かに許してもらうのではなく、自分自身が何より許さなければならない。そのための贖罪なのだが、イリスは十分に罪を償った。
施設でも彼女は反抗する素振りは一切見せず、職員達の更生にも積極的に取り組んで素直に従っていた。犯罪を犯したとは思えないほど素直な子だと、評判が良かったくらいだ。
そしてその評価を俺がキリエ達に全部伝えまくっているので、彼女達も笑顔で受け入れてくれたのだ。
「謝罪大会はその辺にして、そろそろ病人の様子を見せて頂けますぅ? 私達も暇じゃないので」
「――少しは空気を読んで頂けませんか。マスターがどれほど勇気を振り絞って、この家を訪れたと思っているのですか」
「あら、犯罪者が犯罪者をかばうなんて麗しき主従愛ですわね。なんて気持ちの悪い――」
「減点十」
「ちょっ、なんですのその減点方式!?」
痺れを切らしたクアットロがいつも通りの皮肉振りを見せ、イクスヴェリアが嫌悪をむき出しに反論したところで、セッテ団長が謎の配点を行って黙らせる。
0点になったらどうなるのかと声を震わせる戦闘機人に、やや同情する。クアットロはむしろ空気を読んで発言したはずだから。
彼女の言う謝罪大会は確かに言い当て妙であり、不毛である。キリエやエノレアが許しているのだから、イリスがどれほど謝ろうと困るだけだ。
だからこそ、悪者になるのを承知でクアットロが皮肉を口にしたのである。本人も実際嫌われようが関係ないので、悪役になるのに抵抗なんぞない。
「ごめんなさい、玄関先で立たせたままだったわね。早速ご案内してもよろしいかしら」
「ええ、お願いします。こちらとしても優先事項ですので」
話が進んでホッと一息をついてクアットロを見やると、本人は怪しく微笑んでウインク。徹底したヒールぶりには、感心させられてしまう。こういうのも組織には必要だから始末に困る。
エノレア女子に案内された先は住居ではなく、隣接する医療施設。施設と敢えて言ったが、隔離された一室でしかない。キリエやアミティエも悲しげだったが、仕方のない配慮だった。
家族が引き剥がされるのは気の毒ではあるが、病人である以上は同室には出来ない。一つ屋根の下で過ごすには、フローリアン姉妹は年頃の女性でありすぎた。
そしていよいよ、俺は最初の問題点へと到達する。
「……」
彼の名はグランツ・フローリアンという男性であった。
病魔に侵され既に余命幾許もないと宣告されている彼は、死の淵に立たされている。惑星再生委員会の職員であり、元気溌剌と惑星再生に取り組んでいた面影は微塵もなかった。
キリエやアミティエのような美しい少女達を我が子に持つ父とは思えないほど、疲弊と苦痛に満ちている。眠りについているのではなく、意識を保てていないのだと一目で察した。
現状を思い知っているキリエ達でさえも、絶句していた。
「お、お父さん……本当に大丈夫なの、お母さん!?」
「……昏睡状態に陥っているけど、何とか状態を保てているわ。本当はコロニーの医療施設へ移したかったけれど、お父さんの意思を尊重しているのよ」
「そんな……お父さん!」
病人は海鳴大学病院で何人に見かけたし、実際に亡くなった患者だっていた。フィリスが悲しんでいたのを、我ながら不器用に慰めたことだってある。
冥王イクスヴェリアの首を切った時だって、感情を交えずに実行できた。ゆりかごの機能で再生できるとはいえ、死に追いやった事さえ抵抗はなかった。
しかし、目の前で死を迎えつつある人間を前にすると、言葉も出なくなってしまう。助からないのだと宣言された人間に、何を言ってやれるというのか。
そして人はどうしようもない時に、神へ縋ってしまうのだ。
「魔法使いさん。お願いです、お父さんを助けてください! お父さんを、お父さんをどうか……!」
「やめなさい、キリエ!? 剣士さんが困るじゃないですか!」
「と、とにかく落ち着いて。状況は事前にお聞きした上で、我々はこうして往診に来ているのです。まず診察したいのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、勿論。あの……このような言葉しか思いつけず申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いいたします」
「最善は尽くしますので、頭を上げてください。それと当然ですが、貴方も診察を受けてくださいね。
この際気休めなく言わせていただきますが、貴方自身も我々にとっては患者の一人です」
「……はい、分かりました」
娘達の前では気丈に振る舞っていた母親も、医者を連れてきたことで気が緩んだのだろう。瞼を震わせて、俺に懇願してきた。彼女もきっとキリエ達以上に、絶望に喘いできたに違いない。
娘達から詰め寄られ、夫には伏せられ、肝心の政府からは見捨てられたこの状況。たった一人、女性として机上に振る舞わなければならなかったこの現実は、どれほどの地獄だったのだろうか。
母親であるから、妻であるから耐えなければならないというのは、酷すぎる。エレノア・フローリアンはこの惑星で誰にも頼れずに、ずっと我慢をして生きてきたのだ。
彼女もまた死の淵に立たされているのは、ある種の必然だった。
(スカリエッティ達には事前に頼んでいるが、お前も医師の一人として頼れるか)
(任せて。医師免許はないけれど、これでも大勢の怪我人や病人を助けてきたのよ)
クラールヴィントを装着したシャマルは、いつもの悪態をつかず心強く頷いてくれた。本人は決して自信家ではないのだが、敢えて大見得を切ったのはそれだけ俺が困った顔をしていたからかもしれない。
ひとまずキリエ達は下がらせた上で医療知識のない俺達はじゃまにならないように別室へ移動し、スカリエッティ達が診断に入った。ウーノやクアットロのような分析力に優れた戦闘機人も協力してくれている。
医療機器を揃えたシュテル達はこの隔離施設の環境を整え、医療に適した内装に作り変える。皆の動きは徹底しており、この時ばかりは誰も無駄口を叩かずに行動に出ていた。
一通りの行動を終えた俺達は一旦エノレア達を夫の眠る病室で落ち着かせ、別室で対策会議へと入った。
(それでどうだった? 少しでも改善の余地はありそうなのか)
(私も医療は専門ではないが、生命の探求者として相応の知識と技術は持っている。その上で言わせてもらうのならば――)
(この期に及んでもったいぶるなよ、はっきり言ってくれ)
(グランツ・フローリアン、彼が死に瀕している原因は多臓器不全だ)
(それって確か……)
(ドクターの"助手"である私から説明させていただきます、陛下)
(強調する意味があるか、それ!?)
ウーノの妙な強調に霹靂しつつも、彼女より具体的な病状を聞かされた。
多臓器不全とはようするに身体の重要な複数の臓器が障害されて働かなくなり、生命維持に重大な障害を及ぼす状態である事を指している。
老人の死因に多臓器不全と記載されることが多いが、別に年を取った人間だけの病ではない。肝不全や腎不全、呼吸不全や心不全などを合併したときにも用いられることが多いらしい。
想像以上に重い病状で、俺自身が息苦しくなってしまった。
(臓器が悪くなっているのは理解したが、一体どの程度悪くなっているんだ)
(まず真っ先に挙げるとすれば、消化器障害だね。腸の閉塞に消化管の出血、もう少し調べてみないと分からないが腎障害にもなっているんじゃないかな)
(腎不全となりますと腎濃縮能や腎排泄能が障害され、血液系にも悪影響が出ます。
骨髄抑制による貧血や心循環障害による不整脈、心収縮力低下ともなると――そのまま意識が戻らず、亡くなられてしまいますわ)
(心収縮力が低下して、意識をなくしているのか!?)
ようするに低酸素血症に陥って、健全な状態を保てなくなっているのだ。心臓というポンプが不良を起こすと、人間が体を動かせなくなってしまう。
肝不全ともなれば血清酵素が上昇し、肝性脳症まで呈することがあるらしい。低血圧らの症状の多くはこの病期の前触れであり、改善しなければ命を落としてしまう。
多臓器不全の原因となるのは重症感染症らしいが、直接の感染源を追求するのは時間の無駄だろう。そもそもこの惑星エルトリアは、人間の住めない環境なのだから。
改善の余地が無さすぎて、目眩がしてしまう。
(奥方は今のところ元気そうに見えるが、敗血症を患っているね)
(……何だ、その絶望的な病名は)
敗血症とは幾つかの定義があるらしいが、主に細菌などの病原微生物に感染したせいで、体がその微生物に対抗することで起こるさまざまな状態との事だった。
身体のコントロールが乱れてしまい、臓器が機能不全に陥ってしまうらしい。今のところまだ身体的変化は出ていないが、一つでも臓器不全が出れば一気に崩れていくらしい。
人間の臓器は全て密接に繋がっており、臓器が一つでも壊れると他の臓器に対しては悪影響を及ぼす。各不全臓器の相互関連性も考慮しなければならない難病であると、医師が揃って絶望を口にする。
――それら全てを聞かされて、俺は咳払いをした。
(素晴らしいものだな)
(? 何がだね)
(魔法が奇跡を起こしてくれるのだというのだから、俺は感動している。後のことはよろしく頼むよ、皆の衆)
『責任を押し付けるな!』
全員揃って、大ブーイングだった。
ちくしょう、どうしろってんだこれ……
<続く>
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